『炎の物語』 第三章 炎術師たちの結集
『炎の物語』 第三章です。前篇をまだお読みでないかたはそちらを先にお読みになると話が分かりやすいかと思います。
第一章 http://slib.net/20763
第二章 http://slib.net/20764
支部
僕は白炎会へ所属することを決めた。とはいえ、ヨランデは幹部ではなく、彼女の一存では決められない。そこで僕たちは白炎会の支部を訪れることにした。
「ここだよ」
そう言ってヨランデが僕を連れて行った場所は駅前の古い空きビルのひとつだった。人類を守る秘密組織がこんな所に集まって日々暗躍しているのかと思うと胸に来るものがあった。とはいえ、炎妖のことなんて公にできるはずもなく、秘密裏に行動するには確かに最適な場所なのかもしれない。炎妖が人を襲うことを考えると、なるべく人の多い駅前に潜伏していた方が炎妖を狩りやすいことも理解できる。ヨランデ案内された支部には3人待機している人たちがいた。
「今は団長がいないけど、私はこの支部の副長だから暫定的に君の入会を許可するよ。私は基本的に後方支援。君も多分最初は後方支援になると思うからよろしくね」
そういって僕と握手したこの女性は薫(かおる)さん。おそらく今回一番お世話になるだろう。
「久しぶりの男じゃん。戦闘要員じゃないのが残念だけど……今人手少なくて戦うのが大変だから、早く強くなって前方にまわるようになれよ!」
この人は剛人(ごうと)さん。名前の通り屈強な体つきで見るからに強そうだ。
「あんまり新入りを急かさないの!ごめんなさい、ここの支部は女の子ばっかりだから肩身が狭かったみたいで……私も剛人と同じで戦闘員です。だから今回はあんまり行動する機会はないかもだけどよろしくお願いします」
剛人さんをいさめたこの人はクリスティーヌさん。フランス人らしい。とてもすらっとしていて戦うようには見えないけど、実はすごい力を持っているのかもしれない。
この3人は白炎会の幹部で、今回この地域に建てた支部を統括しているらしい。戦闘員指令長が剛人さん。副指令長がクリスティーヌさん。後方支援指令長が薫さん。ところで、僕は気になっていたことがあった。何故ヨランデやクリスティーヌさんは外国人なのに日本語を流暢に話しているんだ、ということだ。それにはクリスティーヌさんが答えた。
「それは私たちの会長が日本人で、そして外国の言葉を覚えるのが苦手だから、この組織では日本語が公用語なのです。もちろん志があれば誰でも入れますけどね。大事なのは言葉ではなく心です!」
なるほど、それなら僕も苦労しなくてすむ。父親譲りなのか、外国の言葉を覚えるのはどうも苦手なのだ。話し終わった後、胸をはっていたクリスティーヌさんに剛人さんが突っ込みを入れる。
「なーにいいこと言いました私、みたいな顔してんだ。それは会長の受け売りだろうが」
「いい言葉はいい言葉です!私は会長を尊敬していますから、その言葉を広めなければいけないのです!」
言い合いをしている二人を薫さんがとめた。
「はいはい、ふたりともそこまで。新入り君の名前を決めなきゃいけないからね」
名前?名前ならもうある。なんの名前を決めるというのだ。
「炎術師としての名前ってとこかな。私たち炎術師は自分の炎の色の頭文字からとって名付けられているの。たとえば、私とかクリスティーヌはコバルト系の炎だから、Cから始まる名前をしてるでしょ」
薫さんはそう説明をして、僕に炎の色を尋ねた。それに答えたのはさっきから部屋の隅で紅茶を飲んでくつろいでいたヨランデだった。
「彼の炎は純色の赤色ですよ」
その返答に3人は驚いたようだった。
「純色!?私たちの中では会長、ヨランデ、あなたの3人だけよ。すごい!みんなよりも早く安定化を目指せるかもしれないですね」
クリスティーヌさんの言葉に僕は驚いた。混じり気のない色ってそんなに珍しかったのか。
そういえば研究団の男がそんなことを言っていた気がする。ところでヨランデも純色だったのか。
