流星群~アズカバン~
ブラック親子とムーニー
「やっぱり私には、教師なんてできないよ…」
ホグワーツ特急に乗って、空いたコンパートメントを探しているとリーマス・ルーピンが呟いた。
「リーマス、何を今更…」
「今更って、ミラクが無理矢理連れてきたんじゃないか…」
「まぁ、失礼ねっ!貴方なら大丈夫よ、優秀だったもの!それとも、私の言うことが聞けないの?!」
「ちょっ、お母さん…周りに迷惑だよ」
「えっ?あ…ごめんなさい、スピカ」
先頭を歩いていた娘に注意され、ハッとして謝る。
スピカはツインテールを揺らして、再びキョロキョロと空席を探す。
「──いや、そうじゃないよ、ミラク。君だってわかってるはずだ。私が生徒を教え導くなんて…良くない」
「どうしてそんなにネガティブなの!私とダンブルドアのお願いよ?!」
「だからぁ!ハァ…もういい。あ、ここ空いてるよ」
再び注意しようとして呆れたスピカが、誰もいないコンパートメントを見つけて入った。
最後に入ったミラクが扉を閉める。
「大体、今は…シリウスが動いてる。何故このタイミングで脱獄したのか、どうやって脱獄したのか…君はここにいていいのかい?」
「もちろん私も驚いているし、気が気じゃないわ。けれど、ディメンターが探し回っているのよ」
「…どっちにしろ、会いに来ると思うよ?ミラクやスピカ、そしてハリーに…」
「ホグワーツも危険なのに…。でも、いざというときの隠れ場所はわかっているけれど」
「んー、確かにね」
学生時代、人狼であるリーマスのために動物もどきになった仲間と、満月の夜を共に過ごした屋敷に思いを馳せる。
「…シリウスのためのスパイに、なってくれるわよね?」
「スパイ、ね…。危険だと思うけど、引き受けるよ」
「ありがとう、リーマス!」
心から嬉しそうに微笑むミラクに照れながら、友達だからね、と返した。
「つまり教師になるということよね?」
「『闇の魔術に対する防衛術』の教師がいないんだっけ?」
「そうよ。…貴方も、無職がいいわけでは、ないでしょう?」
正面に座るリーマスに、複雑そうな顔を向ける。
「そうだけど…しょっちゅう休んじゃうよ?」
「昔みたいに、病気がちってことにしておけばいいじゃない。代理なら、私も手伝うわ」
「そうだよ!バレなきゃ平気だって、リーマスおじさん!──じゃなくて、ルーピン先生って呼ばなきゃダメ?」
「ははっ、今はいいさ」
「“バレなきゃ平気”じゃないわよ、全く。今年は余計なことに首を突っ込まないように」
ミラクは、あとでハリーにも釘を刺そうと思った。
「まだ3年生なんだから許してよー」
「もう3年生、でしょ。それに危ないって言ってるのよ。…悪戯仕掛人の血が騒ぐのかしら…」
「ははは…。ところでミラク、ホグワーツにはセブルスがいるんだろう?」
「…だから何だと言うの?」
セブルス・スネイプが同級生であり、正体を知っているのを心配しているのだろう。
「嫌味は日常茶飯事だし、スリザリン贔屓は目に余るけれど、何も心配することはないわ」
「リーマスおじさんの正体は、校長も知ってるんでしょ?チクる相手がいないんだからスネイプも無力だよ!」
得意気に笑うスピカから、流れる景色へと視線を移す。
「そうだといいね」
「あーもう、後ろ向きだなぁ…」
「仕方ないわよ。…リーマス、少し眠ったら?顔色が悪いわ」
「いつも、でしょ?」
最近のスピカは、ますますシリウスに似てきた気がする。
「いつもより、よ。――ほら、ホグズミードのお土産あげるから」
「ありがとう。これは…ハニーデュークスのお菓子じゃないか!…私はそんなに酷い顔をしているかい?」
「ええ、休むべきよ。私達、席を外すわね」
「いいよ、このまま寝るさ」
無理して微笑んでみせるリーマス。
「そのせいで魔法使われちゃ、起こすときに困るでしょ?」
「そうよ!耳栓の魔法で遅刻したこと、忘れたのかしら?」
