胸がチクリと痛んだら 〜第二章〜
休日の訪問者
ベッドの足下で、二匹の猫がモゾモゾと動く気配がする。
午前九時。ゆっくりと目を開ける。ブラインドを空かして日差しが差し込んでいた。
「っあ~ぁ・・・」
旭は大きく欠伸をした。むっくりと起き上がり部屋を見渡すと、窓下のボードに置いてある小型のオーディオに視線を留める。しばらく眺めていると、小さくカチャリと音を立て、電源が入った。タイマーに合わせて、適度な音量で音楽が流れ始める。
“ I used to rule the world. Seas would rise when I gave the world....”
鼻にかかった男性ヴォーカルの声が、寝室にゆっくりと広がって行く。寝癖の付いた頭を掻きながら、旭はベッドから出た。ブラインドを開けると、まぶしさに目がくらむ。少し冷え込んではいるが、十月下旬の柔らかな日差しが、はどよく体を温めてくれた。今日は良い天気だ。
二匹の猫が交合に、旭の足に擦り付いて来た。お腹がすいたのだろう、しきりに鳴いて催促している。
「はいはい」
まだ気怠さの残る体を起こすように、腕を回しながらキッチンへ向かう。ドアを開けた途端に、我先にと進む二匹に足を取られそうになり、旭は苦笑いをした。食器棚の開き戸から猫用の缶詰を取り出すと、鳴き声は更に大きくなった。
「そう焦んなさんな」
それぞれの器に餌を分け入れ、フォークで軽くほぐしてやる。マットの上に並べて置くと、間髪入れずに顔を突っ込み、ガツガツと食べ始めた。
「朝からスゴい食欲だな、君たちは」
旭は、交合に二匹の頭を撫でた。
ダイニングの椅子に掛けていたパーカーを羽織り、コーヒーの準備に取りかかった。赤いケトルにミネラルウォーターを入れ、火にかける。冷蔵庫にボトルを戻す前に、猫の水入れに注ぎ足した。
コーヒー豆を挽きながら、歌を口ずさむ。
「...I hear Jerusalem bells a ringing. Roman Cavalry choirs are singing...」
オーディオは、一定時間を超えると音量が変化するように設定をしている。寝室のドアを抜けてキッチンに流れ込んで来るメロディーに身を委ねながら、ゆっくりと豆を挽く。ミルのハンドルを回す度に、手の平に伝わる振動が心地よい。
夕べの安眠には邪魔が入ったが、しかし、今朝の気分はまずまずだ。コーヒーを飲んだら、身支度をして、行きつけのカフェで遅めの朝食を取ろう。猫の餌も買いに行かなくてはならない。旭は、今日の予定を頭の中で整理した。
不意に、玄関のドアを叩く音がした。キッチンのドアの向こう、廊下の先から、鉄製のドアの震える音が聞こえて来る。突然の事に猫達も驚いた。ピンと耳を立て目を丸く見開き、姿勢を低く保って旭の足下に寄って来た。
「大丈夫だよ、そこに居な」
コンロの火を止め、廊下に出る。訪問者は相変わらずドアを叩く手を休めない。旭は玄関に向かった。
ドアに近づき、「はい」と声を掛ける。音が止んだ。返答を待ってみるが、何も聞こえない。
「どちら様?」
もう一度呼びかけると、若い女性の声が聞こえて来た。
『おはよぉー』
くぐもった挨拶。旭は大きくため息をついた。美咲だ。高橋美咲。夕べ旭の安眠を妨害した張本人が、何と朝から予告も無く訪問して来た。昨夜の苛立ちが鮮明に甦ってくる。
「なんだよ」
不愉快極まりない様子がドア越しに伝わるよう、旭は冷たく答えた。
『あきらさぁん、入れてーっ』
「は?」
『トイレ行きたいぃーっ』