「うん。私はもともと緑系だったんだけど……昔、いろいろあって今の純色の黄色に変色したんだ。ここに入るころにはもう黄色だったんだけど」
炎が変色?そんなことも起こるのか。
「それについては追々教えてあげるわ。彼女らは戦闘要員で普段はいないことも多いから、炎の扱い方は私が教えてあげる。今日はもう遅いから一旦家に帰りなさい。また明日、放課後に来てね」
薫さんのその言葉は心強かった。幹部の人が僕の面倒をみてくれるなんて。ただ、明日は終業式で明日からは夏休みなのだ。そのことを薫さんに告げると、
「それなら、ちょうどいいね。これからみっちり指導できる。明日までにあなたの名前をみんなで考えておくから、明日の昼過ぎくらいにまたここに来てね。名前は、日本人名の方がいいよね?」
ぼくはその質問に肯定すると、ヨランデに家まで送ってもらい、そして眠りについた。
修行(制御編)
学校から帰ると僕はすぐさま支部へ向かった。薫さんの準備はもうできていた。そして、ぼくの炎術師としての名前が決まった。「烈火」。同じ赤系統の伝説の炎術師からもらった名前らしい。もうすでに故人であるが、生前の烈火のはたらきはとてつもなく、一人で1地域の炎妖を全滅させるほどであったという。炎妖の全貌をいまだ知らないぼくにとってそのすごさはいまいちピンとこないが、この前のあいつらを数十匹も一人で倒すと考えると、それこそ化け物みたいに強い人だったのだろう。そんなすごい人の名を襲名したからには頑張らなくてはいけない。炎の修行へのやる気がわいてきた。
修行はここから近い所にある山の麓で行うらしい。そこに向かう途中、僕は薫さんに炎の変化ついて聞いてみた。
「炎の色は、命のエネルギーの質によって人それぞれ違うんだ。ちなみに、赤・緑・青、それと黄・紫・コバルトの純色はエネルギーに不純物が混じっていない質の高いものだから出力が全然違う。それはおいておくとして、エネルギーの質は各個人で一定なんだけど、同系統の炎を浴びると自分の質が変化することがあるの。たとえば赤の純色が紫を浴びたら赤紫になるみたいにね。」
僕はこのことに疑問を感じた。他人の炎は命のエネルギーを乱すのではないのか、ということだ。
「そのとおりだよ。だから普通は炎は変化しない。ただ、浴びる方も浴びせる方も精神状態が極限のとき、たとえば片方が死にそうなときとかは、その炎を受容してしまうことがあるんだ。」
なるほど、ヨランデが炎妖に当てられた一般人を助けたのはこういう方法だったのか。すなわち、彼女は紫に当てられた人を自身の黄色を調節することで常態に近づけようとしたのだろう。じゃあヨランデはそういう極限状態に陥ったことがあるのだろうか。
「本当は本人に許可を得ないでこういう話はするべきじゃないんだけどね。でもヨランデに聞いたらまた傷ついちゃうかもしれないから」
そういって薫さんはヨランデのことをかいつまんで教えてくれた。
「ヨランデはね、もともとイギリスの少数組織にいたの。10人にも満たないような小さい組織。多分、彼女が10歳の頃かな。ある日、彼女のいた組織が炎妖の討伐に向かってた時、とても大きく成長した炎妖に出くわしてしまったの。彼女はまだ小さかったから後方部隊にいてそのおかげで助かったのだけれど、彼女以外の人はみんなやられてしまった。死に際の彼女の親友が彼女の手を握ったとき、二人の炎は変化したの。親友の炎は赤系だった。ヨランデは緑系。本来は違う系統なんだけど、どこかで同系統が混じってたのかな。ヨランデの炎は純色の黄色になった。彼女は親友の思いも背負って戦っているのよ」
ヨランデの過去にそんなことがあったのか。その強い炎妖とやらは10歳のヨランデが倒しただろうか。
