第六天魔王降臨

国民投票で選ばれた日本の統治者は、織田信長だった。

 誰がやっても何も変わらない、既存の政治家にはもう何も期待できない、総理大臣なんか何も決められない、そんな無責任な国民の声に政治家達はついにキレた。
「だったら国民投票で選ぼうじゃないか。総理大臣じゃないで大統領をだ。誰になっても文句言うなよ。お前らの自己責任だ。俺たちはそいつの下で働いてやるよ」
 かくして、この国の統治者は国民投票で選出されることとなり、代わり映えのしない政治家たちに飽き飽きしていた国民たちは欣喜雀躍して投票用紙に好きな名前を書いたのだった。
 映画監督もこなす大物お笑いタレントがまず選ばれた。次には右翼系老人やイケメン俳優なども選ばれた。しかし結局反対勢力に足を引っ張られてなんら変革はできないのだった。優先順位の上位から選出されては失敗を繰り返し、ついに歴史上の人物が選ばれることになった。誰もが冗談だと目を疑ったその人物は、日本が世界に誇るバイオ技術によって見事に蘇生した。
 織田信長、戦国時代を駆け抜けた革命児だ。

「で、あるか」
 事の顛末を聞き終えた信長は一言呟いた。戦国時代において、唯一地球が丸いことを理解できたといわれる明晰な頭脳が、彼が生きた時代から現代までの歴史と社会情勢、今自分が置かれている状況を速やかに理解する。引き締まった肉体と整った顔立ち、現代においても美男子の範疇に入るであろう、しかしその双眸は鋭く、近づく者に威圧感を与えた。
 最初の仕事は所信表明演説。現代に蘇った信長がいったい何を言うのか? きっと面白い政策を打ち出してくれるだろう、いやいやどうせ時代遅れだろうから笑ってやろう。日本中が興味を持って見守った。信長のスーツ姿、意外と見事に着こなしているのだが、博物館から持ち出した愛刀を腰に差した姿がいかにも信長らしい。国会議事堂に現れた信長は、いならぶ政治家たちを見据えて言う。
「とうの昔に鬼籍に入ったこの信長を頼るとは、うぬらは揃いも揃って烏合の衆か。仕事のできぬ役人は斬って捨てるから覚悟しておけい。なんじゃあの原子力発電所とは? 事故を起こして国土を汚し責任を取らぬ者共をここへ連れてこい、即刻打ち首じゃ! なんじゃこの借金の多さは? 中韓の侵略を受けてなにゆえ黙っておるのじゃ? 国防をアメリカに委ねておるのは何故じゃ? よかろう、この信長が真に強い日本を作ろうぞ。まずは膿を出さねばならぬな」
 それを聞いた老政治家からヤジが飛んだ「日米安保がなければ日本は滅ぶぞ」
 左翼議員からも非難の声があがる「日本は過去の侵略戦争の歴史を見据えるべきだ。いたずらにアジア諸国を刺激するな」甲高い女の声が響いた。
 信長は黙って彼らに歩み寄り、おもむろに刀を抜いた。愛刀「へし切長谷部」が机もろとも彼らを真っ二つにする。血しぶきの中、眉一つ動かさない信長に議事堂内は騒然となり、生放送を観ていた日本中が震撼した。
 腰を抜かした議員が辛うじて叫ぶ「あいつを、あいつを取り押さえろ……SPはどうした?」その声に呼応したか、スーツ姿の逞しい男達が信長に群がってきた。先頭に立つヒゲ面の巨漢が信長の前に平服して言う。
「殿、命じられた警察とSPの掌握を完了してまいりました」
「うむ、権六、大義である」
 そこに現れたのは、信長の重臣であり武勇を謳われた柴田勝家と滝川一益だった。信長は自身を蘇生させた装置を用いて、彼の家臣たちも蘇生させていたのだ。