「コンビニに行け」
『お願いぃーっ』
リズミカルなヒールの音が聞こえる。足を踏み鳴らしているのだ。
『もーれーるーっ』
まるで駄々をこねる子供のようだ。ヒールの音は更に早く、激しくなって行く。旭は腕を組み、ドアを見つめてどうしたモノかと思案したが、よくよく考えたら近所にコンビニはないし、このまま騒がれても迷惑だ。旭は小さくため息をつくと、鍵を開けた。
「良かったぁ~!」
美咲は傾れ込むように玄関に入り、慌ただしくピンヒールを脱ぎながら「やばい!やばい!」と繰り返した。
「騒がしいな、近所迷惑だろうが」
旭が言い終わらないうちに、彼女はトイレへ走った。小柄な体が横を通り抜けると、甘い香りがした。旭は思わずクシャミをした。香水が苦手なのだ。
「ドアベルって知ってるか?押すとピンポーンって鳴るんだぞ」
焦る美咲の背中に、一つイヤミを投げる。が、彼女には聞こえなかった。小走りでトイレに駆け込み、後ろ手に勢い良くドアを閉める。中からドタバタと慌てる音が漏れ聞こえて来た。
旭がキッチンに戻ると、ダイニングの椅子の上に、二匹の猫が身を潜めていた。美咲の騒々しさに驚いたのだ。
「大丈夫だよ」
旭が軽く撫でると微かに喉を鳴らしたが、それでも緊張は解けないようだ。
旭は気を取り直し、コーヒーの準備を再開した。やれやれ、せっかくの休日だと言うのに・・・ブツブツ呟きながら豆を挽いていると、廊下のドアが開いた。
白地に赤い小花柄の派手なワンピース、白いレザージャケットを羽織った美咲が、甘い香りを漂わせてキッチンに入って来た。冬も間近だと言うのに、彼女の出で立ちはいつも『春模様』だ。大きく開けた胸元には、デイジーのネックレスが小さく咲いている。
緊張がピークに達した猫達はヒラリと椅子から降り、ドアを開け放したままの寝室へ駆け込むと、ベッドの下に隠れた。
「はぁーすっきりした。あ、いい香りっ」
ペタペタと足音を立てて、美咲が旭の隣に近付くと、再び甘い香りが鼻を突いた。
「香水がキツい」
「そう?」
「『ありがとう』は?」
「え?」
「『ありがとう』は?」
「・・・・あ、トイレ?ありがとっ」
美咲は満面の笑みを浮かべたが、旭はニコリともせず、黙々とコーヒーの準備を続けた。
沸騰したお湯をマグカップに注いで、カップを温める。挽き終わった粉をフィルターに移し、表面に軽くお湯をかけて湿らせると、香ばしい香りが鼻をくすぐった。間を置いてお湯を回し入れる。ポトポトと落ちる琥珀色のしずくが、少しずつコーヒーポットにたまって行く。柔らかな湯気が睫毛にかかった。
「いー香りだねぇ」
「で?」
旭は、ようやく美咲に顔を向けた。小柄な彼女の頭は、ちょうど旭の肩の位置にある。美咲があまりに近づいているので、見下ろすような体勢になった。
「何か用?」
「え?」
「約束した覚えはないよ」
普段からぶっきらぼうな口調だが、夕べの一件も相まって、今日の旭は更に威圧的な態度になっている。しかし美咲は全く動じない。
「ほら、夕べはフラれたからぁ。今日は遊んでくれるかなって思ったの」
大きな目で旭を見上げる。派手なピンクのアイシャドウが、黒目がちな瞳を強調していた。ふくよかな唇にたっぷり塗られたグロスが光る。
「夕べの電話、目が覚めて気分が悪かった。何だよ、あれは」
「友達と飲んでたんだけどね、どっかのチャラ男と消えちゃったの。だから一人になっちゃって。それでね、旭さんの事思い出してね、『旭さんがいてくれたら楽しいのに』って。・・・何で旭さんの事思い出したんだっけ・・・ってか寝てると思わなかったからぁ」
