真実の恋に目覚めた中年男性
真実の恋に目覚めた中年男性
一.
ある日の通勤の朝、一人の中年の男性が電車に乗っていた。その男性の身なりはぴしっとしていてどこから見ても一流企業のサラリーマンに見える。その隣にはきれいな女性が座っていた。季節も春から夏へと移り変わる時期であった。その為その女性はノースリーブであった。まわりはさほど混んではいなかった。その中年男性は本を読んでいた。しかしながら隣の女性が気になっていた。なぜならその甘い香りがその女性から漂っていた。ノースリーブの素肌からなので本を読んでいても気持ちはもっぱらその女性に行っていた。そんなおり何かの拍子で電車の急ブレーキがかかった。
そしてその彼女がその中年男性に寄りかかった。その中年男性はとっさに手で彼女を支えた。すると
“痴漢だわ”
彼女が叫んだ。その中年男性はびっくりして手を引いた。すると一人の男性がどこからともなく現れ
“おい、お前、痴漢したな、”
そう言ってその中年男性の腕をつかんだ。
“私、何もやっていないです。”
“さあ、警察へ行こう、皆さんも見ていましたよね。”
誰も反応しなかった。電車はすぐ次の駅に入った。そして電車から降りた。
ところがすぐには警察に行かずその女性も一緒に駅の椅子に腰かけた。
“俺も偶然同じ電車に居合わせて見つけただけだからあんたにも家族があるだろうからここは穏便にすませてもいいよ。どうだい。”
“どういうことですか?”
“わかるだろう?”
そう言って彼女の方を見た。その彼女は下を向いていた。
“どうだい、百万で”
“そんな!、とても無理です。”
“出る所へ出たら刑務所行きだよ。よしわかった。五十万で手を打とう。”
その中年男性は考えていた。
“わかりました。では五十万で何とかします。”
“話のわかるおじさんだね、”
そう言って彼女の方を向き
“お嬢さん、どうですか?こう言っているけど”
彼女はおもむろに
ボーナス支払いも兼ねて支払うしかない。でも反面彼女にもう一度会いたいという気持ちもあった。もう一度じっくり顔を拝見したい。
三月にとって支払いはきびしいが彼女にもう一度会いたいという気持ちが日増しに増して行った。別に夫婦仲が悪いわけではないが何か刺激を求めていた。毎日の仕事は業務の為毎日が単調であった。こうして当日がやって来た。目的が定まると時間が長く感じられる。やっと時間になり待ち合わせの場所へ向かった。まだ彼女は来ていなかった。三月は不安とうれしさが同居していた。彼女が十分過ぎに走って現れた。
“すみません。遅くなりまして”
“どこか近くのカフェーへ入りましょう。”
三月は先に歩いて行った。彼女はあとについて来た。そしてちょっと高級そうなお店に入った。すぐ係りの人が注文を聞きに来た。
“何にしますか?”
“コーヒーをお願いします。”
“コーヒーを二つお願いします。”
係りの人はそれを聞くとその場を去った。
“お呼び出ししてすみません。”
“いえ、”
女性は割とひかえめな服装で来た。和服が似合いそうでどこか品のある顔立ちであった早速三月は口を開いた。
“この間はすみませんでした。”
“いえ、こちらこそ無理なことを言いまして”
“お支払いの件ですが、私は一介のサラリーマンなので五十万は私には大金なのです。何とか分割をお願いしたいと思いまして、ボーナスが入れば少し多くお支払いします。いかがでしょうか?”
“はい、それはおまかせします。”
“ありがとうございます。支払金額の方は2万位にしていただきたいのですがまたもしお差し支えなければ振込より時下にお渡ししたいと思っています。今日はその2万を持参してまいりました。”
そう言って三月は茶封筒を差し出した。彼女は受け取ろうとしなかった。
“どうぞお受け取り下さい。それとも少ないですか?”
“いえ、そんなことではないのです。ただ―、 ”
“ただ、何ですか?”
少し間を置いて
“これにはいろいろわけがありまして、”
“どんなわけですか?”
彼女は下を向いて少し考えていた。
そして顔を上げて
“すみません”
彼女は急に謝った。三月は自分は何をしたのかと面食らってしまった。
“どうされたんですか? 急に僕が何か?”
“これは受け取れません。”
そう言って三月の方へ差し戻そうとした。
“どうかわけを言って下さい。お願いします。”
“実は今回のことはあなたは何もしていません。”
“どういうことですか?”
“あの人は私の主人です。あの人の考えです。”
“つまりそれはどういうことですか?”
これにはいろいろ仔細があって私にはどうすることも出来ないのです。“
“つまりあなたのご主人はこんな言い方はよくないのですが「ひも」ですか?”
“主人はあることがあって働かなくなり私を利用し始めたのです。”
“それはどんなことですか?”
“ある時やはり電車内でほんとうの痴漢行為があってその人をつかまえたのです。そうしましたらその人は警察へ引き渡さないでくれ、とその代わりお金を払うと言ってあくる日現金百万を振り込んで来たのです。主人はこれに味をしめまたスリルを感じてますます働く意欲をなくしてこの計画を練ったのです。そして何件か成功しています。”
“その時あなたは止めなかったのですか?”
“もちろん止めました。そんなこと聞く主人ではありません。”
“今日会うことはご主人は知っていますか?”
“知りません。”
“では今後私からの振り込みがないとあなたはお困りになりませんか?”
彼女は黙っていた。
“ではこうしましょう。とにかくこれは一旦受け取って下さい。そして今日会ったことは正直に言って下さい。私の方は何とかなりますから”
“わかりました。”
そういうと彼女は一旦差し戻した封筒をまた取りバッグに入れた。
“その代わりご主人の更生に私も一役買います。ですから今度会う時にまた報告して下さい。いいですか?”
“はいわかりました。”
“では次回にまたお会いしましょう。私の方から連絡します。”
そう言って三月は伝票をつかむと席を立った。家には今日少し残業があるから外で夕食を取ると言っておいた。初めて「うそ」をついた。何となくうしろめたさはあったがたまには刺激があっていいと思った。三月にとって今回偽りの痴漢行為であったが被害者の女性の美しさに次第に魅かれて行った。
三
あくる朝、三月はいつもの通勤時間になると妻、久子と朝食は食卓を共にするが
その日は少し気まずさがあった。
“あら、あなた、残業のお疲れ?、少し変よ。”
三月はドキッとした。
“そうなんだ。少し疲れたみたい、今日は早く帰るよ。”
慣れないことをすると敏感に悟られてしまう。気をつけよう。そう自分に言い聞かせていた。反面これからの毎日が楽しくも感じた。会社では同僚から
“三月さん、何かいいことありましたか?”
“いや、特にないよ。”
“でもいつもの三月さんと違うね。ひょっとするとこれ?”
そう言って小指を見せた。
“いやー、とても無理だよ。”
“頑張ってね。”
そんなこと言われた。まだ海とも山ともわからないことだ。それに相手の女性は人妻だ。どうなるわけでもない。三月は自分に言い聞かせていた。自分でわかっていても心は浮き浮きしていた。頭の中ではまた会いたい、そう思っていた。しかし建前は痴漢の示談金ということになっている。それも大金だ。果たして偽りの痴漢行為にお金を渡していいのか、でもこれを公にしてやめると彼女も詐欺罪でつかまりもう会えなくなってしまう。どうしよう。毎日の単調な生活から複雑な問題に引き込まれて行った。三月は共働きなので顔を合わせるのは朝と夕方だけで会話はあまりなかった。夫婦生活も次第に薄れて行った。しかしお互いに不満は特になく円満な生活を送っていた。月も変わり小遣いが入ると早速彼女に電話を入れた。呼んでいる。なかなか出ない。どうしたんだろう。切ろうとした時
“もしもし”
“高倉さんですか?三月です。”
“あー、三月さん、”
“来週月曜前回のカフェーで6時にいかがですか?”
少しためらっていた様だが
“はい、わかりました。来週月曜ですね。”
“はい、そうです。”
電話は切れた。三月は何となく気になった。何かちょっと様子が変だった。気のせいか、
そばに旦那がいるのか、彼女は旦那にどの程度しゃべっているんだろうか。今度会って聞いてみよう。三月には高倉みゆきの行動が次第に気になり始めてきた。三月の毎日の通勤にも変化が現れた。極力女性のそばには近ずかないようにした。今回は偽りの痴漢容疑者だが本物に出会ったら逃げられない。今回の件でそう思った。そして女性を意識し始めた。
この間オードトアレを買いほんの少しつけたら妻からいい意味でほめられた。
この間なんか
“あなた、どういう風の吹きまわし?私の為?いい香りだわ”と
子供がまだいないせいかあるいはまだその気があるのか三月にとっては好都合であった。
彼女に会う当日は念入りに身だしなみに気を使った。
四
その日の仕事は長く感じられた。同僚からは
“今日何かあるんですか?”と
気持ちの動揺はすぐわかってしまう。
“いや、特には”
そうは言うものの仕事を早く終わらせて会社を出たい。やっと時間になり待ち合わせの場所へ向かった。まだ彼女は来ていなかったがすぐやって来た。
“お待たせしました。”
“僕も今来たばかりです。コーヒーでいいですか?”
“はい”
三月はコーヒーを注文した。
“はい、先にお渡ししておきます。”
三月は茶色の封筒を彼女に渡した。彼女は取ろうとしたがためらっていた。
“どうぞ受け取って下さい。お願いします。”
彼女は仕方なくそれをバッグにしまった。
“お聞きしたいのですがご主人は私と会っていることを知っていますか?”
“いえ、知りません。”
“ではどうやって外へ出ているんですか?”
“主人は家にいません。”
“どういうことですか?”
“私にもわかりません。”
“ますますわかりません。ご主人は仕事をしていない、だけど家にいない。どういうことですか?”
“おそらく遊びに行っているのでしょう。もともと主人は資産家の三男坊で仕事が嫌いなのです。”
どうもこの夫婦は複雑な関係の様だ。とにかく多少は知っておかないと思い
“そうですかするとつまり高倉さんにお渡しするこのお金はご主人にはいずれ知られるわけですね。”
“はい、そのまま渡します。”
“渡さないとどうなりますか?”
“おそらく聞くでしょう。”
“それと中身が少ないとかその辺はどう思いますか?”
“主人は要は遊ぶ金なんです。少しずつでも渡せばそれで納得します。”
“そうですか。それともう一つ高倉さんはどこかお勤めしているんですか?”
“特に勤めはしていません。何か?”
“いえ、僕はもっと高倉さんのことが知りたかったものですから”
その時少し彼女の反応があった。それを三月は感じ取っていた。
“三月さんはなぜ私に興味を示されるんですか?あんなことをされて”
“実は最初に隣の席にすわった時きれいな人だなーと感じていました。そしてあのブレーキ、そこにあの男性つまりあなたのご主人が現れた。詐欺とわかった時なおさらあなたに関心を持ちました。”
“そうですか。”
“これからも会って欲しいのです。もちろん少しずつお金を払います。会って下さるお礼と思っています。”
“こんな私でよければ、、、、、、、、”
三月に取って結婚して初めての恋だった。“
“ありがとうございます。ところで高倉さんはそのご主人とそんな状態でいいのですか?
余計なお世話かもしれませんが“
彼女は考える様にして
“仕方ないのです。いろいろありまして”
三月は彼女の複雑な内部事情を感じていた。
“そうですか。その内心を開いてくれることを期待しています。”
“三月さんのことも少し教えて下さい。”
三月はやっと彼女が自分に少し関心を示してくれたことを喜んだ。
“僕はそうですね、妻一人いる一介のサラリーマンです。特に趣味はありませんが音楽を聞くことですね。”
“どんな音楽ですか?”
“やはり外国のロマンチックな映画音楽がいいですね。”
“いいご趣味をお持ちですね。”
“ということは高倉さんもお好きなんですか?”
“はい、私も好きです。”
“うれしいーなー、高倉さんと趣味が一致するなんて、僕は幸せだなー”
その時初めて彼女は笑った。三月は少し自信を持った。
“三月さんて面白い方ですね。”
“よく言われます。”
なおも彼女はくすくす笑った。三月はここぞとばかりたたみ兼ねた。
“高倉さん、今度映画に行きましょう。そんな映画があったらお誘いします。ね!、、いい
でしょう?”
“はい、よろしくお願いします。”
こうしてその日はいい雰囲気で別れた。三月は食事は残業の名目でも極力家で食べることにした。外食を続けると妻の疑いを招くことになりかねない。お互いに共働きなので監視はないのだがその辺は気をつかっていた。それでもこの間は
“あなた、最近残業が増えたのね。”
と言われた時はどきっとした。すかさず
“そうなんだ。少し景気が持ち直して仕事量が増えたんだ。”
妻も何の疑いもなく
「ふーん」とだけ反応した。
このようなことがない時は何も変化なくつまらない毎日であったが今回を機にいっぺんに変わってしまった。毎日が楽しいが反対に妻に神経を使い始めた。恋をするということはこんなに大変なことかと今更ながら三月は感じた。だが三月の心はますます恋心が増して行った。会社の同僚からも
“三月君、最近変わったね、元気があるよ。”
“え?いつもと同じだよ。“
やはりわかるのかな、でもいいことなんだ。女性からは
“三月さん、いい人出来たんですか?”