「はは…そんなこともあったね。懐かしいなぁ」
「お母さん、根に持つタイプなんだから」
「そうなんだよ、昔から」
そんなことないわよ、と近かった娘を小突いた。
「余計なこと言っていないで、早く休んで」
「じゃあ、お言葉に甘えるとするよ」
「着く頃に、また来るわ。ちゃんと寝ていないと怒るから」
「わかってるさ。言い出したら聞かないからね」
笑うリーマスに、ホント失礼ね、と口を尖らせるミラク。
「じゃ、お休みなさーい」
「ありがとう、お休み」
こちらを背を向けて、ヨレヨレのローブにくるまるリーマスを見届けた二人は、静かに去った。
(…色々と不安はあるけど、思ったより疲れてるな。今は休もう。…気を遣ってくれた二人のためにも)
リーマスは窓に映る自分をぼんやり見ていたが、深いため息をついて目を閉じる。
(本当に酷い顔だ…。──久々の母校か…。ダンブルドアが変わっていないなら、ホグワーツも…そして…)
淡い期待と不安を抱きながら、意識を手放した。
*
シリウスという男
(――ん…?止まってる?それに、急に冷えてきたな……っ!!)
嫌な感覚に襲われたリーマスは、立ち上がりざまに杖を抜き、口の中で唱える。
『――エクスペクト・パトローナム!!』
部屋の入り口にいたのは、不気味なディメンターだった。
パトローナスの魔法で追い払うと、無意識に杖を懐に戻す。
(…何故、ディメンターが…?――そうか、シリウスを探しているのか)
寝起きの頭で考えていると、ドサッと何かが落ちるような音がした。
「ハリー!」
目の前で起こったことに驚くリーマス。
(この子達が入ってきたのにも気付かなかったな…)
熟睡していたのかと冷静に考え、倒れた少年を見た。
(ジェームズに似ている…?あぁ、そうか)
「ハリー…」
話はミラクに聞いていたが、会うのは産まれたとき以来である。
「先生!ハリーが…」
「大丈夫だよ、落ち着いて。じきに目を覚ます」
「そうか、良かった…」
ハーマイオニーはハリーの眼鏡を外してやった。
リーマスは懐からチョコレートを出し、一欠片食べる。
ハーマイオニーとロンにも渡した。
「少し気分が良くなるよ」
「あ、ありがとうございます…」
そこへミラクが駆け込んでくる。
「ブラック先生…」
「――ハリー…!」
後ろ手に扉を閉めるなり、驚いたように目を見開いた。
抱き起こそうとするミラクを、リーマスが制する。
「ディメンターが捜索に来た。――ハリーなら大丈夫、すぐに目覚めるよ。今はそっとしておこう」
「…ええ、わかってるわ。スピカにも近付いてきたもの。気味が悪かったから私が追い払って差し上げたけれど」
「そうか。それは、怖がっていただろうね」
「娘なら平気よ」
「いや、ディメンターが」
「どういう意味かしら」
(どうしてそんなに元気なの…)
喋る気もしないお子様コンビとは対照的だった。
「リーマスが追い払ってくれたのね」
「ああ、最悪な目覚めさ」
「ありがとう。また休まないといけないわね」
「…もう悪夢しか見れそうにないよ」
う…、と小さなうめき声が耳に届く。
「ハリー?」
目を覚ましたハリーだったが、何度か瞬きながら、入り口の方を気にしているようだった。
だが、ミラクを見ているのではない。
「目が覚めたかい?」
「はい、眼鏡」
「ありがとう…」
ゆっくりと上半身を起こし、ハーマイオニーに受け取った眼鏡をかけた。
「大丈夫?あなた達が偶然、リーマスと乗り合わせて良かったわ。――ほら、リーマス、チョコレート薬を」
「扱いが違いすぎないかな?」
そう笑いながら、チョコレートの欠片をハリーに手渡す。
「これ食べて。元気が出る」
「ありがとうございます…。…何だったんです?」
尋ねて、少しずつ口に含んだ。
「ディメンター――アズカバンの看守さ。脱獄囚のシリウス・ブラックを探してるんだろう」
