dark in the light
初めての投稿です。若干ドキドキしています。読んで頂けたら幸いです。
dark in the light
今日もまた、日が暮れようとしていた。ボクは寄りかかっていた木陰からするりと身をすべらせる。
―そろそろかな。
太陽はわずかな弧の部分で、最後の光を街に投げかけている。人通りが少なくなる訳ではないけれど、その足取りはゆったりと、時には重たげに、ボクの前を通り過ぎる。
ボクはひらりと木陰から、ビルの陰へ移動する。こうして夕方、どこかに帰りゆく人々を眺めるのがボクの趣味だ。
そんなに大きくはない街だから、いっぱい人が通るわけじゃない。見覚えのある人もたまに通ったりする。
―まぁ、ボクの一方的な見覚えだけどね。
ボクは小さく笑う。
だって向こうのヒト達にボクが見える訳ない。
―ボクは影法師なんだから。
***
太陽はすっかり沈み、あちこちに立ってる街灯がぽつぽつ光り出す。
でもそんなもので影が拭い去ることなんてできない。じっとしているのに飽きると、ボクは立ち上がって道路を歩きはじめた。
もちろん人間はボクに気付かない。人間はボクに触れられない。ボクが人間に触れられないと言ってもいい。
でも、踏まれたりするのはいくら感触がないと言っても嫌だから、そこは避ける。
そんな人と一緒に(というのはちょっとヘンだけど。)街をくまなく歩きまわる。影法師のサイズはいろいろあるけど、ボクは10歳くらいの子供サイズだから、街を歩きまわるにはそれなりに時間がかかる。でも手を抜く訳にはいかない。こうしてちゃんと見回らないと、他の影法師が居座ってしまうかもしれないから。
一つの街には一人の影法師。それが掟だ。
ていねいに街を見て回ると、真夜中を過ぎてしまう。そんな頃には人もすっかりいなくなっている。ボクはふうっと大きな息をつき、星空を見上げる。
―ボクだけの空。ボクだけの星。ボクだけの街―
***
ボク達は別に魔法が使えたりとか、不老不死だとか、そんなおとぎ話のものじゃない。
いつか夜に、おとぎ話を読み聞かせている大人のそばで話を聞いていたことがあったけど、あんな嘘だらけの話もなかなか無い。
人間を背後から脅かしてみたり、あまつさえ食ってしまったりするだなんて、誤解にも程がある。
唯一同じなのは黒いとんがり帽子、黒い服、黒い靴って所だけだ。
***
まっくろだった影がだんだん青みを帯びて行く。ボクは小さくあくびをした。あの、いつでも暗闇を残す木陰へ帰らなきゃ。
目をこすりながら歩いていくと、うっかり電灯の光に足をさらしそうになった。足にちりりと熱を感じる。
慌てて足をひっこめて、光の届かない方へ迂回する。ボクらは光にあたるとやけどしちゃうからね。
木陰にもどり、目を閉じる。朝の喧騒を聞きながら、ボクはゆっくり眠りに落ちる。
こうして、ボクの一日はまた終わる。
―なんて気ままな生活だろう。
***
ある日の夕方、なぜか子供のはしゃぎ声が聞こえて、ボクは首を傾げた。
ボクは子供が嫌いだ。
前、「影踏み」とかいう遊びをしている子供がいた。相手の影を踏み合って、けらけら笑っていた。
あんな遊び、誰が考えたんだろう。まるでボクらが踏まれているみたいじゃないか。
何となく目が離せなくて見ていたら、一人の子供が振り向いてこっちを見た。
その子にボクは見えなかったみたいだけど、一瞬、確かに目があった。
結局、その子は周りの子供に背中を叩かれて、笑いながら他の子供を追っかけていった。
ぞっとした。
―もし、ボクの存在が人間に暴かれたら?
