少年サトリ1
心が読める少年、通称「少年サトリ」が傷ついた人々の心を嘆き、その原因たる社会を変えるべくレジスタンスを結成し、社会を変えていこうとするお話。
反社会的であり、現実的でありながら、超能力や魔法が密かに存在する世界を書いていきます。
違う視点、本来見えない世界を表現できたらいいなと思っています。
テーマ、コンセプトは「本気で小説向けな小説を書いてみる」「知らない世界をわかりやすく伝える」の二点です
◆文章スタイル
最初に一マス空ける以外は小説の書き方を意識して書いてます、もし気になる点、良かった点、微妙だった点などがあれば教えて頂けると感謝感激です
◆更新速度
気まぐれです、グンと進んだり亀だったりします
1/見えているもの
私は自転車を取りに戻った。
いつもの暇な日常、デパートの帰り道。
空は曇り空、時々晴れ間、季節は初夏。
そんな日の事だ。
大学生の私はつまらない、ホンットーにつまらない講義を受けていた。
おもしろいかもしんない、って思った講義も、蓋を開ければ爺婆のつまらない長話だ。
救いも導きもあったものではない。
そして出会った人間は、私の自転車に腰をかけて、私にこう、言ってきた。
「果たして、それは事実だろうか」
◇
『1/見えているもの』
鈴木薫。
それが私が親から貰った名前だ。
裕福でも無く言うほど貧乏ではない家に生まれて、教育熱心な親にピアノを習い、塾に行かされ、点数はそこそこ、おそらく陰口多き友達と冷めた付き合いをしている、私もしているし。
つまらない日常だけど、私は親に感謝をしている。
勿論先生や世話になった友達にもだ。
まあ、当たり前な事だが。
「マジあいつは無いよ!
頭は悪いわ口は悪いわ、性格もひんまがってるしさあ」
隣で歩いている人間、私の悪友だ。
こいつは毎度バカだと思う。
何故私に延々とひっついてくるのかすらわからない、というか、本人にもわかってない。
「……じゃあ別れればいい」
「そーいうと思ったよ~?
でもさァ、あたし一人はイヤなわけ!
他の人がリア充自慢するのにも~~~~耐えられないワケッッ!!」
「気にするなよ。疲れるだけ」
「薫はよくクールで居られるねえ!?
考えてもみなよ、話の流れでさあ、『智子にはわかんないよね~彼氏居ないからぁ』なんて言われてみなさいよ!」
顎をしゃくれさせて、ブサイクを作って智子はその友達を批判している。
きっと私が休むと私もそういうふうに周りに言うんだろうな、こいつ。
だが結局考えるのもめんどくさくなり、放棄しては話を切り替えるワケだ。
皆感じてること、当たり前な事だが。
「結局は智子が気にしてるからカンにさわるのさ。
気にしない気にしない。
無関心が最大の防御であり、最大の攻撃よ」
「チョットくらい同意してくれてもいいじゃん」
「うん、同意はするよ、智子の言いたい事はよお~~くわかる。
それはホント、でもそれとこれとは話はべっこ。
確かに自慢げに言う奴はイヤよ、恵子でしょ?
私もあの子は嫌いよ。
名門狭間大学のサッカー部エースをたまたま渋谷で逆ナンパしてたまたま連絡先ゲットしてたまたま彼女になっただけじゃん」
「あ、薫も嫌いなんだぁ?」
「あったりマエダのクラッカー。
虎の威を借る狐。
天狗仮面をかぶった奴は天狗の世界から落とされるの」
「そんな話あったっけ~?」
「……今作った」
「やっぱり!?
それより恵子よ恵子~~~~~~!」
頭戯智子。
こいつは本当に仲が良い。
私はこいつを良い人間とはあまり思わないが。
悪い人間とも思ってない、まあ、害悪なところはあるけれど。
何せバカだ、何も考えないで話しているんだろう。
名前の通り、「頭」で遊「戯」して「知」った気になってる痛い「子」。
……む、知るの下の日がどっか行ったな。
「ところでさ!」
そんな智子から驚きの発言を聞いた。
「『少年サトリ』って知ってる?」
「少年……サトリ?
サトリってあの猿の妖怪のヤツ?」
「そうなの?! さっすが! 詳しいなあ薫!
でも知らないの? 近くにそういう変質者が居るらしいのよ!」
サトリ。
心を読んで人をあざ笑う妖怪だ。
確かパニックになった人が桶を足で飛ばしてぶつけたら、人間の無意識の行動を恐れて逃げたっていう、昔の妖怪。
つまり、逸話だ。
それを名乗る人間。
すぐに変質者だとわかる、極めて厨二病、痛い子。
「心を読んでくるんだって!!」
……は?
「びっくりだよね! ありえないよ!
しかもさあ! 顔は整っててイケメンらしいのよ!
読まれたい! ドコに居るのかな!」
「新聞とかテレビにも聞いたことない話ね、都市伝説だろ」
「いんや! 違うのよ。
カ レ シ よ、カレシから聞いたの」
そうふんぞりかえって言うのだ。
智子お前、今恵子と同じ事してんぞ。
って言いたくなったが、その『少年サトリ』に興味を惹かれた私は、黙って聞いていた。
「ちょ~~~怖くて逃げ帰って来たんだって!」
「で、ホントに心を読まれたの?」
「そうなの! 丁度そのころ考えてた事を言い当てられたんだって!」
「フン、会ってみたいね」
「でしょでしょ!?」
「ホントに居るなら」
「え~~~、もう、信じてよー!!
私たち親友でしょう!?」
「私はアンタを親友と思った事はない」
「ガーン、しょぉっくぅ~~~~」
そして私たちは講義の席に座った。
◇
少年サトリ。
そのワードは頭から離れてくれなかった。
心を読む。あり得なくはない。
だが先の話には異常性が感じられた。
何が?
