#Phase
はじめまして日波清乃と申します。
以前にも3本ほど作品を書いていましたが、諸事情により執筆を停止しておりました。
然程執筆も上手なわけではなく、さらに停止期間も重なっているので
読者の皆様には温かい執筆に対してのお言葉と執筆力向上の為の熱い叱咤をお待ちしております。
ある高校の生徒たちの物語。
田端 美里/多部 啓志/橘 沙織/岡野 雅己
/00 Able 田端 美里/多部 啓志
/00 Able(1)
/00 Able
田端 美里(16)
多部 啓志(17)
薄暗い放課後の図書室が私の一番居心地のいい場所である。
私はここで本を読んだり、宿題をしたりして放課後の大半を過ごす。
でも最近それ以外の図書室の利用方法が増えた。
「みさちゃん。」
と静かに小声で呼びかけてくる優しい声。
「こんにちは、多部先輩。」
と冷静を装って返答をしてみるも私の心情はいつも高鳴りに満ちてます。
「今日の宿題は数学か。」
と何かと私の読んでいる本や宿題について話題を振ってきてくれる。
私は少しそのことに期待感を持つようになり始めていた。
でも私はそこからいつも言葉が続かない。
それは私と先輩は宿題の解き方を聞ける関係なのか、どうかがわからないからである。
世間一般の高校生なら気にもとめないのだろうが、私は本当に憶病なものである。
先輩に初めて話しかけられたのは2ヵ月前の春の終わりごろ。
多分先輩は運動部で、引退したのをきっかけに図書室を訪れたのだと思う。
その時期は沢山の先輩方が図書館を訪れたが、すぐにほとんどが訪れなくなった。
私の居心地のいい場所が捕られた気がして少し寂しい思いがしたが、すぐに元の図書室に戻った。
でも一人だけ図書室に居ついた先輩がいた、それが多部先輩である。
「サッカー関係の雑誌が置いてあるって聞いたんだけど。」
と私がいつも図書室に居るから図書委員だと勘違いしたらしい先輩が話しかけてきた。
実際私は図書委員ではないし、文学作品しか読むことない私は非常に焦った。
それ以上に男子と頻繁に喋ることなんてないし、喋り方なんて分からなかった。
「部活関係の本のところにあると思います。」
とあるかどうか分からなかったけど、何か答えないとと思って伝えた。
「声小さいね、図書室は静かにが原則だもんね。」
と先輩は小さな声で子供の様に無邪気な笑顔を見せながら答えた。
私、あの時声小さかったんだな、図書室だったから小さくなったわけじゃないと思うけど。
先輩はそのあと雑誌を見つけたと小さな声とあの時と同じ笑顔で報告してくれた時から
私は多分先輩を気にしていたのだろうが、そこからはこの憶病な性格が邪魔をして何も進展しない。
/00 Able(2)
憶病な私に先輩は気づいているのか、いないのか。
多部先輩と図書室で言葉を交わさない日はなかった。
だけど話が続かないのは私のせい、私がいつも上手く返せてないからである。
「数学って難しいよね。」
と先輩は私が返答しやすいようにしてくれるようになった。
「難しいですよね。」
とまた私は他愛のない返答をしてしまう。
先輩と話すようになってからそんな私を嫌いだと思うようになった。
「俺も数学取ってればな、みさちゃんに教えてあげられたのにね。」
と先輩は残念がる素振りを見せる。
私はその気持ちは確かかは分からないけど、嘘だったとしても嬉しかった。
あと先輩は文系で私立大学専攻クラスであることを知った。
「俺は体育くらいしか出来ないからな。」
とまた無邪気に笑ってみせた。
「ってみさちゃんは興味ないか。」
とまた笑った。
私は何も返答出来なかった、多分先輩は私が本当に興味ないんだと思っているかもしれない。
「そんなことないです。」くらい言えば良かった。
後悔したのは帰りの電車の中で、最近は電車の中で先輩との会話についての反省をすることが多くなった気がする。
