嫁入り

嫁入り

お盆の墓参り。実家に帰ったおりについでと墓地へやって来た。
水遣り道具や墓参りの道具を車に詰め込みを走らせた。


大学3年目。去年祖母が亡くなってから、寂しさからか祖父に認知症の兆しが見え始めた。


「・・・お狐様がおらんの。」


まだ初期症状からか正気な時が多いいが、このように呟く祖父を見て周りは
ボケたボケたとしきりに言う。


「千雪、お狐様がおらんの・・・?」

「・・・そうだね。じいちゃん。」


周りに他の人が居る時は、適当にあしらう様にするが本当は知っている。


祖父と祖母には見えていたのだ。あいつが。


祖父は庭の縁側に座り大きな盆栽を眺めている。


「小鬼がおるの...」


母がこれを聞いたらまた気味が悪いと怖がるかも知れないが
私の目にも見えている。

小さな妖怪だから害は無いが、確かに祖父が眺めているそこには
小鬼が二匹、盆栽にぶら下がって遊んで居た。



昔は自分にも見える筈の無いものが見えると分かった時には
2人からけして人に話してはいけないときつく言われていた。

その祖父があの調子だ。祖父の目は間違ってはいないが
ボケが始まっているのは確かだろう。



暫く車を走らせると近所一帯の先祖が眠っている墓地についた。

山を斜めに切り開き、墓地全体の敷地の回りが丸い形状の変わっているそれは
地元でも少し有名だった。

車を階段の脇に停めると道具を持って車を出た。


少し険しい階段を上がって行く。砂利と階段の端に生えている雑草を踏みしめるじゃりじゃりとした音が階段を上がって行くたびにする。

あと数段で階段が終わる所でスラリとした人の影が見えた。


「遅かったな、今年は。」

「...いろいろと忙しいのよ。」

「待っていたぞ。」



手を差し出す人のなりをしたそれは、紺色の衣の袍を着て顔には狐のお面を付けている。

その手を取らず、階段を上がりきる。自分の家の墓まで歩く。


「じじいは元気か?」

「まぁ元気な方かな」

「もぅすぐあいつもこっちへ来るかのぅ」

「会いたいなら会いに来れば。墓地からは出れるんでしょ。」

「あいにく少ない力でわざわざ男に会いに行くほどの趣味は無い。」

そいつは隣を歩いたり跳ねたり、まるでおちょくってるかの様に陽気に話してくるが
その目は消して見ない様にして会話を続けた。


昔はそいつも実家の庭に来て、祖母や祖父と他愛も無い話をする妖怪の一人だった。

祖母に言われた。あの言葉を思い出す。


「お前はあいつに好かれているからね。気を付けなさい。

あいつの目を見てはだめ。身体に触れてもいけない。
破ってしまえば連れて行かれてしまうよ。」


自分でも分かっていた。2人と違って私は引き込まれやすいって。

でもばあちゃん。私はね時々どうしようもなく
あいつに惹かれてしまうんだ。


「惹かれればいいさ。」

突然少し大きな声で言ったそいつは
墓石から飛び降りると一歩ずつこちらへ近づいて来た。


「! あんたなんで!」

「儂は妖怪さ。人間の心の中なんかお見通しじゃ。」

そう言われ反射的に目を背けたが、そいつに
さっと手を取られた。


手を握られた瞬間。身体は固まり、言い表す事の出来ない
匂いに全身を包まれた。


「ずっとお前が生まれてから決めていたんじゃ。」

「な、っにを、?」

「あのばあさんの血を継いだお前なら良いなと思ったんじゃ。」

そういって一つ身震いしたかと思うと、そいつは同じ歳の男の背格好に変化した。
声もいくらか若くなった様に聞こえる。

「俺の嫁にと。」

「、、よっ、 め?」

「そうだ嫁にだ。嫁に来い。」

「冗だ、、んやめっ、て。」

「いいや本気だ。本当は儂を好いとるくせに。 いいか、俺の名を呼べ。
そうすれば声も出て楽になるぞ?」

「な、まえ。」

「そうだ。俺の名だ。 幼い頃に教えただろ。」

片方の手で優しく手の平を握られながら、もう片方の手でお面の紐を外し、
お面を支えていた。

「な、まえ、、っ。」

そうだ。小さい時にばあちゃんたちが居ない時には
2人でよく話していた。

名前も呼んで。


「..、ん、っっすい。」

「...もう一度、はっきり言え。」

優しい手が髪を撫でてくると匂いが寄り一層強くなった。
夢見心地でふわふわした状態になる。


そうだ。これは夢だ。



夢なら名前を呼んでも構わないか。



「...玄翠。」

「そうだ。俺の名は玄翠。」

玄翠がお面をばっと投げ飛ばした瞬間、
2人を翡翠色の光が包み込み、

やがて消えてしまった。




「おじいちゃんー、お部屋に入って下さい。
もぅ雪が降って寒いから。」

相変わらず縁側に腰掛けている義父に女は
面倒くさそうに催促した。

「お狐様が嫁さんを連れて来とるんじゃ。」

「はいはい。お狐様は参りに行かないと会えないからねー。」

「孫に顔が似てるんじゃ。」

「はいはい。おじちゃん孫は男しかいないでしょー。」

そう言って義父を立たせて支えながら歩いて
部屋の中に入ろうとしたら、ガタンと何の音がした。



振り返るとそこにはまるで白無垢の様な衣の上に、狐の面が落ちていた。

嫁入り

神隠し的な。

嫁入り

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  • 青年向け
更新日
登録日
2013-08-05

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