南瓜
師走の演奏会が終わる頃。時代感の倒錯した世界に於いて。
基本的に縦書きでお読みください。
2012/12/26-2012/12/27
南瓜
南瓜がひとつ、ごろりと置かれていた。それは、土間に置かれていた。プラスティックで出来たサンダルを突っ掛けて、土間に降りると、僕は首をひねってそれを眺めた。
先ほど、携帯用のトランジスタアラジオを首から下げて、都市間高速鉄道の停車場まで散歩に出たときには、南瓜は無かった。僕は更に首をひねった。
「おかしいな」
僕は辺りを見回した。土間には釜戸と流しがある。そうして、南瓜が転がっている。釜戸の近くには薪と炭と焚き付けの新聞紙とライタアが置かれている。流しの台上にはスポンジと洗剤と食器洗浄機が置かれている。
「おぅい、叔父さん! 叔父さん!」
家には、叔父さんと叔母さんが来ている。僕は南瓜をどうしたものか分からずに、叔父さんに助けを求めた。家の奥では、テレビのバラエティ番組の音が鳴っている。木の柱に、強い液晶画面の明かりが反射している。しかし、叔父さんは居間には不在のようだった。僕は更に更に首をひねった。
叔母さんは、僕と一緒に散歩へ出掛けて、途中で用事があって別れてから、まだ帰らない。
叔父さんと叔母さんは僕の十二月の演奏会を聞きに来ていた。演奏会は昨日終わってしまった。僕は上がり性だけれど、昨日の演奏会はなかなか上手く行った。少し誇らしかった。もちろん、叔父さんと叔母さんへの感謝を忘れた訳ではない。きちんと演奏出来たのは、叔父さんと叔母さんのおまじないのお陰なのだから。
僕は南瓜を持ち上げた。南瓜はごろりと重たい。変に現実味のある、確かな重さだった。僕は更に更に更に首をひねって南瓜をしげ〳〵と眺めた。
「痛っ!」
突然、南瓜が噛み付いた。僕は思わず南瓜を落とした。落ちた南瓜はごろりと転がって、止まった。南瓜は止まった拍子ににやりと笑った。
(南瓜が、笑った?)
僕は更に更に更に更に首をひねった。すると、ふと釜戸の焚き付けの新聞紙の文字が目に入り、おや? と思った。逆さまな置かれていたそれは、首をひねった今、正しい向きに整列している。
その細かい文字を読もうとして、更に――首をひねると…
ふっと頭に血が上り、視界がぐるりと一回転した。――僕の首は遂に耐え切れずにぷつんと音を立てて千切れた。
土間の真ん中にごろりと横たえて、僕は天井を見上げた。首を失い自由になった身体は、やぁい、とおどけた仕草をして、どこかへ駆けて行ってしまった。ふぅ、とため息を吐くと、隣で叔父さんもふぅ、とため息を吐いた。
改めて、新聞へ目をやる。そこで僕はようやく事態を飲み込んだ。隣の叔父さんに目配せをすると、叔父さんはまたにやりと笑った。
「ただいま」
叔母さんが帰って来た。がらりと戸を開けて入って来ると、僕達の方を見て、まぁ、と言った。叔母さんは首をひねらずに、しばらく僕達を眺めていたが、やがて叔父さんを抱えると、えいっ、と地面へ叩きつけた。南瓜はぱくりと割れた。
それは、なんとも奇妙な光景だった――南瓜が南瓜を調理している。叔母さんは肩の上に乗った南瓜を器用に落とさないようにして、割れた南瓜の破片を包丁でざくざく切った。
「そういえば、今日は冬至でしたね」
叔母さんの今更ながらに話すその言葉を聞いて僕はケタケタ笑った。なぜって、叔母さんが散歩から帰って来たときにぶら下げていた、スウパアの白いビニイル袋の中には、しっかりと、柚子が入っていたのだから。
叔父さんをすっかり切り終えると、叔母さんは僕を持ち上げた。
僕は可笑しくて仕方がない。先ほど見た新聞の紙面の端に――おくやみ[おくやみに傍点]の欄に、見知った名前を3つ[3つに傍点]、見かけたのだ。
(あぁ、おまじないが強すぎたんだ。でも、なんたって間抜けだなぁ。僕にまでおまじないをかけるなんて)
僕の頭は地面にぶつかって、ぱきりと爽やかな音を立てて砕けた。鍋の中で、叔父さんは呑気に柚子の風呂へ浸かっていた。
南瓜
2012/12/26-2012/12/27
ちゃーりー・けい