 信長は国民に向けて宣言する。
「この信長に刃向かう者は殺す」
 場内は水を打ったように静まった。誰もが恐怖に身がすくんで悲鳴すらあげられないのだった。信長の周囲を固めるおっとり刀の男達の迫力と、何よりも信長の覇気に恐れをなしているのだ。信長は澄んだ声で語り始めた。
「この国には資源は少ないが、優れた技術があるようじゃな。優れた技術を活かして国を豊かにする。我と思う者は名乗り出て、この丹羽長秀に申し出よ、五郎左」
 五郎左と呼ばれた丹羽長秀が「はは」と信長に返事をする。
「まずは原発事故の収束じゃ、何も出来ぬ責任者を集め打ち首とせよ。世界中より技術者を集め、成し遂げたものには褒美を取らせ。次はエネルギー資源問題じゃ。メタンハイドレート採掘を急げ、バイオマス発電所と大規模室内型農場を併設させて東北の過疎地を活性化させよ。バイオテクノロジーにて石油の生産も急げ。レアメタル採掘も急ぐのじゃ。行けい」
 丹羽長秀は「ははあ」と返事をし、その場を駆け足で立ち去った。信長は続ける。
「国家財政が破綻寸前とは、今まで何をやってきたのじゃ。今後は竹千代……徳川家康に任す。この信長は派手が好きなのじゃが、そうも言っておられぬようじゃな。家康、任せたぞ」
 ずんぐりとした徳川家康が団栗眼を見開いて「ははあ」と返事をして進み出た。その傍らには黒い甲冑に身を固めた大男と赤い甲冑の美丈夫が控えている。
 信長は続ける。
「子供が自殺したり虐めが蔓延するような学校教育は狂っておる。日教組は悉く打ち首じゃ。無駄な知識を詰め込むだけの教育制度は廃止して郷中教育を用いる。太原雪斎と立花道雪に任す。雪斎殿、道雪殿、お頼み申す。この国の未来を委ねる若者達の教育を任せられるのは、徳川家康と立花宗茂を育てた貴殿らしかおらぬ」
 そこに現れたのは信長の家臣ではなく、今川家の太原雪斎と大友家の立花道雪だった。雪斎と道雪は微笑んで答える「かしこまり申した。鬼となって厳しく教育いたそう」
 信長は続ける。
「真の強国となるには強大な軍事力が必要じゃが、支那に対抗して数に数で対抗するなど愚の骨頂、新兵器を開発せよ。サル」
 サルと呼ばれた痩身の小男が信長の前に平服し、「ははあ」と甲高い声で返事をした。
「九鬼嘉隆と共に驚天動地の新兵器を作れ。ここに原案がある。急げい」
 秀吉は「お任せあれ!」と陽気に答え、信長から図面を受け取ると素早くその場を立ち去った。信長は尚も続ける。
「移動する度に費用がかかるようでは物流が滞るであろう。高速道路と普通電車は全て無料とせよ。なんじゃあのパチンコとかいう賭博は? 賭博は全て国営ではないのか? 風俗もしかりじゃ、支那朝鮮の輩を追い出せ。パチンコは廃止して公営の賭博場を設け、国営の風俗を作り財源とせよ。私服を肥やしたり国政に口出しする宗教も許さぬ、税金を取立てよ。この信長に歯向かえば、比叡山や本願寺の如く悉く焼き討ちにするぞ。十兵衛」
 ハゲ頭の青白い男が進み出て「ははあ」と応える。明智光秀である。
「国政に口出しする邪な宗教団体は悉く焼き討ちじゃ、灰燼と化せ! 行けい!」
 光秀は一瞬狼狽えた表情を見せたがすぐに持ち直し、「ははあ」と答えて立ち去った。
 信長は国民に向けて叫ぶ。
「農業、工業、商業に邁進する国民の生活はこの信長が守る。国民よ、励むが良いぞ!」

