遅刻からの惰走
作品名は、『ちこくからのだそう』と読みます。惰走は日本語にはない創作熟語です。
初めてネットに載せるので、少し気恥ずかしい。
半端ない寸評をいいたければ、ありがたい。
『遅刻からの惰走』 佐部一輝
街路樹の枯葉が北風で路肩辺りを転げまわっている晩秋。
車中の三人は同期で高校時代からのトリオである。
助手席にいる、おいらこと三輔四郎(さんすけしろう)が口火を切った。
「来月、スキーに行くべぇ!又やん」
仲のいい友を世間では親友と呼ぶらしいが、おいらは違う。
腐れ小切子(こきりこ)と呼ぶ。意味は特にないが、又やんが民謡で「小切子節」をよく唄うからだ。
その小切子又造がハンドルを片手に答える。本名は笑える弐体又造(にたいまたぞう)である。
「おお、いいね、いいね。久しぶりに行こうぜ」
「ナンパもいいが、また、又潜りやろうぜ、又やん」
「四郎よ。また又、言うなや……おれ、名前変えようかな」
「どんな、名前だ。まさか、裸体合体ではないよな。又やん」
「バ~カ。又は先祖代々から継がれた由緒ある名だから外せない」
「じゃ、裸体又豪(らたいまたごう)はどうだ」
「オレらは刑事か。それじゃ殺人事件の現場にいるみたいじゃん」
ふと、おいらは後部座席にいる小口一斉(こぐちいっせい)の声がないのに気づいた。
おいらは、首を傾げている一斉に声をかけた。
「おい、どうした。真剣な顔して……」
「四郎、又潜りって。なんだ。Hっなことか」
「違うよ。おまえもスキーやれば分るよ。滑っていて互いの又を滑って通りぬけることだよ」
「え~、おまえら、そんなことできるの」
「あぁ、おれらエゲィべぇ」
エゲィとは、でかい、大きい、凄いことなどに使う。おいらの口癖だ。
ふと、おいらは車外を見てたまげた。
「又やん、止めて、止めて、早く。鳥越神社を過ぎている」
「戻るから、心配するな」
「いい、早く降ろして。おまえらも仕事あるのだろう。ここならまだ歩いて行ける」
元来、おっちょこちょいのおいらは脱兎のごと駆け出した。
腕時計を見ると約束の午前10時までには、まだ20分ほどある。なんとか間に合う。
2,3分ほど走って、おいらは重大なことに気付いた。
「ああぁ、カメラ忘れた。車の中だ。あぁ、どうしょう!参ったなあ」
おいらの携帯電話が身体中をまさぐっても出てこない。車中に忘れてしまったのだ。
「困った、だれかいないか……」
すると、行き交う人影もなく閑散とする道路端に一軒の出店があった。
出店は焼きそば屋らしく、ひとりの老婆が出店の奥になぜか白目を出して座っていた。
ちょっと後退りかけたが、おいらは思い切り声をかけてみた。
「おばさん、焼きそば買うから携帯電話貸してくれませんか」
「いいけど。おら~アイホーンしか持ってないよ」
快くおばさんは貸してくれたのはいいが、おいらはまだスマフォを使ったことない。
相変わらず、そそっかしい性格は30才に成っても直らないようだ。
急いで、おばさんに戻し、おいらはエゲィ声で言った。
「番号言うから掛けて、いい。029の26×の×××2」
「最後、何だって4(し)、2(に)……」
おばさんは耳が少し遠いのか、やたらと耳に手をかざした。
「最後は2。2だよ。いい、おばさん」
何とか呼んだようで、おばさんから両手でスマフォを鷲掴みにすると誰かの声がした。
「もしもし、だれ。だれ、弐体ですけど」
「あれあれ、四郎だよ。又やんの家に電話したんだ」
「バ~カ。転送だよ」
大至急、鳥越神社までカメラを持ってくるように用件だけをおいらは告げた。
「戻りたいけど、高速道路に乗ったばかりで、すぐには戻れない」
「なんとか、急いで頼む」
「分った、分った。いいか、よく聞け。こんな時は下手に言い訳するな。おまえは慌坊(あわてんぼう)なのだから、口の上手
い小口に任せろ、いいな」
「あ、分った」
「それから、今日だけは小口にシャッターを切らせろ」
「なんで、また……今日は集合写真の撮影だぞ」
「だから、おまえはダメなのだ。四郎は助手だ。車中では、どこに乗っていたおまえ、助手席だろう、違うか」
「え、何言っているの。おいらは写真屋だよ。小口はデザイナーだ。写真は素人だぜ」
「冗談だよ。だが、よく聞けよ。四郎がセットして、すべてやればいいじゃない。そして、最後にプロカメラマンに扮した小口
にレリーズを渡して、先生どうぞ、と、やれば一件落着ではないか」
「人たらしの又やんが、そう言うならそうする」
「人たらしは余計だ。オレは仮もペンキ屋の親方ぞ」
「いいから、早く小口に変わって……」
