兄貴

兄貴

 言葉の表現が汚いので、青年向けにしました。

 俺には3つ上の兄貴がいる。名前は太郎。名字と合わせれば鈴木太郎。いたって普通の名前だ。
 この世に生を受けてかれこれ18年経つ。が、兄貴とは1度も会話したことが無い。アイツは引きこもりなのだ。俺達が起きている間は1歩も外に出て来ない。飯は親が持って行く。だが日中それに手を出すことはなく、おそらく俺達が眠っている間に飯を食っている。朝起きてアイツの部屋の前を通ると、前日ドアの前に置いてあった飯が無くなっているからだ。
 俺は、アイツが大嫌いだ。姿の見えないアイツが、憎くて憎くて仕方がなかった。
 今は両親、爺さんと婆さんと一緒に暮らしているのだが、奴らは俺よりも兄貴の方を大切に思っている。いつまでも部屋から出て来ない、ウジ虫みたいな人間を、だ。
 幼い頃は確かに少しは可愛がってもらった。しかしそれは、言ってみれば心の無いものだった。一応俺を可愛がる仕草はするのだが、その目は常に兄貴の部屋を向いている。ある日俺が気になって扉を開けようとすると、親父がもの凄い剣幕で怒鳴りつけてきた。その言葉といったらもう汚いこと限りなかった。多分法廷で争えば充分勝てるレベルだ。それからあるときは、婆さんが子供用の手袋を編んでいたのだが、それも俺のためではなく、兄貴のために編んだものだった。
 大人に近づく度に、家族の俺への対応は冷たくなっていった。小学校の運動会、授業参観は毎年誰も来ない。中学に上がり、弁当が必要になった頃も当然弁当など用意してもらえず、自分で飯を買って登校していた。年を経るに連れて俺も知恵を身につけ、家族が貯めていた金から10000ばかし頂戴して生活していた。
 だがそれもすぐにバレてしまう。そのため高校に上がった辺りから髪を金に染め、何処かで買ってきたタトゥーシールで腕に刺繍し、家族が逆らえないような存在になりすました。武装である。奴らは声は大きいが中身はビビリだ。ちょっと外見をワイルドにするだけでも効果覿面だった。それからは俺が堂々と金を取り上げても誰も文句を言わなかった。敬語を使ってくるヤツもいた。あれは、母親と婆さんだったな。男共はくだらないプライドを持っていて、俺と極力言葉を交わさないようにしていた。
 勝った。そう思っていたのだが、奴らの心はやはり兄貴に向いていた。
 悔しかった。こうして自分で策を練って行動している俺が2番手で、1度も姿を見せずに引きこもっている兄貴の方が1番手だということが。何度家族を皆殺しにしてやろうと思ったか。でも、俺にもビビリの血が大量に流れている。殺人なんて大それたことは出来ず、近所で屯して、家の評判を落とすことぐらいしか出来なかった。
 この運動のおかげで、予定通り家の評判はがた落ち、近づくヤツはいなくなったが、それでも兄貴崇拝の風習は変わらず、これまで通りのクソみたいな生活が続いた。
 色んなことが憎たらしかったが、特に嫌だったのはお祝い行事だ。クリスマス、こどもの日、そして最もくだらないのが誕生日。俺の誕生日は忘れているくせにアイツの誕生日はしっかり覚えている。普通の事が出来ないくらい馬鹿になっちまったボケ老人2人の脳にもその数字だけはしっかり刻み込まれていた。
 誕生日はまず、あの「ハッピバースデートゥーユー……」という歌を家族全員で歌うことから始まる。ろくに英語も出来ない奴らが歌うものだから、その様は本当に滑稽だった。俺は当然歌わない。前に歌わなかったら父が怒鳴ってきた事があったので、いつでも殴れるように金属バットを手元に置いている。
 さて、歌が終わると今度は家族が1人ずつ祝いの言葉を述べる。父、母、爺、婆、俺の順だ。皆兄貴をたたえる言葉ばかりを述べていて気持ちが悪い。酒は飲んだ事がないから解らないが、きっと二日酔いしたときはこんな感覚に襲われるのだろう。順番がまわって来ると、俺は必ず暴言を吐くようにしている。幽霊や何かは信じない質なのだが、言葉に力があるというのは今でも信じている。だから俺は願いを込めて兄貴に暴言を吐くのだ。
 しかし、それでも俺を止める者はいない。俺の心に気づく者もいない。