「いいえ、ちょうどそのころ、『白炎会』を設立したばかりの会長は家族でイギリスに旅行に出かけていたの。会長は炎の異常な動きを感じて駆けつけたのだけれど、そこに残っていたのはヨランデだけだった。会長は炎妖を倒して、ほかの人がもう助からないことを悟って、ヨランデを『白炎会』で引き取ることにしたの。そのとき会長のご家族の護衛に来ていた私たちがヨランデを日本に連れて行ったのよ」
なるほど、だからヨランデはずっとのあの支部にいるのか。そういえば僕も10歳の頃家族でイギリスに出かけたことがある。僕たちが悠遊と遊んでいた時にヨランデはそんなつらい目にあっていたのか。
「今聞いた話はヨランデに言っちゃだめよ。彼女、そのことは口には出さなけど、きっとまだ心が傷ついたままだから」
分かってます、と僕は答えた。話しているうちに僕たちは山の麓に着いた。話している中で気になることがあった。「炎の安定化」が白色を目指す以上、極限状態にしばしば陥らねばならないのだろうか。
「それは違うわ。たしかに炎を人から受容することは最短の方法。だけど、それには命のエネルギーが乱れるっていうリスクが伴うでしょ。だから、私たちは炎妖を倒すことで白色に近づく方法をとっているの」
炎妖を倒すと白色に近づく?どういうことなのだろう。
「炎妖を倒すには、通常相手に炎を当てなければならないでしょ?その時、安全な量だけど微量に相手の炎に当たっちゃってるの。その程度でも、少しは炎は変化する。時間はかかるけど、炎妖も枯れるし、最良の方法だと私は思うわ」
そうやってちょっとずつ炎の安定化を目指して、炎の扱い方も学んでいくのか。でも、まってほしい。そうすると、戦えば戦うほど僕は純色から遠ざかるのではないか?
「そうね、次第にあなたは純色ではなくなるわ。でも、純色が重要なのは、もともとのエネルギーの質に不純物がなくて高出力の炎を出せるからよ。それは、自然に変化した炎なら純色でなくなっても変わらないわ。むしろ、7年も戦って炎が全く変化しないヨランデが異常なの。多分、相当に昔のことを引きずっているから変化を身体が拒んでいるんでしょうね」
ヨランデは普段明るくふるまっているけど、心の底には暗い闇を抱えているのだろう。しかしそれは僕も同じだ。僕は小さいころに炎で人を殺めてしまっている。その罪が消えることはない。こうやって今炎を扱っていることすら不安がある。だけど、そうやって逃げていてはまた暴走して誰かを傷つけてしまう。危険な力は扱い方を学ばねばならないのだ。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか。今から、この丸太に私の炎を宿してあなたを襲わせるわ。あなたがこの丸太に炎を当てて私の炎を消せれば丸太は止まる。まずは、初級編ね」
そういって薫さんは丸太に少量の炎をを与えた。
コバルトブルー色に変化した丸太が僕に向かって飛んでくる。僕は、それをかがんでかわして、丸太が頭上を通る瞬間に炎を宿した拳で殴りつけた。丸太の動きが止まって僕に向かって落ちてきた。つぶされる!身構えた瞬間、薫さんが他の丸太に炎を与え、最初の丸太を弾き飛ばした。
「センスはいいと思うんだけど、なんだか力任せに戦っている感じがあるわね。いい?本物の炎妖でも仕留めきれなかったら、今みたいに自分が下敷きになることもあるのよ。もう少し後の手も考えて行動しなさい。整理できたら、次行くわよ。今度はもう少し強い奴」
そういって薫さんはまた丸太を飛ばしてきた。僕は横に跳んでかわす。すかさず、炎を叩き込もうとしたが、丸太のスピードが速く、通り過ぎてしまった。丸太が引き返して再び襲い掛かってくる。僕は脚に炎を集中させ、跳びあがる!……と思ったのだが、地面に足を取られ、転んでしまった。丸太は僕が先ほどまで僕がいたあたりをとおりすぎると大木に衝突して静止した。
「やっぱり、初日じゃだめかー。まだまだ戦闘要員にはなれないわね。この丸太を倒せるようになった次のメニューがあるから、お昼の後までにイメージトレーニングしておくこと。それじゃ、支部に戻って昼食にしましょ」
こうして、ぼくの修行初回はなにも得られぬままに終了した。
