ヒュウジ少年の物語
子猫...
ある少年が水曜日の気持ちのいい朝に自転車で車道を駆け抜ける。
ぱっと見で少年は高校生と分かる風貌で、白いシャツに、緩く結んだ赤いネクタイをはためかせている。
自転車のカゴにはブレザーとカバンが一緒に突っ込まれている。
猛スピードで走るのは危険だが、少年は人が少ない近道を選んで走っている、それに朝は人が少ない。
こんなことではいつか本当に事故してしまうなと考えながら、直線に入りスピードを速めた
なぜ、こうも全速力で急いでいるかというと、少年は寝坊してしまったからだ
それは今日だけの話ではなくて、毎日のように起こっている。
むしろ、寝坊しない日の方が珍しい方だ
しかし、寝坊と言っても遅刻するほどではなく、先を行く友人に会えるまでを急いでいるのだ。
前方にいつも見る人が見えたことで少しスピードを落とした
その人は冬でも、夏でも、いつでもアロハシャツを着ている。
この人を抜いてもう少しいったところで友人に会える。
そんなことを考え少年はまたスピードを上げた。
なかなか見えてこない友人に少し焦りを感じてきた
―――そんなに遅かったか?だとしたら安全圏内のあの人も遅刻?
少年は登校時の周りの人で遅刻するか、しないか判断していた。
目安の人が時間を間違っていたらどうするんだ、と思いながらも少年はこれを止めない
考えはするが実際に起きていないのだから大丈夫だろと、少年は考えていた
それにしても本当に友人が見当たらない。いつもならばこのあたりで会っているのだ
少年は本当に焦りを感じスピードをまたあげた
しかし、信号機が赤に変わり止まる。
早く、早く、と念じながら少年は苛立ちを隠せなかった。
貧乏揺すりをしはじめ、少年は腕時計を見やる
「あれ?」
おもわず声が漏れた
なぜなら、時刻は余裕の安全圏内をさしていたからだ。
少年は思わず回りをキョロキョロした
「おはよー!」
「!?」
後ろから探していた友人の、声変わりの済んだ声が聞こえ、勢いよく振り返った
「あれ?なんで??あわなかった...」
ちぐはぐに言うが、意味がわっかったのか、友人が言う
「あぁー。ほら、今日反対側走ってたから会わなかったじゃない」
―――あぁ、今日反対側走ってた...近道通ったから
そこで会えなかった訳に、少年は気がついたのだった。
それにしても早かったなー、と友人がぼやいたと同時に信号が青に変わった
2人とも自転車を横に並べて走り出す
「あ、なにか用事があったんじゃなかったの?あんなに急いでたし...」
邪魔しちゃってるかな、と申し訳なさそうに言う
「いや...遅刻したかと思って急いでた」
少々恥ずかしいな、と感じながら少年は前を見ながらゆっくりと進む
隣で笑う声がする。
すると突然
「あ!ヒウ、ヒウこっち!」
「なん...何回も言わなくても聞こえてる!」
ヒウとは少年、飛由史(ひゅうじ)のあだなだ。
幼馴染の一人の、この友人が飛由史と言うのは長いと、ひゅーひゅーと呼んでいたのだが、馬鹿にされているようで嫌だと言ったらヒウとなった。
しかし、少年はこのヒウという呼び名もあまり好きじゃない。
なぜかと言うと、小学校のころ日宇ちゃんと言う女の子が隣の席に居たからだった。
それを知っている幼馴染達は、ときたまに”ひうちゃん”とからかってくる。
そして、それを見ていた他の奴等もからかって来るのだ。
並んでいたのに先に行ってしまった友人を追う。
角を曲がってすこし行った所の川のそばに友人が居た、自転車から降りて座っている、体育座りだ。
「おい、おーい...無視か」
声をかけても友人からの返答がない。
しかし、その代わりが聞こえてきた
「ニャー」
「にゃあ?」
「にゃー、だよ!」
友の瞳はランランと輝いていた。
友の手の中には、グレーと黒が混ざった子猫がいた。
―――こいつ、高1にもなって大丈夫か?
友人、竜矢とは名前に似合わず、見た目とのギャップをコンプレックスを少し抱く少年だ。
中学から高校に入り、少しでも男らしくなるだろうと期待し、大きめの制服を買うなど、毎日三回は牛乳を飲む、煮干しを食べるなどカルシウムを取ったり
他にも、筋トレなどをしているそうだ。
竜矢の希望は見た目よりも中身、声から先に変わった。
中学で周りの半分以上はすでに声変わりしていたので、凄く喜んでいたことを覚えている。
それなのに、この竜矢という男は矛盾していると思う。
男らしくなりたいと言うわりに仕草などが子供くさいのだ。
「うー、もう!ヒウ、本当に朝は冷たいよね!」
「お前は朝から元気だよな...」
「目なんて半分しか開いてないし...低血圧なのかにゃー?それともやる気ないだけー?」
子猫を顔の前におき話してくる
これがかわいい女子だったらなぁ、と考え、溜息を吐き、もとの通学路へ戻ろうする飛由史。
後ろてで友が騒ぐのを聞きながら足を進める。
「まってよ!子猫だよ!?見捨てるの?」
自転車の籠に子猫を入れて、追いかけてきた友人。
子猫がこちらを上目使いに見つめてくる
大きく、綺麗な碧の目をして、耳をピンと張り、飛宇史の目をじっと見つめてくる
「こいつ自分の可愛さわかってるだろ...」
「どうする?また捨てるの? 生まれてまだ間もないよ、きっと」
「俺にどうしろって言うんだよ、あぁ?」
自分には、どうすることもできないのに聞いてくる友人にイラついてしまう、飛宇史。
口調は荒くても、けして怒っていないことをこの友人は分かっている。
それを子猫も分かっているのか、甘えた声で鳴く。
「一旦、学校に連れて行ってみようよ」
「連れてく?いつから学校はペットOKになったんだ?」
「大丈夫!その辺はオレに任せて」
うなだれながらも飛由史は、子猫を連れた友人と学校へ向かう。
......