その先はかんたんに予想できた。
それ以来、子供にはなるべく近寄らないようにしていた。
それなのに。
その子供は栗色のショートカットの。見知らぬ女の子だった。背はボクよりちょっと高い位。ピンクのワンピースが良く似合っている。
「ヒカリー。そろそろ家に入んなさい。」
「はあーい。」
鈴のようなキレイな声で返事をして、その子は家の中へ駆け込んで行った。
―ヒカリ、っていうんだ。
ボクはその子がドアの向こうに消えるまで、その後ろ姿を見送った。
その日、ボクはどうも寝付けなかった。
―今日はあんまり運動しなかったせいだ。
そう言い聞かせながら眠った。
***
その日から、ボクはどうにもヒカリが気になって仕方なかった。目が覚めると、真っ先に向かうのはヒカリの家だった。
―名前が引っ掛かるだけだ。
何度も自分にそう言った。ボクの名と対にある名だから、と。
ヒカリの家の陰に座りこんで、家の中を窺う。ヒカリがいなければ公園を探し、いるならじっとうずくまってヒカリを遠くから眺めて過ごした。子供が苦手なボクにとっては、それがせいいっぱいの距離だった。
ヒカリは最近この街に越してきた子だった。けれど、活発で明るい性格のヒカリは、いつも友達に囲まれていた。運動神経も良く、かけっこをしても、ぶっちぎりで一番だった。
でも、一番好きなのはかくれんぼだった。
何よりも素敵なのは、ヒカリの笑顔だった。
ヒカリが笑うだけで、その場にぱあっと光が差す。まるで朝日のように儚くて、いつまでも見たいような笑顔だった。
―まあ、朝日なんて見た事ないけどね。
ボクは自嘲した。
それでも、ヒカリの笑顔は本当に光を放っているように見えて、なぜだかボクの心はじんわりと温かくなるのだった。
―ヒカリはどうしているかな。
気づけば、そんな事ばかり考えているボクがいた。
***
―思えば、そんなヒカリに惹かれる奴がいないはずない。
いつも、ヒカリの周りにいた子供の何人かが奇妙な行動を取り始めた。
ヒカリの顔をずっと熱っぽく見つめているくせに、ヒカリに話しかけられた途端、おたおたし始めるのだ。
最初はその動揺ぶりがおもしろかったけど、
だんだんイライラしてきた。
特にヒカリのあの笑顔が向けられた後の、一瞬とろけたような表情がムカついた。出来る事なら、足を引っかけて転ばしてやりたかった。あいつら同士がいつもやっているみたいに。
***
「おや、まさか君はこの街の影法師かね。」
ある夜、家の陰に座っていたボクに、老いた声が話しかけた。
「うん。」
ボクは顔を上げて、少し影の褪せた影法師が立っていた。
「そうかそうか。若いのに街付きの影法師か。」
「それが何か?」
ボクが不機嫌に訊ねると、なぜかその老いた影法師は少し笑みを浮かべた。
「まぁそういきり立つな。別に責めている訳ではないんだ。多少羨ましくはあるがな。」
「ふうん。なんでここにいるの?掟、知らないはずないんだけど。」
精一杯のトゲを込めてみたけど、ますます笑みは深くなるばかりだった。
「何故ここにいるのか?自分自身に訊いてみたらいいんじゃないかね。」
さぁっと血の気が引いて行くのが分かった。
―ボクが見回りを怠ったから。
「まさか・・・」
「君が思っとるような事はせぬよ。しかし、」
ふとその影法師は真顔になった。
「世の中にはどうしてもつながらない世界、というものがあるんだよ。」
そう言って老影法師は去っていった。ボクは知らずに止めていた息を吐き出した。心臓が冷たい手で握られたみたいに、苦しげに鼓動していた。
***
あの影法師に会ってから、ボクは少しおかしくなった。
前まではヒカリを見ると幸せな気持ちになれたのに、今では、それはとても苦しくなった。
胸が絞りあげられるようにキュッと小さくなって、口に苦いものがこみ上げてくる。
それでも、ボクはヒカリを見ることをやめなかった。いや、やめられなかった。どうしても。
そして、おかしくなったのはヒカリも同じだった。
ヒカリは笑う事が少なくなった。笑っていても、どこか冴えない。なにかあるのだとボクは睨んだ。
けれど、その原因を突き止める事はボクには出来なかった。
ヒカリは昼、太陽の光の下で生きるものなんだ。ボクとは生きている世界が違う。
―悔しい。
ボクは唇を噛みしめた。
ある夕べ、ボクは騒々しい人々の声で目覚めた。もう陽は落ちているのに、なぜかせっぱつまった緊張感が辺りには満ちていた。
人々があちこち駆けずりまわり、何かを探すようにしゃがみこんで周りをきょろきょろ見渡しては、何事か叫んでいた。
「ヒカリー!どこにいるの?」
その単語を聞いた瞬間、ボクの体はぴくっと跳ねた。心臓が激しく打つ。
人々は皆、ヒカリを探していた。
―ヒカリが、いない?
体がすうっと冷えていくようだった。その瞬間、ボクも同じように道路に飛び出していった。
月が高くなる頃、ボクの体はあちこちやけどを負っていた。人々のかざすランプに焦がされてしまった。
いつもだったらこんなヘマはしない。でも、ボクはそれどころじゃなかった。
―ヒカリ。
ボクは必死に探した。人の掲げるちゃちな明かりに構ってなんかいられない。
大きく息をついて、四つ角に立ち止まった。また一人、ランプを持った大人が通り過ぎ、服の裾にジュッと穴を開けた。
その時ボクはふっと思いだした。
ヒカリの好きな事はかくれんぼ。隠れる側になれば、いつだって最後まで見つからなかった。
その中でも、一番お気に入りだった場所。
ボクは街灯の影を縫って駈け出した。
―いた。
ヒカリは建物の間に挟まれて生まれた場所にうずくまっていた。
エアポケットのようなそこは、二つの建物の間の幅の狭い金網をくぐらなければならない。身軽かつ子供でなければ入れない。
ヒカリはうずくまって、顔を膝に埋めていた。肩が震えて、その度にしゃくり上げる声がする。
ボクは思わずヒカリのそば、手がつなげるくらい近くにしゃがみこんだ。震える体と、その声はとても、とても幼くて、頼りないものに見えた。
ふと、ヒカリが顔を上げた。月に照らされた顔は濡れていて、瞳からは涙がぽろぽろとこぼれていた。
ボクははっとして、そのしずくに手を伸ばした。
そのしずくに、触れる事はできなかった。ボクの指は頬をすり抜けて、ヒカリの体に沈んで見えなくなった。
ボクはその状態のまま固まった。けれど、ヒカリは何も感じないようで、ただ涙をこぼし続けていた。
そのままどれくらい時間が過ぎたのか、ヒカリは騒々しくやってきた大人に、されるがままに引きずられていった。ボクは茫然となり、それを黙って見つめていた。
どれくらいそうしていただろう。ボクはずっとヒカリの去った方向を見つめていた。でも、目には何も映らなかった。
―ボクは、なんにもできない。
こぼれる涙を拭うことも、慰めの言葉をかけることも。ただ、そばにいることしかできない。それさえ、ヒカリが気付かなければ何の意味もない。なにひとつとして、してあげられることなんてない!