昼食にクリスティーナさんが作り置きしておいてくれたサンドイッチを食べると、また僕たちは山の麓へ向かった。戦い方を考えるうちに、僕は丸太の倒し方を思いついていた。山の麓に到着して、準備ができ次第、薫さんは炎を丸太に与えた。丸太がせまってくる!僕は先ほど同じようにしゃがんで丸太をかわし、先ほどよりも少ない炎を丸太に叩き込む。丸太は止まりこそしないが、動きがにぶくなった。作戦通り!鈍くなった相手を今度は足元がしっかりしたところに誘い込み、足に炎をまとって跳躍し、かかと落としを叩き込んだ。そして、丸太は静止した。
「頭使ったわね!すごい!最初から炎の量を制御できるなんて才能あるわ。そうね、今日の修行はここで終わり。家でゆっくり体を休めなさい」
炎妖との二度目の戦闘の時から感じていたが、どうやら僕は炎の量を操るのに特別な才能があるらしい。薫さんもほめてくれたし、なんだか自信がついた。これからの修行もやっていけそうな気がする。そうして安心した僕は家に着くと疲労のせいかすぐに眠り込んだ。
修行(炎弾編)
昨日自信を得た僕だが、次の火にはもう挫けかけていた。この日、薫さんからおそわっていたのは「炎弾」とよばれる技だ。炎を弾丸や砲弾のように一点に集中させて相手に打ち込む技のことをいうらしい。炎術師の扱う炎は物理的なものではないため、防御に炎を使用するという概念がない。防御のためにはより強い攻撃で相手を動けない状態にしなければならないのだ。この「炎弾」というわざは、その点都合がいい。襲い掛かってくる炎妖にも離れた場所から攻撃できるため、事前に攻撃を回避できるのだ。ただし、この技を好んで使うのは『武炎団』の連中くらいだと薫さんはいう。
「昨日も言ったけど、相手の炎を受容するには相手に触れなければならない。炎弾は、遠くから攻撃するから相手の炎は受容できないわけ。だから、私たち白炎会の人間は、自分や仲間、一般人に危険が差し迫っているときしかこの技はつかわないわ」
白炎会の主な目的は「炎の安定化」にある。だから明らかに危険な時を除いては炎の無駄撃ちをしたくないのだろう。目の前の敵を炎弾で倒してしまうとその分だけ「炎の安定化」への道は遠くなる。
この炎弾だが、僕は初めて炎妖に遭遇した時からこの技を使っていた。無意識だったけど、ちゃんとできていた。しかしどういうわけか落ち着いているこの状況だと炎弾が発動しないのだ。1点に炎を集めることはできる。だけどそれを身体から切り離そうとするとすぐに炎が消滅してしまうのだ。薫さんによると、この技は後方支援には欠かせないが、炎量が多くないと扱えない高度な技らしい。その点、僕は純色なため炎量は十分であり、またそもそも最初から扱えているから技術は問題ないはずだ。ならば何故できないのだろう。支部で休憩していた剛人さんに相談してみると、恐怖で潜在能力が解き放たれて撃てたのではないかという分析をもらった。そこで、僕たちは炎弾の的を静止したものから先日のように動くものに変えることにした。的は丸太では危ないから小枝となった。標的が小さくて動くものであると、その分当てることは難しくなるが、静止したものに炎弾が発動しないならば致し方ない。
作戦は成功だった。数本の小枝が僕に向かって迫りくる恐怖は想像よりもはるかに大きいもので、僕は何度も小枝にひっかかれた末に炎弾を発動させることができた。全機命中!……とまではさすがにいかないが、数本を落とすことはできた。しかし、薫さんにはこれが不満らしい。
「いい?炎弾っていうのは、戦闘要員に危険が迫っていた時に後ろから援護射撃して炎妖をひるませたり、倒したりすることがその目的なの。その炎弾の精度がちゃんとあげられていなかったら、味方の背中に当たっちゃうかもしれないでしょ。折角炎弾が打てるようになったんだから、ここからは百発百中をめざすわよ」
こうして僕の炎弾の練習は継続することとなった。
異例の事態