小口曰く、「おまえとオレが入れ替わればいいことだ。今日だけフォト企画の代表はオレだ。いいね、四郎。心配するな。オレに任せろ。担当者の名前を教えろ」
おいらは自分の携帯電話にある鳥越神社の宮司である風間匹太朗(かざましたろう)に掛けて、フォト企画の三輔四郎と言えば分ると告げ、電話を切った。
不安だらけで神社に着くと、初対面なのに風間が近寄ってきた。
「はじめまして、たった今しがた代表から画像メールと電話ありました」
「え、どんな画像ですか、まさか」
「そのまさか、です。きれいな奥さんですね、三輔さんが羨ましい」
画像は、おいらと亡くなったカミさん二人で店の前で撮った写真だ。
おいらが待受画面に使っているものだ。
風間宮司が急にニタニタしながら、おいらの顔を見た。
「ねぇ、訊いてもいいかな。奥さんにしたプロポーズはどんな言葉。場所は……教えてくれない」
「え、どうして……」
「あたい、好きな人がいるの。今、プロポーズの練習しているの。遅れたことは気にしないでいいから、ねぇ、教えて」
宮司のオネェ系のことばに少々驚いたが、ここは素直に答えた方が得策だ、と、おいらは思った。
「遅れたお詫びに、答えます」
「あら、うれしい。遅刻など、もうどうでもいいわ」と、宮司は自分の両腕をクロスさせながら身体全体をS字にくねらせた。
宮司がオカマだと解かると、「世も末だ」と、おいらは思わず呟いた。
「嫁の名は雅恵。旧姓は三乃院。プロポーズした場所は闇夜の漁港です。」
宮司はただ、おいらを見つめている。
「では、ここからは四年前の夏にしたプロポーズを再現します」
「待ってました。四郎さ~ん」
〈え、おいらは何しに来たの、ここに。オカマ宮司のお相手、そんなアオな!〉
2009年の真夏。
おいらと雅恵は付き合って2年、夕食を終えると夜の漁港に向かった。
まず、二人はコンクリートで固められた船泊の突先に腰を落とし、膝から下を闇夜の海に投げ出した。
おいらは雅恵のかぼそい肩に片手を回して、彼女の上半身を引き寄せた。
「もし、この漁港に海の怪獣が現れたらどうするまぁちゃん、逃げるか、それとも、おいら共々食われるか。どっちだ」
雅恵が首をおいらの肩にそっと乗せてきた時、片乳房がおいらの脇腹にかすかに触れた。
「怪獣の餌になるのは嫌だけど、四郎と一緒なら食われてもいいかなぁ~」
「ほんとうに、本当……まぁちゃん、立って」
「えぇ……」
おいらはポケットから安物の指輪を取り出した。
本当に安物で、一個10円のプラスチック製品である。
「まぁちゃん。これ、憶えている」
「憶えているよ。わたしが四郎に初めてプレゼントした指輪よ」
「それは、良かった。なぁ、まぁちゃん。おいらは、まぁちゃんが好きだ、大好きだ」
「ありがとう……」
「例えばだけど、仮にまぁちゃんの心が庭だったら。おいらは、たとえ明日、地球が滅びようとも、今日まぁちゃんのために
リンゴの木を庭に植えたい。……上手く話せにないけど。おいらと結婚してもいいなら、この指輪を受け取ってほしい」
「どうしょうかなぁ、一分だけ考えさせて。四郎、海の方を見てて」
「ああ……」
視界を遮られたおいらは、心臓の高鳴りをこめかみで感じるほど冷静ではいられなかった。
やがて、雅恵の歩み寄る足音と船泊に打ち寄せる波がぴたり止んだ時だった。
雅恵が小ぶりな両乳房をおいらの背中に押し付けてきた。
「四郎のリンゴの木は、もうとっくにわたしの心に植わっているわ。いいよ、よろしく」
「やった~」と、おいらは叫ぶと同時に宙に舞った。夜の海にダイブしたのだ。
ただし、自らの意思ではない。雅恵がおいらの背中を押したのだ。だが、雅恵の真意は定かではない。
おいらの趣味は遠泳だ。慌てることなく100メートルほど先の浅瀬まで、漁港の街灯を頼り泳ぎはじめた。
やがて、おいらが浅瀬に近付くと、雅恵が夜の渚で、なぜか涙声で叫んでいた。
「絶体に、幸せにしてねぇ!絶対だよ~」
浅瀬の小波を蹴散らし、おいらは砂浜にいる雅恵に駆け寄った。
雅恵は肩を震わせながらおいらの胸に思い切り飛び込んできた。
おいらは雅恵の両肩を押し戻すと、片膝を砂につけた。
身体全体が海水でぐしょぐしょながら、おいらはそっと雅恵の左手を下から軽く握った。
「命掛けて、まぁちゃんを絶対に幸せにする。約束する……」
「うん、……絶対よ」
おいらは海水まみれのジィーズのポケットから指輪を取り、雅恵の薬指にはめた。
雅恵がやっと笑ってくれた。
「四郎、これデカイ、サイズ合わない……」
結婚式は挙げなかった。籍だけ入れた。
それから2年後、雅恵は子宮頸がんでこの世を去った。28才だった。