……そうだ、少年サトリは、見ず知らずの人間に対して突然言い当てて居る。
不可能な事ではない。
ストーキングした上に、読心術があればそうやってからかうのも可能である。
しかし何か違和感があるぞ。
……引っかかるモヤモヤを考えるのをやめにして、とりあえず結論を一つ。
その少年サトリに会ってみたい。
何せイケメンだと言うじゃないか。
それに私の好奇心を納めてくれるはず。
◇
だが、まさか、あんな形で会うことになろうとは。
考え事と恵子への陰口で講義を済ませ、カップ麺を買って、私はアパートに帰ろうとしていた。
そして駐輪場で自分のシルバーの自転車を探していると、おいておいたと大体検討つけたところに、もう一人が自転車のサドルによりかかり、腕を組んで、空を眺めている。
誰か人を待ってる風情だ。
自分の自転車らしきものに、鍵を入れる。
回らない。
また、見当をつけて、シルバーの自転車に鍵を入れる。
回らない。
ほかのはわたしのとはかごや形状が違いすぎる。あり得ない。
そう思って盗まれたか? と焦り、周りの自転車を一つ一つ見ていく。
そのうち、さっきの人を待ってる風情の男が、こちらを見ているのに気がついた。
猫背で姿勢の悪いひょろい男。
顔だけは整っているが、表情はそこまで良くない、目がジト目だ。
その寄りかかってる自転車は、シルバーだ。
まさか、いや、あれは、間違いない、私のだ
「ちょっと! あんた! 何見てるのよ! それあんたのじゃないでしょ!」
「……」
「なんとか言いな! それ私の自転車!」
男は目を閉じると、さらに頭を下げて。
「はあ……」
ため息をついた。
「なんなのあんた、窃盗で訴えるよ、どきなよ」
「君はこの自転車が、自分のものだと言うんだな」
「そうでしょ、ああ~~~見れば見るほど私の自転車! 間違いない。
どいてよ、あんた」
『果たして、それは事実だろうか』
男は済んだ目をしている。
まっすぐだ。
「……??」
なんだろう、不安になった。
この男、真実とか言ったか?
臭い表現だ。
だが彼には何か、そのニュアンスが似合っている風情さえした。
「君は今この見ている自転車を見て、これは私のだと言った」
「当たり前でしょ」
「でもそれは本当か?
良く見てくれ。これは本当に自分の自転車か?」
「~~~???」
じっくりと見つめる。
私の自転車に見える、見えるぞ?
どう見てもそう見える、何度見て……。
あれ? 私の自転車ってこんなに錆びていたっけか?
カゴにあんな凹みあったっけ?
もしかして違う?ウソ!?
で、でも、じゃあ私の自転車はどこ!? あり得ない! 他のは違う!
違うはず!でも……今更になってそれにすら自信が持てない……!!
見れば見るほど、違うような、あってるような……!?
見慣れているはずだ、私の自転車なら……!!
「ち、違うのかもしれないけど……
そ、そうだ! 鍵! ここに鍵がある!
回せばわかる!」
そう言って、鍵を手に持ち、私は自転車に近づくと、男は突然降り。
「まって、良く考えてほしい」
手を突きだして制止してきた。
「やっぱりそれ! わたしのでしょ!?
だからとめんでしょ!!?」
「君はなんで俺が君を止めているのかわかっているのか?」
「……?」
変質者だから?
いや、こいつは頭がいい、なぜかわからないがそう感じる。
じゃあなんでこいつは私を止めるんだ……?
作戦?そうやって私を混乱させる気?
「騙されない! 近寄られたらバレるからだろ……!!」
言った後に思った。
それも変だ、ならもっと焦るだろう?
「君は」
男は話に割り込んできた。
「君は最初何故俺を疑ったのか」
「そ、それは……自分の自転車を探し回って、似ているものに鍵を通して、開かなくて、丁度あんたが私を見ていたから……!
その自転車の形を見て、自分のって……思って、たし……。
とにかく見ていて私のに似ているから!」
「果たして、それは事実だろうか」
「……え!?」
「まずキミはもうこれが自分の自転車かどうか、見ることでの特定を辞めている。
さらに。
俺はいろんな自転車に鍵をかけてる君を見ていた。
君だって、見るだろ?
他の人がいろんな自転車に鍵を通していたら」
「そ、そりゃあ、ちらり、とは見る……!
でもあんたずっとこっち見てたでしょーーー!!」
「いいやそれも果たして、事実か?
たまたま目があった、そして君もこちらをみた、お互いの意識がお互いに行った。それだけではないかな?」
「……そうよ! そのときあんたは私を止めた!! あんたの自転車に鍵をとおせばわかること!」
さらに一歩踏み出す。
一度鍵を回せば、そうしたら、お互いに気持ちが楽だ!
すっきりする、はっきりする! さわりはしない! 鍵をとおすだけ! 違えば開かない! やるだけタダ! 拒否する理由はない!
だが、体は次の言葉で止まった。
「この自転車の持ち主が他の人間に、それは俺のだ、と言われた時、持ち主はどう思う……?」
「……え? ……え!?」
なんで!? なんでこいつ動じない!?
その鍵穴が回ってしまう鍵を! 私は構えているのよ!
あんた知ってるんでしょ!? それがあんたのじゃないって! しってるんだろーーーーー!!!?
それでもこの男のクールな声、考えずにはいられない。
怖い! 怖いものには考える!
それが人間が自然のなかで行ってきた行為だからか、自然とそうなる!
そして意味不明だ! 考えれば考えるほど!!
自分の自転車に他人が近づいてきて、それはわたしのだって言ってきたら……確かにイヤだ、イヤだけど! ここまで言い合いになるのなら一度鍵を通してしまった方がいいだろう……!
そうに決まってる……!
「こいつ、さては窃盗犯か? と、俺は疑うね」
彼は自転車の前に出た。
確かに、窃盗犯と疑われれば遠ざける、どれだけ言い合いになろうがやるだけタダだろうが関係なしだ。
「……!!」
今、考えていた事がつぶされた!!
もしかして――!! もしかしてこいつ――――!!
こんな事が出来るのは……! もしかして……!
「あんたは少年サトリかあァァーーーー!!!?」
しん。とした静寂。
近くに自転車を取りに来ていたおばちゃんが、丸い目をして、引いて駐輪場の奥まで歩いていった。
冷や汗が止まらない――!!
「いま、君、すごく痛いのわかってる?
突然叫びだして」
はっとした。
確かに叫んだのは私だけ。
こいつは感情論を何も出していない。
私一人が焦っている。
困惑している。
「とにかく、俺は君を窃盗犯と疑う。
そんなやつから自転車を遠ざけるのは当たり前。
いったん鍵穴をゆだねれば終わりとも感じる」
「う……う……!!
もっと焦るだろ! 盗まれるって思うなら!」
「そこがキモだ」
男はそう言った。
「最終結論を下す……!
キミは自分の五感で感じ、記憶で感じたすべて!
キミの見ている世界に自信が持てない!」
「……!?」
「そうだろう? 鈴木薫。
そして感じたはずだ。キミには俺の問答が効いた! 考えたはずだ! 疑ったはずだ!自分の五感、感覚、記憶を!
キミは他を理解する事が出来る人間だ!
自分の知らない事を知ろうと出来る!
自分の信じていた世界を崩してまで、真実を求めた!」
な……なんなのこいつ!?
やっと思考が戻ってきた、これは私の自転車ということか?
し、しかし。わけがわからない、考えがごちゃごちゃだ。
自分の名前を呼ばれたことに違和感を感じないほどに。
「う、ウソをついたな!!