「がっつり寝てたよ。帰れ」
「私もコーヒー飲みたい」
「良い度胸してるな」
美咲をチラリと睨み、マグカップにコーヒーを注ぐ。ダイニングの椅子に座ると、美咲も旭の隣に陣取った。大きな瞳から注がれる遠慮のない視線を感じながら、煎れたてのコーヒーをすする。少し沸かし過ぎたようだ、唇が刺すように痛んだ。
「あつっ」
頬杖を付いた美咲がコロコロと笑う。不意に「あっ」と呟くと、足下に置いた大きなバッグから新聞を取り出した。
「はいっ。下から取って来たの」
「お前なぁ。勝手に・・・まぁ、いいや」
新聞を受け取り、美咲の鼻先でバサリと広げてやると、少し驚いて頭を引いた。が、すぐにニッコリ笑うと、再び旭の肩に頬を寄せ、横から新聞記事を目で追い始めた。
「帰れよ」
「どっかドライブ行こ?天気いーし」
「何故おのれとドライブに行かにゃならんのだ」
「えぇー?」
「うっとおしい、帰れよ」
「んー?」
美咲は唇を尖らせると、おもむろに立ち上がり部屋の散策を始めた。テレビボードに並べられたDVDのタイトルを読み上げたり、センターテーブルに置かれた小さなサボテンをつついたりしながら、旭に話しかけてくる。
「ここ静かだね、前の道路って結構大きいのに。車とか少ないの?」
「・・・・」
「トイレに置いてあるポプリって、どこで買ったの?」
「・・・・」
「ニャンコどこに行っちゃったの?隠れてるの?」
「・・・・」
一言も返さない旭に構わず、美咲は、要領を得ない質問を繰り返している。旭がチラリと目をやると、本棚の前に立って子供のように身体を揺らしている美咲が見えた。相変わらず尖らせた唇に、グロスが光っている。
「旭さんの部屋ってさ、いつ来ても綺麗だよね。何か物も少ないしさぁ。私の部屋なんか大変だよ?服がクローゼットに入りきらなくてね、ソファーとかベッドの上とか山盛りになってるの。衣替えしようと思って引っ張りだしたんだけどね、あんまり多いから諦めちゃった」
「知るか」
旭は小さく呟きながら、新聞を読み進めた。美咲はベランダの窓を開け、しばらく空を眺めていたが、特に興味を引くものがなかったようだ。クルリと旭の方に振り返る。ワンピースの裾が揺れた。
「旭さん、ドライブ行こ?ほら、何か、公園とか」
「帰れ」
「えぇ~?」
「邪魔なんだよ」
「せっかく良い天気なのに、もったいないよ?」
「帰れ」
不機嫌を全開にして眉を寄せる旭を見ても、美咲は全く動じない。いつもの事だが、どんなに冷たくあしらっても彼女は挫けないのだ。
「ここ何畳ぐらいあるの?十六畳ぐらい?日当りもいいし快適だよね、ウチとは大違い。ワンルームでね、窓が小さいから暗くてね、ずっと電気付けっぱなしなの。ここ日当りいいよね、暖房とかいらないでしょ?」
「あのさぁ」
旭が、意を決したように顔を上げた。バサリと乱暴に新聞をたたみ、体ごと美咲に向ける。美咲もつられて、姿勢を正した。
目を開き、キョトンと旭を見つめる。まさしく子リスだ。
「なぁに?」
「今更だけど、何なの」
「ん?」
「何で私に付きまとうの」
美咲は、しばらく旭を見つめると、ニッコリ笑って言った。
「旭さんに遊んでもらおうと思って」
旭は更に深く、眉間にシワを寄せた。仏頂面に拍車がかかる。
「一度でも私が遊んだ事あった?勝手について来るだけだろうが」
「そうだけど、でも私は楽しいもん」
「休日の度に予告もなく押し掛けられて、下らん話に付き合わされるのは嫌なんだ。いい加減にして欲しいよ本当に。そもそも何で私なの。歳も離れてるし、何か共通点あるか?それと会社でタメ口聞くのもやめろ。いい?私は友達じゃない」
