疾風迅雷(4)

疾風迅雷(4)

アナザー

「あいつら、って誰だよ」
先に切り出したのは俺だった。
さっき速水が言っていた、印を持つ4家系が集まる日を狙って現れるという奴らのことを聞いた。
速水は何も答えず、どこかへ走っていってしまった。
おいおい……引きずっといて何もなしか?
と思っていたらすぐに戻ってきて、その手には濡らした雑巾があった。
それで埃が被った椅子を拭き、その上に腰を下ろした。
俺の分も拭いてくれるかと思ったが、そんな優しいやつではない。
俺に雑巾を突き出しただけだった。
続いて俺も座ると、速水は話しだした。
「本当に何も聞いてないんだね。あなたのお父さんは、あなたを巻き込みたくないから情報を与えないようにしてるのかも。だって普通、こんな家系に生まれたなら詳しいことを小さい時から教えられて当然なのに」
「小さい時なんて、俺の家がこんな変な家系ってことすら知らなかったからな」
速水は、それなのに私は負けたのね……と小さく呟いた。
昨日の話だろう、俺に負けたのを引きずっているようだった。
「あ、あいつらの話だったよね。あいつら、って言うのは印を盗んでいる集団のこと。あいつら自身は『アナザー』って呼んでる。私達の3世代前ぐらいから現れて、もう既にいくつかの印はアナザーの手に渡ってる。それに最近じゃ子どもの数も減って、印が余ってる状態だからどんどん盗まれちゃってるらしいの」
「印を盗む集団、なんてあるのか?でも、盗んでどうするんだよ」
印を盗んだ所で、それが使えなきゃあんな物ただのお札だ。
どこかの骨董屋に持って行ったとしてもその価値は分かるはずが無い。
「もちろん、使うに決まってるでしょ。あいつらは何故か使えるの。本来なら印はその人の血によって使えるかどうかが決まる。由緒正しい4家でなければ使えるはずなんてないのに……まだ証拠はないけど、アナザーの中の誰かと4家の誰かとの間に子どもが存在していて、今も血を受け継いでいると考えれば辻褄は合うの」
なるほどな。
そんな複雑な話だったとは。
って、それって不倫ということに、なるのかな。
3世代前ということは俺の祖父の時代か。つまり、この俺が持っている印を使っていた人物が健在していた頃、誰かが不倫して、その不倫相手と子どもがアナザーを作ったということか。
「こんな能力、現代でどう使うんだよ。馬鹿馬鹿しい。マジシャン一家にでもするつもりか?」
俺が苦笑しながらその現実味の無い話を馬鹿にすると、速水はあからさまに不機嫌な顔を見せた。
「何言ってんの、この印が使えれば世界征服だって可能なんだよ?あいつらはそれが目的なんだよきっと」
速水は思いつめたような表情だったが、そんな漫画みたいなこと俺の知ったこっちゃない。
俺には関係ない。というか、俺はもうこんな印と関わる生活なんて辞めたいんだ。
どうぞ盗んでくれって言いたいよ。
「まぁ、そんなこと言われたところでどうしようも無いな。俺は何も出来ない」
そう言って階段を下りようとすると、
「ちょっと!何無責任なこと言ってんの!来るんだよ?私達を狙って……この学校に!」
速水がそう叫んだ瞬間、俺の足は止まった。
そんな印を使える奴らがこの学校に来てしまったら……大騒ぎになるに違いない。
何人もの死者が出るかもしれない。
「そうなれば警察が動く」
俺が言い返すが、速水の緊迫感は収まらない。
「人の力が勝てると思う!?それに……アナザーには記憶を消す印もあるって聞いた。この学校が滅茶苦茶になっても誰もそれを思い出せない……」
俺は驚いた。そんな印があるなんて。
俺はふと、いつも一緒にいる友達の顔が思い浮かんだ。
あいつら……それに、クラスの皆も、全て、全て滅茶苦茶にされてしまうかもしれない。
俺たちの、俺のせいで。
やっぱり何もしないなんて出来るわけないよな。
なんとしてもこの学校は守り抜かなきゃ。
「分かった。もし来たら、協力はする」
それだけ言って、去ろうとしたら授業終了のチャイムが鳴った。
俺は自分のポケットから印を取り出し、強く握った。
クシャ、と折り曲がった印は、俺が手を離すとすぐに元の状態に戻った。
印は多少ボロボロにされてもすぐに修復される。
まだ竜巻しか出せない……。竜巻しか出せない俺に、一体何が出来るんだろう。
でも、やるしかない。
俺は急いで教室に戻った――。

授業に戻ったものの、内容など頭に入るはずがない。
いつアナザーが来るか分からないってのに、気を緩められるわけがない。
それは速水も同じことだろう。
それに……あの時の運が良かっただけにしろ、俺は速水に勝ったことになる。
つまり俺より弱い速水と、まだ一人前にもなっていない俺2人がアナザーと闘ったところで何が待ち受けているか――それは容易に想像できる。
もし、命まで取られたら……どうしよう。この世界にはあまり楽しみは無かったけど、でもそれじゃあ今日死ぬかと言われれば素直に受け入れるなんて出来ない。
しかし時間は過ぎて行く。
何事もないまま……ついに、最後の授業が始まった。
チャイムが鳴ると同時に生徒が椅子に座る。
そのいつもの光景に俺はすっかり安堵していた。もうきっと今日はアナザーは来ないだろう、と……