それは私のじてん……!」
「その通り、だが。
俺はこれが自分の自転車なんて言ってない」
「屁理屈だ! ずっとその前提で話を……!!」
「まあ聞け、物事には順序がある。
今キミの中では俺は確実に変質者で気違いだ。
だが今のキミなら体験したばかり。
可能性を感じるはずだ、疑えるはずだ。
俺がどうしてこんな事をしたのか?
れっきとした理由があるのではないか? と。
不思議に思う気持ちが芽生えているはずだ」
「う……!!」
言われてみればそう思う。
だって気違いにしては、落ち着いている、変質者にしては、目は据わっているし、堂々としている。
あり得る! 今ならそういう理由があり得るのかもしれないと考えてしまう!
だがあれだけ振り回されて……!
「それはキミの心にその考えを理解させる為だ。
正直、自転車のクダリなどどうでもいい、些細な事さ」
……!?
何も言ってないのに……答えた!?
「おっと、先の叫び声に対して答えていなかった。
ご名答。
俺こそが、少年サトリ。だ」
……本物だ、間違いない……!
今までの完璧なタイミングの語りかけは……!
こいつは……ホントに人の心が読めるんだ……!!
◇
「何が良い?」
「何でも」
そもそも飲む気がないし。
「キャラメルマキアート、二つで」
「サイズは?」
「グランデを、二つとも」
少年サトリ。
この男はそう名乗り、私をスタバへと引っ張ってきた。
特にサークルにも入ってなかったため、てんで暇だったので、暇つぶしに良いかもなと思っていた。
色白で、細い体。
老人とまでは行かないが、すごく猫背だ。
ノートで人を殺す映画があったな、あれ程ではないが通じるものがある。
「出来るまで少しかかる、荷物をおろして席を取っといてくれ」
そう言うと、肩に掛けていた自分のバッグを投げて寄越してきた。
「はいはい」
まあ、多めに見てやろう。
「お待たせしましたーえっとー……」
「ああ、どうも」
店員がレシートの番号を読み上げる前に、サトリはコーヒーを持っていった。
おいおいおい、まあいいけどさ……。
「さて……」
サトリは私の前に座った。
そして少しイスを引いて、コーヒーに手を伸ばした。
「俺の目的、についてだけど」
「おー、なんなんさ」
「……」
くいくい、と人差し指を二回曲げてくる。
「喧嘩? 買って欲しいのか?」
「違う、耳寄越せ、知ってて言ってるだろ薫」
「はいはい」
机に身を乗り出して、耳元で信じられない言葉を聞くことになる。
「……レジスタンスを作り、世界を改革する」
「……ッッ!?」
「テロリストか? だと?
随分悪い言い方だな。
テロリストは国を潰す目的、レジスタンスは国を改革する目的。
する事は似ていても本質は違う、真実はそこにある」
体勢を元に戻す。
「んで?
なんでそんなことを?」
「話が早いな。
俺はこれから薫にとって知らない話をするだろう。
知らない世界だ、可能性を感じて聞いて欲しい。
いいか?
この世界は連合を組み、会議し、通貨を作り、あらゆる平和を築いてきた。
だが、政治家は今の政治や経済をより良くしようとしている。科学者は技術をだ。
だが、『心』については誰も触れていない」
「心なんてなくたって人間社会やってけんだよ」
「果たして、それは真実だろうか?
三十代の人間の自殺は増えている、人は人を殺してるのだ。
社会で、世界で人間を殺しているんだ」
「能力の無いヤツは切り捨てられる、当たり前だ!」
「果たして、それは真実だろうか?
心と体がちくはぐになり、社会生活をやっていけない人間は増加している。
人の心は傷つきまくっているんだ」
「じゃあどう……!」
「だからこその、反(社会)組織」
……なるほど、こいつは、こいつらは心の解放を望んでいるのか。
「どうして傷つかなければ良いんだ?
どうして皆目に見えない心の傷なら容認出来るんだ。
俺にはわからない。
子供の頃から心を感じていた俺にとっては、心の傷はつらいものだ。
決して無視出来るものではない……ッ!!」
「アマちゃんってだけかい?
この社会に便乗して我慢して生きるのが楽に決まっているだろう?」
「この社会を完全に破壊するのはテロリストの仕事。
俺たちはあくまでレジスタンス。
薫は知らないんだ。
その社会にどうあがいても入れない人が居る事に」
「~~~……私にその話をするワケはなんだ?」
「キミに入って欲しいんだ。
俺たちの組織に」
「……別に私はこの社会でやっていけるし、勉強してるし、アンタの方針に賛同する理由がない」
「……よく考えてくれ。
これからの社会になにが待っているんだ?
仕事して仕事して、法律は形だけ、労働基準法なんか適用されない。
頑張っても上司のミスを擦り付けられる。
何もしてないのに一人歩きした噂だけで会社から追い出される。
いじめの内容はトイレに行ってる間にデータを消されたり。
カエルの解剖したものを靴に入れられていたり。
間違えたと言って期限ギリギリの原稿をシュレッダーにかけられる。
いいか、お前が希望を抱いている世界にはこれだけの武器が存在する。
安全とは誰が言った?
そんなものはない。
体の安全は保証されたが次は心の安全だ。
心の安全はこの何千年で全く進歩していない……!