数日練習しているとだんだんコツもつかめてきた。ようは1発1発を集中して撃てばいいのだ。今までは目標全部を撃ち落そうと躍起になっていた。でも、目の前の確実に落とせるものだけを狙って1つずつ正確にこなしていけば、結果として全機命中させることができる。そのことを、つかみかけていた矢先、練習場に来客が来た。ヨランデだった。
「薫さん、緊急会議だそうです。会長と剛人さんが呼んでいます」
「緊急会議?炎妖の発生源でもつかめたのかしら。わかった、すぐ行く。烈火、私はもう行かなきゃいけないから、念のために連絡があるまでヨランデと一緒に支部の近くで待機していて」
僕がその命令に首肯すると、薫さんは脚力を活性化させて支部の方まで駆けて行った。さて緊急会議とはなんなのだろう。支部近辺に向かう道中、僕はヨランデに尋ねてみた。
「私もよくはわからないんだ。さっき久しぶりに会長が帰ってきたと思ったら、幹部を集めて会議だって言ってた。マントを着た見たことのない女の人も一緒だったな。あのマントは多分武炎団の人だよ」
武炎団の女の幹部というとオリヴィアだろうか。いや、僕がその人以外の武炎団員を知らないんだけなんだけど。そういえば僕は会長を見たことがない。いったいどんな人なのだろうか。
「見た目は普通の日本人男性だよ。いつも白いスーツを着てるよ。身長は烈火と同じくらいかな。そういえば顔つきも烈火に似てる気がする」
それはヨランデがイギリス人だから日本人の見分けがつきにくいだけではないのか。
「そうかもね。でも私はもう5年も日本にいるんだよ。会長と烈火にはどこかで繋がりがある気がするな」
ヨランデから過去の話題を振ってくるのは意外だった。でも、偶然もらしただけかもしれない。ここでうかつに人の過去に触れられるほど僕に度胸はなかった。
僕たちが支部の近くに到着し、待機場所を決めたとき、頭上を飛んでいく5人分の影があった。
「あれは、会長と幹部さんたちとマントの女の人だね。どこに向かってるんだろ。なにかあったのかな」
高速で移動していた5人を瞬時に見分けたヨランデに驚きつつ、僕も彼らの行先が気になった。しかし、僕の上司である薫さんから出された命令は支部近辺で待機、だ。ここから移動することはできない。僕たちはこのままここで要請されるまで待つことにした。
2時間後、彼らは帰ってきた。そしてヨランデ達戦闘員は剛人さんに、僕たち後方支援員は薫さんに集められ、なにが起こっているのかを説明された。状況はこうだ。
白炎会の会長は僕と薫さんが練習していたあの山が今回の炎妖の発生源と考えた。この地域の炎妖はあの山周辺でより多く発生していることからもそのことは導ける。実は僕たちがあの山で練習していたのも、幹部が僕の修行のために一人いなくなるデメリットをカバーするためだったらしい。すなわち、炎妖が発生したらすぐに撃退できるようにあの山で練習していたということだ。ところで今回の炎妖の発生量は、はっきり言って異常だ。他の地域と比較して多すぎる。ひょっとするとあの山の炎妖は人員が多いとは言えない白炎会では手に余る相手かもしれない。だから会長は武炎団に武力支援を要請することにした。そして武炎団から派遣された幹部オリヴィアと白炎会の会長と幹部の計5名で簡単な作戦を練った後、あの山に向かったという。炎妖は山の中腹あたりの洞穴に多くいた。だから彼らは洞穴に向かった。……そこで彼らが見たものは悲惨だった。洞穴の入り口にはスーツを着た人たち、つまり研究団員たちが数人倒れていた。皆すでに息を引き取っていた。洞穴をすすんだ彼らはあるものをみた。そこには信じられないものがいた。炎妖が人化していたのだ。ただでさえ力の強い炎妖が知性を持ってしまったのだ。いくら強者の5人とはいえ、なんの対策も練っていないまま勝てる相手ではない。全くの未知な相手なため、会長の白炎ですら通用するかわからない。悪いのはそれだけではなかった。人化した炎妖の周辺から新たな熊型の炎妖が生み出されていたのだ。彼らには撤退以外のとるべき手段がなかった。