雅恵が天にめされた日、おいらはあの時の漁港に行き、また闇夜の海に飛び込んで泣いた。
オカマ宮司は薄っすらと涙を浮かべていたように、おいらには映った。
「つらいだろうけど、頑張って四郎」
〈おいおい、いつの間にか四郎、呼ばわりかよ。お~怖!早いこと仕事して帰ろう〉
「改めて、遅れることは何とお詫びしたらいいやら。誠にすいません」
「なんのなんの、心配無用です。時間あります。檀家、宮司を入れて200名ほどいます。打ち合わせの通り3組に分けて撮
りましょう」
すぐに、オカマ宮司は仕事の顔に戻った。
今回の撮影はひな壇は用意しなかった。鳥越神社の建立100周年記念ということで建屋前の階段を利用しての集合写真である。
運よく正門前に7段ほどの階段ある上、椅子まで神社側で準備をしてくれた。
10時30分ほどして、小口と又やんがカメラと三脚を持って悠然と現れた。
小口が間髪を入れず、風間に声を掛ける。
「すいませんでした。今朝、嫁がこれで、産気付きまして、なんとお詫びしていいやら、この通りです」
〈何が嫁だ、独身の30才にも成って、お前のちんちんは新品同様じゃないか。ヤフオクにのせたろか〉と、おいらはそう叫びたかった。
「そんなに気にしなくてもけっこうです。めでたいことじゃないですか」
「まあ、そうなんですが。寛大な風間さまに感謝いたします。それにしても、いい神社ですね。趣がある……」
そんな会話も聞きながら、おいらは忙しく準備の取りかかった。
カメラが届いた瞬間、もう雅恵のことは頭から消えていた。
やがて、檀家たちがゾロゾロ正門近付いてきた。
小口の先走りならぬ口走りはまだ止まらない。
「風間さま、この神社の由来はやはり自然災害、海難事故に関わるものですか」
「よくご存知ですね。そうなんです、実はこの神社は海に近い上に、ここは高台で見晴らしがよく、その昔……」
「へ~、神の降臨ですか。では、神社の真下の海に神が天から舞い降りたということですか。由緒ありますね……四郎!早くし
なさい。用意はいいかい。いつもお前は遅いのだから、早く覚えなさい」と小口まで何やらオカマ口調である。
小口の側にいた又やんが下を向いてにやにやしていた。
おいらは腸(はらわた)が煮え返る思いがした。しかし、ここは冷静に答えた。
「先生!準備と心、整いました。いつでもOKです」
「返事だけは一人前になったね、四郎」
今回の仕事はフイルム撮影が条件で、69(ろっきゅう)の中型カメラが2台を用意した。メインとサブカメラである。
おいらは一組目の檀家たちを前にして、喋りはじめた。
「みなさん、たいへんお待ちどうさまでした。最終確認いたしますので、つたない顔ですが、わたしの方を見てください」
三人ほど、位置を少しずらすと、再び、おいらは声を張った。
「では、内のプロカメラマンが撮りますので、よろしくお願いします。最後に、日中シンクロで目つぶり写真があるといけ
ませんのでサブメラを含め5、6カットお撮りします。では、先生お願いします」
小口がレリーズに指を掛けた瞬間、おいらは客に背中を向けて小声で言った。
「小口、1、2、3の合図でシャッターを切ることを客に知らせろ、いいな。もう一度、言う。1、2、3をエゲィ声で言って
から切れ……」
小口は緊張しているのか、首を縦に振るが声の返事がない。ちょっと心配だ。
「では、みなさん、お撮りします。1,2、3のリズムで撮ります。では、……」
おいらは客に正対して、小口に最後の指示をした。
「エゲィで言え……」
「では、ワン、ツー、スリー……あれ、シャッター切れない」
〈おい!英語かよ〉
おいらは思わずカメラを確認しようと、足を一歩前に出そうとするが、出ない。何故だ、どうした。
「お~い写真屋、早く撮れ、なにやっての……」
どうしたのだ、意識が遠のいていくのか、いや待て。意識が回復してくるのか、わからない。
あぁ、どうでもいいけど。背中が痛い、あぁ痛い。
そんな中、無機質で感情のない声が聞こえてきた。毎朝、聞こえる甲高い女の声だ。
「起きてくださ~い。起きてくださ~い。起きてくださ~い。」
色のない世界から可視光域の社場に戻ると、おいらはその声の主がすぐに分った。
〈了〉
遅刻からの惰走
真剣に取り組みましたが、まだまだこれからだと思っています。
ご意見、感想あるいは、教示してやる、いやいや文句をぜひ言いたい方は、
下記PCアドレスまで、メールください。今後の作品に生かしたいと思います。
ご遠慮は無用です。佐部一輝は、どかのプロレスラーではありません。
極、並に、いやいや小波の男です。
rablove@hotmail.co.jp