常に心に剣を突き立てて居るんだ……!」
う……言われてみれば、不安になってくる。
確かに、どうにもならないのかも知れない。
「カウンセラーは話を聞いてアドバイスしてマシになる。
相談役の人に言ったところで、その人間に可能かどうかは問わず、解決案を提示するだろう。
だが脅威は依然増え続けている。
どうすればいいか、個人の意識などでは到底不可能。
カウンセラーや相談では役不足だ。
精神に対しての、世界の認識を変えなくてはなるまい……!!」
「……だからさ、我慢すれば……」
「人間は我慢することに慣れてしまった。
だからそれが不可能という世界を知らない」
「……?」
「来たまえ、一度レジスタンスに」
そう言うと、余ったコーヒーを持って、歩いて行き、一口しかつけていないエルのコーヒーを捨て口に流し込んだ。
「行こう、薫」
「……ところであんた……私より年下だよね」
「おー」
そういえば、という感じに、サトリは目を丸くしていた。
◇
新宿には、真実の目という作品が展示されている。
どの角度から見ても、こちらをみている不思議なモノだ。
私たちはそこに寄りかかっている。
「……ねえ、何時行くの?」
「だから今向かってるだろう?」
そうだ、こいつがそう言っていたから電車で来た私は帰りは何時頃になるかを計算していた。
「……この待ち合わせに丁度良い目印なだけのコレに寄りかかってるだけじゃ……!!」
何時になることやら。と言いたかったのだが。
瞬間のことだ。後ろにあるはずの真実の目を裏から見ていた。
何を言っているのかわからないと思うが、突然、真実の目を壁の中から見ている。
「え」
そんな間抜けな声が出て、その真実の目が遠くに小さくなっていく。
そしてすり抜けたように落ちている事をやっと理解したときに。
「何これええええ!?」
と叫ぶしかなかった。
とうとう目が見えなくなると、落下してるのか、寝ているのか、立っているのかわからない空間に居た。
初めて、サトリが上から見下ろしてるのを見て、ああ、寝ているのか、私は、と自覚した。
「ほら、動かせるか?」
サトリが手を差し伸べるが、私の腕の動きは鈍く上がった。
そもそも違和感がある。
遠ざかった真実の目、私は落ちていったはずだ。
なぜ落ちた衝撃を感じなかったのか、何故床に寝ている感触が無いのか。
「この作品はちょっとした工夫がしてあってね」
引き上げられる。
足は立っているはずだ。
だが自分の体重を感じない。
真っ黒な空間、光源も無いはずなのに、サトリの姿と自分の体は明るく見えている。
「何コレ?」
「精神力の空間とかそういうもんだと思っている」
「良く知らないのかよ」
「何せ作ったのは俺じゃあ無いんだ。
俺も最初は信じられなかったよ」
「何だよそれ。
あなた人の心が読めるんでしょ?」
「そりゃあ、そうだが……。
だからこそ、こんな事もあるんだなって、今は受け入れてる」
視界の隅に明るい空間が現れた。
「改めまして、ようこそ、我らがレジスタンス、審判の眼に」
立っているのに下にある空間が上がってきたのか、自分たちが降りたのか、そこに吸い込まれて、立った。
「名前が厨二病だと?
じゃあ薫が考えてくれよ」
「そもそもまだ入る気無いから」
「すぐ変わるさ、きっとな」
不思議な場所だ。
私たちが衝撃もなく降り立ったのは、一軒家の前。
道は煉瓦の華やかな道で、フランスあたりの明るい色の石道を感じさせる。
そしてその道は続いておらず、家と、その手前にある道だけが、黒い空間にフェードアウトするように消えている。
「ここ、現実……じゃあない……な……?」
「俺にもよくわからん、ここについてはここを作ったメンバーに聞いてくれ。
……まあ、とりあえず、中にどうぞ」
サトリが扉を開けて、中を見せてくれた。
壁が無く、だだっ広い空間に、奥に階段が一つ。
カーペットが敷いてあり、収納スペースすらない空間だ。
だが、そこに居る人々は普通ではない。
「お帰りサトリ~!」
立っていた少女は、サトリに抱きついた。
すると少女はサトリの首に腕を回してこちらを見る。
「サトリ? その女は誰? 彼女?」
腕を首に回したまま言い放つ言葉ではない。
「薫だ。
一風変わった仲間になれるかも知れない候補だ」
「一風変わった!?」
目の前に居る女の方が一風変わってると思うんですけど――!!?
「おっと失礼、確かに薫、君は世間一般では普通だろう。
でも、ここに居る者達にとっては、君が一風変わった者だ」
「決してあんたが特別って訳じゃ無いわよ?」
わお、好戦的。
「ま、まあちょっと黙っててくれないか? エミ」
「えー、私そろそろアレなんだけどなあ」
「わかった、それは話が終わったらすぐ済ませよう」
なんだろう、アレって……。
「薫、ここに居る下々は、社会にどう頑張っても馴染めない本心を持った人間達。
よく言えば、個性的。
悪く言えば、協調性のないやつら。
本心をわかってしまった彼らはそれをつぶし切れない人たちだ。
自分の心に嘘をつくことは叶わず、自殺する直前や、絶望した所を、俺がこちらに引き込んだのだ」
「……。
それがほとんど女ってどう言うこと?」
部屋の中には、女が多い。
見渡すだけでも、20人くらいのうち、三分の二くらいが女性だ。
「女性は心に敏感だからな」
サトリはエミという女の子に引っ付かれたまま、気だるそうに猫背で喋っている。
「そゆこと!」
するとエミはサトリに同意した。
「……あんたら付き合ってるの?」
「……いんや?」
「いんやって……」
「エミはそういうやつなんだ」
サトリはエミと呼ばれる少女の頭をなでている。
「あんた、変な宗教で女連れ込んでたぶらかしてるとかそんなん?」
「んなわけあるかばっきゃろう。
ホラ、エミ、誤解されてるって」
「何言ってるの、誤解なんてされてないわ。
サトリは私のオトコなんだから!」
「――……」
しら~~……。
「だあぁっ! 違うって、薫!
エミはいわゆるビッチなんだ。
ヤリ手ってことだ」
「ほ、ほう、それでアンタはそれに乗ってると……やっぱ変な宗教じゃないの?」
「……ううむ、やっぱそうか。
エミ、言っても良いか?」
「どうしよっかなー」
「良いのな」
「あーん、ずるい~」
どうやら心を読んだようだ。
「エミは幼くして虐待を受けていてな、彼女は人間恐怖症なのだ」
……!?
そ、それにしてはアンタにべったりですがあああ!?
「あ~、これは、まあ。
俺が心を読んで説得させた上に、エミを守る事にしたんだ」
「私とも堂々と喋ってるのはどういうこっちゃ」
「エミがここまで元気で口がなめらかなのは俺が居るからだ。
名付けて少年サトリ依存症」
――こいつふざけてんのか。
ドヤって目でこっちみんな。
見るなってばサトリ!! おめえ声が聞こえててやってるだろ!
「ぷっ」
――笑いやがったああああ!!
「まあまて、おちつけ薫、俺が悪かった。
話を戻すぞ、幼い頃から虐待を受けていたエミは、人間恐怖症だ。
学校じゃあ他人が怖くて仕様がない。
家では親が怖くて仕様がない。
外を出歩けば知らない人ばかりで仕様がない。
味方を作るのが苦手だったこの子は、世界から孤立した」
「……」
「自分に自信が無かった。
なぜなら誰も自分に見向きしないからだ。
親は叩いてくるし、先生は優柔不断で手の焼く生徒を怒ってくる。
やがて彼女は居場所を無くしたまま、13歳まで生きた。
想像出来るか?