「シリウス・ブラックって…スピカのお父さんで…」
「先生の、元旦那さん…?」
周知の事実だが、遠慮がちに確認された。
とはいえ、離婚した覚えはないのだが。
「…何を考えているのか、さっぱりわからないけれど…」
「僕を殺す気なんだ」
「えっ?どうして」
「僕さえいなければ、ヴォルデモートが復活すると思ってるから」
ミラクとリーマスは顔を見合わせた。
「…誰に聞いたの?」
「…」
「ミラク、いいじゃないか」
「でも…。…そうね」
あの、とハーマイオニーが話しかけてくる。
「ブラック先生とルーピン先生は、お知り合いなんですか?」
「え?ええ、同学年で同じグリフィンドールの学友だったの」
「では、私は運転手と話して来なければ。失礼するよ」
「私は、ホグワーツにふくろう便を出してくるわ」
安心させるように微笑み、二人はコンパートメントから出ていった。
リーマスは運転士の元へ行き、ミラクはハリーが倒れたことを手紙に書いてふくろうに持たせた。
やがて二人はスピカの待つコンパートメントに入った。
「お帰りなさい。――あれ?もう寝なくていいの?」
「ありがとう。ディメンターのせいで、もう眠れそうになくてね。スピカは大丈夫かい?」
「どうってことないよ。お母さんに鍛えられてるもん」
「頼もしいね。ハリーももう大丈夫そうだし」
「ハリーがどうかしたの?」
「ディメンターの影響で、気を失ったんだよ」
「えっ!あ、あたし、様子見てくる!」
「待って、スピカ。そっとしておいてあげて」
でも、と口を開いたスピカを一瞥し、リーマスに向き直る。
「シリウスには何か考えがあるのだと思うけれど…ホグワーツにも来るかもしれないわ。でもこのままだと、私達は疑われて身動きしにくいでしょうね」
「見張られたりするかもしれないね」
「無実の証拠なんてものは…もう心のどこかで諦めているけれど」
少しの沈黙の後、リーマスが苦しげに顔を上げた。
「ペティグリューは…自殺したんだろうか」
「自殺か…例のあの人かしら」
「例のあの人が、指一本残したりするの?」
「意図的に残したというより…粉々になって指一本だけが残ったのかしら?」
「でも…秘密の守人、か」
「リーマス…。とにかく、私達とシリウスが接触できない限り、協力は難しいわね…」
手を握りしめるリーマスに、目の前の課題を挙げる。
「…賢いあいつのことだから、何か合図でも送ってくるさ」
「ええ。ずっと機会を窺ってたんでしょうね」
「…捕まったりしなきゃいいけど」
「貴女はまたそうやって、縁起でもないことを言うのね」
「遺伝じゃない?」
「違うわ。…いじめが原因なの」
きっぱり否定したわりに、後半は心なしか声を落として続けた。
「ごく一部なんだろう?」
「今は、そうね…スリザリンのドラコ・マルフォイぐらいかしら?」
「あいつ、ハーマイオニーの悪口も言うのよ」
「どんな風に?」
「“穢れた血”とか」
「それは酷い…」
リーマスは少し遠い目をした。きっとリリーのことを思い出したのだろう。
「マグル出身だからって酷いでしょ?だからあたしが呪ってやったもん!」
「ははっ、流石だねぇ」
「褒めるところではないでしょう。この子ったら、授業に出ないこともあったし、居眠りもするのよ?」
「おや、サボりはいけないよ。お母さんは授業態度はすごく良かったから、父親譲りかな?」
リーマスは楽しそうに笑っていた。
「結果良ければ全て良し、って言うでしょ!」
「もう少しハーマイオニーを見習ってほしいわ…」
「ミラクは、教師として言っているのかい?それとも、不真面目だったシリウスのようになってほしくないっていう親心?」
「え?それは…」
「なんで?お父さんのこと好きだったのに?それに、お母さんだってそこまで真面目じゃないでしょ?」
「私はただ…シリウスの傲慢で冷徹なところが嫌いだから、そんなところ似てほしくないだけよ」
