俺の初体験

サラリーマンとして働く「俺」がある夏の日に、初めて経験した夏休みのアルバイトを振り返ったという視点で書いた作品です。

大学が夏休みに入り、しばらくした頃、田舎の実家の母親から電話があった。
「潤、この夏いつ帰るとね?全く連絡くれんし」
思えば、東京の大学に合格し、上京して1人暮らしを始めてから実家に連絡を入れたことはなかった。
だが、大学生活初めての夏休みを実家に帰って過ごす気は俺にはなかった。
そもそも、夏休みはアルバイトの予定も入っていた。
「悪いけど、夏休み中に帰れそうもないわ。バイトとかあるし」
「そうか。残念だけん、仕方ないとね。暑いけん、体には気を付けるとよ」
俺のそっけない返答に母親は残念がりながらも、あたたかい心配りを見せてくれた。

アルバイトをする。
それは俺にとって初めての経験だった。
地元ではアルバイトをする場所なんて殆どなかったし、大学入学後もなかなか機会がなかった。
俺にとってアルバイトをすることは、大学生になったという自覚をするために必要な経験だったので、前期の試験が終わった後、FromAを見て、問い合わせをしていた。
こうして俺は夏休みの間に短期のアルバイトをいくつか経験することになる。

7月中に提出しなければならないレポートを書いている最中に携帯が鳴る。
NYコーポレーションという業務請負会社からの電話だった。
「橋本さんですか?NYコーポレーションの村沢と申します」
採用の電話だった。
日勤6,000円で3日間、実労1日6時間という条件で記載されていたので応募した会社である。
俺は簡単に質問に答え、指定された日時に集合場所である作業場へと向かった。

業務内容はクレジットカードの明細書発送書類の整理というもの。
「料金後納郵便」のスタンプを押す人と、10通単位にまとめる人とで分担しての作業。
俺は男だからかまとめる係を担当させられた。

単調な作業がひたすら続く。
しかも終了する予定だった17時を過ぎてもまだ終わらない。
俺は内心「マジかよ」と思い、「時間を過ぎても大丈夫ですか?」と聞かれたことに対し、
「はい」と答えたことに後悔していた。
結局1日目は予定時間より4時間遅れての勤務終了。
責任者の「明日はもっと遅くなります」の言葉に正直腹が立っていた。
だが、ここで行くのをやめれば、アルバイト代は貰えない。
俺は渋々ながら翌日も翌々日も作業場へ足を運んでいった。
2日目、3日目は6時間の延長で仕事が終わり、終電ギリギリで俺はアパートへ帰っていった。
冷房がうまく効いていいない作業場で、ずっと立ったまま機械で封書を束ねていく作業。
3日終えたときは足はガタがいってるし、腕力も殆ど無いに等しかった。
「こんなことならやらなければよかったよ……」
俺の心の中はやりきった満足感より、不満の方が大きかった。

他にもアルバイトに入ったが、事務や催し物の手伝いなどで定時上がりが可能だった。
それだけにNYコーポレーションの働かせ方が思い出せば思い出すほど理不尽に感じられてならなかった。
だが、夏休みが終わり、銀行に夏休みの間自分が稼いだ分の金が振り込まれていたときは嬉しかった。
今まで金は親から与えられていたが、夏休みに稼いだ金は俺の力で稼いだものであり、初めて自分の金だと実感できる金を手に入れたのだと実感した。

あれから丸15年が経ち、俺はサラリーマンとして、課長として仕事をしている。
部下の責任を上司に咎められたりすることもしばしばあるし、残業の日々だが、大学1年の夏休みのアルバイトほど厳しいとは思わない。
あれ以来、NYコーポレーション以上にきつい仕事は経験していないが、あの3日間は今になっては俺の財産だと思えるようになった。

今日は大事な取引先との商談だ。
俺は気合を入れて出社する。
マンションの鍵を閉めながら、俺は突き抜けるような青空を見つめた。

俺の初体験

初めて小説を書かせて頂きました。
私も初めてアルバイトをしたときは結構しんどいと思いました。
でも、今思うとアルバイトも1つの人生経験だったんですね。

俺の初体験

大学生になり、初めての夏休みに初めてのアルバイトを経験した「俺」。 サラリーマンとして働き盛りの中で、ある日そのことを思い出した。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-31

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