部屋の中

倒錯する季節感と曇り空。ぼくは、ぼく自身の意味を求めて深く呼吸する。
基本的に縦書きでお読みください。

2012/12/15作品

部屋の中

 うんと、背伸びをする。手に持ったままだったシャーペンを机に転がして、それを目で追う。部屋の中は清潔で明るい色が整っているのに、どこか沈んでいて淀んでいた。すぅと深呼吸をしても息苦しさは相変わらずで、窓を開けて見ようかなと思ったけれどそれではきっと変わらない。そう、外は曇っていた。
 部屋の中はそれなりに広いのだけれどやはり狭く、ぼくが屈託を晴らすには足りない。それだからぼくは(例え曇った空であっても)散歩に出掛けた。
 玄関の先に立っている街路樹の前で、とん〳〵と靴を揃えてようやく雪が降っていることに気付いた。春先の埃っぽい土の匂いだとか、梅雨の湿っぽい草葉の匂いだとか、夏の夜の静かに透きとおるアスファルトの匂いを無視するように、目の前のシバザクラの上に無神経な雪が陣取っている。理不尽に同情するような眼差しを向けるぼくに、ナナカマドがにやりとした。ナナカマドだって赤いしぼんだ実の上に無神経な雪を乗せているというのに。
 きっと曇った空のせいでぼくは雪が見えなかったのだ。全く迷惑な話だというのに、雪は大抵雲を連れて来てしまう。でも今日のぼくはあまり気にならなかった。そんなぼくを見て雪が残念そうに、でも少しほっとするように、溜め息をついた。溜め息なんかつくから、雪はナナカマドの実から落ちてしまった。それがシバザクラの上に落ちたものだから、今度はぼくが溜め息をついた。ああ、全く、これだからぼくは曇りが嫌いだ。
 ようやく彼らと別れると、林の入り口へ向かった。林の木々は急いで葉を落としてしまったようで、今は全体が焦げ茶色になっている。その焦げ茶色は妙に寒々としていたし、ぼくの目配せも空々しく躱してしまったけれど、確実に生きていた。林の入り口はそれとすぐにわかった。なぜなら、焦げ茶色の中にひょろりと白い幹のシラカバが目立つから。近づいて、やあ、と言ったけれどいまいちぱっとしない反応しかなかった。理由ははっきりしている。ぼくが近すぎ( ・ ・ ・ )たのだ。
 林の中を歩くたび枯れ葉がさく〳〵音を立てた。それはまるで、まだぼくらは生きている! と主張するみたいに聞こえたから、ぼくは乾いた笑い声を上げた。でも、本当は違うことを知っている。彼らは事実生きているのだから。知っている。主張よりも哀しい泣き声なんだって。笑いは不謹慎だけれど、それだからぼくは笑った。
 林の真ん中まで来て、ぼくはもう引き返そうと振り向けば、そこに林は見えなかった。一面に白い世界が広がっている。ふん、なるほど、と呟いた。雪達の仕業だったのだ。林の木々は凍てつく白のオブジェに姿を変えてすまし顔をしている。何か言ってやろうと思ってやめてしまった。こういう場合、何も言わないで悠然と去るほうが堪えると考えたからだ。歩きだすと、木々はすまし顔をしながら片目でぼくの様子を窺っていた。ぼくは内心にやりとしながら、平然と歩き続けた。
 ふと足を止める。何か、おかしいなと思って。よく観察すると、ぼくはとんでもない思い違いをしていることに気付いた。そこには雪を纏う木々なんてなかった。恐らく、初めから。ぼくは抗ったりしない。緩やかに周りの雪を受け入れた。それは簡単なことだったのだ。なぜならぼくは、そうやって生きてきたのだから。いずれそれらは、掴み所のない雲へと変わるのだろう。それでもいいんだ。と、ぼくは静かに笑った。
 フローリングの床は冷たい。かたい。それは、生きていなかった。かつて生きていた印に、目に見えない温もりを残して。ぼくもいずれそうなってゆくのだろうか。床は冷ややかな笑みを浮かべた。そりゃ、むりだろ。と。「まずは、白くなってみたら?」そうも言った。でも、今は周りが真っ白なのだ。「それなら、焦げ茶色になればいいさ。」その後は何も言わなかった。
 ぼくは静かに起き上がった。部屋の中に流れる空気は冷たく、澄んでいた。ああ、それでもやっぱり息苦しさはかわらないんだ。再び机に向かい、シャーペンを取る。

部屋の中

2012/12/15
ちゃーりー・けい

部屋から膨らむ空想と様々な季節感。そして自分自身の立ち位置を時々、客観的視点から眺めると、少し違った道が見えたりする。

部屋の中

倒錯する季節感と曇り空。ぼくは、ぼく自身の意味を求めて深く呼吸する。

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-06

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