ばつが悪そうなミラクを、スピカは物珍しそうに見ている。
「ミラクはね、単位のためとかテストのためではなく、自分の知識にしたいから真剣に先生の話を聞いていたよ。…校則違反はするクセにね」
「魔法が好きだから…。それに、知らないことがあるのは嫌だったのよ」
「でも、3年生以上になると選択科目がかぶるから、知らないことはいっぱいあるでしょ?」
「先生に頂いた便利な道具を使ったりして、ほとんど全ての授業を受けた時期もあったわ」
スピカは訝しげに首を傾げた。
「…よくわかんないけど、真面目だったの?」
「うん。でも、いつだったかな?飽きと疲れがきたみたいでね」
「もう無理!ってなったのよね。あれは何年生のときだったかしら…」
ミラクは空中を睨み、本気で思い出そうとしているようだ。
「ふぅん?結局無理だったんだ」
「おや、それでも凄いことだよ?正直言ってね、シリウス達も実力だけなら優秀だったんだが…知識では彼女に敵わなかったよ」
「買い被らないでちょうだい。ジェームズとシリウスの応用力には感心していたし、リーマスだってとても賢いわ」
「ありがとう。君と私の大きな違いは、“自信があるかないか”かもしれないね」
他の小さな違いは、自信に繋がっていると言いたいらしい。
ミラクは彼の境遇を考えると、上手い言葉が見つからなかった。
「――選択科目といえば、今年から増えるのね。何にするの?」
「魔法生物飼育学と、マグル学にしようと思ったんだけど…」
「貴女は魔法なしの生活なんて知らないのだから、いいかもしれないわね」
「でも、ハリーとハーマイオニーはマグル学を習う必要がないから…占い学」
おずおずと答えたスピカに、ミラクは驚きと心配が入り混じった表情をする。
「占い学?貴女が?えーっと、意外と女の子らしいのね」
「ひどーい!ねぇ、リーマスおじさんは?どう思う?」
「うーん、そうだね…古代ルーン文字学の方が役に立つと思うよ」
「さ、才能あるかもしれないでしょっ!」
汽笛が鳴り響く。
*
ホグワーツ到着!
「いよいよ新学期じゃ!」
ダンブルドア校長の挨拶が始まった。
夜空のような天井や、浮遊したロウソクを見上げたリーマスが、隣のミラクへ囁く。
「…いやー、懐かしいね。気持ちが若返るよ」
彼女は振り向いたが、リーマス越しに視線を感じ、再び前──生徒達の方を向く。
「?──やぁ、セブルス…」
不思議に思って逆隣を見ると、睨んでいるセブルス・スネイプと目が合った。
「少し静かにしたまえ、ブラック、ルーピン。ここにいられる時間が残り少ないことを察して、はしゃぐ気持ちはわからないでもないがね」
「貴方の方がうるさいわよ」
「ブラック…それとも、ミラージュと呼ぶべきですかな?」
「…旧姓、よく覚えてたわね。でも、まだ離婚してないから」
「ふん、これは失敬…ミセス・ブラック」
彼が前を向いたのを確認し、二人は顔を見合わせる。
「――さて、新しい先生を紹介しよう!R・J・ルーピン先生じゃ」
それを聞いてリーマスが立ち上がり、生徒達を見ながら浅く一礼した。
大広間に拍手が響く中、セブルスは3回ゆっくりと手を合わせる程度である。
リーマスが腰かけると、ダンブルドアが次の話を始めた。
「魔法生物飼育学のケトルバーン先生が、手足が残っているうちに老後を楽しまれたいそうじゃ」
(私は老後もここにいたいわ。…でも、もしシリウスが…)
ハッとして思考をストップさせた。なんとなく、セブルスに気持ちを悟られる気がしたのだ。
「そこで、みんなもよく知る先生が受け持つことになった。──ルビウス・ハグリットじゃ!」
ハグリットは緊張でガチガチになっていたが、隣のマクゴナガルに肘で突かれ、慌てて立ち上がる。
教師も生徒も――スリザリンの一部以外は――笑顔で、拍手や口笛が響いた。
ドスンと座ると、教員用の長机が揺れる。