ボクは初めて、影法師である事を恨んだ。
自分の手のひらを眺め、ゆっくり指を握りこんだ。
やがてしらじらと夜が明けてきた。深い青色の光が、あたりに満ちてくる。そのうちゆっくりと太陽が顔を出す。一筋、二筋、数えきれないほどたくさん。
じわじわと影が侵食され、膝がついている地面すれすれまで光がやってくる。ゆらゆらする熱気を感じた。
ボクは動かなかった。動ける気がしなかったし、動こうとも思わなかった。
じわりじわりと熱気が迫る。あとほんの少し、太陽が位置を変えれば、ボクの体は光を浴びるだろう。
それはボクの死を意味する。死んだ影法師がどうなるのかは誰にも分からない。影法師は死体すら残さずに死ぬのだ。
でもボクは平気だった。むしろ早くそうなってほしいとさえ思った
―ヒカリのために、何もできない体なんか―
太陽がまた少し昇り、ボクは服が焼け落ちるのを感じた。そのまま光はボクの膝を焼いていく。
途端にボクは激しい痛みに貫かれた。歯を食いしばって耐える。
ゆっくりと光が上半身へ上がっていく。いつしか痛みは感じなくなった。
不意に、ヒカリを見ていた子にイライラを感じたことを思い出した。思えば、嫉妬していたのかもしれない。ヒカリと一緒にいられるヤツに。ヒカリに気付いてもらえる可能性のあるヤツに。
ボクは少し笑った。もう首まで焼けてしまって、声は出ない。だから、口を少しゆがめるだけになった。
―そっか。ボクは、ヒカリのことが好きなんだ。だからあの時、あんなにイライラしたんだ。
ボクは目を閉じた。そして顎をくいっと上げ、死を待ちうけた。
まぶたの裏に、真っ赤な光が弾ける。
最後に思ったのは、
―もう一度、笑っているヒカリが見たいな。
ボクの意識はそこで途切れた。
―次の日。
ヒカリは、昨日の夜、自分がうずくまっていた場所を訪れた。
あの夜、ヒカリの両親は離婚寸前だった。前からその予兆はあった。会話が少なくなって、お互いはよそよそしい。そのくせ、ヒカリに対しては妙に優しくするのだった。
ヒカリには理由は全然分からなかったけど、ヘンな態度はすぐ分かった。それがいつも気がかりで、ふとした時に体がこわばって、上手く動けなくなるのだった。
しかし、ちょっとした一言が引き金になって、静かな冷戦は突然大戦争に発展した。
刃物で刺し合うような両親のやり取りが恐ろしくて、ヒカリは家を飛び出した。
その後の事は正直、あまり覚えていない。
けれど、静かに降ってくる月の光と、見つかった後に抱きしめてくる母親の腕の熱さはくっきりと思いだせた。
頭を下げて金網をくぐり抜ける。くぐり終えてその空間に入ると、一人の男の子がいた。
黒い髪に、黒い服。肌は牛乳みたいに白くて、年は同じ位。その子はヒカリに背を向けて、空を見上げていた。
人の気配を感じたのか、少年はくるりと振り向いた。
目も、まっくろだった。
少年の唇が動いて、首がこてんと右に傾いた。
「君、だあれ?」
その様子がとてもたどたどしくて、ヒカリにはちょっと面白かった。
ヒカリは2、3歩歩いて少年の前で、右手を差し出した。
「ヒカリだよ。よろしくね!」
「うん。」
少年は小さな声で返事をした。そしてなぜかとても嬉しそうに、恥ずかしそうに笑って、ヒカリの手を握った。
dark in the light
御読み頂きありがとうございます。
とある一枚の絵を見て、その絵があまりにもキレイでそれに影響されて書きました。
あれこれ設定を考えたら、吸血鬼の縛りみたいだなって後で思いました・・
正直一歩間違えると人種を超えたストーカー(笑)みたいになってしまって気持ち悪くなるので気をつけましたが
文章力不足でそうなっていたら非常に申し訳ないです
では最後まで目を通して頂きありがとうございました!