つらつらと滑舌良く話す旭を見て、美咲の目は更に大きく開かれた。不意に、手を叩いて喜び出す。
「すごーい!」
「・・・は?」
「旭さんがいっぱい喋るのって貴重!」
しばらく沈黙が続いた。と、旭は深く腹の底から息を吐いた。
「・・・・あほか・・・」
旭はコーヒーをグイと飲み干すと、マグカップとコーヒーミルを手早く洗い、水切りカゴに伏せた。乱雑に置いた新聞を広げ、綺麗にたたみ直す。ふと、美咲が笑った。
「旭さんって、潔癖性だよね」
「うるさい、帰れよ」
笑顔を浮かべたままの美咲を睨む。しかし、すぐにため息をついて寝室へ向かった。彼女を追い払う事に労力を使うぐらいなら、いない者としてやり過ごした方がずっと楽だ。どうせ勝手について回るのだから放置しよう、今日も。ここ数ヶ月であみ出した、旭なりの『美咲攻略法』だった。
寝室では、ちょうどCDが一周し、改めて一曲目を読み込み始めていた。再び曲が流れ出す。
“ I used to role the world. Seas would rise when I gave the world.... ”
彼女の気配を察知して、猫達がベッドの下から顔を出す。
「だいじょうぶだよ、出ておいで」
二匹はしばらく主人の顔を見つめると、安心したのかベッドに上がり、毛繕いを始めた。優しく背中を撫でる。やがて喉鳴りが聞こえて来た。
旭が着替えを済ませてリビングに戻ると、ゆったりソファーに座ってコーヒーを飲む美咲が視界に入った。
「おまっ・・・勝手に飲むなよ」
「だってポットに余ってたんだもん」
「残してたんだよ」
「旭さんカップ洗っちゃったでしょ?」
「帰れ」
美咲はマグカップを両手で包み、息を吹きかけて湯気を踊らせた。軽く笑みを浮かべたまま、一口コーヒーを飲む。
「おいしーい」
「帰れ」
「・・・思い出した!コールドプレイだ!」
「は?」
美咲は嬉しそうに、旭の方を向いて座り直した。
「コールドプレイ!昨日ね、クラブでこの曲流れたの。で、それ聴いたら旭さんの事思い出しちゃって電話したんだー」
「マイペース極まりないな」
「この間来た時も流してた。すごく好きなんだね」
「さぁね」
旭は立ち上がると、廊下のドアへ向かった。
「どっか行くの?」
美咲は慌てて立ち上がった。その拍子でコーヒーをこぼしかけたが、何とかカップのバランスを取って持ち直す。
「ねぇ、どっか行くの?」
「顔洗うんだよ」
頭を掻きながら洗面所へ向かう旭を見送る。細身のジーンズにゆったりとしたシャツ、お世辞にも色気があるとは言えない出で立ちだ。美咲は小さく笑うと「男の人みたい」と呟いた。「聞こえたぞ」と、廊下から旭の声がした。
リビングに残された美咲は、改めて部屋を見渡した。家具はどれも木目で、深い色合いで統一されている。テレビ台の背は低く、ガラスの扉が付いたキャビネット式。ギッシリと詰められたDVDは、どれも古い洋画のようだ。美咲の知らないタイトルばかりが並んでいる。
センターテーブルも木目で、真ん中に小さなサボテンの鉢が置いてあり、隅にはリモコンが二つ、綺麗に並べられている。「潔癖性・・・」、美咲は呟いて笑った。
振り返ると、ソファーの後ろには大きな本棚。これもギッシリと本が詰め込まれており、ところどころ洋書らしき物も見える。分厚い本の背表紙は色とりどりで、美咲の目を楽しませてくれた。
ベランダに目を向ける。淡いベージュのカーテンが、秋晴れの日差しを受けて眩しく揺れていた。