..............
......................
「ふふ、うまくいったね!」
「まあな」
2人は子猫を飛宇史のカバンの中へ入れ、隠すようにブレザーを上からかけて門をこえた
駐輪場へ着くとクラスメイトの一人が話しかけてきた。
「よお!おはよ」
「あ!おはよう、あー...みずっち」
少し考えてから竜矢が答えた
「みずっち...はぁ」
「なに?」
「いや、なんでもない...」
みずっち、こと水野 恭哉(きょうや)。
高校に入学し、夏がすぎるかといったときに転校してきたのが彼だ。
先日の自己紹介のときに、あだ名はなんでもいい、と言ってしまったために、この友人に付けられたのがコレだ
普通に恭哉や、水野と呼ばれると思っていたため少しまいっているのだ
なんでもいいと言った手前嫌だともいえずにいる。
しかし恭哉少年は思うのだ、飛由史よりはましかな、と。
そう思いながら恭介は飛由史を見る
「おはよ、 み ずっ ち」
目が合った飛由史が一語一句しっかりとあだ名で言われた。
「...おはよ」
じつは昨日、竜矢と飛宇史と三人で話している時に、竜矢が飛宇史のことをヒューちゃんとからかって呼んでいた
凄く嫌そうな顔をしたので、妙に反応が面白くて、同じように、からかって呼んだのだ。
きっとそのことを飛宇史は今も根に持っているのだろう。
自転車を止め終えると、三人でロッカーへとつづく道を駄弁りながら行く
「今日の時間割ってなんだっけ?」
「あー、っと確か...数学Ⅰに...現国?と日本史Ⅱ」
朝の回らない頭で飛宇史が答える。
それに恭介がありがとう、と礼を言う
するとここで竜矢が変な顔でこちらを見ているのに気がついた飛宇史。
アイコンタクトなのか?と思いながら飛宇史は、その変顔の竜矢に無表情のウィンクを送る。
「あ、恭哉わるいんだが、竜矢が生徒会室に忘れ物したみたいだからさ...ちょっと行ってくるわ」
早口にそう言う
「あぁ、そうなんだ、じゃあまた後で!」
「あぁ、また後でな」
「4時間目の移動は一緒だからね!また後で!」
早々と切り上げ2人は恭哉に背を向ける
恭哉も2人が何か変だと感じながらも、2人を見送った
そして、2人は今日の放課後まで、子猫が人にばれないでいられる場所を探し始めた
合併...
なんとか子猫を庭園に置いてきた。
今は体育際の準備でここには人は来ないと、竜矢が言ったからだ
「職員も今は生徒に掛かりつけだから大丈夫だって」
「何かあったらお前の責任だからな」
「わかってるよ」
竜矢は少しおどけ先に行く。
子猫は植えられている草とじゃれていて楽しそうだ。
――庭園は丁度よく日光もあたるし、大丈夫だよな
少し心配だが竜矢の後を追う
庭園を出るとき子猫を見たら、地面で気持ちよさそうに寝転がっていた。
教室に着くと恭哉が駆け寄ってきた
「どうした」
「助けてくれよ!アイツら頭が狂ってる」
そう言って恭哉が指を指したのはクラスメイトの哲弥、巳野町、スターンの三人だ。
「三人とも転校生いじめたらダメだよ」
「いじめてねぇーよ!ただ今度の体育祭で障害物競争に出ようぜって話してただけだって!」
巳野町が言う
「障害物競争でるの?」
竜矢が恭哉に意外そうな眼差しを向ける
恭哉が不思議に思い問いかけようとした時だった
「良いんじゃないか?別に」
意外にも飛宇史が勧めてきた
「そうだぞ、飛宇史が言うんだ!この五人で走りぬけようぜ」
哲哉が言う
「え、五人?」
飛宇史が信じられないと言った顔をする
「俺とお前と、スターンと巳野町、そして恭哉!竜矢は応援団で居ないからな、だが心は一緒さ」
「応援は任せろ!」
「流石、竜ちゃん!」
竜矢が哲弥にのる、巳野町と竜矢がハイタッチをする
「おい待て、勝手に人数に入れるな」
「俺には勧めておきながら!」
異議を唱える飛宇史に恭哉が答える
「いいじゃないか、これが最後かもしれないんだからさ」
「最後?」
不安げに竜矢が哲弥に問う
「お前らも聞いてるだろ?合併の話」
「アレ本当の話だったんだ...」
竜矢が視線をおとす
国同士の友好関係を築くため、そして、国外に強い人材を育てるために。国内から数高が選ばれ、世界各国からきた集ってきた学校と合併するのだ。
そして、世界的に大きな学校へとなる。その学校は、姉妹校を含め世界各地に合計8校できるようだ。
その8校のうち一つに飛宇史達が通う学校も入ったのだ。
しかし、そんな大規模な企画は当年は実行されないと思っていた、せめて飛宇史たちが卒業してから実行されるものと誰もが思っていた。
ところが最近、この話が近々年内に決行されるのではないかという噂が浮上したのだ。
「そんなこと、どうでもいいよ」
今まで黙っていたスターンが口を開いた、心なしか元気がない。
「そうだな...とにかく楽しもうぜ!」
スターンの肩に腕を組む哲弥
「じゃあ~なぁ~」
丁度よくチャイムが鳴り、皆席につく。
最近スターンは元気がない。
スターンは恭哉が来る数カ月前に転校してきたハーフの少年だ。
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