十度目の冬
少し、クサイ台詞回しや展開です。
お暇でしたらご一読ください。
「夏休み開けちゃったね、タカコちゃん!」
「うん」
「学校行くのめんどくさいなぁ……」
「……ねえ、アイちゃんってさ、お化けとか信じる?」
学校からの帰り道、同じコーポに住むタカコちゃんとの下校途中で、右に並んで歩く彼女が唐突にそんな話題を切り出した。
「うーん、どうかな。サキちゃんがこの前私の家の近くでみたって言ってたけど……」
私は、顎に指を置いて考えた。
お化けっていうと、まず想像するのが、テレビで見たサダコとか学校で噂になってるトイレの花子さんみたいな怖い人たちだから……
「信じてないわけじゃないけど、怖いから、あんまり会いたくないかなぁ」
「そう」
私の答えに、タカコちゃんは哀しい顔をして、俯いてしまった。
それからずっと黙ったまま、二人で並んで家路に向かう。
「……タカコちゃんは?」
その沈黙に耐えきれなくなった私は、タカコちゃんに聞いた。
「わたし?わたしは……信じるよ」
そう話すタカコちゃんの表情はとても真剣で、私の顔をじっと見つめていた。
「ねえ、アイちゃん」
そして、タカコちゃんが続けて言った。
「これから、別々に帰ろう」
「どうして?」
「……」
私が聞くと、またタカコちゃんは黙って俯いてしまう。
「私が、お化けと会いたくないって言ったから?」
「違うよ……」
タカコちゃんが顔をあげる。今にも泣きそうな表情で、私と目線が合うところまで、しゃがんで、まっすぐとこちらを見つめる。
あれ、タカコちゃんって、こんなに身長、高かったかな。
「わかってるでしょ……気づいてるでしょ……アイちゃん」
「なにが……」
言いかけて、口が止まった。
あれ、タカコちゃん、お気に入りだって言ってたピンクのランドセルかけてない。
あれ、タカコちゃん、水色が好きなのに、紺色の服着てる。
あれ、タカコちゃん、スカート苦手なのに、紺色のプリーツスカート履いてる。
あれ? あれ? あれ?
変だな、おかしいな。いつものタカコちゃんと違う。
あれ、いつものって、いつの"いつもの"だっけ。
変だな、おかしいな。私の知ってるタカコちゃんがいない。
あれ?
そういえば、今日、学校行ったっけ。どんな授業うけたっけ。
私の頭の中に残る記憶は、タカコちゃんとこの帰り道だけ。
私、どこに向かってるんだっけ。
そういえば、いつからこの服着てたっけ。
私いつから小学三年生だっけ。
「タカコちゃん、私、私、ずっとここに」
「アイちゃん、私と、アイちゃんの帰る場所は、違うんだよ」
タカコちゃんは泣いていた。私の肩に置いた手は、私の手より大きくて、爪にはキラキラしたものがついてて綺麗だった。
「そっか……私ずっと、おうちに帰りたかったんだ」
「タカコちゃんについて行けば、戻れると思ったんだ」
「でも、私ずっと、私だけずっと、ここから動けなかった」
「私だけずっと、小学三年生のままだった」
「私だけずっと、9月1日のままだった……」
周りの景色が風船が破裂する様に、パンと弾けた。
入道雲も、青い空も、まだまだ暑い真っ赤な太陽も、全部弾けて消えた。
ああ、もう、冬だったんだね。
空は灰色の雲が幾重にも厚く重なりあって。今にも雪が降り出しそう。
地面には霜柱が出来ていて、足を一歩踏み締めるたびにミシミシと割れる音が聞こえる。
たった9回しか見られなかった冬の空は、私がここに来てから一体何度やってきたんだろう。
私は一体何度の冬を見過ごしてきたんだろう。
ぽろぽろと、涙が零れる。
タカコちゃんが泣いて、嗚咽を漏らすたびに温かい息が白く染まるのに、私には寒さもタカコちゃんに抱きしめられた温もりも何も感じられなかった。
「タカコちゃん、私、帰るね」
「アイちゃん、ごめん、ごめんね」
「大丈夫、大丈夫。もう、良いよ」
狭いこの通学路には歩道もなく、9月1日、道路に面した左側を私は歩いていた。
後ろから来た大型トラックの後車輪、右のタイヤに、私の左足は巻き込まれた。
そのまま仰向けの状態で引きずられて、痛みと恐怖でパニックになりながら、必死でその苦しみから逃れようともがいたが、徐々に痛みが薄れ、意識が遠ざかって……その後は知らない。でも、つまりは、そういうことだろう。
そしてきっと、そのことについて、タカコちゃんはずっと後悔し続けていたんだろう。
私がとっさに、道脇へアイちゃんを引っ張っていれば。
隣にいたのに、助けられなかった。
タカコちゃんはそう言って、私にしがみついて泣き続ける。
彼女はこれまで一体どんな思いで、私と接していたんだろう。
9月1日から成長を止めた。親友の隣で話を合わせながら、自分だけ大人になっていく。
隣に自分がいながら、助けられなかった親友を尻目に、自分だけ生き延びて成長していく。
親友は何も知らないまま、自分が死んだことも知らないまま、自分に話しかけてくる。
私は、ずっとタカコちゃんを追い詰めていたんだ。
「タカコちゃんは、悪くないもん。良いよ、もう良いんだよ」
「アイちゃん……」
「もう、9月1日は、おしまい」
私が笑うと、タカコちゃんもつられて、目に涙を浮かべながらもくしゃりと笑った。
「帰るね、本当に帰らなきゃいけないとこに、行くね」
わからないけれど、知っている場所へ、私の身体は向かっていた。
少しずつ足元から自分の姿が透けて、風に飛ばされる砂煙の様にサァァっと消えて行く。
私、これ、ドラマで、見たことある気がする。
私が言うと、タカコちゃんが笑った。
「アイちゃん、ドラマ、好きだったもんね……よく、ドラマの役になりきってごっこ遊びとかしてたよね」
でも、こういう展開があるのは、つまんないドラマだよね。
「そんなこと、ないよ。アイちゃん主演なら、名作のドラマだよ」
その言葉に返事はなかった。
時折、冬の張り詰めた様な寒さが、凍りつくような冷たい風がタカコちゃんの身体に吹きつけるだけだった。
十度目の冬