以上が今回の状況らしい。今回の件は良く解釈すれば、この地域の炎妖の発生源をつきとめ、もしかしたら研究団の協力も仰げるかもしれない。だが、悪い状況がそれらをはるかに上回る。まず、人化した炎妖などだれも聞いたことがない。いったいどうやって倒せばよいのだろうか。そして、さらに悪いことには今回の討伐に会長は参加できないらしい。武炎団の支援を要請するための条件として、遠方で現在武炎団が手間取っている炎妖の討伐に会長が参加することを武炎団の団長が提示してきたのだ。そもそも武炎団と白炎会は仲がいいとはいえない。そのような状況で武炎団に支援を求めるためにここ数日間、会長は武炎団の本部で取引をしていたらしい。そうしてもぎとった支援の条件が会長の戦力なのだ。武炎団の戦力をこうして借りてしまった以上、いまさら会長を貸せませんとは言えない。苦しい戦いになることは必須だ。この戦いを切り抜けるためには人化炎妖に関する情報が必要だ。白炎会の幹部は研究団員の遺体を持って、研究団に協力を要請することになった。
人化炎妖
会長が不在となるため今回の討伐の中心となる薫さん、剛人さん、クリスティーナさん、オリヴィアが研究団の研究所に向かっている間、僕は会長によばれてヨランデとともに挨拶に向かうことになった。指定された場所は以前オリヴィアの話を聞いたあの公園だった。僕は結局一度も会長を目にしていない。僕は折角会長に会えるのだから、白い炎について聞けることは聞こうと思う反面、結構緊張していた。白い炎は最強。以前ヨランデからそう聞いていたのを思い出し、怒らせてしまったらどうしようと思っていたのだ。そのことをヨランデに話すと、
「全然心配いらないよ。会長はとっても優しいし、それにこの前も言ったけど二人はどこか似てるし」
と笑いながら答えた。確かに一人残されたヨランデを救出して組織で引き取るあたり、悪い人ではないことは確かだ。そして好奇心半面、緊張半面の僕が公園についてみたのは……白いスーツを着た僕の父だった。
何故僕の父が会長の指定した場所に座っているんだ。父さん、紛らわしいことしないでくれよ。これから僕の上司と話すんだからさ。そう思っていた僕の考えを父の言葉が打ち砕いた。
「やあ、久しぶり。『烈火』という炎術師名をもらったんだってね。素敵な名前じゃないか」
その言葉に先に反応したのは僕ではなくヨランデだった。
「お久しぶりです、会長。あの、烈火のことをご存じなのですか?」
「ああ、もちろんさ。彼は僕の息子だからね。めったに会えなくたってそれは変わらない」
そっくりさんだという僕の幻想は打ち砕かれた。そしてヨランデが以前から口にしていた会長と僕が似ているという勘は大正解だったわけだ。なにしろ、親子なのだから。
「何故さっきからなにも言わないんだ、烈火。もしかして僕が炎術師だということを黙っていたのがきにくわないのか?それについてはすまないと思ってる。でもな、いうわけにはいかないだろ。父さんは人類を守ったり、炎術師を助けたりする仕事をしているんだなんて」
違う、違うよ父さん。怒っているんじゃない、戸惑っているんだ。だって父さんが僕たちのトップだった何て、みんなが憧れる白い炎の炎術師だったなんて、どうやって受け入れればいいんだ。僕の思いはそれだけだった。
「今まで黙っていて本当にすまなかった。ああ、母さんはこのことは知っているから安心しろ。そうじゃなきゃ何日も家をあける旦那に耐えてくれなんかしないからな。本当にすまないが謝るのはここまでにさせてほしい。いまは時間がないからな」
そうだった。会長は、父さんは、これから遠方に向かわなければならないんだった。それなのにわざわざ僕たちを呼んだのはなにかわけがあるに違いない。
