こととばこ
こととばこ
生きた心地がしないと思ったことはあるだろうか。
間一髪で死から免れた時、周りから拒絶された時など。
今まで一度は多かれ少なかれあったのではなかろうか。
そんな少し昔の話である。
出会い
思えば、予兆があったのかもしれない。
周りがふっと静かになるようなそんな感覚。
騒がしい周りの中で自分の鼓動だけがひどく胸を打ちつける。
でも、今までなんどもあったこと。
僕は、お客さんの待つ5F建てのマンションの前にいた。
大事な商談だった。
僕といえば、なにかある際ひどく緊張してしまうような男だった。
勿論、今回の動悸に似たこの感覚も緊張から来るものだった。
今でもそう思いたいものではあるが。
時間は11月の午後3時。
鮮やかな夕焼けが、僕の影を徐々に黒く濃く、そして長くしていく頃。
僕は、お客さんの玄関の前にいた。
そして、インターホンを押した。
中からお客さんが出てくる。
商談といっても、お客様から要望を受け作成したサンプルを手渡し、簡単な説明をするというのが
今回の仕事だ。
少しばかりの説明を終え、僕は帰る旨を伝え玄関を出た。
『今日は、ありがとうございました。また来ます。』
『ゆっくりしてけばいいのに、またよろしくね』
そんなやり取りをして、お客様に別れの挨拶をした。
最後の挨拶だった。
夕闇
お客さんの家を出て、エレベーターを待つ。
しかし、待てど暮らせどなかなかエレベーターは来ない。
僕はしびれを切らし階段で降りることにした。
最近、運動もしていなかったし、ちょうどいいか
なんて、自分を納得させ階段を降りてった。
階段の踊り場には夕焼けが赤黒く差し込み、少し古ぼけたマンションをノスタルジックにしていた。
たまには、いいもんだな。そんな風に思った。
5.4.3と降りていき2Fの踊り場に行くと黒い影が踊り場にあった。
なんだ?と思ったがすぐ消えてしまった。
窓の先に猫かなんかいるんだろうと思い窓を覗き込むと
ただただ、子供たちが鬼ごっこのようなことをしていた。
あんな頃もあったんだよな。。
そして、僕は1Fへと降りて行った。
夕闇が空を支配し、あたりは街灯がなければ真っ暗だろう。
マンションのエントランスにつくと、管理人のおじいちゃんが管理人室の鍵を閉めていた。
管理人は一つ、僕の顔をみて言った。
『見えん内に帰りんしゃい。』
聞き間違えだろうな。
そう思った。
もっとも、聞き間違いではなかったと気づかされたのは、そのすぐ後だったのだけども。
鬼ごっこ
僕はエントランスを出た。
子供たちは、まだ鬼ごっこをしている。
子供が一人こちらへと走ってくる。
子供は僕とすれ違うとマンションへと駆けていった。
俺のころは、建物内は禁止だったのになぁと思いながら
ふと、その子供がエレベーター横の階段を駆け上がっていくのを目で追っていた。
子供が踊り場前で止まった。
ん?と思うと、子供は壁側に背中を擦り付けながら
先ほど変な影があった場所を凝視しながら一歩一歩、ゆっくりとした足取りでのぼっていく。
『見えん内に帰りんしゃい....』
この時僕は、管理人の言葉をすっかり忘れてしまっていた。
『ねーーー。おじさん。』
汚れたシャツ
その言葉にハッとし、子供追いかけていた目を声の方へ向けた。
小学3年生くらいだろうか。
ひどくシャツが汚れている。
子供らしいなぁ、なんて思った。
『なんだい?』
子供は言った。
『○○君来なかった?』
○○君?
さっきの子供かな?
『階段上ってったよ。』
子供は不思議そうな顔して言った。
『建物の中はダメなのに。。』
僕は、昔と変わらないなと思いながら、
『家に帰ったんだよ』といった。
子供は言った。
『○○君の家はここじゃないよ。』
子供は続けてこう言った。
『○○君、階段上がったまんま?』
僕は答えた。
『そうだよ。』
子供は、目を見開いて
ありがとう!と元気な声で言った。
そして子供は、○○君と思われる子の後を追いかけて行った。
夕闇の目
僕は、○○君と思われる子を追いかける子供を目で追っていた。
しかし、その子は○○君が凝視した場所をすんなりと走り抜けていった。
そんな光景を少しぼんやりとした感じで見つめていた。
すると後ろから、先ほどの管理人から声をかけられた。
まだ帰っていなかったんだと言われた。
『ええ、ちょっと子供に話しかけられまして・・・・』
管理人は、それを聞くとハッとした表情になり、
『言わんこっちゃない。見えん内に帰りんしゃいとゆうたじゃろが。』
と、怒られた。
なんなんだ?と思った。
おかしな人だなあと思いながらも、
『は、はぁ。すいません。すぐ帰ります。』と言った。
数メートル帰路に足を進めると、○○君が前を歩いていた。
僕は、思わず声をかけ、汚れたシャツの子が君を探していたよと伝えた。
○○君はこう答えた。
『誰?』
目の先
ーーーーー誰?
ーーーーー俺のことか?
僕はもう一度、汚れたシャツの子が君を探していたことを伝えた。
すると、『その子は誰?』と言った?
僕は、知らないよと言った。
『なんで?』
僕は聞いた。
『友達じゃないの?』
彼は、言った。
『違うよ。』
僕は聞いた。
『いっしょに鬼ごっこしてたんじゃないの?』
『してない』
『でも、○○君って君だよね?』
『そうだよ』
僕は、訳が分からなくなったが子供にからかわれてんのかなと思った。
すると、どこからともなく管理人が現れ、こういった。
『早く帰れといったじゃろうが!!!!!』
子供に向けてではなく、僕だけに。
こととばこ