女性は鋭い、気をつけないと、これでは会社にも気を使わないといけない。どこでどう妻にばれるとも限らない。三月は女性の敏感さに神経をとがらしていた。
今度はいつ彼女に会おうか、出来れば映画がよい。しかしその時は妻に何と言おうか、もう残業は怪しまれる。会社関係がよい。同僚の名前を借りよう。三月はその為にはこれからは会社の人達にもごきげんを使っておこうと考えた。
三月は映画の題名は何でもよかった。毎日新聞広告などを見てロマンチックな女性の好みそうな題名を探した。こうして探してみるとあるもんだ。よしこれで行こう。
外国ものであった。連絡を入れた。呼んでいる。“もしもし”
“もしもし三月です。来週映画へ行きませんか?”
“いつですか?”
“そうですね、来週の中頃水曜はいかがですか?”
“その日は駄目なんです。予定があります。”
“では週末ではどうですか?”
“週末なら大丈夫です。”
“週末金曜いつものカフェーで6時でいいですか?”
“はい、わかりました。”
電話は切れた。来週彼女に会える。三月の心は躍った。妻にはその日は何と言おう。
そうだ、課の飲み会にしよう。それまでは三月は会社の飲み会などお付き合いを控えていた。そして当日がやって来た。三月は予定の時刻に待ち合わせの場所へ向かった。
カフェーは混んでいなかった。予定に時間に彼女はやって来た。
“お待たせしました。”
“僕も今来たばかりです。コーヒーにしますか?”
“はい”
係りの人にコーヒーを二つ注文した。
“三月は封筒を差し出した。すぐコーヒーも運ばれて来た。
“いただいていいのですか?”
“はい、その方が私もこうしてお会いできます。”
“もう封筒はこれで最後にしませんか?主人には私の方から話をしてみます。”
“でもそうしないともう会って下さらない不安があります。”
“私は反対にこれをいただく為に会っている感じがします。”
“では今後も会っていただけますか?”
“はい、”
“でしたらもうやめます。しかしご主人が納得しなかったら言って下さい。いいですね。”
“わかりました。”
そういうと三月はゆっくりコーヒーを飲んだ。
“ところで映画は外国映画で7時からです。楽しんでいただけると思います。”
“三月さんはなぜ私みたいな詐欺をしたのにそこまで熱心にお誘いされるんですか?”
“僕の生活は毎日が同じことの繰り返しです。そこにあなたみたいなきれいな女性が現れました。きっかけはどうであれ魅かれました。生活に変化が現れました。それまでは家と会社の往復でただ時が過ぎていました。いまはあなたのことをもっと知りたいです。”
“私はただの女です。何の面白みのない女です。主人はあんなふしだらな仕事をしない駄目な人です。かえってあなたにご迷惑をおかけします。”
“私は一切気にしていません。あなたのお蔭で毎日の生活が楽しいのです。”
“奥様はご存知なんですか?私と会っていることを”
三月は戸惑ってしまった。その為今迄調子よくしゃべっていたのについ詰まってしまった。彼女はそれを察してなおも言った。
“ご存知ないようですわね。でもそれは私には関係ないことです。余計な質問をしてすみません。”
“いえ、こちらこそ高倉さんに余計な神経を使わせまして”
こうして二人はコーヒーを飲み終わると映画館へ向かった。
館内での会話はほとんどなく三月は次第に睡魔に襲われ眠った様だった。
彼女はそれを見て笑みを浮かべていた。そして反対に彼女は映画に吸い込まれて行った。
そして映画の終了近くになり三月は目を覚ました。そしてあわててまた映画に見入った。
映画も終了近くになり映画が終わると二人は映画館を出た。
“高倉さん、また会って下さい。”
三月はそう言って握手を求めた。彼女は一瞬ためらったがゆっくり手を差し出して握手に応じた。彼女の手に触れた時全身にエレキが走った。そして別れた。さあー、家に帰る前に少しおなかに入れよう。三月はコーヒーを飲んですぐ映画館に行ったので食事をしていない。まさか家に帰って食べるわけにはいかない。その辺の立ちソバで食べることにした。こうして三月の演技の生活が始まった。不思議なことに妻からはあの日以降詮索の様子はなくすべて遅くなる理由を言っても「わかった」で終わった。共働きなのでいちいち旦那のことを気にしても仕方ないのか三月にとっては有り難いことであった。
五
ある日のこと、大学の同期の友人から久し振りに電話があった。
今度は本当のことなので正々堂々と理由を言って外食をした。昔よく行った居酒屋で6時に会うことにした。彼はすでに来ていた。
“よー、福田、久し振り、早いな、”
“おー、三月、元気かい?”
三月は生ビールを頼んだ。二人は久し振りの再会に乾杯をした。
“福田、何か変わったことあったかい?”
“おおありなんだ、聞いてくれ、”
“何だ?深刻そうだな、”
“実は女房のことなんだ、”
“浮気かい?”
“何でわかる、”
“お前の奥さん、美人だもんな、それしか考えられない、お前にはもったいないよ。”
“何てこと言うんだ、俺は真剣なんだ”
“わかった、詳しく聞くよ、その前に注文させて、お前は?”
“お前に任せるよ。”
三月はお店の人を呼んで適当に頼んだ。
“それでどういうことなんだ、”
“女房のやつ、俺に隠れて男と会っていたんだ。”
“どうしてわかったんだ?”
“偶然携帯のメールを見たんだ。”
“それで?”
“問い詰めたのよ、そしたら会社の人でただ食事をしただけだよ、と平然と言うんだ。”
“でも食事をしただけだろう、それ以上はわからないんだろう、”
“あれは絶対何かあるよ、”
“あまり深く考えない方がいいよ。うしろめたいところがあれば態度に現れるよ。”
“そうかなー、わかった。もう少し様子を見てみよう。ところでお前の方は何か変わったことあったかい?”
三月はこの時あのことを話そうかどうか迷っていた。悪いことに自分と反対で福田から見ると自分は相手の男になる。だけどこの際ざっくばらんにしゃべって相談した方がいいかな、
“おいおい、三月、何を考え込んでいるんだ、”
“いや、実はざっくばらんに話すとな、この間ひょいなことからある女と知り合ったんだ。そのきっかけというのが痴漢呼ばわれされていつの間にか俺はその女に恋してしまったんだ。”
“何だ、それは、複雑そうだな、それで?”
“それがいわゆる夫婦で詐欺なんだ。”
“ますますわからんよ、続けろよ。”
福田もいらいらし始めて来たようなので三月は一部始終ゆっくり話した。
“ふーん、そんなことあるのかなー”
“男と女、どこでどう転ぶかわからんよ”
それ以降は話題は大学時代の話しに切りかえて一時間位で別れた。
三月も一週間位過ぎると彼女が恋しくなって来た。決して彼女から連絡は来ないと思い思い切って連絡することにした。電話をかけたが出ない。その内留守電に変わった。
三月は電話をもらう伝言を入れた。果たして電話は来るだろうか、きっと忙しいんだろうなー、旦那にも気を使うんだろうから、あくる日の夕方やっと電話が来た。
“もしもし、三月さんですか?”
“はい、三月です。”
“電話をいただきました高倉です。遅くなってすみません。”
“いえ、とんでもありません。また会って下さい。”
彼女は考えていた。
“いつですか?”
“高倉さんの都合に合わせます。”
“来週週末ならいいと思います。”
“それではいつものカフェーで来週金曜6時にいいですか?”
“はい、わかりました。”
三月はほっとした。これでまた彼女に会える。また妻にどういう風に言おうかと考えた。
反面彼女に会える楽しみが増えた。待ち遠しい。仕事柄営業ではないのでお付き合いもあまりなく大半が会社と家の往復であった。一人で飲みに行くこともほとんどなく妻からはたまには飲みに行ったらと言われる位真っすぐ帰っていた。妻の方は仕事をしているので時々会社で集まりがあるらしく遅くなることがある。その時は必ず連絡が来る。
その為三月の最近の残業など食べて来る時は妻にとって食事の支度をしないですむので歓迎の様にも見えた。あまり続けると疑惑の恐れが出て来る。その辺は三月も慎重に行動するように注意していた。いつぞや
“あなた、最近以前より外食が増えた感じね、”
“そうかい、少し会社も景気がよくなったからなー”
そう言ってごまかした。少し調整しないといけない。その為には一人で居酒屋へ行く訓練も必要だ。そして妻にそれをわからせなければいけない。気分転換に会社以外の外食もにおわせることも大事だ。
その様なことを考えている内に週末がやってきた。妻には会社の飲み会だと言ってある。
三月は仕事が終わると待ち合わせのカフェーへ向かった。まだ彼女は来ていなかった。
時計を見るとまだ十分前だった。少し早かったかな、と思いながら三月には待つ楽しみもあった。5分過ぎに彼女が現れた。派手さはないが地味な服装できれいなんだ。
“お待たせしました。”
“無理言ってすみません。ありがとうございます。コーヒーでいいですか?”
“はい、お願いします。”
三月は係りの人にもう一つコーヒーを注文した。
“その後ご主人は何か言われませんか?つまりお金の件です。”
“主人はそんなに執着していません。要は遊ぶ金さえあればいいのです。”
“高倉さんは仕事をされてないのですよね。すると一日が暇で長く感じられませんか?余計な質問ですね。”
“いえ、私は仕事はしていませんがいろいろとお付き合いがあります。”
“つまり知り合いがたくさんいらっしゃるということですね。”
彼女は黙っていた。三月は少し突っ込んだ質問をしたなと後悔していた。
その時コーヒーが運ばれて来た。彼女はコーヒーを取りゆっくり口に運んだ。
“これには複雑な事情があります。いずれお話しします。”
“わかりました。もうお聞きしません。ところでご主人とはご一緒に行動されることはあるんですか?”
“ほとんどありません。あの人は自由気ままに遊んでいます。裕福なうちに生れてもほとんど長男がかわいがられ大事にされています。その反動があるのです。”
“失礼なことをお聞きしますが夫婦生活の方はうまく行っているのですか?”
“外泊が多いのでほとんどありません。”
“そうですか。私と会うことはご主人はどう思っているんでしょうね。”
“あれでいて嫉妬深いのです。”
“わかります。高倉さんの様なきれいな人は普通はほっとかないです。嫉妬して当然です。”
“でも絶対表には出ないのです。でも私にはわかります。”
彼女は何か考えている様に見えた。三月は彼女の裏には何かいろいろの面があるのではと感じた。
“わかりました。その後痴漢詐欺はどうなりましたか?”
“あれ以降はやっていません。何をやってもすぐ飽きるのです。常にスリルを求めています。三月さんの方は私と会って大丈夫なんですか?”
“はい、私の方は共働きなのでいつもすれ違いなんです。”
そうはいうもののふっと考えるのだった。女の直感は鋭い。気を引き締めないと、またその時彼女の自分への心つかいも同時にかい間見るのだった。三月は思い切って試してみようとして彼女の手にそっーと手を重ねた。彼女は一瞬手を引こうとしたがとどまった。一瞬の沈黙が走った。
“僕の気持です。”
彼女は黙っていた。そして少しずつ手を引き始めた。
“私にかかわると奥様にご迷惑がかかります。”
“その辺はうまくやります。私の方より高倉さんの方は大丈夫ですか?”
少し考えていた。
“主人は気まぐれです。少しずつ気付くかもしれませんが、でも主人も多分誰かと会っていると思います。”
“そうですか。わかりました。とにかくまた会って下さい。”
こうして三月は最初の高倉の気持ちを確かめその日は別れた。
三月はこれからの生活に高倉と会うために生活に変化をつけ演技が必要だと感じて来た。今までは妻と一緒に朝食を取り先に家を出て電車に乗り会社に行き終わるとまっすぐ家に帰るというパターンであった。こんな生活をしていてはどこへも行けない。会社のお付き合いもない、おそらく妻は少しは寄り道でもしてくればと思っているだろう。一番いいのは一人で行動出来ることだ。普通一人で行動できるのは立ち飲み位だ。
一人行動も度胸がいる。これからは週2―3回位立ち飲み屋へ行こう。そして実態を調べてみよう。妻にはその辺の様子をちらっと知らせておけば遅くなってもそのせいに出来る。そうすれば疑われないですむ。三月は早速翌朝妻に言った。
“今日、一人で飲んで来るよ。”
“それじゃ夕食はいらないわね。”
簡単にかわされた、というより三月は何らかの反応があると思っていた。ところが肩すかしにあった感じだった。妻は意外と自分が考えているよりおおらかなのかもしれない。
しかし油断は禁物だ。予定通りその日は仕事が終わると飲み屋へ行った。三月にとって立ち飲み屋は初めてなのでどこへ入っていいのやらお店の前を行ったり来たりしていた。しかも何軒もあるので選ぶ基準がわからない。その内に足が疲れてしまい目の前の飲み屋に入った。あっ、混んでいる。三月は奥の方へ強引に入って行った。えらい所へ
入ってしまったと後悔したがもう遅い、
“そこのお兄さん、何にするかね、”
その人は鉢巻をしていて威勢よく鳥を焼いていた。もんもんと煙りが立ちこめていた。
三月はあわててさしあたり注文した。
“ビール下さい。”
すると下から瓶ビールを引っ張り出し
“へい、お待ちどう”
瓶ビールとグラスをポンと置かれた。そして続いて三月は言った。
“煮込みも下さい。”
煮込みも大きな鍋からすくって
“へい、お待ちどう”
台に置かれた。三月はグラスにビールを注ぎゆっくり飲んだ。おいしいー、
こんなにビールはおいしいものかそして煮込みも口に入れた。よく煮えていて煮込みに入っているレバーはもう口に入るととろけてしまった。それだけ煮混んであった。
三月は一人で入ったのは始めてなのでビールを飲むと何とか落ち着いて来た。
一息ついてから今度は焼き鳥を注文することにした。三月はキョロキョロしながら壁の張り紙を見ながら
“トリとレバーとネギ間二本ずつ下さい。”
“あいよ、ちょっと待ってね。時間かかるから。”
するとマスターは棚からそれぞれを取り出してそれらをコンロの金網に載せた。
皆もんもんと食べていた。グループもいれば一人もいるしにぎやかであった。
お互いにあまりしゃべらず食べる方に集中していた。
“お兄さん、焼き鳥のタレは何にする?”