そして明日はもう先輩が話しかけてくれないかもしれないと思うと凄く悲しくなった。
予想は的中した、先輩は図書室にすら訪れなかった。
/00 Able(3)
多分先輩はこんな私に呆れてしまったんだ。
そう思うと何だか悔しくて寂しくて昨日の夜は眠れなかった。
だから先輩が「みさちゃん」ともう一度声をかけてくれるなんて思わなかった。
しかも図書室じゃなくて教室までわざわざ顔を出してまで。
「みさちゃん、これお土産ね。」
と私が昨日考えていたことをまるで無にする笑顔で小さな袋を私に渡してきた。
「え、お土産ですか。」
と今一状況が掴めず驚きを隠しきれない私に先輩は少し不安げな顔をした。
「やっぱ迷惑だよね、こういうの。」
と先輩は真剣な顔をしてそっと呟いた。
私は少し戸惑った、別に迷惑だなんて思っていない。
そしてむしろ嬉しいということを伝えないとと思った。
私が言葉を選んでいる間に先輩が先に口を開いた。
「要らなかったら捨てていいよ、返されても困るしね。」
気のせいかもしれないけど先輩の声が少し震えていた気がした。
「大切にします。絶対大切にします。」
と私は初めて先輩に自分の意思を伝えられた気がした。
先輩は私の言葉を聞いてかは分からないけれど、笑った。
「そっか、ありがと。」
と呟いてから、先輩は手を振りながら廊下を歩いて行った。
私は教室に入って自分の席に座って袋の中身を確認しようとした。
「田端さん、田端さん。」
と普段は注目されない私に教室全体の視線が集中した。
「田端さん、田端さん。」
と教室のあちこちで囁かれる私の苗字はなんだが妙な違和感があった。
まるで自分の苗字なのに自分のではないような不思議な感じがした。
そして一人の女子が近づいてきた。
「田端さんってさ、多部先輩と仲いいの?」
と話しかけてきたのは教室の中の中心的な存在である、橘沙織さん。
出席番号が前後だから度々話すことはあったけど彼女が私に質問をしてくるなんてことは勿論初めてである。
「いや、そんなことはないと思う。」
と私は仲がいいなんて勝手に私が言ったら先輩に迷惑だと思ってそう答えた。
彼女の返答は意外なものだった。
「いや、そんなことはないと思う。」
と私が言ったことと同じ言葉が返ってきたのだった。
/00 Able(4)
私は彼女、橘沙織がその言葉に続けて話した理由に何だか恥ずかしくなった。
まず彼女の彼氏はサッカー部の先輩、つまり多部先輩と同じ部で同学年であるということ。
彼氏から聞いた話によると多部先輩は気になる子がいるということ。
多部先輩は私立大学専攻クラスだから推薦が決まっているにも関わらず図書室に通っていること。
彼女は何だか自分の自慢でもしているのかと錯覚するほど自慢げに話した。
あと彼氏にその話を聞いてから私と話したいと思っていたとも話した。
「だから、多部先輩は田端さんのことが気になってるんだよ。」
と彼女が最後に自信満々に言い張った言葉には私は唖然とした。
私の中では先輩の気になってる人が本当に私だったらいいなと思った。
だけど私の性格は「そんなわけがない」と真っ向から否定した。
「袋開けようよ。」
と自分のことのように目を輝かせて私にそう即してくる彼女の存在が嬉しかった。
袋を開けると中身はピンクパンダのキーホルダーと手紙だった。
手紙については彼女は何も触れてこなかった。
だから先輩が来る前に図書室で手紙は一人で読んだ。
「みさちゃんへ」とお世辞にも綺麗とは言えない字で書き出した五行の手紙。
手紙とかなんか改まって恥ずかしいな。
今家族で上野動物園なうです、いや、みさちゃんが手紙読んでるころにはわずやけど(笑)
ピンクのパンダ、超可愛くね、俺の一目ぼれなんやて。
あー書くこといっぱいあるのになんか書けんわ(笑)
まあいつもの図書室で話そう(小声でww)