毎日親から叩かれ罵声を浴びせられ続け、学校に行っても根暗と相手にされず、虐められ、先生はそれをどうしようもないと遠巻きに見る。
外に出れば、彼女にとって、無視か、暴力しか与えてこない他人が沢山居る。
彼女は発狂した。
静かに。
それは彼女の感情を殺した。
自律神経失調症だ。
昼夜は逆転し、体調は安定しなくなり、ストレスから彼女は血が出るまで自分の肉を噛んだ。
やがて何も考えられなくなってきた頃、暴力や無視という事に慣れ、そろそろ死んでしまおうかと考えていた頃。
彼女に奇妙な転機が訪れる」
エミはまっすぐこちらを見ている。
泣きも俯きもしない、なぜ私の方が俯いてるんだ。
「彼女は父親に犯された」
サトリからは躊躇なくとんでもない言葉が飛んできた。
「――!?」
「彼女にとって、それは嫌という実感は無かった。
嫌な事を忘れるために、精神は順応する、彼女は苦痛に対してのセンサーがおかしい状態にある。
つまり、抵抗感の無い彼女が犯されて感じた事。
それは――」
な、なんか、話の糸口が見えてきたような。
え、でも、そんな、まさかな――。
「気持ちよい、肉体的快感」
「うっ――!!」
え? そんな事、え??
「やがて彼女は性的暴力を望むようになった。
だが母親はそれを見て泥棒猫、と彼女を罵倒するが。
彼女にとって辛いことは感じにくい。
苦痛を苦痛と認識出来ない彼女は、その罵倒をどうでもよいと捕らえていく。
そして家庭は崩壊し、父親は母親に殺された。
母親は今は刑務所、エミは援助交際で一夜一夜を過ごしていた。
アザだらけのビッチが居る。
すげー性欲過多でなんだか人間味が無くて怖い。
そんな噂を聞いた俺が、彼女をネットの出会い系で誘って、ホテルに行ったところで、心を読んだ」
「…………」
何もいえない。
そういう世界があるのか?
あり得るのか、なんなんだそれは、そんなことあっていいのか?
それで良いのかあんた?
そんなでいいのか!?
わからない、わからないのに、話の筋が通っている?
心を読むこいつの力は本物だ。
嘘をついてないとしたら。
彼女のそのクセは治しようが無いのか?
「まあそういうことで、彼女はセッ」
「わー!! 言うな! 言わないでいいからサトリ!」
「……察しが早くて助かるよ。
アレが生き甲斐で、大好きな事で、心を完全に理解する俺が居ないと不安定になる。
なるべくアレをやってないと、こいつはすぐ死にたがる」
「だって生きててもつまらないじゃーないの。
私はサトリと一つがいー……」
くーっと、サトリを自分の体に押しつけるエミ。
私はそれをぽかんと見つめるしかなかった。
「俺はこいつの真実を受け入れたい。
エミが良くなるまで支える事を決めた。
エミは何も悪いことをしてない、報われるべきだと思うから」
「え、て、事はよ? サトリも好きでもないのにそういうことヤリだすんか!?」
「いや? 好きだぞ、気持ち良いじゃんか。
男子は大抵そんなもんだ、それに、彼女もそれで気が良くなるなら、しないては無いと思うんだが」
すまし顔でそういうサトリ。
こ、心が読めるってこういうことになるのかあああっっ……!?
「サトリー、うずうずするー」
「……、今日はお手柔らかに頼むよ?エミ。
あ、そうだ、薫、そこらの奴らに話しかけてみるといい。
教えてくれる奴はココに来た経緯を語ってくれるだろう」
「あ……うん」
「じゃあ、レジスタンスに入る件、良い返事を待ってるよ」
そういうと彼はエミと共に、階段を上がっていった。
「あ、あんた達、よくあんなの知っててふつうで居られるね」
周りの少年少女にそう聞くと、一人の少女が答えた。
「私たちだって誰かに理解されない局面を持ったクセ者よ。
彼女を否定するのは自分を否定するのと同じ。
どれほど苦痛かわかっていてよ」
あ、なんだ、まともそうな人もいるじゃないか。
「あなた、なんて言うの?」
「形骸黄色(けいがいきいろ)」
「……?」
名前が変だっ!!
変だろ!?
なあ変だよな!?
「形骸家って聞いたこと無い?」
「……形骸? 聞いたこと無いよ。どうかくの?」
「形にムクロよ」
うわー……。
「私はヤクザの幹部の長女なの」
うわあああああああああ!!!?
「な、なんでこんなところに?」
「んー……、あのサトリがね、私たち姉妹をかくまってくれるって言うから、ココに」
「……え?ここの全員、サトリが養ってるの!?」
「ほぼ全員、ね」
「でもなんで姉妹で?」
「最高の地位でない私たちはヤクザ社会でちょいと利用される。
私は高校に上がってから望んでない野郎とエミの大好きな事をさせられた。
まあエミのようにはならなかったが。
私は家とか親とかどうでも良いから、妹の紫紺(しこん)をそういうところから遠ざけたくって。
妹と一緒にここに居るの」
「……? 妹さんはどちらに?」
「あなたの後ろでなんかしてる」
「――ぃいいいい!!?」
飛び跳ねて後ろを見てみると。
「あらま、姉さんと話しててよかったんに~」
「――……あ、あなた、何してたの?」
「ねえねえ~」
「は、はい?」
「姉さんカッコいい~?」
「そ、そう……ね」
「だめだよ姉さんは渡さないかんね」
「……え? ……え?」
なんだこいつううううう!!!?
「おい紫紺やめろ。
悪いな、えっと、薫。
紫紺は私がいろんな事助けてから私に対してずっとこんななんだ」
「名付けて形骸黄色依存症とか言わないでね」
「何故バレたし」
うわー……。
「あんたはサトリに何もされてないの?」
「サトリとエミみたいなことはしてないよ。
私はサトリに良くしてもらってるだけだ、あいつに協力するのは妹を助ける力をくれたお礼がしたくてな」
「べつにサトリなんか居なくても黄色姉が居たら大丈夫なんに」
「紫紺、そんな事言うんじゃあないぞ」
「はーい」
「ず、随分クセのある妹サンで……」
「……だよねえ、やっぱ。
もっと他人にベタベタして欲しいものだよ」
そう言って黄色は紫紺の頭を撫でるが、紫紺は頬を膨らまして姉を見ている。
「厳しくしたら?」
「私にはこの子しか居ない。
学校ではビッチ扱いされるし。
殺し合いもなんどかした。
紫紺は私にとっての大きな存在なんだ」
「……うわ」
思わず声に出てしまった。
「あんたら……は。
黄色達はサトリに協力したいのね」
「まあ、ここに居るみんなそうだろうな。
何せサトリは私たちにとっての救い主だからな。
みんな私を同等に見てくれない中、サトリだけは違った。
アイツは、私と会うなり、両手を広げて、言ってくれたんだ。
『よく、がんばった』って」
「……」
「サトリは私の家の追っ手を倒してくれて、私はこのレジスタンスで生活している。
もう一年近く、外には出ていないんだ」
や、ヤクザの追っ手を倒すだって!?
「ちょっと待て! あんなひょろっちい男のどこにそんな力があるんだ!?」
「……?
