死にたがりの日記<5>

日記の一部をまた夢に見ます。

(これ、ちょっと・・・)
引いてしまうくらい後ろ向きの日記に少しだけ気持ち悪くなった。
うつ病って最近よく耳にするけど、彼女の日記は自分の想像に近いうつ病の症状をかもし出している。

定時で上がった俺は、すぐに家へと帰ってきた。
そして、着替えもせずに日記帳を開いた。
2日目の日記は、1日目よりも内容が重い。
でも、やはりハッキリとした状況は良く分からない。
昨日はこのまま寝てしまったことで、夢を見た。
(また、寝れば、夢で見られる・・・?)
俺は、ベッドに横になってみた。

何故だかは分からない。
この日記の主が気になった。
いや、もしかしたら、人の人生を覗くことにワクワクしていたのかもしれない。

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「タクト。ここ違います」
「えぇ・・・分かんない・・・」

俺はそんな声でハッと我に返った。
辺りを見渡すと、こじんまりとした部屋。
オフィスとでもいえばいいのだろうか。
そんな部屋にプラスティック製の机が7つほど並び、コルクボードで机が仕切られている。
机を挟んで向き合う、大人と小学生くらいの子ども。
その大人の中に、彼女がいた。
小学校1年生くらいだろうか?
プリントに向かって頭をかいている彼は今にも泣きそうだ。
「タクト。ここに書いてあるよ」
赤ペンで、プリントを指す彼女は昨日と表情とは一変。
穏やかな表情をしていた。
「あ。分かった」
子どもが、プリントに消しゴムをかけて、答えを書き直している。
答えが分かってほっとしたような表情の子どもに、「よくできました」と丸を書いている彼女。
「じゃあ、パソコンで好きなのしていいよ」
そう言われると、子どもはいそいそと筆箱に鉛筆をしまい、部屋の壁際にあるパソコンの前に座って遊び始めた。
彼女は、連絡帳と書かれたノートに何かを書きこんでいる。
「楓先生。これなんですけど、ユウにやらせてください」
「分かりました」
女性の先生に言われて、彼女はプリントを受け取った。

なんとなく聞き覚えのある名前。

『タクトやユウを担当して、少しだけ、私が役に立ったと感じられた?』

(タクトやユウって子どものことだったんだ・・・)
俺は、子どもと会話したり、勉強を教えている様子を見て、この場が個人個人に合わせた塾であることを理解した。
出入り口の所には『アクター』とかいていある看板が見えた。
この名前は、日記で見た覚えがある。
(ここが彼女の職場・・・なのか?)

子どもと向き合い、楽しそうにしている彼女は死にたがっているなんて微塵も思わせない態度だった。
顔では笑っているのに・・・。
(心の中では、日記に書いたようなことを思ってるなんて・・・)
人間は本当に分からない。
彼女は終始おだやかで、ちょっと遊び心を交えて子どもと楽しんでいた。
時には、子どもを叱咤する場面もあったが、それすら、子どもに必要だと言わんばかりの態度をとっていた。
それは、彼女だけではない。
そこにいる大人誰もが、子どものことを考えて行動しているのが雰囲気で分かった。
そして、彼女が仕事を楽しんでいることも・・・。

「お疲れさまでした」
彼女が職場を後にしたのは、日もとっぷりと暮れた遅い時間だった。
職場を後にした彼女は大きな道路沿いを歩き始めた。
俺はその後についていく。
現実世界なら俺は完全にストーカーだろう。
しかし、これは俺の夢の中。
2回目にして確信した。
俺の存在は彼女には見えないし感じることもできない。
そう思うと、以外に堂々とした行動がとれるものだ。
俺がそう思っていると、彼女がピタリと止まった。
(え?まさか!)
俺は、自分の存在がバレたのかと、焦った。
しかし、彼女はカバンをゴソゴソと探り、携帯電話を取り出して耳にあてた。
「お疲れ様です」
どうやら、電話がかかってきただけらしい。
俺はホッと胸をなでおろした。
彼女は、電話をしながら歩き出した。
俺もその後をついて行く。
この間と同じように、電話の相手の声も自分には聞こえる。
『お疲れ様』
相手は男性のようだ。
確か、日記に書いてあった。
澤田さん・・・だったか?
『彩花が中川さんと連絡がとれないみたいなんだけど、楓ちゃん、連絡取ってる?』
「すみません。3日くらい前にメールしたまま返事がないんですけど・・・」
『そっか。とりあえず、楓ちゃんからも連絡してみて』
「分かりました」
彼女はそう言うと電話を切り、メールを打ち始めた。
彼女の口からは軽くため息が聞こえた。
一瞬にして、彼女の気持ちが落ちていくのが雰囲気で分かった。
彼女は、そんな雰囲気のまま、帰路についた。

家に帰るとすぐに部屋着に着替えた彼女は、机の上にあるペン立てからカッターを取り出した。
(何をするんだ?)
様子を見守っていると、彼女は、ハーフパンツをまくしあげた。
そして、太ももに左手を添えると、持っているカッターを太ももに滑らせた。
「うっ・・・!」
衝撃で、声が漏れてしまった。
存在が気付かれないと分かっていても、慌てて口をふさいだ。
彼女は、カッターを太ももに何度か滑らせた。
1mm程度であるが、カッターの刃が太ももに埋まっている。
俺は立ちつくして、その様を見ていた。
きっと、死にいたるとか動けなくなるとか、そこまでの傷じゃないのは分かる。
たぶん、うっかりして、紙で指を切ってしまった程度。
でも、自分をそんな風に傷つけたことのない俺はただただ、衝撃で、動くことさえできなかった。
彼女の太ももにはバツ印の傷がいくつか出来上がった。
バツが紅いのは血がにじんでいるせいだろう。
彼女はいく筋もの涙の跡を頬に残して、その傷を眺めていた。
彼女は、鼻をすすると、日記帳にペンを走らせた。
相変わらず、目からは涙がぽろぽろとこぼれおちている。

『また、足にバツ印が付いたよ』
日記の一文を思い出した。
バツ印って、自分でつけた傷のことだったんだ・・・。

彼女は、日記帳を閉じると、布団に倒れこんだ。
仰向けになり、閉じられた瞳。
涙はとめどなく流れ続けていた。

死にたがりの日記<5>

ちょっと、意味不明?

死にたがりの日記<5>

日記の一部を夢に見た主人公。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-16

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