“塩でお願いします。”
少しして皿にのった焼き鳥が台にぽいと置かれた。c
“へい、お待ちどう”
まだジュージューと音を立てていた。三月は七味をそれぞれにかけてトリから食べた。やはりおいしい。回りを見ると皆ほおばっていた。三月はその様子をじーっと見ていた。皆一生懸命食べていた。おいしそうだ。こういう所で食べるとおいしいんだなーと三月はつくずく感心した。三月の瓶ビールもそろそろなくなって来た。もう一本頼んだ。
“ビールもう一本もらえますか。”
“へい、”
そういうと下から冷えたのを引っ張り出して台に置かれた。三月はグラスを空けると
ビールを注いだ。あまり泡がたたずよく冷えていた。
ふと頭を上げ外を見ると三月の視線に外を歩いている女性に目が入った
あれ、あの彼女、まさか
“すみません、すぐ勘定をお願いします。”
勘定を済ませるとすぐ外へ出た。いた。あの彼女だ。三月は後をつけた。一人だ。どこへ行くんだろう。誰かと会うのか。とあるお店に入った。小料理屋だ。ひょいとのぞくと少し混んでいた。奥の方にすわっていた。手前に隙間があった。よし入ってみよう。
三月は中へ入り手前の隅にすわった。少ししてお店の人が注文を取りに来た。三月はビールを頼んだ。待つこと十五分位、多少混んで来てふと頭を上げて彼女の方を見るとかなり年配の男性、それも白髪で、老人?がすわっていた。誰だろう?男女関係はなさそうだ。三十分位して立ち上がりレジへ向かった。そしてお店を出た。三月は急いで勘定をすませお店を出た。すごい人ごみだ。あっ、いない、どこへ行ったんだろう。人ごみにまぎれて見失った。三月の頭の中はあの老人の後ろ姿がやきついて離れない。誰だろう?単なるスポンサーか?旦那は知っているのか。そう考えていると少しおなかがすいて来たので改めて食事を取ることにした。近くにそば屋の看板が目に入った。そこに入り盛りそばを注文した。かなりの量だった。やはり三月の頭の中はあの老人のことが頭に浮かんだ。旦那は資産家の次男坊、どういうきっかけで知り合ったんだろう。三月はそばを食べ終わると家に帰ることにした。妻の久子はダイニングでテレビを見ていた。
“あら、早かったわね、もっと遅いかと思った。食事はして来たんでしょう。”
“ああ、食べてきたよ。”
三月は妻の反応に次第に気が緩みそうになって来た。いかん、ここで気をゆるめたら、慎重に振る舞わないと、そう思い風呂へ入った。湯船につかるとどーっと歩き疲れが取れて来た。三月はやはりあの老人のことが頭にあった。明日彼女に電話をしてみよう。
六
あくる日仕事も手につかずやっと夕方になり仕事を終えた。6時頃電話を入れた。
三月の心はあせっていた。なかなか出ない。その内留守電になった。仕方ないので電話を下さい、と伝言を入れた。その日はまっすぐ帰った。三月は久し振りに久子と食事をした。いつもあまり会話はなかった。今日は久子の方が口を開いた。
“あなた、最近、会社のお付き合い増えたの?いいことだわ。”
“そうなんだ。たまにはお付き合いした方がいいと思い”
三月は一瞬ひやっとした。特に深い意味はなさそうだった。
こうしてその日は彼女からの電話はなく過ぎて行った。
あくる日仕事が終わりまた電話をしようとした瞬間携帯が鳴った。
“もしもし”
“もしもし三月さんですか?高倉です。昨日はお電話をいただきすみませんでした。“
“いえ、こちらこそお忙しい所すみません。近じかお会いしたいんですがご都合はいかがですか?”
“はい、週末なら大丈夫です。”
“それじゃ、週末金曜いつもの所で6時いいですか?”
“はい、わかりました。”
電話は切れた。
三月は一応安堵した。次に会ってあの老人のことを尋ねよう。どんな答えが返って来るだろう。やはり三月は気になった。たとえ男女の関係はなくても彼女のことはすべてを知りたいと思っていた。三月の生活は次第に彼女を中心に回り始めていた。仕事の方も会える楽しみで順調に行っていた。人間は不思議なもので楽しみがあるとすべてが好転して行く。そして週末が近ずくと心が落ち着かなくなって来る。そして妻にはこの週末は会社の飲み会だと言っておいた。当日になり待ち合わせの場所へ向かった。
彼女が来ていた。今日はシックな服装であった。三月はあわててお店に入った。
“高倉さん、早いですね。どうしたんですか?”
“ああ、三月さん、今日は用事が早く終わったのですぐ来ました。”
“そうですか。まだ注文されていないんですか。”
“はい、三月さんが来られてからと思い”
三月は係りの人を呼び
“コーヒーでいいですか?”
“はい、”
係りの人は注文を聞くとその場を離れた。
“その後、ご主人の様子はいかがですか?”
“ああいう人ですからすぐ忘れてしまいます。要はお金が欲しいのです。”
“そうですか。僕は心配していました。高倉さんが責められているのではないかと、”
“ご心配ありがとうございます。”
その時コーヒーが運ばれて来た。三月はゆっくりコーヒーを飲んだ。彼女も一緒にコーヒーを飲んだ。少し間を置いて
“高倉さん、この間、高倉さんが年配の方とご一緒の所を見ました。”
“何時頃のことですか>”
“2―3日前です。“
彼女は少し考えていた。
“ひょっとしたら”
ちょっと考える様にして
“ああ、多分あの人、白いひげを生やしている人かしら”
“そうそうその人です。”
“あの方は主人の伯父です。何か?”
“いえ、つい見たものですから誰かなーと”
三月はほっとしたと同時に気まずさもあった。
“私のこと気になりますか?”
“もちろんです。どんな人と付き合っているのか、”
高倉はくすっと笑った。
“僕は真剣です。”
“ごめんなさい、笑ったりして、でもうれしいわ、そこまで思って下さるとは、”
“でもよかった。伯父さんで、もっともっと高倉さんのこと、教えて下さい。”
高倉は困った様な顔をしていた。
“いえ、高倉さんのあるがままの姿でいいんです。どういう生活をしているとか、”
高倉は考えていた。そして
“三月さんのこと、教えて下さい。”
“僕のことですか? そうですね、お酒は飲みますがあまり強くなくすぐ酔ってしまいおしゃべりになります。そうだ高倉さん、今度は静かな音楽の入ったカフェーバーへ行きましょう。”
“私、お酒は少ししか飲めないんです。”
“構いません、その雰囲気を楽しむんですよ。僕はね、こう見えてもロマンチックな人なんですよ。そうだ今から行きましょう。この間ちらっとその様なお店を見つけました。入ったことはないんですが外から見るとよく見えました。”
“私、三月さんみたいな男性、初めてです。”
“でも高倉さんはおきれいだしたくさんの男性が近寄って来たでしょう。僕はそう思います。”
“あら、うれしいわ。”
高倉は多少三月に気を許した感じで笑みを浮かべて答えていた。
“そうと決まったら次の場所へ行きましう。”
そういうと三月は残りのコーヒーを一気に飲み干した。
“高倉さん、まだコーヒーは残っていますよ。”
“私はいいんです、これ位で、”
“わかりました。では行きましょう。”
三月は伝票を取るとレジへ向かった。高倉もあとについて行った。お店を出ると
“少し歩きますよ。”
三月は少しちゅうちょしながら歩いた。それも高倉とどの様にして歩けばよいのか、
高倉は少し下がり気味でついて行った。三月は高倉に気を遣いながら速度を少し落としてゆっくり歩いた。
“三月さん、私、ちゃんとついて行きますから普通のペースで歩いていいですよ。”
“大丈夫です。急ぐことでもないしちゃんとついて来て下さればいいです。”
三月はキョロキョロしながら歩いていた。その内それらしいカフェーバーらしきお店がちらほら見え始めた。とにかく入ったことがないのでどこがいいのかさっぱりわからない。名前から判断するしかないと思い、カフェーバー「フェニックス」というのがあったのでそこへ入ることにした。名前から見て期待をした。何かまるでホテルへ行く感覚であった。一見サパークラブみたいにこぎれいであった。いちかばちか入ってやれと思い扉を開けて中へ入った。少し通常のカフェーと比べて薄暗い感じを受けた。
窓側のテーブルに座った。すでに外は暗くなっていた。少しして係りの人がやって来た。
そしておしぼりとお冷をそしてメニューを置いて行った。
“なかなか雰囲気は良さそうですね。”
“そうですね。ちょっと大人っぽい感じですね。”
三月はメニューを開いた。お酒も食事もあった。それを高倉にも見せ
“高倉さんはどうですか?”
高倉はメニューを見ながら
“三月さんは何になさいますか?”
“僕はこの野菜サラダとチーズなどのツマミとビールにしました。”
“それじゃ私はこちらのサラダと飲み物はカカオフィズにしますわ。”
三月は係りの人を呼びそれぞれの注文をした。
“このお店、予想よりいいお店ですね。落ち着きます。”
“そうですね。”
音楽はスローなムードミュージックが流れていた。
先にビールとカカオフィズが運ばれて来た。二人はそれぞれグラスを取り
“それではこれからもよろしく”
二人はゆっくり口に運んだ。
“あー、おいしいー、”
“このカカオフィズ甘いわ。”
そう言ってもう少し飲んだ。すると彼女の顔がほんのりとピンク色に変わって行った。
“高倉さんの顔がほんのりピンク色に見えて来ましたよ。”
すると彼女は両手で自分の頬をさわり
“あー、ほんとだわ。少し熱くなって来ているわ。”
“いい色ですよ。”
“はずかしいわ”
彼女は少女っぽく恥じらいを見せた。
三月は彼女の手に触れた。手も少し熱くなっていた。
“手も少し熱くなっていますね。”
彼女はとっさに手を引こうとしたがすぐ緩めた。三月はじーっと彼女を見つめ
“高倉さん、いや早苗さん、あなたのことを僕は死ぬほど好きです。今日はいいですね。”
しばしの間沈黙が走った。そして三月は外の方に目をやった。彼女もそれにつられて外の方へ目をやった。その沈黙を破る様に食事が運ばれて来た。
“少しおなかに入れましょう。”
“そういえば少しおなかがすいたわ。”
二人はサラダを口に運んだ。会話は少しの間途絶えた。何となく音楽だけが大きくなった感じで二人を包み込んでいる様な感じがした。三月の心の内ではこのまま帰したくないという心境が次第に湧き出ていた。少しビールのせいかほろ酔い加減にもなった。彼女の顔もいぜんとして赤味を帯びていた。
“早苗さん、どこかで少し休みましょう。”
彼女は黙っていた。三月はいつの間にか彼女をリードし始めていた。彼女も敢えて抵抗していない様子だった。
“行きましょう。”
三月は席を立った。彼女も椅子を引き立ち上がった。レジへ向かい済ませると外へ出た。
“少し歩きましょう。”
いつの間にか彼女は三月の腕に手をのせていた。はたからみるともう恋人の様に見えた。
“いい夜ですね。”
そのまま歩いていた。すると「ホテル」のネオンが見えて来た。三月はそのままその方向へ歩いて行った。ホテルの前に来ると
“入りましょう。”
フロントで支払いをすませるとキーをもらいエレベーターに乗り上に上がり止まってから部屋に向かった。そして部屋の前に来るとキーを差し込みドアを開け中へ入った。
きれいないかにもラブホテルそのままだった。
“私、先にバスルームを遣わせていただきます。”
“どうぞ”
彼女はバスルームへ入って行った。三月はその間待っていた。とうとうここまでこぎつけた。多少うしろめたさはあったが意外と冷静であった。そして彼女の裸体を想像していた。すると下の「もの」が少しうずき始めて来た。妻にはない興奮なのだ。勝手にいろいろと想像していた。初めての浮気、その様に考えているとバスルームの扉が開いた。
少しして
“三月さん、部屋の照明を少し落として下さる?”