先生が教卓に立った時だった。
一瞬周りの全ての音が消えた。目の前にいる先生に何の動きも感じられない。
周りを見ると、生徒達は全員不自然な格好のまま動きを止めている。
これは……?
立ちあがって教室を見渡すと、速水だけが動いて、俺と同じように立ちあがった。
「何だよ、これ。みんな動きが止まってる……」
「来た……」
速水はそれだけ呟いた。呟くと同時に俺の後ろから声が聞こえた。

「せいかーい!今、君ら以外は動きを止めてるんだ。僕の印でね!ふははっ」
妙に違和感のある高い笑い声に驚いて後ろを振り向くと、そこには中学1年生ぐらいの身長の、黒髪で可愛らしい顔の男の子が笑顔で立っていた。
「印?もしかして……お前がアナザー?」
俺は恐る恐る尋ねた。速水も息を潜めてその少年に意識を集中させた。
「わかってるくせにぃ!今日は君の『疾風迅雷』が欲しくて来ちゃった。ねっ、ちょーだい!ふはははっ!」
最後に高い笑い声を入れるのはこの子の癖なのか何なのか……。
高いテンションのまま少年は俺に手を差し出した。
俺の印を出せという意味なのだろう。
速水は、
「渡すわけないでしょ!人の印は、その人が死ぬまで奪ってはいけないことになってる!」
と叫んだ。
その声に対して、少年はゆっくりと首だけ速水の方に向けて言った。
「あー、速水家の子だよね?君の印は確か『鏡花水月』……ふははっ!安心して。そんな弱い印いらないよぉ。幻を見せる能力なんて子どもの玩具だもの」
速水は眉を吊り上げて苦い顔をした。
気に食わない子どもだ。
「渡せば……みんな元に戻してくれるんだな?今後一切俺たちに近づかないと約束してくれるか?」
俺がそう言うと、速水が駄目っ!と叫んだ。
「うん、もちろんだよ。”君には”近づかないでおこう」
「いや、駄目だ。今後一切、印を奪うなという意味だ」
俺は首を振って否定した。
少年はそれを聞くと少し首をかしげて、俺を笑顔で見つめた。
「それは無理」
「じゃあ……渡さない」
「うーん、交渉決裂。まぁどっちでも良いんだけね、君の答えがどうであれ僕はとりあえず殺せと言われてるんだから。ふははっ!」

少年は急に顔の表情を強張らせると、こっちに駆けてきて印を取り出した。
すかさず速水が印を取り出し、
「色即是空、空即是色……速水伝承の印、鏡花水月!!」
言うや否や、周りに大洪水が現れた。俺の周りにも水が覆っていくが、今度は苦しくない。
俺には技をかけていないからだろう。
大洪水はぐるぐると渦をつくり、やがて少年を巻き込んだ。
しかし、すぐに少年は叫んだ。この状況に置いて、なんとも楽しそうに。
「枯木寒巌!」
すぐに上から人間の何倍もの巨大な岩が降ってきた。
俺たちは避けるのに必死で、速水の印の効果も消えてしまった。
ドォン!ドォン!と、振り続ける岩はついに俺たちの前まで迫ってきていた。
俺は速水を俺の後ろに立たせ、印を取り出し、
「風宮伝承の印、疾風迅雷!!」
と叫んで竜巻を出した。出来る限り精神を集中させて、今まで以上の竜巻を――!
俺の前から竜巻が唸りを上げて飛び出し、俺の目の前の岩を吹き飛ばし粉々にした。
だが俺の竜巻は、まだ俺の精神力では何分も持たない。
次々と降って来る岩に押しのけられ、力が弱まった竜巻はついに消滅してしまった。
「くっそ……!」
もう精神力が残ってない……今ほどの大きさの竜巻を出すなんて無理だろう。なんて、なんて弱かったんだ俺は……!
俺と速水が諦めかけたその時――、

「火墨伝承の印、活火激発」

火墨家

火墨家

「火墨伝承の印、活火激発」
どこからともなく聞こえたその冷たい声とともに、教室中に物凄い勢いで炎が湧きあがった。
唖然として見ていることしかできず、速水と2人で呆然としているうちに、その炎は岩を包み込み、そして消滅させていった。
やがてその激しい炎も消え去り、静かになった教室には――アナザーの一員である少年が倒れこんでいた。
よく分からないが――助かったみたいだ。
そしてその倒れている少年の横には、俺たちを見下すような冷たい目をした、俺と同じ制服を着た男が立っていた。
「火墨伝承って、今言った?」
速水がいち早く反応し、その堂々とたたずむ男に問いかけた。
「……。助けてもらって礼も言えねーのか」
速水の質問には答えず、こちらを蔑むような口調で言った。
その男は俺より身長は低めだが、決して容姿は悪くない……どころか、俺よりも顔は断然整っている。だが表情は固く、常に相手を見下しているかのような目をしている。
クラスにいれば浮くような顔だ。そして黒い長めの髪の毛の一部を赤色で染めている。
なんとも目立つ容貌だ。
こんな奴が学校にいたなら1度ぐらいは目にしたことがありそうなものだが、まさか……まさか、速水だけじゃなくまだこの学校には印の能力者がいたなんて。
俺は何も知らなった。ということを今知った。

