ヒヤス

みや

ヒヤス

"冷やす"使命を全うしたものの物語。

私の使命は"冷やす"事だ。
野菜、果物、肉、魚、飲み物、ありとあらゆる物をひんやりと冷やす事が私の使命ー

桜子さんがこの麻川家に嫁いだ日に、私はこの家にやって来た。色んなピカピカの家電製品の中で、私は一番大きくて、一番働き者だと自負する。

夏の間は特に私の出番であり、私は全身全霊をかけて、冷やす、冷やす、冷やすー
他の電化製品達が眠りにつく夜も、私は、私だけは常に働いている。ウーン、と唸りながら(皆様の睡眠の妨げにならない程度に)それが私に課せられた使命なのだ。

あれから20年。共に嫁いできた家電製品達は寿命を全し、今では桜子さんの嫁入り道具であった家電製品は、私一人になった。皆新しい製品に買い替えられた。
だが私は!私はずっと20年間この麻川家の食材を冷やし続けているのだ。誇りに思う。

桜子さんは若かりし頃より少しは老けましたが(おっと、失礼)今尚お綺麗であり、とても良き妻であると私は断言します。時々賞味期限切れの納豆などが私の奥底に潜んでいる事もありますが、それもまた愛嬌であります。

桜子さんの旦那様の圭一さんは、ビールの大好きなお方で、常に私の中にはビールが在中しており、仕事から帰った圭一さんがビールを取り出し、ゴクゴク一気に飲み干し「あ〜キンキンに冷えてて、うまい!」とおっしゃられると、それはもう嬉しくて、明日からもキンキンに冷やさせていただきます!と励みになったものです。

お二人の子供であるハナちゃん。いまでは18歳の青春真っ只中のお嬢様ですが、小さな頃はよく熱を出されて、冷凍庫のアイスノンが活躍したものでございます。
面白がって私の扉をなんども開け閉めしたり、(冷気が逃げるので止めてくださいな…)
大好きなキャラクターのマグネットを私に何個も貼ってくれたり。
私はそんな優しい皆様の為に、冷やす、という使命を忠実に守ってまいりました。

そんな私に去年の夏、引退の危機が訪れました。
絶好調で冷やし続けている私に桜子さんが壊れる前に買い替えようか、と言い出したのです。壊れてから買い替えるのでは遅い、ごもっともでごさいます。しかし私はまだ大丈夫です、と言わんばかりにモーターを全開にウーン、ウーン、と唸りました。
「20年近く経つし急に冷えなくなったら困るし」
桜子さんの意見は正しいのです。20年近く冷やし続けている私は、珍しいレアな存在なのかもしれません。私は覚悟を決めました。急に冷えなくなって麻川家の皆さんにご迷惑をかける訳にはいきません…。私は涙を飲んで引退の覚悟を決めましたが…
以外に絶好調な私に桜子さんの買い替えの気持ちが萎えたのか、その夏は無事に引退の危機を乗り越える事が出来たのです。嬉しい限りです。

あれから一年。私は今も麻川家の冷やす係として存在しておりますが、どうやら…使命を終える日が近づいてきた模様です。自分の事は自分が一番良くわかっております。

最初に気付いたのは桜子さんです。
「何だか…冷えるのが弱くなったかな?」弱設定でもガンガンに冷やせていた私の能力が、残念な事に少しづつ落ち始めました。設定を強にされた私ですが、完璧に冷やす事はもう限界に達していました。

ハナちゃんも気づき始めました。
「お母さん、アイスがドロドロだよ…」
圭一さんも気づき始めました。
「ビールがキンキンに冷えていない…」

私の異変に麻川家の皆様は本格的に買い替えを検討し始めました。致し方ありません。私は無念ですが、もう完璧に皆様に冷やす事を提供出来る事が出来なくなっていたのですから…

新しい製品のパンフレットを見ながら麻川家の皆様はあれこれ検討しておりました。最近のものは氷が自動で作れるのですね…素晴らしい!ドアも私のように三つでは無く、四つも五つもあるのですね!感動です…そしてカラーも私のような白だかグレーだかくすんだブルーだか訳のわからないカラーではなくて、美しい色とりどりなカラーがたくさん!ビューティフルです!
桜子さんはその中でメタリックピンクのものをお選びになりました。桜子さんにぴったりです。本当に。

私の中の色々な食材は整理され、お掃除をして頂きました。嬉しい限りです。
「でも急に冷えなくならなくて良かった」桜子さんが私を拭きながら言いました。
「そうだね。働き者だね。グッジョブ!」ハナちゃんの優しいお言葉。感無量でございます。

麦茶などの飲み物だけを残して、私の中は空っぽになりました。いよいよ最期の時が近づいてきたのです…思い返すと20年もこのお家のお役にたてて私は本当に幸せものだと痛感している次第です。

そして新しい製品が玄関のドアを開けて、逞しい男の人二人に運ばれてやってまいりました。ピカピカのメタリックピンクのそれは、老いた私には輝かしく見えました。これから麻川家の皆様のお役にたつんだぞ、と私は強く願いました。

さあ桜子さん、私のコンセントを抜いて下さい。老いた私は使命を全うし、今から深い眠りにつかせて頂きます。
本当に楽しい日々でした。感謝と敬意を込めて…今迄ありがとうございました。幸せな、幸せな20年間でございましたー

ヒヤス

この冷凍庫は私の家に実在した冷凍庫の物語です。本当に、ありがとう!

ヒヤス

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-02

Copyrighted
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