三月は部屋の照明を少し落とした。彼女が胸元までバスタオルを巻いて出て来た。うす明りで彼女のバストが盛りあがって見えた。
“どうぞお入りになって”
三月はすぐバスルームへ入って行った。
中は少し湯気が立ちこめており彼女の甘い香水の香りでさらに興奮が高まった。ゆっくりシャワーを浴びた。下の「もの」はもう仁王立ちになっていた。妻にはあり得ないことだ。彼女をあまり待たせてはいけないと思いバスルームから出ることにした。入った時は意識していなかったせいか上のライトの光がカラーを帯びていてゆっくり回っているのだ。それが肌に当たり交互に映るのだった。彼女は背を向けていた。三月はゆっくりベッドに入って行った。そしてそーっと彼女の肌に手を触れ自分の方に体を起こした。彼女はなされるままに向きを三月の方へ向けた。目を閉じていた。
三月はそーっと唇を重ねた。彼女は少し喘いだ。さらに唇を吸って行った。そして舌を絡ませて行った。少し彼女もそれに応じて行った。ゆっくり唇を首筋へと移動して行った。そして胸の谷間へと移って行った。そこに来るとさらに愛撫を続けた。彼女の喘ぎが高まって行った。三月も久し振りなのでもちこたえられなくなり彼女のあそこへ侵入して行った。彼女の叫びが発せられた。
“あーっ!”
同時に三月も行ってしまった。
静寂が走った。一時間位経っただろうか彼女はベッドからおりてバスルームへ入って行った。少しして出て来た。
“どうぞお入りになって”
三月もバスルームへ入って行った。少し熱めのシャワーを浴びた。爽快であった。
とうとう不倫をしてしまった。しかし三月には全くその後悔の念はなかった。むしろ世界が明るくなった。今迄の生活は三月にとって何の変化もない味気ない日々を送っていた。夫婦生活ですらほとんどすれ違いが多くそれが当たり前であった。その中での今日の出来事、三月にとって生活に光が見えて来た。そう思いながらバスルームを出た。彼女は鏡台の前で髪をとかしていた。三月はうしろからそーっと近ずき彼女の肩に手を触れた。彼女が振り向いた時とっさに彼女を抱き唇を重ねた。ほんの数秒して彼女はすぐ離した。
“駄目です。今髪を乾かしているんだから”
“ごめん、つい君の魅力に引き込まれて”
三月はバスタオルを腰に巻いてまたゆっくり椅子にすわった。
“早苗さん、すてきだったよ。僕は今日までこんなの初めてだよ。すごっく興奮したよ。”
少しして
“私も、こんな思い、初めて、”
静寂が走った。静かだった。音楽が妙にこの静けさで大きく聞こえた。
“早苗さん、後悔していませんか?”
彼女は黙っていた。そして
“三月さんはどうなんですか?”
“雄太と呼んで下さい。僕は後悔していません。”
“私もよ、”
“また会いたい、会ってくれますね、”
すぐ返事はなかった。三月は気になり再度聞いた。
“多分、”
“それどういう意味ですか?”
“私達、少し時間を置きましょう、”
“僕にはわかりません。何を言っているのか、”
彼女は黙っていた。三月は不安になった。
“私、不安なんです。こんな幸せな気持ち、”
“それならいいじゃありませんか、会ったって、”
“私に時間を下さい。私から連絡します。”
三月は複雑な気持ちだった。もう会ってくれないのではないかと、、、
彼女は着替えをし終わると
“雄太さん、私、先に帰ります。”
“ちょっと待って下さい。必ず連絡下さいよ。”
雄太は必死になって彼女を押しとどめた。
“雄太さん、私、こわいの、これは夢ではないかと、”
“早苗さん。これは現実ですよ。しっかりして下さい。”
“わかりました。連絡します。”
“ほんとですよ。”
そう言うと雄太は彼女から手を離した。彼女はそのままへやを出て行った。
雄太はポカーンとして椅子にすわり込んでしまった。急にどうしたんだろう。
でもわかる気がする。お互いに相手がいるんだ。不倫なんだ。このまま続くとは思えない。彼女はそれを恐れているのだ。雄太にも妻はいるのだ。気を引き締めないと、付き合いどころではなくなる。雄太はその日十一時の帰宅となった。すでに妻は寝ていた。
七
あくる朝いつものように食事をしていると
“あなた、昨夜は会社のお付き合い?”
妻の何気ない質問に
“そうだよ。これからは今までと違って極力お付き合いをするようにしたよ。”
“いいことだわ。あなたは今までなさすぎたわ。”
雄太はほっとした。これはいい兆候だ。この調子で今後も行きたいと思った。
だがうまくしゃべらないとどこでばれるとも限らない。会社の仕事も順調に行っており毎日が楽しい。やはりわかるらしく同僚からは
“おい、三月君、最近変わったね。元気あるねー。”
“いつもと変わらないよ。”
やはりわかるんだ。恋とは何といいものだろう。恋をすると年齢は関係なく若返り元気になるんだ。一週間過ぎた。彼女からは連絡はない。雄太は次第に気になって来た。
もしや、あり得ない。あんなにあの時燃えていた。そして、、、、でもこの幸せが
こわいとも言っていた。きっと会いたいと思っているんだ。だが何かがじゃましているんだ。そうだ、待っていないでこちらから連絡してみよう。早速電話を入れてみた。
呼んでいる。その内伝言になった。
“もしもし、雄太です。お電話下さい。待っています。”
その日は電話はなくあくる日電話が入った。
“もしもし、雄太さんですか?”
“はい、雄太です。どうしました?連絡がなかったので、”
“あれから少し主人が私のこと、気にし始めているのです。”
“でもほとんどご主人は外出されているんじゃないですか?”
“もちろん、そうですがこの間「最近きれいになったなー」と今迄なかったことなんですが私の行動に少し関心を寄せているみたいなんです。”
“そうですか。それは知りませんでした。気をつけないといけないですね。”
“そんなわけで静かにしているんです。”
“わかりました。僕ももう少し待ちます。”
“必ずお電話しますからもう少し待って下さい。”
“わかりました。”
電話は切れた。
雄太は少し心配になって来た。今後どういう風にして早苗と付き合おうかと、あの旦那がこちらに関心を持ち始めると少しやっかいになる。ついあの時の痴漢騒ぎを想像していた。これぞとばっかりに今度はほんとうに俺の妻に不倫を働いたとなん癖をつけられ賠償責任を言って来られたらたまったものではない。慎重に行かないと、かと言ってこんなことで彼女をあきらめるわけにはいかない。雄太は不倫というもののこわさを薄々感じ始めていた。これからは両方の相手に気を配らないといけない。それから一週間たった。やっと彼女から電話が入った。週末なら会えると言うのだ。主人が一週間家をあけるらしい。とにかく会うことにした。いつものカフェーで6時にした。雄太の心はいつになく豊かであった。何だろう、旦那が一週間家をあけるとは会ってもっと詳しく聞いてみよう。そしてやっと週末がやって来た。楽しみというのはなかなか日が過ぎないものだ。当日雄太はいつもより早めに約束のカフェーへ向かった。15分前についてしまった。彼女は5分過ぎにやって来た。
“お待たせしました。”
“他へ行ってゆっくりお話ししましょう。”
そういうと雄太はレシートをつかむとレジへ向かった。彼女はついて来た。外へ出ると自然に彼女は雄太の腕に手を回した。どう見てももう恋人の恰好であった。会話はなく歩いて行った。そしていつの間にか以前は入ったホテルの方へ足は向かっていた。そして窓口で料金を払うとそのままエレベーターで上に上がりエレベーターを降りるとすぐとなりの部屋へ入った。中へ入るや雄太は彼女のを抱きしめ唇を吸った。彼女も吸い返したどの位続いただろう。やっと唇を離すと彼女は
“先にバスルームへ入るわ。”
そういうと早苗はバスルームへ入って行った。雄太はその間待った。しばらくしてやっと彼女は胸元までバスタオルを巻いて出て来た。
“どうぞお入りになって”
雄太はバスルームへ入って行った。もう下は元気になっていた。
熱いシャワーを浴びると腰にバスタオルを巻きバスルームを出た。部屋はすでに少し照明が落ちていた。ゆっくりと早苗の肩に手を置きこちらに体を向けると早苗は目を閉じていた。そーっと唇を重ねた。そしてお互いに吸い合った。舌も同時に絡め合った。
数分続いた。そして徐々に下へと愛撫をして行った。彼女の喘ぎが始まった所で突進した。さらに叫びが上った。
“あーっ!”
そして徐々に静かになって行った。しばらくして雄太は
“こうしてお話がしたかったんだ。”
“私も、、、、、このままいたい。”
“僕も、、”
そういうとまたもお互いに唇を吸い合った。
そしてゆっくり離すと
“ご主人はどうして一週間も家をあけるの?”
“その話はまだしないでこのままじっとしていたい。”
雄太は仕方ないので言われるがままにじっとしていた。どの位たっただろうか。
“私ね、今が一番幸せなの。このまま時間が止まって欲しい。”
“僕もだよ。二人で何とか頑張ろう。”
“主人はね、一週間遠出するからと言って家を出て行ったの。”
“どこへ行くと言ったのですか?”
“何も言わないの。がから不気味なの、、、、”
“僕たちの事、気付いているのかなー”
“それはないと思うわ。思ったことははっきり言う人だから、”
“そう、とにかく今日はこうしておれるんだからゆっくりしよう。”
雄太は時間の経つのを忘れて目を閉じていた。
“そろそろ行くよ。泊まるわけにはいかないので、早苗さんはどうされますか?”
“私も泊まれないのでタクシーで帰るわ。”
“それじゃ、そろそろホテル出ましょう。”
二人は服を着替えてホテルを出た。彼女はもうすっかり雄太に寄り添っていた。ちょうどタクシーが走っていたので手を上げた。すぐタクシーは止まったので乗り込んだ。
“雄太さん、先に雄太さんの家へ寄ってから私はそのまま家へ帰るわ。”
“そうだね、僕も一応心配だから先に降りるよ。”
二人は寄り添ってすわっていた。夜は一層更けて行った。先に雄太が車から降りた。
降りるとすーっと早苗を乗せたまま走り去って行った。
雄太は家に入るとすでに暗くなっておりそーっと自分のベッドへ入って行った。
八
あくる朝、いつもの時間になり妻と朝食を共にした。
“あなた、昨夜は遅かったのねー、何時頃帰ったの?”
雄太は一瞬どきっとしたが冷静に答えた。
“うん、ちょっと仲間とはしごして車で帰ったので十二時前だと思うよ。”
“そう、”
妻の久子はもうそれ以上聞こうとしなかった。雄太にはそれが不気味であった
あまりにも普通に対応するので余計気になった。こうしていつもの通勤が始まった。
通勤電車に乗るといつも早苗のことを思い出した。それより早苗の旦那は一体どうなっているんだろう。その方が心配だ。いつ早苗に被害が及ぶか心配だ。
数日立ち雄太はまた会いたいと思った。しかしこれからが正念場なんだ。この恋は雄太にとって初めての恋、「初恋」と同じだ。中学の頃、ほのかな恋心はあったが大人の恋でこんなに本気になったことはない、言葉はいいがこれは「不倫」なのだ。一般には認められない恋なんだ。そうは言うものの会いたい気持ちは日に日に募るばかりであった。この際電話はしてみよう。電話ぐらいしてもいいだろう、雄太は会社が終わって電話をした。呼んでいる。その内留守番電話になり雄太は伝言をした。
“もしもし雄太です。電話を下さい。”
どうしたんだろう。監視されているんだろうか、その日は何となく家へまっすぐ帰りたくなくいつものカフェーへ行った。お店は少し混んでいた。一時間位いた。その時電話が鳴った。
“もしもし”
“もしもし、早苗です。”
声がひそひそみたいに低いのであった。
“もしもし早苗さん、どうしたんですか?”
“実は主人に監視されている様なんです。”
“何か言われたんですか?”
“ええ、誰かと会っているのかとこの間聞かれたんです。私はもちろん否定しました。”
“それで?”
“その日はそれ以上何も言われなくて終わりました。もう少し様子を見てみようと思っています。また連絡します。”
電話は切れた。雄太は考えた。少し様子を見た方がよい。早苗の言う様に待つことだ。そうすればあの旦那も他の方へ関心を寄せるだろう。しかし電話連絡だけは取って様子を知らせてもらおう。その位は出来るであろう。雄太は何とか連絡だけは取りたいと考えていた。こうして日は過ぎて行った。自然とあまり寄り道しなくなり家では久子が
“あなた、最近、飲み会は減ったのねー、”
“うん、そうなんだ、その内またあるんじゃないの、”
そうはいうもののこのままじゃまずい、一人でもいいから今迄のペースは守っていかないと、変に勘ぐられてしまう。時々立ち飲みでもいいから飲みに行こう。雄太は久子に対しても神経を使っていた。早速明日から立ち飲み屋だ。こうして飲み屋通いが始まった。いつものことだが皆飽きずにもうもうとしたタバコの煙りの中でよく我慢して飲んでいるなーと雄太はほとほと感心していた。雄太はお酒を飲むというよりそこへ入って来る客の観察をしていた。不思議なものでこうして観察してみるとサラリーマンのストレス発散の様子がよくわかる。大きな声でしゃべるのでいろいろなことが耳に入って来る。相対的に上司の悪口が多い。その次が「かみ」さんの悪口だ。人をほめる言葉は一切耳に入って来ない。悪口の方が酒のつまみにはいいのだろう。そう思いながら雄太はビールをちびりちびり飲んでいた。今早苗はどうしているのだろう。
つい頭の中はそちらの方へ行ってしまう。こういった日々を送っていたある日のこと
電話が入った。
“もしもし雄太さん?”
