此処を死地と見つけたり。

此処を死地と見つけたり。

 *作品中に登場する人物名、都市名は全て架空のものです。

1の地

 俺が生まれた町は、何の面白みも無い、つまらない所だった。誰か偉人や英雄が出ているわけでもないし、大きな祭りがあるわけでもない。本当に、薄っぺらな町だった。住民はそれに慣れてしまっていて、危機感すら感じられない。町の外では、今でも戦争や反乱が起こっているというのに。本当の友人なんざいやしない。あんな所じゃ作れないだろう。彼等も俺には何の興味も示していなかったようだしな。
 唯一価値があったのは図書館だ。あそこには各地の本が揃っている。遊ぶ相手がおらずずっと1人だったので、俺は本を読み漁っていた。本は良い。町に居ながらにして、世界中の情報を得ることが出来る。そして情報を得るに連れて、ますますこの町が嫌いになった。ここには魅力が無い。世界にはもっと派手な都市や、もっと防衛機能が発達している地区がある。そういう場所こそ自分にふさわしい。幼い俺はそういう考えを持つようになった。
 20歳の誕生日が過ぎた頃だったか、俺は遂にここを出て行くことにした。2年ほど前から計画していて、この日、漸くそれを実行に移すことが出来たのである。
「親父、お袋! もう我慢ならねぇ、こんなつまらねぇ町、出てってやる!」
 俺の意志を知ったとき、両親はそれはそれは怒ったものだ。あんな町にも彼等は愛着を持っていた。だから俺の言葉は、その思い出を侮辱するようなものだったわけだ。
「アルゴ貴様、よくそんなことが言えたものだな! 貴様はこの町で産湯を……」
「俺が頼んだわけじゃねぇ!」
 あの当時は荒れていた。両親もかなりショックを受けたようだった。
「いいか? 俺はもう成人した! 自分の人生は、自分で決めさせてもらう! 何処に住んで、何処で結婚して、何処で死ぬか、全部な!」
 俺はそう言い捨てて家を飛び出した。貯めていた小遣いと必要な物を風呂敷に包んで。これから新しい町に腰を下ろすというのに、あまりにも軽すぎた。そのせいでこれから先、俺は苦しむことになる。
 しかめっ面をして歩く俺を、町人共が見つめていた。彼等に見つめられることが本当に嫌だった。風呂敷を奴らに投げてやろうと思ったが、そもそも彼等と喧嘩をする時間が無駄だと思い、無視して町の外に出た。ここは本当にしょうもない町だ。入り口に関所も無いなんて。暗殺者の侵入を阻止するため、大きな地区にはほぼ必ず関所が設けられているのだ。まぁ、誰も狙わないような場所ということか。笑えない。
 外に出て暫くは、原っぱ、原っぱ、森と、自然の風景が続いている。人はおらず、野生動物達が狩りをしていた。そうか、ここは自然に囲まれている。だから他の町からの攻撃を受けていないのだ。この時代を生きる人々は、自然に対して深い信仰心を持っていた。侵略するということは即ち崇高なる自然を壊すことに繋がるのだ。今まで、あの町は価値が無いから狙われないのだと思っていたが、それは思い違いだったようだ。俺の中では無価値であることに変わりなかったが。
 森を出るのは案外簡単だった。盗賊やゲリラがいるわけでもなく、至って安全に抜けることが出来た。
 問題はそこから先だ。自然に恵まれた空間を抜けた先は、まっさらな世界。草も少ししか生えていない。道は雑に舗装され、その上を偶に馬車が数台通るだけ。内も外も似たようなものだった。
 これからどうしよう。とりあえず近い町をあたってみるか。偶に通る数台の中から1台馬車を捕まえて、付近の町まで乗せて行ってほしいと頼んだ。すると、
「じゃあパスは?」
「パス? パスって何だい?」
「へっ、なんだよ、田舎もんかよ! 田舎もんはとっとと帰りな!」
 と言って、騎手は何処かへ行ってしまった。
 その時はまだ【パス】という物を知らなかった。読んだ本の内容は大体記憶しているのだが、この用語は何処にも出て来なかった。後々知ったのだが、ソイツは言わば己の階級を示す称号みたいな物で、あるのと無いのとでは待遇が全く違う。また、その中でも幾つかのランクに別れていて、そのランクでも待遇が違う。たかが手形で運命が大きく変わっちまうのだからどうかしている。
「歩いてやるよ」
 どの馬車もパスを持たない俺を乗せてくれない。仕方がないから、俺は自分の足で新しい地域に行くことにしたのだ。いくら若かったとはいえ、道中何度も倒れそうになった。暑いのだ。日陰は無いし、水が出ている所も無いから、どんどん上がってゆく体温と失われる喉の潤いにただ耐えるしかなかったのだ。こうなると内蔵にも異変が起きる。特に脳への影響は大きい。頭が痛くなると、徐々に見えている情景の色が変わってゆく。昼なのに空はオレンジ色に見え、馬車は黒い影に覆われている。太陽も黒く染まるのだ。更に耳鳴りも酷くなる。脳、目、耳と来て、次は筋肉。この体に「動け」と司令を出しているのは脳だ。その管制塔がおかしくなれば、当然司令を聞く方も乱れちまう。風呂敷を持つ手が痺れ、地を踏む足から感覚が失われてゆく。自分がまともに歩けているのかもわからない。
 そんな状態だから、最初の町を見つけた時は胸を躍らせた。
 そこは、見た目は故郷と似ていたが、住人が協力して仕事をしていたり、怪我人を治療していたり、とにかく活気に満ちた町だった。気になったのは、俺と同じような症状の人間を誰も助けないということ。同じ土地の人間である筈なのに、他の町民は、その苦しんでいる人間が初めからいなかったかのように作業を続けている。よく見ると、他の場所にも何人か倒れている。だがやはり誰も声をかけない。
 視線を逸らすと、そこには桶に入れられた大量の水が。多分町人が使っている物だろう。そんなことは全く考えず、桶まで駆け寄って中の水を飲み始めた。端から見たら野良犬みたいだったろうな。だが、恥じらいの気持ちも無くなっていたのだ。
 1つ空にすると次の桶に手を出す。水を吸収する度、俺の体は少しずつ元に戻っていった。目や耳の機能も正常になった。
 しかし、いきなり来た男に大切な水を飲まれて町人も黙っていない。木の棒を持ってきて、1人の女性が俺の背中を殴った。殴られた箇所を押さえようと体勢を変えると、今度は腹を突いてくる。彼女が攻撃を始めると、1人、また1人と町民が加勢し、様々な手段で俺を攻撃した。背中を蹴られ、腹を突かれ、頭を踏まれ。勢いが強すぎて弁明も出来ない。
「ふざけるんじゃないよ!」
「この水は軍隊の水! お前みたいな屑のためにあるんじゃねぇ!」
「軍人さんが死んじまったら、どう責任を取るつもりだ! ぁあ!?」
 回復した耳はこんな言葉を聞き取っていた。そうか、ここは自由な町じゃない。何処かの軍のために存在する町なのだ。軍から与えられた仕事をこなし、戦いで怪我を負った者達を治療する。決して、自分たちのためではないのだ。
 その後、どうにか町を抜け出すと、町民は攻撃を止め、今度は俺の姿が見えなくなるまで延々罵声を浴びせ続けた。