言われてみれば、確かにそうだな」
「なんだよ、不思議に思わなかったのか!?」
「……サトリの超能力を見ていたり、この場所で生活していたら、てんで忘れていたよ」
「どうやってアイツはヤクザを倒したんだ!?」
「……どうやったんだろうな、突然ヤクザの足に風穴が空いてな。
二人とも、振れてもない遠距離でだ。
そのまま救急車に運ばれていった。
サトリは彼らをしっかり見つめて、手を開いていた。
だから、彼が心を読む他に何か能力を使ったんだと、私は思ったんだ」
「心を読む他に?」
「ああ、確実に手を下したのはサトリだ。
風穴をあけてからすぐ歩きだしたし。
不思議がることも全くなかったからな」
「……まじか」
「マジだ」
……どうやら、非現実的な力を身につけているのが、あのサトリらしい。
非現実的と言えば……。
「ねえ、この空間は誰が作っているの?」
「あそこに居るケイだ」
「おうっ、オレがケイだ」
その男はすぐにこちらに返事を返した。
私からは何も聞いてないが。
「……あんたはどうしてここに?」
こいつ、てんで元気じゃあないか。
ふつうに見えるぞ。
てんでふつうに見える。
「あったりまえだのくらっかー。
社会生活に馴染めなかったからだあよ」
うわあ……こいつと私が同じギャグセンスかぁ……。
なんか凹む。
「……そんな風には見えないんだけど」
「ん、確かに周りの人よりオレはふつうに見えるかもな」
「は、よく言うぜ、ケイ」
黄色が苦笑してケイに反論した。
「あんたは望んで変になったんだろが」
「そそ、ソユコト」
「……望んで? 変に?」
言ってる意味がわからない。
こいつは、変になりたかったってことか?
「なああんた、愛想とか嘘とか付いてる?」
「は?
……まあ、つくぞ、それが何か?」
悪いかこの野郎。
「いやねえ、オレはそういうのメンドクサくてやめにしたんだ」
「……それでどうして社会に居れないの?」
「オレはやりたくない事は絶対やらない。
たとえそれが社会に生きる為に必要な事であったとしてもだ。
だから仕事が出来ない、勉強も出来ない、人付き合いもまともに出来ない」
「……んん?
あんたはエミとか黄色と違って、やる気ないだけって事じゃあないのか?」
「なあなあ、じゃあ聞くけどさ、やりたくない事やったときのストレスってどこに行くと思う?」
「……?
そんなん、墓まで持ち帰るだろ」
「それがね、あらゆる事を通してでも介してでも、自分が心を許せる人に行くんだ。
自分が頼れる人だったり、大事にしたい人だったり、相談相手だったり。
オレは自分の味方だけは守りたかったから、自分に素直でありつづけようとしてるんだ~」
「……ストレス当てないで我慢しろよ……」
「サトリはオレの我慢だって見抜いちまうだろ」
「う、そ、そこでサトリを出すなんて卑怯だぞ!
アイツならどんなストレスでもすぐ暴くじゃないか!」
「おう、オレはそんなサトリを大事にしたい。
だから、正直で居たい」
「……」
そう言ってから彼は上を向いた。
「エミ気持ちいーんだよなー……」
ぬあに言ってんだおめえええええ!!!?
「な、正直者ってこういう事サ。
こんなヤツは嫌われるワケ。
オレは今ちょっと欲求不満。
あんたとヤっても御の字」
「もっとオブラートに包めよ……っ!」
「嫌だよメンドクサい」
すまし顔でそう言われてもだな……。
「ってか、ここ作ったのおまえなんだって!?
どうやったんだこれ!」
「サトリみたいなスーパーパワー。
とかとでも考えてて、大体そういうことだから」
いや、どういうことだよ。
「な、要領を得ない説明だから、自然とどのメンツも聞かなくなったのさ。
この変な空間についてはね。
あいつ自身よくわかってないから、考えを読めるサトリもよくわかってないし」
黄色がそう言った。
「そ、そんな得体の知れないところにいて良く平気ね」
「サトリを介して俺らは信頼しあってるんだ。
敵意を持ったらすぐにサトリがわかるからね」
「ところでさ……このトンデモパワーって……他のことには使えないの?
ほら、モノを動かすとかさ」
「無茶言うなよ!
こんな空間作れるだけでノーベル科学賞モノなんだからな!?」
……そりゃあ、確かに。
「ところで、アンタ、なんて言うんだっけ?
カオリ、だっけ?
お前さ、今んところどうなんだ?
俺らの仲間になるのか?」
「えっ!?
んんー……。
やっぱ、なんとも言えない、いや、決してアンタ達が間違ってるとか言うつもりは全くない。
でも、さ、もっと、他に解決方法があるんじゃないかなって……私は思ったり……」
「いや、薫、そんな都合良いのが用意されてるのはドラマやマンガの中の話だ……。
はー……はー……」
階段から、サトリが降りてきた。
これが正真正銘の事後、か。
息が上がっている、まああのひょろい身体ではそうなるか。
「お~サトリ!
エミは満足したか!?」
「おー、今は夢の中だ。
……薫、形骸姉妹はヤクザの幹部の生まれだ。
特に姉の黄色については解決というモノはほぼあり得ないだろう」
「ヒドいこと言うね、サトリ。
なんでよ」
「……この子らが受けた傷は決して癒える事はない。
それが心の傷だ。
特に黄色は、皮肉な経験ばかりだ」
「皮肉ってどう言うこと?」
「黄色は望んだモノを次々と失っている。
形骸って言うのは、中身のないムクロって意味だ。
親がこんな名字をつけたのも、彼女らには中身が無くなって欲しかったのだ。
つまり、道具として扱われる人間ということだ、奴隷と同じようなものだ」
「だが私は前を向いて行く」
黄色がサトリをまっすぐ見てそう言った。
「前を見るのと過去を背負うのは違うんだぞ、黄色。
黄色はその経験を、このレジスタンスの力となることで納得させているんだ。
解決などではない。
これは――妥協、なのだ。
黄色だってホントはそんな過去が無かったに越した事はないのだ。
それでも起きたことは変わらない、彼女はそのやるせない気持ちを背負うしかない。
平和的解決なんか望むには遅すぎている」
「だからって、なにも国に逆らう事は――」
サトリは、こちらを正面から見つめて。
「学校の教師や親や犯罪者や上司に逆らったところで何になる――?」
と言った。
彼が正面を向くと、その不愛想なジト目がこちらを睨んでくる。
その目には怖い光が宿っていた。
「その行動は潰される、社会によってな。
だから俺たちの居場所は、社会の改革無しには存在しない。
エミの行動は親に潰される。
黄色の希望も親に奪われる。
だがエミも黄色もその下でしか生きられない。
お前が動物園のオリでエサを与えられながら生きているだろうが。
俺たちは囚人の牢獄の中なのだ」
「そんなの、親から離れればいいじゃないか!」
「エミは他人が怖いんだぞ?