“はい、雄太です。”
“主人が一週間旅行へ行くと言っているんです。まだいつとは言っていませんがまた連絡します。”
電話は切れた。隠れて電話をしている様だ。待つしかない。
ある日のこと、久子からこんなことを言われた。
“あなた、私達、子供がいないわねー、”
“そうだねー”
“子供欲しいと思わない?”
“そりゃーいた方がいいけどまだ貯金もたまっていないし貯えが出来てからでもいいんじゃない?”
それ以上のことは久子は言わなかった。雄太は少し不安になった。久子がほんとうに子供を欲しがったらばれてしまう。先ずは体が反応しない。女は敏感だからすぐわかってしまう。何とか考えないと、さける方法はないものだろうか、とにかく飲み過ぎで疲れているというのがいい、断れる。その後その様な話はされなかった。しかしいつ突然言われるかわからない。備えだけはしておこう。反面雄太はそうはいうものの子供はきらいなわけではない。欲しいのだ。ただ今は自分が楽しみたいだけの勝手な理由であった。先のことは考えまい。そう思っていた。雄太は一週間に二―三回は飲みに行くようにした。次第にそこの常連になりつつあった。そしていつものように仕事が終わって行こうとしたら電話が鳴った。
“もしもし”
“もしもし雄太さん? ”
“はい、雄太です。”
“早苗です。やっと主人の旅行の日程が決まったの。明日から出かけると言ってたわ。だから出かけたら連絡します。”
“わかりました。”
電話は切れた。とうとう早苗に会える。雄太の心は浮き浮きしていた。その日は気分良くいつもならビール一本の所を二本飲んだ。少しお酒が入った様だ。家に帰るとめずらしく久子が先に帰っていた。
“あら、今日は随分お酒が入った様ね。それにご機嫌ね。”
“そうなんだ。会社の女の子からつきあいがよくなったね、とほめられた。”
“そう、その気になって女の子を誘っちゃ駄目よ。”
雄太はぎくっとした。あまり調子になってしゃべるとあらが出るのでそれ以上しゃべるのをやめた。二日後早苗から連絡が入り週末いつものカフェーでいつもの時間に会うことにした。心は浮き浮きしていた。会社の女の子からは
“三月さん、いい人出来たんじゃないの?”
そう言って覗き込むようにするのだった。やばい! 会社の女の子でもスキを作っては駄目だ。どこでどうばれるかわからない。身を引き締めて仕事をした。
そしてその日がやって来た。雄太の心は踊っていた。久子からは
“あなた、最近何かいいことあったの?”
ギクっ! まずい、おさえないと、とっさに
“いや、会社でね、仕事がうまくはかどったもんで、今日は飲み会なんだ、”
“あら、そう、いいことね”
ちぐはぐな会話になってしまった。
仕事が終わり予定の場所へ向かった。彼女はまだ来ていなかった。雄太はいつものようにコーヒーを注文した。すぐコーヒーは来た。プーンといい香りがしていた。その時彼女の姿が目に入った。雄太はとっさに手を上げた。すぐ彼女はやって来た。雄太は久し振りに彼女の明るい姿を見てうれしかった。
“お待たせしました。”
“いえ、僕もさっき来たばかりです。コーヒーにしますか?”
“はい、”
雄太は係りの人を呼びもう一つコーヒーを注文した。
“よかったですね。外へ出られて、そのご主人の様子をお聞かせ下さい。”
その時コーヒーが運ばれて来た。彼女はゆっくりコーヒーを飲んだ。
“あれから主人は私の動きを監視している様に見えたんです。同じ屋根の下にいるのに私を無視していた人ですけど急に注意を払う様になりそれでもふらっと出たりしてはいるんですが”
“それはいやですよね。それじゃ全く同居人ですね。”
“電話が入って来ると出て行くんです。それでこの間私に一週間ばかり家をあけるから留守を頼むと言われたんです。”
“少し注意した方がいいですね。”
“雄太さんもそう思いますか。”
“ええ、今日は一旦このまま家に帰って少し様子を見ましょう。そして安全とわかったら連絡下さい。”
“はい、私も注意して様子を見ます。”
“それじゃ、”
雄太は伝票を掴むと席を立った。彼女も後に続いた。外へ出ると
“ここで別れましょう。どこに目があるかわかりません。言い訳は出来る様にしましょう。”
“はい、そうします。”
“また連絡下さい。”
二人はそこで別れた。雄太は一人になり予定が狂ったのでいつもの飲み屋へ向かった。
今日は少し混んでいた。かき分けて奥の方へ入って行った。いつものようにビールと焼き鳥を頼んだ。雄太はご機嫌だった。早苗に会ったし様子もわかった。ここは慎重に行動しないとあの男のことだまだ様子を見ている恐れもある。一週間位我慢していよう。雄太はこの幸せをずーっと続けたいと思っていた。その時焼き鳥が焼けて来た。炭火で焼いているのでおいしい。ビールを飲み焼き鳥を口に運んだ。おいしいー、今日は気分がいいのでお湯割りを一杯注文した。かれこれ一時間位立ちまわりが少しすいて来た。
雄太はそろそろ引き揚げることにした。家に帰ると久子は帰っていた。
“飲み会は早く終わったの?”
“うん、そうなんだ、今日は早めに引き揚げたよ。”
今のところ久子は全く疑惑を持っていない。この調子で慎重に行こう。雄太はさらに身を引き締めていた。
九
あくる日いつもの通勤電車に乗った。少し混んでいた。突然声が上がった。
“痴漢だわ。”
その方へ目をやると
“何もやっていないよ。”
“この人、私のお尻を触ったわ。2
“知らないよ。勝手になん癖つけるなよ。”
“皆さん、見ていたでしょ! さあ、警察へ行きましょう。”
その時電車は止まった。扉が開くとどーっと人は降りて行った。そしてそのまま人波と一緒に消えて行った。
雄太はほんものの痴漢に出会った。でもすごい女性だ。あんなのに出会ったら最悪だ。より一層女性のそばには近ずくまいと思った。会社の方も仕事は順調に行っておりこの不景気にもかかわらず安定していた。その後同僚からの言葉もなくなりひやかされることも減って来た。また飲み会には時々参加していた。そして一週間やっと早苗から連絡が入った。雄太はとにかく会うことにした。いつものカフェーへ少し早めに行った。
5分位して早苗もやって来た。すぐ係りの人が来たので二人ともコーヒーを注文した。
“お元気でしたか?”
“はい、雄太さんもお元気そうですね。”
二人とも一応形式上の言葉をかわしていた。すぐコーヒーは運ばれて来た。
ゆっくりコーヒーを飲んだ。
“ここのコーヒー、おいしいですね。久し振りのせいかな、”
“そうですね。”
二人ともそれ以上の会話はなかった。おそらく他でゆっくりしたいのであろう。
“行きましょうか、”
“はい、”
雄太は席を立ちレジへ向かった。早苗もあとに続いた。
外へ出ると彼女は雄太の腕に手を回し寄り添って歩き始めた。そのまま沈黙は続いていた。そしてホテルの中へ入って行った。部屋に入るとお互いに唇をむさぼり吸い合った。
そしてある時間が過ぎると
“私、先にバスルームをお借りします。”
そう言ってバスルームへ消えて行った。雄太は興奮していた。旦那の様子はどうなんだろう、ふーっと不安が横切った。
早苗がバスルームから出て来た。雄太は続いてばするーむへ入って行った。しっかりあそこも洗った。もうすでに硬くなっていた。熱いシャワーがどーっと体全体を引き締めた。バスルームから出ると部屋の照明は少し落ちていた、ゆっくりベッドに近ずき体をすり込ませて行った。そして二人は激しく燃え上がって行った。どの位経っただろうか少し眠った様だ。雄太が口を開いた。
“ところでどうなんですか?”
“もう少しこのままでいさせて”
また静寂が戻った。雄太はこのままの状態がいつまで続くのだろうか、それを思うとこんまま時間が止まって欲しいと思った。しばらくして
“あの人、昨日から旅行へ行ったわ。”
“ご主人はその様に言って出かけたんですか?”
“そうなの、明日から一週間ちょっと気晴らしに旅行へ言って来るよ。と言ったの。”
“ふらっと戻って来るようなことはないですか?”
“それは私にもわからないわ。でも確かにバッグは持って行ったわ。”
“わかった。”
そう言って雄太はまた早苗の唇を吸った。するとまたお互いに求め合った。そして静かになった。一時間位立ち
“私、シャワーを浴びるわ。2
そう言い早苗はバスルームへ入って行った。
雄太はやはり心配であった。旅行へ間違いなく行ったという証拠はない。様子を見るためにその様な素振りをすることも考えられる。いややめよう。考えるのは、今が幸せなんだ。早苗がバルタオルを胸まで巻いて出て来た。雄太もすぐバスルームへ入って行った。熱いシャワーを浴びた。気持ちよかった。バスルームを出ると早苗は髪をとかしていた。
“私達、これからどうなるの?”
“僕にもわからない。とにかく慎重に行動しましょう。”
ホテルを出ると雄太は先に早苗をタクシーに乗せ雄太は少し歩いた。これからより一層慎重に行動しないとまずい。あの旦那のことは初めて会った時とにかく印象は悪かった。あんなのににらまれたら今度は痴漢騒ぎでは収まらない。ほんとうの不倫行為でつかまってしまう。これからは彼女に会うときは用意周到に準備しなければいけない。雄太はつくずくその様に思った。それから一週間は何もなかった。彼女も慎重に行動しているのだろう。雄太は次第に早苗のことが気になり始めて来た。大丈夫だろうか、電話はやめておこう。ここは我慢だ、雄太は立ち飲み屋へ行くことが常連になっていた。そしてその店のだんなとも会話するようになった。ついこの間なんか、浮気なんかの話になって
“だんな、けっこう、そんな人、見かけるよ、この間なんか、運悪く見つかってとうとう離婚されちまったと言っていたよ。やり方が下手なんだよねー”
“そうですか、その人大変ですね。”
雄太も人ごとではない。明日は我が身、より一層慎重に行動しないと、そう自分に言い聞かせていた。妻の久子はあれ以来飲んで帰っても何も言わなくなっていた。あまり構ってくれないとまた何を考えているのか不安になって来るのだった。ますます同居人の様相を帯びていた。
十
ある日のこと、いつもの飲み屋で飲んでいるとちらっと外を見ると見た顔の人が歩いていた。あれ、あの人は彼女の旦那?雄太はあわてて勘定をしてそのお店を出てあとを追った。一人だ。服装がぴしっとしているがあの横顔は確かだ。次第に思い出して来た。
どこへ行くんだろう。ある高級そうな料理屋へ入って行った。暖簾をくぐりそーっと中をのぞいてみると奥に座敷がありそちらへ向かった。そこには姿は見えないがちらっとバッグが見えた。「女だ」するとお客が入って来たので長くおれずその場を引き揚げた。
雄太の頭の中はめまぐるしく回っていた。ということは旅行へは行っていないのだ。どこへ行っているんだろう。これは警戒をした方がよい。彼女にこのことを伝えないと
いけない。あくる日早速雄太は早苗に電話をした。呼んでいる。
“もしもし”
“もしもし、雄太です。”
“あー、雄太さん”
“よく聞いて下さい。いいですか、ご主人は旅行へは行っていません。ただどこかへ行っているだけです。僕はご主人を飲み屋で見たのです。”
“それ、ほんとですか?”
“間違いありません、詳しいことはちょっとお会いしてから。”
“どうすればいいんですか?”
“ご主人は家にもどらないことは確かです。ですから様子を見てあとをつけられない様にして会いましょう。ご都合のいい時に電話を下さい。いいですね。”
“はい、わかりました。”
一体どういうことだろう。わざわざ旅行へ行くと言っておきながら嘘をつくとは、我々のことをやはり疑っているのか、雄太はより一層慎重になった。ただ一つ気にしていることは相手の女性が誰かということだ。バッグしか見えなかった。だけど似たようなバッグは多い。あの日以来あの男の行動がずーっと気になっていた。家では久子が
“あなた、ずーっと考え事して体でも悪いの?”
“いやー、会社の仕事がつい気になってね“
“そう、あまり無理しないでね。”
こんな調子であった。
十一
ある日のこと雄太はめずらしく友人の福田から電話が来た。
久し振りに飲もうと言うのだ。雄太は気分転換にいいと思い会うことにした。
当日仕事が終わると以前会った同じ店へ向かった。まだ福田は来ていなかった。ビールを注文した。すぐビールは来た。ちょうどその時福田も入って来た。
“やあー、三月、元気か?”
