上海の夜は更けて

上海の夜は更けて

夜上海 夜上海 你是個不夜城 華燈起 樂聲響 歌舞昇平・・・
只見她笑臉迎 誰知她內心苦悶 夜生活 都為了 衣食住行・・・


夢を追って旅をする者も、いずれは夢折れ、そして疲れ果てる。
その疲れの果てに人は何を見出すだろう。

酒・・・女・・・ 阿片・・・

それらすべては己の精神の安定を得るためか?ほんのひととき、日常という名の化け物から身を避け、ほっと一息つくためなのか。
夜の黄浦公園

すぐ近くで霧笛の音がした。
夜の黄浦公園
欧州に向かう貨物船が出航する。己の見果てぬ夢を乗せて・・・
私は燐寸を擦って煙草に火を付けると、隣でやはり暗い目をして出航する船を見つめている女の肩を抱いた。
女の名前は麗麗(リー・リー)と云った。本名は知らない。生い立ちも何も知らない。知っているのはお互いの体の上の、体温という名の地図だけである。

中国では、愛人を呼ぶ時、名前の一字を重ねると云う事を最初に教えてくれたのもこの娼婦であった。最初に名前を聞かれた時、とっさに「龍」だと云った。以来この女にとって私の名前は龍龍(ロン・ロン)になった。私にとってこの女が麗麗(リー・リー)であるように。

華やかな舞台板の向こうには、生活という名の日常がある。ふと夢から醒めたように日常に立ち返る時、時として人はその寒々とした光景に愕然とする。そして突き付けられた時間という名の拘束。人はその拘束から逃げられないから・・・夢を追うのかもしれない。

1934年4月10日
今宵も魔都上海の夜は更けてゆく。
不夜城上海は眠らない街ではない。眠れない街なのである・・・

上海の夜は更けて

上海の夜は更けて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-04

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