「──ここからは良くない報せじゃ。…皆ももう知っておるかもしれんが、殺人鬼シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄した」
(殺人鬼、じゃない…)
ざわめく生徒達と、心配そうなリーマスの視線を感じた。
(マルフォイがスピカに何か言ってる…あぁもう、今すぐ呪ってやりたいわ)
とりあえずポーカーフェイスでドラコを見つめる。
「…そこで、アズカバンの看守であるディメンターが、ホグワーツを守ってくれることになった」
それに関しては校長も、大半の教師陣も快く思っていなかった。
生徒達は当然、不安げにどよめく。
「城の外のこととはいえ、気を付けるんじゃぞ」
そう言って校長は、ハリーとスピカを一瞥した。
「…心配だわ…」
「ああ、そうだね」
「愛する夫が心配かね?」
ハッとセブルスを見るも、彼は正面を見ている。
「…娘が心配なのよ。ごめんなさいね、公私混同で」
*
その後、二人は校長室に招かれた。
「ブラック先生、ルーピン先生。お呼び立てしてすまんのう」
「いえ、構いません」
「…二人を呼んだのは他でもない…シリウスの件じゃ。さっきは“殺人鬼”などと説明して悪かった…スピカが心配じゃ」
チラリと見てくるリーマスを尻目に、口を開く。
「娘は強い子です」
「何故、脱獄したのか…私達にもわかりません。そもそも、どうやって脱獄したんでしょう…」
「アズカバンの監獄で狂ってしまったのかしら…」
ミラクは少し目を伏せ、リーマスが慰めるように肩を抱いた。
「…時に人は残酷じゃ。次第に、何が真実かは問題ではなくなってゆく…つらいのぅ」
「…」
「夫との信頼関係、そして娘への愛…それが君を強くしておる。わしは立場上、軽率な発言を許されんが、君を信じることはできる」
ミラクは胸が痛んだ。
「ディメンターも探していることですし、すぐに見つかるでしょうが…」
「…そうね。その時は真意が知りたいわね…」
遠い目をしたミラクを、何か言いたそうに見つめるダンブルドア。
「──それより、校長。本当に私なんかが、教師になって良かったんでしょうか…」
何かを感じ取ったリーマスが話題を変えた。
「もちろんじゃよ。こちらとしても助かった」
「でも私は…人狼です。満月の日が近付くと、授業などとても…」
「代わりなら私もいるし、セブルスだっているじゃない。体が弱いってことにするわよ」
『闇の魔術に対する防衛術』の担当を希望していたセブルスを挙げる。
「そのセブルスが、ばらさなきゃいいけどね…」
「大丈夫よ、きっと…。貴方のために、脱狼薬も作ってくれるんでしょう?」
「そうなんだ、とても苦い薬でね。目的はわからないけど…感謝してるよ」
「スネイプ先生もああ見えて、“いい人”なのじゃよ」
ダンブルドアはそう言って笑みを浮かべた。
「でも変ね。貴方が教師になること、一番反対していたのに」
「ふむ…何か考えがあるのかもしれんのぉ」
「考え…ですか」
「そうね…きっと、教師になるからには問題を起こすなっていう、彼なりの応援よ!」
「…応援、ね…」
「おぉ、そろそろ我々も仕事に戻るとするかの」
ダンブルドアのその一言で、二人は校長室を後にして、十分離れてから話を続ける。
「不満?セブルスのこと、好きでも嫌いでもないんでしょう?嫌いになったの?」
「そうじゃないよ。ただ、そんなに優しいかなって思ってね…」
「──昔、狼になったリーマスに、セブルスを会わせるっていう悪戯をしたことがあったわね」
「シリウスが、だよね。…彼は少し面白がっていた節があった」
ミラクは否定しようとして、否定できなかった。
「…それで、セブルスは怖いから、薬を作ってくれるんじゃないかしら」
「それはありえるね。僕は彼を殺しかけた…」
リーマスの顔にいつもの笑顔はない。
「…そういえばスピカが、リーマスにも魔法を教わりたいって」