“よおー。福田”
“マスター、ビールもう一本追加して、”
福田は相変らず元気だった。すぐビールが運ばれて来た。
“先ずは乾杯!”
二人はぐーっとグラスを飲みほした。
“うー、うまい!”
福田が声をあげた。
“ところで三月聞いてくれよ。前にも話したと思うけど女房、やっぱり浮気だったよ。単なる食事がエスカレートした様なんだ。俺に謝ったよ。”
“なぜわかったんだ。”
“とにかく帰りが遅いんだよ。いつかの時あとをつけたんだ。
そしたらホテルへ入ったんだよ。ショックだったなー、ショックなんてもんじゃない、
仕事が手につかなかったよ。そして問い詰めたんだ。“
“それで奥さんは何て言ったんだ?”
“最初は食事の一点張りだったよ。当日あとをつけて見たと言ったらさすがに隠せないと思い認めたよ。つい魔が差したと言いわけしていたよ。”
“それで?”
“もうしないということで俺は許した。”
“お前それでいいのか?”
“仕方ないよ。あとは離婚しかないだろう。偶然子供がまだいないし、だけど考えたんだ、離婚してどうする?そうだろう、だけどまたやったら今度は離婚するよ。”
“そうか”
“三月、つまみはどうする?”
“お前にまかせるよ”
福田はメニューを見ながら係りの人を呼んで頼んだ。
“三月の方はその後どうなったんだ?”
“俺の方はあれからうまく行って恋仲になったけど旦那に疑われ始めた様なんだ。”
“三月、気をつけろよ。奥さんに見つかったら大変だよ。離婚もんだぞ。”
“確かにそうだ、相手の旦那もそうだがこちらも大変なことになる。”
“それとな驚かすわけではないが女というのはわからないよ。女房もそうだよ。特に子供がいないと暇だから何を考えているかわからない。俺なんかいい例だよ。すれ違いが多く気がついたらあんなことになっていたからな。”
雄太は思った。久子のことを考えた。別に変わった様子はないが何となく気になることはある。飲んで帰って来てもあまり疑うことをしない。今度少し注意して観察してみよう。
“おいおい、三月何を考えているんだ。心当たりでもあるのか?”
“いや、ないけど、人ごとではないので注意するよ。”
その内話は他の話題になり30分位してその店を出て別れた。
別れた後、三月はいつもの立ち飲み屋へ向かった。少し遅いせいか人もまばらであった。
“お兄さん、今日はいつもより元気がないね。何にしますか?”
“ビールと煮込みでいいよ、”
“あいよ、”
三月は心の中ではこれからどういう行動を取ろうかと悩んでいた。そして日増しに早苗に会いたい気持ちが募った。早苗も多分同じだろうと思っていた。気持ちが通じたのか早苗から連絡が入った。
“もしもし、早苗です。雄太さんですか?”
“はい、雄太です。”
“あれ以来、全く主人の姿が見えないんです。もうそろそろ会ってもいいのではないかと思い電話しました。”
“わかりました。早苗さん、お会いしましょう。今週末いつものカフェーで6時にお会いしましょう。”
電話は切れた。やっと早苗に会える。雄太の心は躍った。くれぐれも慎重に行動しようと思った。
十二
当日は仕事が終わると待ち合わせの場所へ向かった。すでに早苗は来ていた。
“やあー、久し振り、”
早苗はすでにコーヒーを注文して飲んでいた。
“大丈夫だったですか?”
“はい、出かける前に注意して出て来ました。”
雄太もコーヒーを注文した。
“ただ、一つ気になったことがありました。”
“それは何ですか?”
“何となく見られている様な気がしたんです。でもいくら見回しても誰もいませんでした。私の気のせいかもしれません。”
“そうですか。それはその様に思うと気になるものです。実際にいないんですよ。”
“そうですよね。”
その時コーヒーが運ばれて来た。雄太はゆっくりコーヒーを飲んだ。
“ところで早苗さん、今度はご主人を見張ってみませんか?”
“それ、どういうことですか?”
“つまり相手を知ることです。”
“でも主人はいないんですよ。”
“たとえば持物とか着るものとか手掛かりになるものを探すんです。逃げていたのでは心も落ち着かないですよ。”
“私で出来るでしょうか?”
“とにかくやってみましょう。何でもいいんです。手掛かりになるものであれば”
早苗は考えていた。
“そう言えば旅行にしては軽装だなーと思っていました。私も出掛けてくれれば何でもいいと思っていました。気にもしていませんでした。”
“それですよ、バッグとか持ち物を調べてみたらどうですか。”
“はい、戻ったら早速そうしてみます。”
雄太はそーっと早苗の手に自分の手を重ねた。
“行きましょう。”
“はい、”
雄太はレシートをつかむとレジへ向かった。早苗も後に続いた。外へ出るとすっかり暗くなっておりそのまま足取りはホテルへ向かって行った。そしてその日は特に二人ともむさぼるように燃えて行った。もう数カ月も会っていなかったように、そして次第に
静かになって行った。
“早苗さん、僕は初めてです。こんな気持ち、長く続けたい、”
“私も同じです。でもこわい、”
あくる朝、いつものように朝食を取っていると
“あなた、私、今日同窓会で遅くなるから食べて来て、”
“わかった。そうするよ。”
同窓会とは珍しい、雄太も昨夜は楽しんで来たのでお互い様と思った。
その日は外食と思い先ずはいつもの立ち飲み屋へ行った。まだ早いせいか少しすいていた。
“いらっしゃい。今日は何にしますか?”
雄太はたまには違うものを頼もうと思って壁にかけてあるメニューを見た。
“そうだね、カモ肉を焼いてくれる。それと、今日は熱燗にして”
“あいよ、”
珍しく雄太はお酒を飲んだ。今日は久子は遅いので大手を振って帰れる、と思った。
次第に人が混み始めて来た。普段は雄太は熱燗は飲まないが今日は気分転換に飲んだ。
“お兄さん、今日はお酒とは珍しいね。”
最近は雄太も常連になったので声をかけられる様になっていた。
“そうなんです。今日は何となく気分がいいので飲みたくなってね。”
“それはいいことだ。”
雄太も今日はお酒がすすんだ。ふと早苗のことが頭に浮かんだ。今頃どうしているんだろう。旦那の持ち物探せるかなー、
“へい、肉が上がったよ、”
肉はじゅーじゅーと脂が乗っていた。雄太はゆっくり口の中へ入れて噛んだ。やはりカモの肉はやわらかい。それにあわせてお酒も飲んだ。
“お兄さん、どんないいこと、あったんだねー?”
“女房が今日は帰りが遅いのでねー”
“そうですか。そりゃーゆっくりなるねー、”
その時携帯が鳴った。
“もしもし、雄太さん>早苗です。2
“早苗さん、どうしました?”
“今いいですか?”
“いいですよ。”
“何か騒々しいようですか、聞こえますか?”
“大丈夫です。”
“あれから主人のバッグなど調べたんです。そうしましたらメモを発見したんです。”
“どんなメモですか?”
その時少し騒がしくなって来たので
“マスター、ごめん、ちょっと外へ出ます。”
雄太はそのまま外へ出た。
“早苗さん、ごめん、今外へ出たんです。”
“どこにいるんですか?”
“立ち飲み屋で飲んでいるんです。ですが今急に騒々しくなったので外へ出たんです。”
“楽しんでいる所電話してすみません。”
“いや、いいんです。それよりそのメモに何が書いてあったんですか?”
“出来ればお会いしてそのメモを見て欲しいんです。”
“わかりました。それじゃ今週金曜お会いしましょう。6時でいいですか?”
“はい、わかりました。”
電話は切れた。雄太はまたお店へ戻った。少し体も冷えて来たのでお酒をお代わりした。
“マスターお代わり下さい。”
メモには何か書いてあるんだろうか、お店が混んで来たので雄太は出ることにした。
時計を見ると8時近かった。雄太は少しお腹がすいて来たのでラーメンでも食べることにした。家に帰ってみるとまだ久子は帰っていなかった。気にもせず早めに床についた。
十三
ある朝の時、雄太は何気なく久子に話しかけた。
“昨夜は遅かったの?”
“つい同窓会が長引いてしまって”
“そう”
それだけの会話で終わった。雄太も自分のことがあるのであまり追求しなかった。
いつもの通勤が始まった。早苗と会う日がやって来た。仕事が終わりいつものカフェーへ向かった。一〇分前に着いたのでまだ早苗は来ていなかった。5分過ぎに早苗がやって来た。
“遅れてすみません。”
“僕もさっき来たばかりです。”
雄太は心配させない為にその様に言った。
係りの人が来たので早苗もコーヒーを注文した。
“ご主人はまだ旅行中ですか?”
“はい、それでこのメモをへやで見つけたのです。”
雄太はそのメモを見た。
「七時にヒサ」
“何だろう?名前?地名?”
“私も何のことかわからないのです。”
“これからわかることは旅行ではないですね。誰かに会うとか、ご主人は家を出てから戻った形跡はないですか?”
早苗はじーっと考えていた。そして
“その様な形跡はないです。”
“そうだ「ヒサ」というカフェーが確かありましたね。”
そう言って雄太はじーっと考えた。
“そういえばありましたね。でもどうすればいいんですか?”
“その時間帯に時々見張るんです。とにかく見つけないことには私達も動けません。”
“わかりました。引き続きもっと足跡を探してみます。”
“そうして下さい。私はその「ヒサ」を探してみます。”
こうして二人はその日は何もなく別れた。早苗は変わらぬ日々を送っていた。一週間過ぎて早苗の旦那が帰って来た。小さなバッグは持っていた。お互い会話はなかった。
ある日のこと
“早苗、男でも出来たか?”
突然の言葉に早苗はびっくりした。
“え!?、何のことですか?”
“いや、いいんだ”
それっきり会話はなかった。早苗の心にはひょっとしたら私達を見張っていたのかもしれないとそう思った。すぐこのことを雄太さんに知らせないといけない。早苗は早速あくる日に雄太へ電話を入れた。
“そう、そんなことを言われたのですか。我々の行動も注意しないといけないですね。
また何か変化があったら連絡下さい。“
“はい、そうします。”
雄太は当分早苗と会うのはよそうと思った。先ず相手の動きをつかまないと安心出来ない。早苗からの連絡を待つことにした。待つというのはいやなものである。その「ヒサ」というカフェを探した。やはりあったがカフェーでなくアクセサリー店であった。もっと具体的な情報が欲しい。雄太は早苗に会いたいし情報も欲しい。そう思いながらいつもの立ち飲み屋へ通った。しかし雄太はあまり気にしていなかったが最近久子の帰りが遅いのであった。だから自然に雄太の立ち飲み屋通いが増えた。
お蔭で雄太も酒が強くなった。この間なんかマスターが
“お兄さん、最近よく来てくれるね。ありがたいよ。奥さんも大事にしなさいよ。
ここの常連さんで最近離婚した人がいてね、あまりほっとくと女はわからないからね。お兄さんはそんなことなさそうだから“
“そうかい。大変だね。その人は、”
最近雄太も熱燗が多くなっていた。ちょうどほろ酔い加減になった頃ふとそとを見ると
ネオンの光で反映して一人の男性が目に入った。あれ、あれはだんな?まさか、雄太はすぐ勘定をして外へ出た。急いで後を追った。待ち合わせか?一つのお店に入った。
以前入った記憶があった。中をひょいとのぞいて見ると障子があって相手が見えない。
ちらっとバッグが見えた。やはり女がいたか、このことを早苗に知らすべきかどうか雄太は迷った。早苗には酷と思った。早苗は離婚など考えたことは有るんだろうか、一瞬同じことを雄太も自分に置き換えてみた。今までそんな事考えたことはなかった。雄太は頭を振った。いずれにせよ一応浮気の現場は押さえたが他に何もすることはない。見張っても仕方ない。雄太は家に帰ることにした。家に帰るとやはり久子はまだ帰っていなかった。今度聞いてみよう。しかしやぶへびにならんとも限らないので聞くのをやめよう。雄太は慎重になっていた。
十四
あくる日いつもの朝がやって来た。そしていつもの久子との朝食が始まった。テレビを見ながらなので会話はほとんどない。お互いマイペースであった。そんなある日早苗から連絡があった。旦那が一旦旅行先から戻って来てまた出かけると言うのだ。そして妙なことを言っていたと言うのだ。雄太は久し振りに早苗に会うことにした。早苗も会いたがっていた。週末いつものカフェーで6時に会うことにした。仕事を終え予定より五分前にカフェーに着いた。早苗はもう来ていた:雄太は久し振りの再会に心は浮き浮きしていた。中へ入ると早苗はコーヒーを飲んでいた。
“ご無沙汰しています。”
“ほんとですね。”
二人とも久し振りの再会に心がはずんでいた。
“出ましょう。”
二人とも心はすでにホテルに向かったいた。雄太はレシートをつかむとレジへ向かい会計をすませると外へ出た。そして二人は恋人の様に寄り添って歩いて行った。
いつものホテルに来ると清算をして部屋の中へ入って行った。二人は唇をむさぼり合い数分して早苗はバスルームへ入って行った。そして続いて雄太もバスルームへ入った。
早苗は湯船につかっていた。雄太も一緒に中へ入って行った。そしてまたお互いに一つになって行った。二人はバスルームから出るとベッドに入って行った。そして何度も
お互いに求め合った。どの位経っただろうか早苗が口を開いた。
“私の気のせいか時々誰かに見られている様な気がしているの。”
“気のせいでしょう。心でそう思っているとその様に感じるらしいです。”
“それとこの間主人の部屋に入ってみたの、するといろいろな名刺やメモをあったわ。その中には私が気になったのは探偵社の名刺もあったの、考え過ぎかもしれないけど、、、、”
“そうですか、今後また少しの間会うのはよしましょう。”
“あ、それと女の人の名刺もあったわ。主人の浮気は私も薄々感じていましたので驚かないけど嫌なものですね。”
そう言って早苗は雄太に寄り添った。
“また何か情報があったら教えて下さい。当分会うのはよしましょう。”
そういうとまるで最後かの様にお互いに求め合った。
あくる日、雄太はいつものように出勤して行った。しかしあとから早苗から言われた探偵社のことが気になった。雄太はこれからは意識して行動しようと思った。相変らず久子はマイペースであった。こんな会話があった。
“私達、このままでいいのかしら子供もいないし”
“それどういうことだい?”