なんか先輩らしいな、四行目なんてもう心の声じゃん、普通手紙に書かないよ、こんなこと。
とあれこれと考えていたら何だか、もしかしたら先輩が気になる子て私かもしれないとか思って急に嬉しくなったり恥ずかしくなったりした。
ガラッと図書室の扉が開く音に心が高鳴るのが分かった。
「田端さん、静かにね。誰もいないけど図書室なんだから。」
と司書の先生だった、先輩だと期待した自分が恥ずかしくなった。
その数分後、先輩は図書室にやってきた。
私なんて存在が霞んで見えなくなってしまうんじゃないかと思うくらいの綺麗な女の人を連れて。
/00 Able(5)
「みさちゃん、みさちゃん。」
といつもと何も変わらない様子で話しかけてきたが、私は期待なんかするんじゃなかったと少し悔やんだ。
相当心は動揺していたけど平然を装って先輩の呼びかけに答えた。
「こんにちは、先輩。」
と少し他人行儀な気もするけど、あくまでも自分を傷つけないために先輩との距離を一定に保った。
「なんかそっけなくない。」
と先輩は不満そうに呟いた。
「啓志、ねえ啓志ってば。」
と隣にいた女の人が会話に入っていた。
私は先輩の何でもないのにこんな嫉妬みたいな感情持ったらいけないのに、自分に言い聞かせても駄目だった。
その女の人の存在が私は気になって仕方がなかった。
「ねえ啓志、ねえってば啓志、聞いてるの?」
と先輩と私を遠ざけたいのか、奥の本棚の方に行こうと即している。
そのことを嫌がる権利も、止める権利も私には無いことは分かっている私は先輩に判断を任せた。
「う、うん、みさちゃんちょっと待っててお願い。」
と私に伝えると先輩は私の期待をまた裏切って、その女の人と奥の本棚の方へ向かった。
私が先輩の気になる子だったとしたら先輩はその女の人の言うことを聞くのだろうか。
いや、聞かないでしょう、その時先輩の気になる子は私ではないと確信した。
でも私が先輩の気になる子でなかったとしても、私はすでに先輩を気になり始めていた。
しかも先輩は私に待っててと言った。
たとえ私でなくても、気になる人に待っててと言われたら待ってしまうのが現実だった。
数十分で先輩は本を読む私の向かい側の席に戻ってきた。
「みさちゃん、手紙読んだ?」
と無邪気に問いかける先輩に手紙の内容を思い出して少し笑いながら「読みました」と答えた。
そうすると先輩は少し真面目な顔つきで私の表情を伺いながら言った。
「みさちゃん、美里て呼んでもいいかな。」
余りにも今更名前の呼び方の確認に私は驚くことも忘れていた。
「やっぱ、駄目だよね。」
と残念そうな顔をした先輩に私は「いいですよ」と答えた。
あの女の人は誰なのか、正直言って気にならなかったわけじゃないけど、先輩は私のところに戻ってきた。
それが事実でそれだけで私の心はいっぱいだった。
さらに先輩は私を「美里」と呼びたいと言った、私はそれだけで先輩に近づけた気がして幸せでした。
/00 Able(6)
「美里」という名前が自分の宝物になった。
先輩は俺のことも「啓志」と呼んでいいからと言ったけど、呼べるはずなんてなかった。
私の中で「先輩」と呼ぶのも心臓が破裂しそうなくらいなのに呼べるはずなかった。
「私は先輩のままでいいです。」
と伝えると先輩は少し不満そうな顔をした。
「美里、じゃあ一回だけ啓志って呼んでみてよ。」
といきなり「美里」と呼ばれてそれだけでドキドキしてるの分かっているのか、分かっていないのか、分かんないけれど。
先輩は私に一回だけという条件を付きだしてきた。
「無理ですよ、先輩は先輩ですし、呼び捨てなんて。」
と拒む私だったが、少し先輩を「啓志」と呼んでみたいという気持ちがないと言ったら嘘になる。
「ね、一回だけ。」
と諦めてくれたらいいのに、私のちょっとの気持ちに気づいているのか、気づいていないのか、諦めなかった。
「啓志。」
と私が隙をついて先輩の名前を呼んだ。