「え?私に教わることなんて、無いと思うよ。ましてや君の娘なんだし」
二人はのんびりと廊下を歩いた。
「何でもいいのよ。昔話でも、何でもね。ハリーもだけど、暇があれば気にかけてほしいの」
「…そうだね、わかったよ」
「ありがとう。やっぱり寂しいのよね、あの子達…」
そう呟いた友人は、遠い目をしている。
「そうだろうね。…シリウスが捕まったのは、スピカが何歳の頃だった?」
「12年前だから、1歳よ」
「1歳?それは、全く覚えてないってことかい?」
「ええ。でも…写真を見せたり、私が昔話をしたりするから、自分の記憶のように錯覚してるかも」
少し考え、そうか、とリーマスが呟いた。
「じゃあハリーが両親を失ったのも1歳のときだったのか、可哀想に。…2人は強いね」
「強いわ。…でもスピカ、貴方に会ってから、更に元気いっぱいよ」
「私に?どうしてだい?」
「貴方と話して、父親の存在を感じられたんだと思うわ」
それに、と彼女は笑顔で続ける。
「リーマスはスピカの名付け親だもの」
「…それ、もしかしてスピカに言ったかい?」
「ええ、もちろん」
「どうして…」
「事実を言って何が悪いの?」
「人狼が名付け親だなんて、嫌じゃないか…。私が軽率に引き受けたのがいけなかったんだ」
「関係ないわよ。本人は貴方の正体を知ってるけれど、全く気にしてないもの」
ああ、と納得しかけて首を横に振った。
「って、それだけじゃなくて。…私達は教師で、スピカやハリーは生徒だから…」
「そうね、ある程度の距離は必要だわ」
「だから、例えば…私の正体やシリウスのことで、ハリー達に隠すこともあるだろう?話してしまうと私達が困る。…つらいじゃないか」
友達と親を、天秤にかけることになるのだから。
「だから――ダンブルドアには見透かされてたけれど――冤罪だっていう主張をやめたのよ。私がずっと信じる姿勢だったら、あの子の立場が危うくなるから…」
「だったら、スピカには真実を隠しておくべきだった」
「…わかってる。駄目ね、娘に隠し事はできなかった」
「ミラク…」
「──私、今から授業だから。行くわね」
サラサラの黒髪を揺らして立ち去った。
公私混同する教師
3年グリフィンドール生の天文学の授業である。
「久しぶりね。私の今年度最初の授業があなた達で嬉しいわ」
チラリと娘を探すと、出席はしているが何やらご機嫌ななめのようだ。
ハリーやハーマイオニー、ロンも暗い顔をしている。
「そこ、どうしたの?集中できてないわね。…そんなに私の授業が嫌かしら?」
「そんなこと!とんでもない!そうじゃないんです」
ハーマイオニーが反射的に否定する。
何故かハリーを横目で見て、生徒達は説明を躊躇った。
(こういうとき、リーマスが羨ましいわね…)
杖も使わないほど優秀な開心術士である彼が。
「──さっき、占い学の授業でお茶の葉を読んだんだけど…」
「あぁ、トレローニー先生の…。じゃあ、誰かが死の予言をされたのね?」
「僕です」
説明したスピカと、名乗り出たハリーを交互に見る。
「まぁ!今年はスピカかと思っていたけれど、よりによって…。気にしては駄目よ?毎年恒例なんだから」
「毎年恒例だって?」
驚いたロンに頷いた。
「ちなみに誰一人として死んでない。…占い学は極めて不正確なのよ。思い込みや考えすぎは禁物」
「ブラック先生…。正直、馬鹿げてると思います。占い学なんて、時間の無駄よ」
イラついているハーマイオニーを見て、言葉を選ぶ。
「そうね…向き不向きがあるのかしら。マクゴナガル先生も、あまり好きではないみたい」
「そうですよね!」
ロンが嬉しそうに応えた。
「もちろん、トレローニー先生が本物の予言者なら、話は別だけれどね」
「あんなの本物なわけない。安心して、ハリー」
「ありがとう、スピカ」
明言した娘に苦笑が零れる。
「さて、天文学の授業を始める前に…動物もどきについてはもう習ったかしら?」