黄色の親はヤクザだ。
そんな簡単な話なら、こいつらはここにはいねーんだ」
うぐ……。
そ、それは、そうだが……。
「……、まあ、すぐわかってもらおうだなんて思ってない。
薫にはしっかりと考えてもらいたい。
そろそろ夕方時だ。
家まで送る、付いてこい、薫」
「ちょっとまってー、サトリー」
ケイがサトリを呼び止めた。
「ん?」
「所々にマフィアが居るぜ。
6人くらいこの真実の目から確認出来た~。
そろそろ引っ越すかぁ?」
「……そうだな、早く準備を済ませよう」
マフィアだって!?
黄色が立ち上がって、ケイののぞき込んでいる丸い玉をのぞき込んだ。
「……ウチの下っ端だ。
人通りの多い昼間の内に出よう」
「皆、動いてくれ!
引っ越しの準備を進める。
あー、薫、すまんが、二階の一番奥の部屋にいるエミを起こしてくれないか」
「ま、まってよ!
マフィアなんて大丈夫なの!?」
「問題ない、想定済みだ、ぱぱっと切り抜けられるだろ」
サトリはすまし顔でそう話している。
「ケイ、食器とかは大丈夫か?」
「あー? んー……どうにかなるだろおきっぱなしでー。
正直また買えばいいし~」
「……ケイ、オレが金を稼いでいるのを忘れるなよ……?」
「うーい」
「……、おいほら、早くおこしに行ってくれ、薫」
「え、えぇ……?
なんで私があんたらの協力しなきゃならないのよ~~……」
「……」
サトリは無言で階段を上っていく。
「あ、ちょっと、ねえってば!」
追いかけるが、二階に上がったとき、奥の部屋のエミがほぼ裸体でこちらを見ていた。
「何かあったの~……?」
おもわず歩を止めて見ていると話しかけられてしまった。
「あっ! えと……サトリが、引っ越しするって。
ここを出るそうよ」
「えっ、大変!!
外に出るの!?
どうしよう六ヶ月ぶりに外に出るよ~~~!!」
そんなにここで生活していたのか。
すると旅行バッグをもったサトリが降りてきた。
「おうエミ、おはよう、必要なモノだけつめてけ、オレはそろそろ出るぞ」
「えっ! 待って待って! 私もすぐいくからまってよサトリー!」
エミがすぐ近くの部屋に入ると、荷支度を始めた。
あれ?
そういえば私はどうしたらいいんだ!?
「ちょ、ちょっとサトリ!
私はどうするの!?」
「送っていくよ、オレに付いてこい。
ああ、エミも居るがな」
階段を降りて、殺風景な広間を歩き、玄関へと来た。
サトリは、ブーツに足を通して、紐を締める。
「待ってー! サトリ待ってよー!」
リュックをしょって、エミも来た。
私はスニーカーを穿いて、つま先でトントン、と二回地面をつついた。
「おし、行くぞ、エミ、薫。
離れるなよ。
黄色、大丈夫か?」
何故か黄色にそう聞いたが、黄色を見たらその言葉に納得した。
彼女は日本刀を手に持っている。
「ああ、鍛錬は欠かしてないからな。
ケイ、紫紺と一緒に頼む」
あ、あれは模造刀だろうか?
そ、そうだろ?そうだと信じたい。
「えー! お姉と一緒が良い! 一緒に鍛錬したじゃん!」
「ほらー、聞き分けの悪い妹はお姉ちゃんに嫌われちゃうぞ~」
「うっさい!近寄るなロリコン!」
「な! なんだとてめえ!
簀巻きにしてやろうかああ!
オレはなあ! いっこ下かいっこ上の女の人が好みなんだよ!
だぁれがこんなガキと……」
紫紺が涙目になっている。
「ケイ……」
「……ナンデショウキイロサマ」
「紫紺をなかせんなよ、はったおすぞ」
「キャー……ヤクザサマコワーイ……」
「よっと」
サトリがげた箱の向かい側の壁の下の方を蹴りつけると、上がガクンと傾いて、リボルバーの拳銃とサイレンサーの付いたハンドガンが顔を出した。
綺麗に銃刀法違反してるううう――!
「ほい、本物だから気をつけろ、安全装置は外してあるから。
攻撃されそうになったら両手を突き出して相手に向かって二回撃つんだ。
当てなくてもいいから二回撃つ事で、敵は隠れざるを得なくなるから。
あと、ほい」
そんな軽いノリで、サトリはひょっとこ仮面を投げて寄越してきた。
「相手はヤクザの連中だ、顔を隠せ」
サトリは猿の仮面をかぶった上にフードをすると、そう言った。
エミもムンクの叫びの顔をした仮面をしている。
怖えよ。
「おもいっきり不審者じゃないの」
「ここから出るとパッと真実の目の前に現れるんだ。
それでなくても目立つんだ、マフィアに顔がバレるより良いだろ?
上着を着てるな? よし、それを脱いでおけ、トイレに行ったら上着を全締めで着るんだ。
そしたら仮面も外す」
「途中で警察に見つかったらどうするのよ!?」
「人混みは俺には地図に等しい。流れてくる人々の心が警察の居場所を教えてくれる」
サトリは扉を開いて、歩きだした。
「行くぞ、奴らは人混みの中ではおそってこない筈だ」
腰にハンドガンを挟んで私は銃を隠すと私はサトリとエミに歩幅を合わせて歩く。
道は黒くなっていき、暫く進むと、真実の目がすごいスピードでこちらにくる。
ぶつかると思ったら、通り抜けて、現実世界に戻ってきた。
「ついてこい」
サトリは腰を曲げたまま、人混みに紛れた。
まあ紛れても怪しいものは怪しいのだが。
「……何!?」
私とエミがきょとんとしていると、サトリは私たちに振り返って、タックルしてきた。
えっ? と思って倒れていく間に、後ろの人が血しぶきをあげていた。
あたりは騒然とする。
そして、その撃たれた人が倒れたところで、人々は。
「うわああああああああ!!!」
絶叫した。
「不味いぞ……! スナイパーが居る!
二人とも人混みにのって走れ!」
「ひ……ぃ……」
エミ! たって!
焦って声は出なかったが、私はエミを引き上げようとするが、腰が抜けたのか、対人恐怖症のせいなのか、足が動かないようだ。
「……ちっ!