先輩はいきなり私に背を向けた、私は本当は呼んではいけなかったんじゃないかとか考えて、大分焦った。
しかもいきなり立ち上がって、私の真後ろに来て私を抱きしめた。
私にはもう何が何だか分からないし、先輩がどうしたのか、どうしたいのか分からなくて完全にパニックだった。
先輩は抱きしめたと思えば、数分後いきなり抱きしめてた腕を離して私に謝ってきた。
「ごめん、みさちゃん。」
まず名前の呼び方が戻っていることが一番悲しかった。
なんで謝るのかも聞けないまま、先輩は図書室を後にした。
私は何が起きたのか、自分でも把握できないまま先輩が立ち去った数分後に図書室を出た。
西塔5階に位置している図書室、西塔2階から4階までは3年生の教室、だから当然1階は先輩の下足箱が設置してある。
私たち2年生は東塔1階に下足箱が設置してあるから、先輩と帰りがけに会うなんてことは待ち合わせでもしない限りない。
だからわざと先輩に会えたらという思いで東塔には渡らず、西塔の階段を下りた。
階段を下りていくと階段の踊り場で屯う3年生の男女を目の当たりにした、そこに先輩がいないことを確認しては安心していた。
「あれ、田端さんじゃん。」
と聞き覚えのある声に振り向くと2年の橘沙織さんが3年生の男女に交じっていた。
「あ、もしかして啓志の気になる子?」
と話しかけてきたのは橘さんに情報を植え付けた本人である、橘さんの彼氏だった。
「あ、いや多分違うと思います。」
と否定するとまるで否定したのが伝わっていない様子でさらに続けた。
「俺は岡野雅己、沙織の彼氏、それでもって啓志の友達だからよろしくな。」
と自慢げに自己紹介をして、最後にはよろしくと言った。
「よろしくお願いします。」
と返答はしてみたもののこれから先関わることがあるのだろうかという疑問さえ抱いたが、私は1階の下足箱へと急いだ。
/00 Able(7)
結局西塔1階の下足箱に会いたいと願った先輩の姿はなかった。
そして私には先輩の下足箱の位置なんて到底分かるはずがなかった。
だからまだ先輩が校内にいるのか、いないのか確認すらできなかった。
なぜ先輩は私に謝ったのか、私は先輩に抱きしめられたの別に嫌ではなかったし、むしろ嬉しかった。
少し驚いて先輩にその気持ちは伝えられなかったけど、もしかして伝えなかった私がいけなかった?
そんな自問自答を繰り返しながら自分の下足箱のある東塔に向かった。
自分の下足箱に着いたら、いつもは閉まっているはずの扉が少し開いているのに気付いた。
不自然に思いながらも扉を開けていつものように上履きを上段に片付け、下段から登下校用のローファーを取り出そうとした時に異変に気付いた。
ローファーの下にノートの切れ端が挟んであったのだった。
私は先輩だと直感で思った。
肩に掛けていた鞄を足元に置いて、すぐノートの切れ端の正体を確かめた。
やはり先輩から私宛のメモだった。
みさとへ
とりあえずごめん、俺みさとのこと好きなんだ。
だからいきなり、ほんとごめん。
みさと、ごめん。
この間の手紙より少し筆圧が濃い気がした。
先輩がどんな思いで書いたのかが一つ一つの文字から伝わる気がした。
「好き」という言葉があまりにも私には温かくて大切な言葉に感じた。
明日必ず先輩に会って、私の気持ちも伝えなければと思った。
明日なら必ず先輩に伝えられると何か私の中で感じた。
むしろなぜか明日でも遅いような感じさえした。
ローファーに履き替えて学校を出ようと丁度雨が降り出した。
私は下足箱の横にある置き傘を持って学校を出た。
最近の17時はまだかなり明るかった、だけど雨が降っているせいか、いつもより暗く感じた。
明日先輩に会う、私の頭の中はそれだけでいっぱいだった。
先輩のことを考えると眠れないことが多かったが、その日はなぜかよく寝ることができた。
#Phase