 それで今までなんとかやって来たが、流石にもう我慢の限界だった。今日は兄貴21歳の誕生日。5月5日はこどもの日もあった。20になってこどもの日……くだらない。成人すれば止めるだろうと思っていたが、まさか例年通り続けるとは。ここまで狂っているとは思ってもみなかった。
「さあ、次はお前の番だ」
「お兄ちゃんに挨拶は?」
 お兄ちゃん? 何をふざけたことを。俺は手元に用意していたバットを振り上げ、テーブルに叩き付けていた。
 食卓が静まり返る。父が睨みつける。が、手が震えている。
「貴様! 自分が何をしているのかわかってるのか!」
「その言葉、そっくりそのままてめぇ等に返してやるよ!」
「何だと!」
 今がチャンスだ。今こそ、俺の考えをはっきり伝えるときだ。……もしかしたら、このときの俺は家族が元に戻ってくれると信じていたのかもしれない。
「ずっと引きこもってるウジ虫の事ばっかり考えてるから、てめぇはいつまで経っても平社員なんだよ! ろくに金も稼げねぇんだよ! てめぇ等みてぇな屑がアベノミクスの恩恵に預かれると本気で思ってんのか? だったらくたばれ、全員くたばっちまえ!」
「何だその言い方は!」
 今度は爺さんがしゃしゃり出てきた。まぁコイツは虚勢を張っているだけだ。向かってきても簡単になぎ倒せる。
 スイッチの入った俺は、標的を爺さんに移して罵声を浴びせた。
「うるせぇんだよジジィ! いつまでもいつまでも若い頃の自慢ばっかりしやがって! もうその時代は終わったんだよ! おしまい! The end! 言ってること解りますかぁ? ぁあ!?」
 ほら、コイツも黙った。だが全員けなさないと腹の虫が収まらない。今まで俺を排除してきたコイツ等を罵倒してやるのだ。
「てめぇの作る飯はクソまずいしよぉ! 兄貴もあの中で死んでるんじゃねぇか?」
 死んでるという言葉に連中は妙に過敏に反応した。なるほど、やっぱり俺よりもアイツの方が大切なのだ。
「婆さんも編み物なんか止めちまえよ! どうせアイツのためだろ? アイツが喜ぶわけねぇだろ、バーカ!」
「いい加減にしろ!」
「うるせぇ! 俺は! 俺は何なんだよ! 俺は家族じゃねぇのかよ! ぁあ!?」
 とうとう婆さんが泣き出して俺に謝ってくる始末。謝るくらいなら初めからそうしてれば良いものを。
 ……さて、あとはコイツだ。俺はアイツの部屋の前に立ち、バットを構えた。
「な、何する気だ?」
「あとはコイツだよ。コイツが諸悪の根源なんだよ! コイツさえいなくなれば、いなくなれば!」
 大声を上げてドアを開けた。
 中には誰も居ない。それどころか、何も無い。
 電気をつけて確認すると、そこには何やら小さな人形が。手には婆さんが編んでいた手袋が無理矢理はめられている。人形の隙間からは草の根っこみたいなものが生えていた。
「何だよこれ」
 俺の怒りは自然に収まっていた。
「あなたの、お兄ちゃんよ」
「はぁ?」
「生まれてすぐ死んじまってなぁ。でも、へその緒をもらって、それを人形に埋めたんだ。な? 立派なお兄ちゃんだろう?」
 へその緒を埋めただけの小さな人形。こんな物のために、俺の人生は狂わされたのか?
「お前等、狂ってるよ」
 俺はゆっくりと振り返り、4人に向けてバットを振り上げた。止める者は誰もいなかった。

兄貴

 自分は1人っ子で、今作の主人公のような経験は全くしたことが無いのであまりリアルに書くことは出来なかった。
 どうにか気持ち悪い方向に持って行きたかったので、ラストはあんな感じにした。
 今作のような話を書いていると、幽霊よりも人間の方が怖いなぁとつくづく感じる。

兄貴

俺には、3つ上の兄貴がいる。でも、その姿はまだ見た事が無い。 後味の悪いシリーズを最近書いていないなと思い、新しい話を考えてみました。今作の登場人物のような経験は全くしたことが無いのでリアリティに欠けます。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-08-05

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