“いえ、別に”
それっきり会話は終わった。雄太は今迄自分のことばかり考えていた。久子のことを全く考えたことがなかった。何かあったんだろうか。以前と比べて帰りの遅い日が少し増えて来ている。雄太はその後も立ち飲み屋へ行った。しかし飲んでいても探偵社のことがふっと頭に浮かんだ。早苗は監視されているのだろうか、もしそうだとすると我々の行動は筒抜けになっているはずだ。それにも拘わらず、あの日以来早苗からは詮索の話は聞かない。わからない。
あくる日早苗から電話が入った。
“もしもし”
“もしもし早苗です。雄太さん?”
“雄太です。”
“やはり監視されていました。主人が言うには「お前の行動は皆知っている。」と言うのです。しかしそれはお前の自由だとも言っているのです。私は不気味なんです。主人が何を考えているのあ、”
“わかりました。今のまま、当分静かにしていましょう。”
“わかりました。”
電話は切れた。やはり監視されていたか、ただあの男は次にどういう行動に出て来るか、それを雄太は心配していた。
雄太の飲み屋通いは相変らず続いていた。そしてお酒も強くなって来た
ある日のこと雄太は少し早めに帰宅していた。そして久子もその日早めに帰って来ていた。何気なく偶然バッグに目が行った。あれ似ている。偶然か?
“久子、そのバッグって流行りなのか?”
“どうして?”
“いや、いつぞや見かけたことがあるから”
“あら、そう、私、このバッグ気に入ってるの、いいでしょ、けっこう高かったのよ、”
“そうかい”
雄太は複雑な気持ちになった。あの時のあの男の会った女のバッグに似ていたのだ。ままさかあり得ないと雄太は思った。
そんなことがあってから久子のことが気になり始めて来た。いつも雄太の方が早く家を出るので久子の行動はさっぱりわからない。当分早苗とは会えないのだから少し久子を監視してみようと思った。また今度直接遠まわしに聞いてみようとも思った。今では雄太の行動は会社と飲み屋になって来た。ある日の夕飯と時聞いてみた。
“久子、最近集まりが増えたのかい?”
“どうして?”
“いや、そんなことを感じたんだ。”
“あなたの方が帰りが遅い方が多いじゃない、私の方が早いわよ。それよりあなた、変よ、飲み会が増えていつもお酒のにおいがして、あなたの方こそ何かあるの?”
やはりやぶへびだった。
“いや、俺の考え過ぎだった。”
それ以上久子は追求して来なかった。やれやれあぶなかった。
そうは言うものの雄太の心にはいぜんとして疑いは消えていなかった。今度久子の行動を調べてみよう。その時雄太には探偵ことが頭に浮かんだ。そうだ、そうしてみよう。
週末、雄太は早速ネットで調べてみた。いろいろと出て来た。その一つにアクセスして依頼することにした。調査期間は約一週間の行動にした。そして前払いなので振り込みもした。その間久子は相変らず時々遅いようだった。雄太は会社と家と飲み屋のパターンで早苗からは連絡が来ないので多少いらいらはしていた。雄太からは連絡は出来ない。
探偵がいたらいつどこで見つかるかもしれない。先にこちらから先手を打たないとまずい。雄太の辛抱の時であった。一週間が過ぎ連絡はやはりネットであるので指示された日にネットを開けた。連絡が入っていた。雄太の心臓は鼓動を打っていた。ゆっくり指示に従って開けて見た。経過報告によると同窓会もあった。男にも会っていた。まさか予想もしていない出来ごとであった。それ以上の情報はさらにお金が必要ということだった。雄太の心には久子の浮気がわかりさすがに愕然とした。だから雄太の行動をあまり追求しなかったのだ。お互いの心は徐々に隙間が出来冷えて行っているのだ。ふと飲み屋での会話のことが頭に浮かんだ。この際自分たちの行動が監視されているのなら反対に早苗に言ってあの男の行動も監視したらどうだろう。そうだ早苗に連絡を取り
探偵をつけさせよう。そして同じ探偵社にさせよう。
雄太は早速早苗に連絡を取ることにした。
“もしもし、早苗さん、雄太です。”
“雄太さん、”
“よく聞いて下さい。ご主人に探偵をつけて下さい。探偵社は富士探偵社、ネットで探せます。いいですか?”
“はい、わかりました。そうします。”
電話は切れた。これで先に行動が読める。また一週間はいつものコースで飲み屋へ行った。久子の行動が頭から離れない。誰と会っているのだろう?雄太にとってはそれ以上詮索するのが怖かった。わかったとしてもどうするんだ。別れるのか、かえって知らない振りををしてお互い干渉しない方がいいのではないか、ふと自分に都合のいい様に解釈していた。今迄平穏無事に続いていた生活に突然不穏な空気が漂い始めて来た。
まさか自分のしでかしたマンネリ化が嫌いで不倫に走った行動がこんな風になるとは雄太の予想もしていなかった。この代償は大きい。かと言ってあとには引けない。久子の浮気も自分のせいなのだろうか、ふと我に帰って考えてみた。最近お酒の量も少し増えていた。一週間過ぎ早苗から連絡が来た。
“もしもし雄太さん?”
“はい。雄太です。”
“詳しくはお会いしてから話します。”
“わかりました。それじゃ、今週末6時いつものカフェーでいいですか?ただしご主人の行動を見てまずい場合連絡下さい。”
“はい、わかりました。”
電話は切れた。何だろう、どんな行動をしていたんだろう。雄太も次第に関心が高まって行った。めずらしく久子から話しかけられた。
”あなた、最近お酒の量が増えたのね。何かあったの?“
“いや、特に、とうとう立ち飲み屋の常連になってしまったよ。”
“そうでしょうねー、ほとんど朝、お酒のにおいがぷんぷんしているのよ。”
“気をつけるよ。”
そんなたわいもない会話であったが雄太もそんな会話でも久子との会話で少しは夫婦としてまだつながっているんだなーと感じた。
十五
当日がやって来た。雄太は気になって仕事に身が入らなかった。仕事が終わるとすぐ待ち合わせの場所へ向かった。
早苗はまだ来ていなかった。雄太は十五分前に着いた。
気持ちが早った。早く知りたい。早苗は時間通りにやって来た。コーヒーが来るまで二人は話題に入らなかった。少ししてコーヒーが運ばれて来た。早苗が口を開いた。
“主人は探偵によると女の人に会っていると言うの、その女の人はいつも高級そうなバッグを持っていたと言ってたわ。週に二回位会って食事をしてそして他の日はパチスロへ行っていると、そこに入ったら当分出て来ないそうよ。”
“そうですか。どうもその人が浮気相手の様ですね。あ、すみません。
こんなこと言って“
“いえ、いいのよ。私だって、、、、”
“あ、そうでしたね。”
“ところで私達、これからどうしましょう。”
“これからも探偵は続けて下さい。そして僕たちもつけられているんだったらお互い様です。ですから引き続き連絡は下さい。”
“わかりました。”
こうして二人はそのまま別れた。
雄太は気になっていた。高級そうなバッグ、確かあの時もそうだった。
同時に久子のバッグも、あり得ない、今度バッグのことを聞いてみよう。
あとは早苗からさらなる情報入手だ。その時雄太の頭に仮にお互いの不倫がわかったとしてもどうなるんだ。そのあまでいいのか、あるいは離婚?そんな不安が横切った。
家では妻の帰りが時々遅いことがあった。そして今迄は気が付かなかったが少し化粧をしていた。ある日のこと、雄太は思い切って聞いてみた。
“久子、最近化粧が濃くないのか?”
あら、そう?普通よ。あなたの方こそ最近お酒の飲み過ぎじゃないの、“
これじゃ、やぶへびになりかねない。雄太はそれ以上話すのをやめた。また久子への探偵もやめた。あまり深入りをするのも怖い気がした。一週間後早苗から連絡が入った。いつものカフェで聞くことにした。その週の週末で6時であった。
雄太の気持ちは早苗の旦那の行動に関心が薄れつつあった。それはたとえ知ったところでもうすでにばれているのだからあまり意味がなかった。とにかく一応聞いてみよう。
問題は早苗との関係の方が重要であった。いずれ終わりが来るであろう。雄太の心ももう早苗なくしての生活は考えられなくなっていた。このまま突き進むかあるいはきっぱり別れるか、かと言って妻との関係ももう冷え切っている。今更修復出来るものだろうか、その為にも今度は妻の行動が気になりつつあった。どちらを取るか、あるいはすべてを失うか、最悪のケースもふとそんなことが頭を横切った。週末になりいつものカフェーへ向かった。雄太の心は複雑であった。早苗からどんな情報が入って来るだろう。
すでに早苗は来ていた。時間通りであった。
“やあ、久し振り、早いですねー”
“私も今来たばかりです。”
雄太はコーヒーを二つ注文した。すぐコーヒーは運ばれて来た。
“主人は雄太さんのこと知っているんです。”
雄太はさほど驚かなかった。いずれわかるとは思ってはいたがこんなに早くとは思っていなかった。早苗の次の言葉を待った。
“それで?”
“薄々は感じていたと、そしていつでも別れてやってもいいと、”
“何と答えたんですか?”
“私は黙っていました。するとあの人は、「あの男もいつかは苦しむことになるだろう」と、”
“どういう意味ですか?”
“私にもわかりません。”
“引き続き情報を取って下さい。”
“私達どうなるんですか?”
“僕にもわかりません。ただわかっていることは僕は早苗さんが好きです。あとは流れにまかせるしかありません。”
二人とも黙ってコーヒーを飲んでいた。雄太の頭の中には「あの男もいつかは苦しむことになるだろう」という言葉が引っかかっていた。その日はこうして別れた。
あくる朝久子が念入りに化粧をしていた。そして
“あなた、今日私、少し遅くなるから外で食べて来て”
“わかった。”
その時、久子のバッグが偶然に目に入った。ちょうどあの時のお店の時と見る角度が同じであったので気になった。
“久子、今日誰と会うんだ?”