 かくして信長の施政が始まった。
 滝川一益によって、身贔屓をしたりパチンコ業界から賄賂を貰っていた警察官僚は悉く打ち首となった。さらにサムライ制度を導入し、剣術と誇りを持ったものは帯刀とその使用を許された。彼らを見て犯罪者は恐れおののき、犯罪発生率は大幅に減少した。
 柴田勝家によって自衛隊は日本軍となり、実戦さながらの激しい練兵に明け暮れた。さらに柴田勝家は平和維持部隊を新設、どんな戦場にも衣食住の提供、高度医療、インフラ復旧などを展開できて、世界中の紛争地域で平和維持活動に活躍し、日本のイメージアップに貢献した。
 東北地方沿岸部にはメタンハイドレート発電所とバイオマス発電所が立ち並び、大規模室内型農場からは高品質な野菜が量産されて世界のトップブランドとなり大いに賑わった。減り続けていた東北の人口も増えて街は賑やかになった。米五郎左(コメのように大事な武将)と言われた丹羽長秀は日本の米を世界中に売り込むことに成功し、国庫を大いに潤わせた。農協は解体され、個人経営の農家も多くは消滅し、代わりに国営の大農場が国際競争力を発揮。雇用の確保にもなった。
 吝嗇として知られた徳川家康はまず公務員のボーナスを廃止した。医療費が財政を圧迫している事を憂いた家康は、健康を阻害するものにその健康阻害度数によってが税率が増える健康阻害税をかけることにした。これによってタバコや酒、ファーストフードなどが増税となり、増え続ける医療費の財源となった。家康は「親の面倒をみるのは子の責務」であると強く主張し、太原雪斎とともに若者の育成にも励んだ。さすがの家康も、ここまで破綻した年金問題には手を焼くのだった。
 年長者が年少者を指導して年少者は年長者を慕う郷中教育。誰もが年少者を指導する責任ある立場になる。太原雪斎は言う「責任は重いほどいい。それが人を作る」
 立花道雪のもと、郷中教育によって「心身の鍛錬」「嘘を言うな」「負けるな」「質実剛健たれ」などが子供たちに叩き込まれた。戦国時代さながらの武術の稽古によって鍛え抜かれる子供たち。卑怯卑劣を憎み、仲間同士の和を尊ぶ教えによって虐めや自殺は減少した。
 日本は信長の施政の下、確実に強国となっていくのだった。
 一方そのころアジアでは、中国の支援を得られなくなった北朝鮮は崩壊し、韓国は中国の属国となっていた。中国はアジア諸国への侵略を継続し、フィリピンやブータンは国土の大半を奪い取られていた。アメリカは求心力を失い、アジアは混迷を極めていた。
 太平洋を支配して資源を独占したい中国共産党はその核心的利益のために、ついに尖閣諸島を本格的に侵略することにした。
 人民解放軍空母機動艦隊が、尖閣諸島に向けて出撃する。

「殿、支那の軍船が侵略してきましたぞ。今こそ新兵器を使うべき時かと」 秀吉が信長に報告する。
「うむ、不埒な支那の軍船を悉く海の藻屑とせい!」
「はは、仰せのままに。草薙の剣発射!」
 高度二千キロの人工衛星が、位置を補正してハッチを開き照準を合わせ、タングステン製の槍を射出した。最も熱に強い金属であるタングステン製の槍がマッハ三十に達するスピードで中国の空母に炸裂する。大気との摩擦熱で灼熱となった槍は容易く空母を貫通し、その衝撃波で周囲の艦隊を粉砕する。新兵器草薙の剣は、地球上どこにでも半径数メートルの誤差で狙い撃ちできるのだ。

 中国共産党はパニックに陥った。よもや万年弱腰の日本がこれほどの反撃をしてこようとは。
「日本のマネをしろ! 偉人再生技術を盗んでこい。織田信長に対抗するために曹操孟徳を復活させろ」
 根強く生き残っていた反日政党の残党や、買収された技術者によって日本の技術は盗まれて、ついに曹操が復活する「曹操、中国共産党の為に信長を倒して日本を占領するのだ!」
 曹操は直ちに状況を理解し、まずは豪傑の典韋と許褚を再生させた。
「倭人ごときを恐れるとは我ら漢民族も地に落ちたものだな。それにしても我が中華の歴史、腐敗に明け暮れているとは嘆かわしい。よかろう、信長とやらを倒してやろう。だがその前にやることがある」
 曹操が顎をしゃくると、傍らの典韋と許褚が躍り出て共産党幹部をなで切りにする。
「誰か……誰か曹操を取り押さえろ。人民解放軍はどうした?」
 いつの間にか再生されていた曹操の家臣たちによって人民解放軍は完全に掌握されていた。圧倒的カリスマこそが英雄を英雄たらしめる。不正と怠惰を憎む曹操の姿勢に、若き軍人は熱狂した。曹操は偉人再生システムによって、自分の家臣は当然のこと、敵将であった関羽や諸葛亮、周瑜までも復活させた。曹操は大の武将コレクターであり、彼らを活かす事に長けているのだ。
 治世の能臣、乱世の奸雄といわれる曹操はまず国政を正した。血の粛清によって中国共産党は壊滅した。曹操の指導の下、恐るべき軍事大国が誕生する。
 中華思想、中国こそが世界の中心であるとする思想からすれば日本など辺境の小国にすぎない。小賢しく歯向ってくるのなら鎧袖一触で粉砕してやろうと軍議を開いた。
 曹操の従兄弟であり、魏国四天王の一人曹仁が吼える。
「辺境の倭国ごとき恐るるに足らん。鎧袖一触蹴散らしてくれん。殿、出陣の下知を!」他の豪傑たちも「おう!」と目を輝かせた。
 新兵器の開発を得意とする李典が自信満々で進言する。
「奴らの武器、草薙の剣を解析しましたぞ。天空より飛来する槍のようです。既に対策は進んでおります。重装甲の亀甲船なら防げると思います。諸葛孔明どのと開発した新兵器を披露する機会を下され」
 曹操の傍らの軍師荀彧が進言する。
「信長という男は確かに強いですが、独断専行に過ぎますし仁の心が欠けています。いずれ自からこけるでしょう。歴史を鑑みるに真に恐るべきは欧米であり、残虐非道にして欲深い白人どもでしょう。兵は詭道なり、まずは信長を尖兵として利用するのが上策かと。今、日本に攻め込めば世界から孤立します」
 軍師郭嘉が反論する。
「覇道を行くものはいかなる悪評も恐れてはなりません。信長を捻り潰して我が軍の威力を世界に示すのです。人に致して人に致されず、先手を打たねばなりません」
 曹操を窮地に追い込んだこともある謀臣賈詡が進言する。
「日本には信長の事をよく思っていない勢力があるようです。明智光秀や徳川家康などは、密かにそういった勢力を匿っておるようですから彼らを利用して内部から崩しましょう。既に調略を進めております」
 曹操の家臣団は意気揚々と進言する。有能な家臣を集め、その力を存分に発揮させるのが曹操の真骨頂だ。曹操はふと海の方を眺めて呟く。
「海か……。俺は海というものを見たことがない。見物がてらその信長とやらに会いに行ってみようか。取るに足りない男だったらその場で蹴散らせばよかろう。周瑜、軍船の用意をせよ」