まさかこんな人混みの中で撃ってくるなんて!」
ばっと振り向き、サトリは撃ってきた相手を捜しているが、遠すぎるのか、逃げたのか、見あたらない。
だが、その必要も無く、物陰に潜んでいたマフィア達が、じりじりと近寄ってくる。
スタンガンや警棒を持っている。
「動くな!」
サトリがリボルバーを取り出した。
「次足を浮かせてみせろ! 打ち込むぞ!」
「か、囲まれてるじゃん! サトリ!」
「……っち!」
相手は動かない。
「右のヤツ! 走りよろうとしているな! 目を離すな薫!
後ろ! 連絡取ろうとするな!」
サトリが相手の心を言い当てることで、相手の攻める機会を潰していく。
だがこれでは何時攻め込まれる事か――……。
そう思っていたところで、真実の目の方から、一人、飛び出して来た。
黄色だ――!
戦隊モノの赤い仮面を被っている。
「うぎゃあ!」
木刀を片手に構え、振り回す。
そして木刀を腰に固定し、鞘から本物の刀を取り出すと、倒れた相手の大腿を切り刻んだ。
「今だっ!
走れっ! 薫!」
サトリが手の甲を突き出し、目の前の敵を睨むと、目の前の敵が瞬間で吹き飛んだ。
まるでデカイ見えない何かにタックルされたように。
「エミは任せろ! お前は黄色と合流しろ! 彼女ならお前を守れる!」
私は一も二もなく走った。
だが、私へマフィアが走ってくる。
囲まれていた左右から行かすまいと来るが。
右を黄色が木刀で突き飛ばし、左はおそらくサトリの能力で膝から血が膝から吹き出していた。
戦隊モノの仮面を被った黄色はそのままサトリとエミを飛び越して、後ろから近づこうとしているマフィアへ飛びかかった。
体重を巧くかけて、マフィアの後頭部を地面に叩きつける。
すごい。
これは業のある人間にしか出来ない戦闘だ。
黄色はとてつもなく強い。
銃撃さえ飛んでこなければ、最強ではないだろうか?
そうだ、銃撃さえなければ。
「いあぅっ!」
黄色の大腿を、銃弾が通った。
だが。
黄色は木刀の柄を持って、近寄るマフィアへ強烈な打撃を浴びせる。
腕で防御されるなり彼女はサっと木刀を引いて、短く持ったかと思うと、反動を利用して柄で相手の腹をどつき、銃弾が打ち込まれた筈の足で突き飛ばした。
「黄色! 無茶するな!」
「無茶なもんか!」
確かにライフルは風の影響を受けないように、大きさの割にとがっている。
体を抜けるだろうが、その痛みは尋常ではないはずだ。
「……薫、リボルバーはまだしも、サイレンサーやライフルの弾まで知ってるのな」
「こんな時に何よ。
うちの父親がガンオタだっただけよ」
「じゃあその知識を俺に貸せ」
「は!?」
「どこから撃ってやがる? どうして間を空けて撃ってくる?」
それはライフルは同じ場所から撃ちすぎると居場所がバレるからだ。
だからライフルは一撃を撃ったあと、リロードを済ませながら移動し、再びねらいを定める時間がかかる。
ねらいを定めるにも、ブレや風を計算に入れなくてはならない。
だから時間がかかる。
最初は私たちの進行方向真っ正面から。
次に三十度距離を変えて撃ってきた。
狙いを定める時間や、あの人混みの中で撃ったのも考慮すると、どうやら相手はそう遠くない。
近くの隠れ場所に居る。
だが次は二発目まで位置を動かないかもしれない。
相手の出方はそこが不明だ。
さっきの入射角度だと……えっと。
「わかった。
先ほどの感じだと……あそこかっ!」
私の考えを読んで、早めに計算を済ませたサトリが、リボルバーを二発打ち込んだ。
そこから、人が一人、姿勢を低くしながら車の後ろを走っている。
「あぶり出せた!」
彼は手の甲を突き出した。
すると、スナイパーは宙を舞った。
軽く5メートルは上がった。
そして、地上に落下して、のたうち回っている。
「――っフン!」
黄色が周りの敵を全員倒してしまった。
「……」
こ、こいつら、すごい。
「くそ……しくった」
黄色は、座り込んで膝を押さえている。
「ケイ!」
サトリが呼ぶと、ケイが目からでてきた。
「ひー、こえーこえー……。もう居ないよな?」
「ねえちゃん!」
「あっ、こら待てよ紫紺!!」
紫紺が黄色に駆け寄る。
「まだ危ないだろ……ケイについてなさい」
「紫紺、黄色、ケイ、一緒に行け」
サトリがそう言った。
「エミ、動けるか?
薫、助かった、今から走るぞ」
私とエミは立ち上がった。
「それって……囮って事?」
「さあ?
囮になるかもしれないが、わからない。
今ので終わりかもしれないしな。
それよりも、早く仮面を外せるようにトイレに行くぞ」
「わかった。エミは大丈……」
「サトリー!! 怖かったーーー!」
そういって、サトリにすがりついた。
「サトリ! これは私の問題だぞ。
私が囮をする」
「……黄色。
紫紺を一人にしてやるな」
「……でも、だな……」
「大丈夫だ、誰も死なせはしない」
サトリはリボルバーの空いた銃弾を引き抜くと、ポケットに入れておいた銃弾を詰めた。
「仕方ないな……わかった……。
行こうか、ケイ、紫紺」
◇
裏道を通って、隣の駅までたどり着いた。
サトリ達は、上着を着て、リュックを裏返しに、旅行バッグも中身を出してから裏返した。
仮面を外して、電車に乗り込んだ。
「あれだけだったようだな」
メールを開いてるサトリがそう呟いた。
「黄色達も、他の全員も無事だそうだ」
「……そ、そう……」
協力しちゃったーーーー……。
どうしよう……。
「安心しろ薫、全くバレてないはずさ。
今日はすまなかったな、こんな事に巻き込んで」
「あ、いや、うん」
ほんとだよ、生きた心地しなかったよ。
「次がお前の最寄り駅だよな。
さ、帰った帰った」
「……あ、うん」
そうして、私は電車を出た。
「じゃあな」
サトリは微笑んでこちらを見ていた。
また行って見ようとか考えたからだろうか。
しかし、どこに引っ越すというんだろう。
走っていく電車を眺めて、私は彼らの未来が幸せであることを、柄にもなく願っていた。
◇
アパートに戻ると私はある大変な事に気がついた。
腰に当たる、無機物の感触。
……ヤッチマッタ。
「拳銃……返し忘れてた」
少年サトリ1
正直サトリよりケイが好き!
それにしても少ない語彙で申し訳ない
気に入っていただければ幸いです
感想くれるとエネルギーになるので亀更新だなこの野郎って思ったら感想をそこそこ適当に書いてみて下さい
読みました、お気に入りです、頑張ってください
でもけっこうですので!お気軽に!