「まずは、烈火、お前に話がある。実はな、父さんはお前が炎術師になるのはあまり賛成じゃないんだ。だからな、お前の入会についてはこの件が片付き次第、家族で話し合おう。どうしてもお前がここにいたいのなら、それなりの言い分を考えてこい。間違えても今回手柄をたてようとするな。なぜ僕が最初の偵察のときにあの人化した炎妖を仕留めなかったのをよく考えるんだ」
父さんの話はだいたい想像通りの内容だった。ただ、本当に父さんたちがただ逃げてきたという点は意外だった。会長たちのことだからなにか考えがあるのだろうと考えていたからだ。
「君にも話がある、ヨランデ。僕達は5年前のイギリスで君を助けて以来、本当の親のような気持ちでお前を育ててきた。そのことをふまえて君に忠告したい。『人化した炎妖を見るな。絶対に見るな』それだけだ。おそらくあいつをみたら、ヨランデ、君は君ではいられなくなる」
父さんの話のあと、僕たちは再び集められて、研究団の協力が決まったことを告げられた。普段は相対立している組織が1体の炎妖を倒すという目的のために共闘する。なんだか心強かった。そして研究団からの敵と炎に関する情報開示もあった。彼らは普段は研究成果を外部に漏らすようなことはいないが、今回は既にあちらに犠牲が出ている分、簡単に教えてくれたらしい。彼ら曰くこうだ。
まずあの人化したものは間違いなく炎妖だ。炎妖は人に炎を当てることで命のエネルギーを吸収し、自信を強化する。そしてだんだん肥大化していくのだ。報告によれば人化した炎妖は体調5mはあったという。もちろん命のエネルギーの吸収で強化された肉体なのだから、逆のエネルギー、すなわち紫の彼にとっては緑や黄・コバルト系の炎を与えれば弱体化するらしい。ただし、知性を手に入れるほどエネルギーを蓄えた炎妖は研究団でも2件しか先例を知らないという。そして2件とも人だけではなく周囲の植物などからもエネルギーを長きにわたって吸収していたらしい。今回もそのケースであれば、あの炎妖を弱体化させるためには相当な長期戦が予想される。そして、今までのケースと違うのはあの炎妖が新たな炎妖を生みだしているということだ。炎妖は、通常の場合、自然の動植物にたまったエネルギーが実体化したものらしい。その蓄積は数十年をかけて行われる。それを大量に生み出しているということは、あの炎妖は相当なエネルギーをため込んでいるか、もしくは人化した際に炎術師特有のエネルギーを生み出すしくみを手に入れたのかもしれない。どちらにしても厄介な相手であることは間違いない。
以上のことを踏まえて、幹部会議の結果、今回の討伐作戦の内容が決まった。
第1段階:武炎団員が周囲の炎妖を排除する。白炎会後方支援及び戦闘員の何名かはこれを補助する。
第2段階:武炎団・白炎会後方支援の両者が炎弾を人化した炎妖に送り込み弱体化させる。
第3段階:相手の動きが鈍ったところで武炎団員が人化した炎妖に大勢でかかり、更なる弱体化を図る。
第4段階:これらが成功したら、幹部級の戦闘員3名(剛人さん、クリスティーナさん、オリヴィアさん)が霧散させる。
こういう次第らしい。僕はこのうち第1段階と第2段階に参加することになった。人化した炎妖の住む洞穴へ奇襲をかけるのは3日後に決定した。それまで各自は相手の動向をうかがったり、体力やエネルギーの回復に努める。
そして、3日がたった。奇襲の朝だ。
『炎の物語』 第三章 炎術師たちの結集
2章が一番長いつもりだったのですが、書いてみるとこちらの方がだいぶ長くなってしまいました(笑)
相対立している組織が競合して炎妖に挑むことになりました。
研究団作戦にかかわってなくね?って思う方もいるかもしれませんが、2章でも触れた通り彼らは戦闘を好まない人たちなので、作戦自体には参加していません。
ただ設定上、彼らの情報開示は信じられないような事態ということになっています。
まあなにか不都合を感じたら各自脳内保管をお願いします(笑)
またアドバイスや矛盾点、感想等ありましたらTwitterを通して言ってください!
僕の作者ページから飛べるはずなので……