 曹操自から率いる百万の軍勢が日本に向けて出陣した。亀の甲羅のような巨大軍船が日本海に殺到する。いち早く察知した羽柴秀吉が迎撃する。
「草薙の剣発射!」
 天空より高速で飛来するタングステンの槍、灼熱の剛槍が唸りを上げて曹操の艦隊に殺到する。立ち上る水飛沫と湯気。しかし、そのほとんどが無傷。諸葛孔明と李典が開発したチタン装甲亀甲船は、上空からの攻撃に対して無敵なのだった。
 
 羽柴秀吉は慌てて信長に報告する。
「殿、支那の軍船は恐るべき力を持っておりますぞ。最早最終兵器しか対抗手段がござりません」
「で、あるか。よし、この信長自から出陣しようぞ。スサノオ部隊発進じゃ!」
 超巨大人型兵器スサノオ、それは暴走したバイオテクノロジーと密教の秘術によって作られた恐るべき究極兵器だ。口から発射する光子砲カムナビは、対象物を一瞬にして加熱気化させる力を持つ。
 甲冑に身を固めた巨大人型兵器の群れが、ざぶざぶと波をかき分けて日本海を進軍して曹操艦隊と対峙した。いよいよ決戦の時かと思われたとき、曹操艦隊から一艘の小舟が進み出てきた。なんと曹操自から乗船しているではないか。
「殿! 敵大将曹操から入電『信長殿、ちと二人きりで話をしないか』如何致しましょうか?」秀吉が震える声で信長に報告する。
「で、あるか。是非に及ばず、会ってやろう。用意せよ」信長は躊躇わずに即決し、小舟に乗って単身曹操に会いに行く。
 唯我独尊の覇王二人の会談、家臣たちがはらはらして見守る中、二人は笑顔で双方の陣営に戻ってきた。そしてそれぞれの家臣団に宣言する。
「兵を引けい。我らはこれより朋友じゃ! ともに世界を統治する」
 大歓声に包まれる信長曹操連合軍。

 この同盟を知ったEU各国では、それぞれの国でそれぞれの国の英雄が蘇生されていた。日中同盟軍に対抗できる人材の発掘に焦ったドイツでは、とんでもない英雄が復活してしまった。彼は瞬く間にヨーロッパを席捲した。そしてロシアで復活したスターリンと激突必至と思われたが意外にも和解し共闘を始めた。狙うは当然世界制覇。世界は来るべき未曾有の決戦に戦慄した。

第六天魔王降臨

第六天魔王降臨

SFギャグです。 自己評価☆☆☆☆

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-03

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著作権法内での利用のみを許可します。

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