「ドライブ日和なのに・・・もったいないなぁ」
「行かないよ」
不意に話しかけられて、美咲は勢い良く振り返った。さっぱりとした無表情で、旭が立っている。
「ビクったぁ!」
「帰れってば」
「も~、旭さん足音させないんだもん。びっくりしたぁ」
「帰れ、出かけるから」
「え?出かけるの?」
美咲は満面の笑みで旭を見上げた。
「何しに行くの?」
「食事」
「どこで?」
「近所のカフェ」
「車?」
「歩き」
「私も行く!」
美咲は勢い良く立ち上がり、ダイニングテーブルへ向かった。大きなバッグをゴソゴソと探ると、ジーンズとロングTシャツを取り出す。
「・・・何やってんだよ」
怪訝な表情を浮かべる旭に、美咲は満面の笑みで答えた。
「だって旭さんラフな格好してるもん。私も合わせなきゃチグハグになっちゃう」
「何で着替え持ってんだよ」
「こーゆー時のために」
「連れて行かないぞ」
「勝手に連いてくもん」
と、旭の目を気にせず豪快に着替え始めた。
レザージャケットを脱ぎ、ワンピースのジッパーを下ろす。白く細い手足を忙しなく動かしながら、あっと言う間に下着姿になった。刺繍の施されたストッキングを、よろめきながら脱ぎ、慌ただしくジーンズに足を通す様子は、幼い子供のように見える。
不器用にジーンズを履き終わると、素早くロングTシャツをかぶる。焦りのせいか、うまく袖口が見付からないようだ。頭もなかなか出て来ない。豊かな胸を左右に揺らし、格闘を続ける。美咲の動きに合わせるように、ネックレスが光った。
「ちょっと待っててね・・・ちょっと・・・先に行かないでね?旭さん」
くぐもった声で繰り返し懇願する美咲に、旭はため息をついて答えた。
「連れて行かないって」
「だから勝手について行くってば」
「・・・どうでもいいから、そのイヤミな巨乳を隠せ」
「イヤミじゃないもんっ、大きいだけだもんっ」
「牛め」
「ちょっと!ひどぉーい!」
ようやく頭を出した美咲は、旭に向かって口を尖らせて見せた。相変わらずの仏頂面だが、しかし口元が僅かに和らいでいる。これはつまり、美咲の勝利を意味している。
ひたすら食いついていれば、旭は諦めて折れる。ここ数ヶ月であみ出した、美咲なりの『旭攻略法』だった。
にやける美咲を尻目に、旭は寝室に入った。クローゼットからベージュのジャケットを取り出し、オーディオの電源を切る。
キッチンに戻ると、何とか無事に着替えを済ませた美先がバッグからスニーカーを取り出していた。シルバーのラメが入ったスニーカーは下ろしたてのようで、真新しいゴムの匂いが旭にも届いた。
「これ可愛いでしょ?」
得意げに笑う美咲に構わず、旭は玄関へ向かった。
「待って待って待って」
美咲は相変わらず慌てた様子で、旭のあとを追う。廊下に出たところでふと思い出し、引き返してバッグからピンクの財布を取り出した。改めて廊下に戻ると、旭が玄関のドアを開けて待っていた。
「待って待って待って」
「遅いぞ、牛」
「牛とか言わないでよぉーっ」
「ホルスタイン」
「一緒じゃん!」
「行くぞ、ベコ」
「もー!!」
静寂を取り戻した寝室で、二匹の猫は喉を鳴らしながらじゃれ合っていた。徐々にヒートアップして来ると、ベッドの上を縦横無尽に走り始めた。追われた一匹が、ヘッドボードに飛び乗る。無邪気な振動で、写真立てが床に落ちた。
赤いレザーの細枠に囲まれた写真の中心には、数人の大人に囲まれて、色白の青年が微笑んでいた。
胸がチクリと痛んだら 〜第二章〜