「マクゴナガル先生に習いました」
「せっかく私も動物もどきなんだもの、軽く復習も兼ねて。──じゃあ、マクゴナガル先生は何に変身できるか知ってる?」
「猫です、トラ猫」
「ええ、そうね。グリフィンドールに3点」
答えたハリーに笑ってみせた。
「ちなみに、私は何だと思う?」
「小さい犬かなぁ…?」
「うーん、綺麗な鳥とか?」
あちこちから色んな予想が聞こえる。
「ふふっ、ハズレ」
「…狐だよ」
スピカがボソッと答えると、ロンが大げさに驚いた。
「狐なんてその辺歩いてたら不自然じゃないか?」
「あ、見て、ロン!」
ハーマイオニーが指差した教卓に、狐が座っている。
フサフサしたミルクブラウンの体毛に、水色の瞳は彼女の証だ。
「可愛い…!!」
女子の歓声と拍手に満足し、スッと人間の姿に戻る。
「動物もどきは別名アニメーガスとも言って、魔法省のリストに載っているのは8人だけなの」
(…未登録を数えると、2桁になるけれど)
「習得が難しい上に、普通の魔法使いにはあまり必要がないから、動物もどきは少ないのよね」
「目は水色だけど、体は黒じゃないんだね」
首をかしげたハリーにスピカがクスッと笑った。
「お母さんの髪、本当は黒じゃなくて茶色だから」
(出産後、スピカが黒髪だったから私も二人とおそろいにしたのよ…)
懐かしむミラクをまじまじと見てロンが声を上げる。
「えっ、本当は茶髪?」
「そうよ。常にかけている変身術を解くと茶髪になるわ」
(あまり詳しく話すと、まだシリウスを愛してるって気付かれてしまいそうね…)
「眠そうな子がいるから、天文学の授業を始めます。…寝てもいいわよ。あとで恐ろしい目に遭うけれど」
いつも通り、だが慎重に授業を進めた。
(月の動きを観察して、リーマスのことを気がけるくらいならできる…。でもシリウスのために、私には何ができるの…?)
*
「占い学なんてバッカみたい。古代ルーン文字学の方が、よっぽど面白いと思うわ!」
天文学の授業が終わると、ハーマイオニーが再び占い学を批判している。
「ルーピン先生と同じこと言ってる…。って、待って。ありえないでしょ?」
「占い学と古代ルーン文字学って…確か、同じ時間にあってるだろ?」
「君、同時に二つの授業を受けてるの?」
スピカ、ロン、ハリーが疑問を口にした。
「バカ言わないで。同時に二つの授業ですって?」
「──あれ?なんか…お母さんも学生時代、似たようなことしてたって言ってた」
「そうなの?流石ね」
四人が荷物をまとめて教室を出ていく。
(ハーマイオニー…使ってるのね、逆転時計)
ミラクは懐かしい気持ちになった。
(──そういえば、ハグリットの初授業があるのよね。心配だから、ミネルバの用事が終わったら、見に行ってみようかしら)
*
「お前の父親、お前に会いたくなって脱獄したんだろ?早く会いに行かなくていいのか?」
ミラクが箒で飛んでいくと、森の方から言い争う声が聞こえてくる。
「こら、マルフォイ!やめんか!」
ハグリットと生徒達を上空から発見し、近くに降り立った。
「…どうしたの?」
「おぉ、ミラクか。それが…」
「は?そんだけ?あたしを誰だと思ってるの?」
スピカが冷たく言い放つ。
「なっ?!…流石はブラック一族だな!偉そうに!」
「貴方がそれを言うの?」
ハーマイオニーがドラコを鼻で笑った。
「でも今の言い方、お父さんそっくりだったわよ」
「ちょっ、ブラック先生…」
「な、何だよ…開き直るのか?!」
「開き直る?血の繋がりは、変えようのない事実だもの」
「納得できないなら、スピカちゃんが相手になるけど?」
スピカが挑戦的に微笑んで、杖先を突きつける。
「駄目よ、私に似て冷静な子になってちょうだい」
「あたしはお父さんに似て短気だからね」
「全く、もう…。ハグリッド、授業の邪魔してごめんなさい」
流星群~アズカバン~