“どうして?急に、”
“いや、いいんだ”
雄太はそれ以上問い詰めなかった。その代わりまたあの探偵に依頼しようと思った。
その日仕事が終わるといつもの立ち飲み屋へ向かった。少し混んでいた。いつものお酒を頼んだ。
“マスター、お酒と煮込み下さい。”
あいよ!、だんな、今日は少し元気がないね、何か悩んでるの?“
“え!、わかる、”
“そりゃ、わかるよ、自慢じゃないけどねここの常連さんの生活状況はよくわかるよ。”
“いや、女房のことなんだ。”
“はい、熱燗、一杯飲んで胸の内をはき出しな、“
雄太はどうしようかと迷った。
“実はマスター、最近帰りが遅くなり化粧も念入りなんだ。”
“それはだんなに悪いが男だね、気をつけな!、そういう人は多いよ。”
“そうー”
雄太は真剣に考え始めた。早苗の情報も欲しいが待っているわけにはいかない。。
“マスター、もう一杯、”
雄太はいつもより少しお酒が入った。
十六
次の日早速ネットで探偵社へ追加の申し込みを行った。一週間は長い。
雄太の飲み屋通いは続いた。早苗からの連絡はまだ来ない。今迄の変化のあったバラ色の生活から徐々に苦しみの生活へと変化して行くのを雄太は仕方なく感じつつあった。
やっと一週間経ちネットを開くことになった。すでに追加の調査料金は振り込んであるので調査内容はすぐ見ることが出来た。次第に雄太の顔色が変わって来た。浮気は感じていたがまさか相手があの男とは予想していなかった。どんなつながりがなんだ。
そうかあのメモのヒサは久子だったんだ。会社関係か、だがあの男は働いていない。
なぜ?雄太の頭の中は混乱していた。冷静になろう。雄太は必死に静めようとした。
まだ妻は俺が知っていることを知らない、ということはお互いに知らない顔をして、
その時ふっと頭に浮かんだのはあの男が自分のことを妻に話す、いやそれはあり得ない、なぜなら久子と夫婦であることを知らないはずだ。そんな様子は見えない。いずれ知れるだろう。その時は、、、、、、、、、雄太は覚悟を決めた。成り行きにまかせよう。早苗はこのことを果たして知っているだろうか、というより妻のことを知らない。黙っていよう。もしわかったら自分がみじめになってしまう。
数日後早苗から連絡が入った。どんな情報だろう。いつもの週末に6時に会うことにした。久子は相変らずのペースであった。ほとんどすれ違いであった。妻はどちらかというと男っぽい性格なのでさっぱりしている。雄太にはこれが幸いしている。お互いに干渉しないのである。雄太の飲み屋通いは相変らず続いていた。少し緊張感が緩んでいる様だった。週末が近ずいて来た。会社の仕事は変化なく順調に進んでいた。会社のお付き合いもあまりなかった。週末がやって来た。仕事が終わると待ち合わせの場所へ向かった。すでに早苗は来ていた。中に入り
“お待たせ、早いですね。行きましょう。”
雄太は伝票をつかむとレジへ向かった。そのあとを早苗はついて行った。レジをすませると二人は外へ出た。二人は何も言わずに腕を組んでそのままいつものホテルへ向かって行った。部屋へ入ると早苗が抱きついて来た。そして数分の間お互いに唇をむさぼり合ったそしてやっと離れると
“会いたかったわ”
“僕もだよ”
早苗は黙って服を脱ぎ始めバスルームへ入って行った。雄太はぼやーんとこれからどうなるんだろうと考えていた。早苗がバスタオルを胸までかけて出て来てそのままベッドへ入って行った。雄太もすぐバスルームへ入って行った。熱いシャワーを浴びた。
これからの行く末が頭を横切った。バスルームから出ると部屋の照明は少し落ちていた。ベッドへ入るや二人は再び唇をむさぼり合った。その内早苗への愛撫も始まり喘ぎも次第に高まり始めあとは最後の叫びへと変わって行った。そして静かになって行った。
どの位経ったであろうか二人は眠っていた。
“雄太さん、主人から言われたの、好きにしろと、お前のことはすべて知っていると、
私、こわいわ、“
“そう、早苗さんはどうしたい?”
“私、わからない、”
“このままの状態を続けるか、、、、、、、”
“雄太さん、どうしたらいいと思う?”
雄太はこの時、自分は早苗のことをどう思っているんだろうかと考えた。ほんとうに愛しているんだろうか、冷却期間が必要なのではないかと、
“早苗さん、僕達少し考えてみませんか、”
“それどういうことなの、”
“つまり僕は早苗さんが好きだよ、愛している。しかしこれからのことはお互いに相手がいる、冷静になって今後の事を考えてみよう。そしてまた会おう。”
“私、雄太さんと離れられないわ、でもそう言うならその通りにするわ、”
そう言うとまた二人は唇をむさぼり合い最後の叫びをあげてその日は別れた。
それから数週間雄太は同じパターンの生活を送っていた。雄太の生活はバラ色の生活から次第にまた元のマンネリ化に戻りつつ見えた、というより早苗と妻の板挟みでそれがお酒に向かっていた。そしてお酒も強くなっていた。妻からは
“あなた、最近、飲み過ぎじゃないの”
“そうかい、”
二人の会話はいつも一言二言で終わった。無関心なのだ。それ以上詮索しなかった。
会社では同僚からは
“三月君、最近元気がないなー”
“そうかい、”
こんな風であった。雄太も行き詰まってしまった。早苗は雄太次第である。早苗を取るか、妻久子を取るか、あるいは二人とも失うか、いずれにせよこんな生活は続けられない、雄太はその日いつもの飲み屋へ向かった。
“旦那、今日は何かあったのかい?”
“マスター、相談なのだが浮気というのは最後はどうなるの?”
“そうだねー、ここに来るお客さんの中には大抵離婚しているね、一旦そうなったらむつかしいんじゃあないの、”
“そう、やっぱりね、”
“旦那、気をつけな、女はこわいよ、”
雄太はふと考えた、自分は果たして早苗をどの程度愛しているんだろう、早苗を選んだらどういう人生になるんだろう、それより早苗のことをまだよく知らない。未知数の所がある。たまに会うからいいのだ。一緒に毎日生活をしたとしたらどうなるだろう、冷静に考えてみるといろんな疑問が沸いて来た。早苗は仕事をしていない。普通の女性と違う。浮気としては最高の女性だ。それが浮気でなくなったら、、、、、
雄太の心の中には暗雲が立ち込めて来た。仮に早苗と別れたとなると
久子はどうなるんだ、これも別れなくてはいけないのか、果たして出来るのか、、、そう考えていると待っておれない。一人で考えても答えは出て来ない。先に早苗に会ってすべてを話そう。もう今では浮気ではないのだ。知らないのは久子だけではなかろうか、
ということはショックに思うだろうが、いつにしよう、早い方がよい。明日にしよう、
その日はいつもの酒の量より少し増えていた。
十七
あくる朝、二人はいつもの朝食を取った。
“久子、今日は早く帰るのかい?”
“今日は何もないからまっすぐ帰るわよ、何か?”
“いや、何でもない、”
久子は淡白な性格でそれ以上何も言わなかった。よし今日の夜すべてを話してどうするか決めよう。雄太は会社へ行って仕事をしていても時々ポカーンとしていた。
“三月さん、どうされたんですか?時々考えごとをしている様ですが、”
“いや、何もないよ、”
こんな調子で雄太の様子が変になっていた。
仕事を終えると雄太はまっすぐ家へ向かった。まっすぐ家へ帰るのは久し振りであった。
仕事は最近定時で終わっていた。雄太が家へ帰ってから三十分して久子が帰って来た。
久子は夕食の支度を始めた。その間雄太はこれも久し振りに新聞を開いて読んだ。
“あなた、お食事よ、”
二人でこうして夕食をするのは久し振りであった。
“あら、どうしたの、そんなに改まって”
“いや、月日の経つのが早いなーと感じたんだ。”
“あなた、今朝何か言ってたわね、”
“いや、特に、、、、”
“何かあるんでしょ、別に驚かないわ、”
“実は久子のことだけど浮気をしてないかい?”
“ええ? 何のこと? わからないわ。”
“俺は知っているんだよ。あの男と会っていることをすべてお見通しなんだ。”
“私、まだよくわからないわ。”
“それじゃ、はっきり言おう。あの男とは高倉という男だ。”
久子は少し考える様にして
“ああ、多分あのことね、でもどこでそれを知り得たの?”
“探偵をつけたんだよ。”
久子はさほど驚かず
“そう、なぜ、 そこまでするの?はっきり聞いてくれればいいのに、”
“聞いたって答えてくれないと思ったからだよ、”
“それじゃ勝手に解釈したのね、だったらあなたはどうなの?”
雄太はどうせあの男から聞いているだろうと勝手に思いこみ
“俺の場合はいろいろとわけがあってな、”
“ということはあなたは浮気をしたのね、はっきり言いなさいよ、”
久子は強気だ。逆に雄太は追い込まれそうになった。
“お前はどうなんだ、説明しろよ。”
二人の言い方は次第に険悪な雰囲気になって来た。
“私は会社の社長の弟さんへの使いっぱしりをやっていてそれでごちそうになったりでもそれは2―3人で行くのよ。”
雄太の頭の中は次第にわからなくなって来た。事実と違う方向へ向かっているのだ。
するとあの探偵の報告は何なんだ。雄太はさらに聞いた。
“小料理屋へ行くことはあるんだろう?”
“あるわよ。ものを渡すのにそこを指定されることもあるから。”
雄太は次第に追い詰められて行くのを感じたひょっとしたら俺の勝手な推測で何もなかったのかも、“
“あなた、どうしたの?急に黙りこんで、正直に言ったら、”
“何もないよ、2
さらに沈黙が続いた。
“そう、もう私達、このままではおしまいね、今日はこの位にして寝ましょう。明日でもまた話しましょう。”
そう言うと久子は部屋へ入って行った。雄太は一人ポカーンとしていた。頭の中が混乱してわからなくなっていた。このままではおさまらないだろう。雄太は浮気のすべてをまだ知られていない。しかし雄太は久子に浮気をしたという事実は言ってしまった。
このままでは一緒に住めない状況だ。雄太の方が完全に不利な状況になってしまった。
その夜、雄太は久子から離婚の用紙にサインを求められる夢を見た。そして絶対絶命の時目が覚めた。汗をびっしょりかいていた。
十八
あくる朝いつもの朝食が始まり言葉を交わすことなくお互いに会社へ行った。会社では
“三月さん、どうしたんですか?ご気分でも悪いんですか?”
“大丈夫だよ。”
すべての歯車が狂い始めていた。今では家庭が崩壊し始めている。いや、もうすでに崩壊している。離婚届にサインしたら完全に分かれることになる。家のローンはどうするんだ、早苗どころではない。いや早苗にも話をしよう。早速連絡を入れ早急に会うことにした。家ではその後久子からはまだ話をして来ない。弁護士なんかに相談しているんだろう。早苗に会う日がやって来た。仕事を終えるといつものカフェーへ向かった。
早苗は来ていた。早苗は雄太の顔を見るや
“雄太さん、どうしたんですか?”
雄太はコーヒーを注文した。すぐコーヒーは来た。ゆっくり飲み終わると一息ついてから
“早苗さん、実は妻を問い詰めたんです。驚かないで下さいね。探偵を頼んで調べたらご主人の会っていた女性とは私の妻でした。そして僕は勝手に推測してそれを妻に問い正したんです。”
早苗は黙って聞いていた。雄太は今度はコップの水を飲んだ。のどがかわいているのだ。
“すると妻は社長のメッセンジャーだと言うのです。”
“それで?”
“今度は反対に切り返されて強気に来られたんです。”
またも雄太はコップの水を飲んだ。
“僕はすべて筒抜けと思いこれにはいろいろとわけがあってなと言ったら妻はもう私達おしまいねと言われて部屋に入ってしまったんだ。どう思う?”
早苗は少し考えて
“雄太さん、私の為にごめんなさい。”
そう言って頭を下げた。
“早苗さんのせいじゃないよ。僕が一番いけないんだ。はっきりしないから”
“でももうむつかしいわね。”
“もしもの場合僕の所に来てくれるかい?”
少し間を置いて
“雄太さん、今迄と違って今度は違うと思うの。浮気だから続いたの。いやほんとはそれもいけないことよ。私が弱いばっかりに雄太さんにもこんな目に合わせてしまって”
早苗は下を向いたままであった。雄太は何も言えなかった。早苗の言うとおりだった。もう浮気ではない。少しして早苗は頭を上げて
“雄太さん、お会いするのは今日で最後にしましょう。”
雄太はあわてて
“早苗さん、ちょっと待って、それどういうこと?”
“今更とは思うんですけど奥様ともう一度お話合いされたらいかがでしょうか、”
“早苗さん、それでいいんですか?”
“雄太さんにまた元の生活に戻って欲しいんです。私とのことは忘れて下さい。それに雄太さん、まだ私のことを知らないのです。”
“それどういうことですか?”
“もういいのです。私、雄太さんのお蔭で女の幸せを知りました。”
雄太には早苗の言っていることはわかるような気がして来た。確かに早苗のことをまだ知りつくしていない。仮に早苗を選んだとしても幸せになれるかどうかわからない。
“早苗さん、わかった。”
そう言って雄太は残りのコーヒーを飲みほした。
“雄太さん、そろそろ行きましょうか。”
“早苗さん、もう少しいていいですか?”
早苗は黙って窓の外の方へ目をやった。そして雄太は早苗のその横顔へ目をやった。一瞬早苗の目から光を見た。それは太陽の光が反射している様に見えた。まさか涙の光であろうか、早苗の横顔に悲しそうな影を見た。気のせいであろうか。
“雄太さん、楽しかったわ。”
“早苗さん、これから今のご主人とどうするんですか?”
“私は大丈夫よ、ああいう人だから、、、、、、、、、、、”
雄太はこの時早苗の強さを見た。女は強い! あんなにも燃えたのに、冷静になると強くなる。雄太はレシートを掴むとレジへ向かった。早苗もあとについて行った。外へ出ると
“早苗さん、お元気で、”
“雄太さんも頑張って、”
そして二人はその場で別れた。
雄太は一人さびしくそのまま立ち飲み屋へ向かった。
お店は混んでいた。奥へ入って行った。
“いらっしゃい、何にしますか?”
“お酒と煮込み下さい。”
“へい、お待ちどう、”
お酒と煮込みがすぐ出て来た。雄太はゆっくりお酒を飲んだ。頭の中は空っぽであった。
家へ帰ると久子が待ち構えている。なるようにしかならない。
“旦那、大丈夫ですか?”
雄太には聞こえない。それ以上マスターが声をかけることはなかった。
初めて知った中年の恋、こんなに苦しいものとは思わなかった。そして失うものも大きい。しかし雄太は生きて行かなければいけない。これから先、困難が待ち受けていようと、、、、、
完
真実の恋に目覚めた中年男性