「ご、ごめんなさい。……ありがとう。あの、火墨家の人よね?」
その男の冷淡な目に押されたのか、いつになく弱気な態度になった速水が恐る恐る尋ねた。
「さっきそう言っただろう。耳が聞こえないのか?……お前は、風宮家の子か」
急に俺の方に目を向けた。
「こんな雑魚を2人がかりですら倒せないなんて……同じ印を持つ者として軽蔑する。恥さらしはやめろ。アナザーに、印を持つ者がこんなに弱いことを知らせてどうする気だ?あいつらは大喜びするだろうな」
吐き捨てるように俺たちに嫌味を浴びせると、こちらを睨むような目をした。
なんだ、こいつ……。態度悪いな。ちょっと頭に来るが、まぁ俺の心の広さに免じて許してやろう。
というより実際は、迂闊にこいつに口答えできない、そんな空気が火墨にはあった。
これが速水の言ってた、印を使える家系のうちの1つ『火墨家』の人間なのだろう。
こんな嫌味な口調のやつ、絶対仲良くはなりたくないし、なることも出来ないだろう。
それにしても、強かった。火墨は強かった。
俺よりもずっと……。俺と同じ歳ぐらいだろうか。なのに、こんなにも力に差があるなんて。
今までいつ使うのかも分からない印の能力を鍛えようともしなかった俺の弱さが今晒された。
火墨は何も言わず立ち去ろうとした。

「ちょっと待って!ねえ、火墨家は……印を何に使うつもり?あなたたち良い噂聞かないけど」
急に速水が火墨をそう言って呼びとめた。
俺には何のことだかさっぱり分からなかったが、前に速水が『火墨家には近づかない方が良い』と言っていたのを思い出した。
「何に使おうが印を持つ者の勝手だろう」
「勝手じゃない!この印は、世界の秩序を守るために存在してるのに、自分勝手なことしたら――きゃあっ!」
火墨はいつのまにか速水の目の前にまで移動していて、手から炎を出して速水の顔に近づけ、その火が徐々に速水の周りを覆った。
「自分の立場をわきまえろよ」
炎は速水を動けなくさせている。
「やめろっ!」
俺は咄嗟に印を出して、竜巻を出す。竜巻は火墨めがけて飛びだし、火墨の体を宙に投げ出した。
速水の周りの炎は消えてなくなった。
火墨は宙を舞ったが、俺の攻撃などまるで効かないのか余裕の顔で着地した。
「弱い奴が秩序を守る?違う、強い奴が世界を支配するんだ。それが自然な道だ」
そう言い捨てて火墨は消え去った。
俺と速水は唖然とするしかなかった。

「大丈夫か……?」
「うん、私は平気。それより……周りの皆が止まったままなんだけど、どうすれば?」
あっ!それを忘れていた。
俺たちの特殊能力を出しまくったが、クラスメイトには何の被害も出ていなかった。
みんな元の、固まった状態のまま。
きっと何かで守られているのだろうと思う。
アナザーもさすがに一般人を巻き込めば大騒ぎになるのは分かっているからだろう。
あの倒れている少年を起こして戻してもらうしかないわけだが……今起こせばまたやられてしまいそうだ。

「あと1時間もしたら戻るぞ」
教室の窓の方から声が聞こえた。
窓の外には親父がふわふわと浮いていた。
「親父!なんでいるんだよ……」
「4家系の会議が終わってな。アナザーがお前らの所に来てるんじゃないかと思って慌てて様子を見に来た。予想どうり来たみたいだな。だが良かった、お前らにしては上出来だ。アナザーを1人倒すなんてな」
親父は心なしか喜んでいるようにも見えた。
まぁ、いつも固い表情の人だからよく分からないけど。
期待を裏切るようだが、俺たちが倒したわけではない。
「違う、火墨家のやつが来て助けてくれた」
俺が説明すると、親父は少し眉をひそめて、そうか、とだけ返事した。
「とにかく、今世界中が静止しているが……この能力はおそらくアナザーの物だろう。だが、そう長くは持たないはずだ。あと1時間もすれば元通り世界は動きだす」
親父はそう言って、またふわふわと浮きながら家の方角へと向かった。

疾風迅雷(4)

疾風迅雷(4)

特別な家系に生まれた主人公、風宮ツグル。彼の家系は代々親から「印」と呼ばれるお札を授かる。これを使うことで、所有者は「印」の能力を引き出すことができる。風宮家は遥か昔よりこの世界の秩序を守るためにその能力を使ってきた。ツグルはこの「印」を疎ましく思っていたが、ある日1人の少女が現れて……。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-08

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  1. アナザー
  2. 2
  3. 火墨家