2の地

 次に到着した街には見慣れない物があった。鉄の壁を持つ大きな建造物。そこから太いパイプが何本も生えていて、先端から絶えず煙が吐き出されている。そして、何だか臭う。油の臭いだろうか。
 こいつは本で読んだことがある。【工場】ってヤツだ。木や石ころを削って物を作っていた人間は、更に知能が発達してより多くの物を生み出せるようになった。その過程で、どうしても従来の環境では作れない物が出てきた。それらを空想から現実の物に変えるために、このデカい城が造られたそうだ。コイツを作るのにも大分時間と労力がかかっただろうに、人間はそこまでして物を作りたいのか?
 工場の扉はどこも閉め切られており、中で何を作っているのかはわからない。ただ、何やら大きな音が漏れてくるから、少なくとも野菜なんかではないだろう。
 そういえば、ここには人間がいない。皆中にいるのだろうか。……止せば良かったのに、好奇心に負けた俺は、少し空いた扉の隙間から中を覗いてしまった。絶句した。中では何が造られていたと思う? 兵器だ。それも戦車や飛行機なんてものじゃない。人間を基盤として造られた生物兵器だ。人間の体を改造して、本来腕の付いているはずの場所に大きなバズーカやナイフを溶接するのだ。彼等の頭には変な装置が取り付けられており、そこと体の装備を繋ぐチューブが伸びている。
 そんな兵器を造っていたのは、人間。軍服を着ていたから軍人だろう。外で争いが続いているのは知っていたが、こんなことが行われているとは知らなかった。しかも各地の紛争を知ったのはつい2年前。本に書かれていた情報は、重要なことがある程度隠された状態で記載されていたのだ。
 音を立てないように静かに工場から離れ、早足で先へ進む。するとその途中、
「ほう、人間かい?」
 と声をかけられた。軍人に見つかってしまったか。おそるおそる振り返る。しかし、そこに厳つい男はおらず、代わりにぼろぼろのコートを着た老人が腰掛けていた。ズボンも穴が空いていて、靴は履いていない。服から出ている肌は傷だらけで赤みがかっている。
「見ない顔だな」
「ああ……旅をしているんだ」
「旅? そうか。だったら早くこの町を出るこったな。さもないと人造人間にされちまう」
 工場内で造られていたアレだろう。
「ここは何なんだ? 他の人間もいるのだろう?」
 俺が尋ねると、老人は
「ああ、軍人だけな。他の連中はみんな捕まった。そして、兵器にされちまった」
 老人はさらに続ける。
 ここは、元々は平和な町だったという。祭りもあったし、人々は仲良く暮らしていたそうだ。もっと早く故郷を出ていたら、俺は迷わずここに腰を下ろしていただろう。まさに理想の町ではないか。
 だが各地の戦争が激化すると、とある国の軍が町を占領、住人を次々に捕らえていった。老人は長年此処に暮らしていたから、彼しか知らない秘密の隠れ家に身を潜めていたという。そこには生活するのに充分な食料もあったため、かれこれ5年そこに隠れていたという。
 食料が無くなり、遂に老人は外に出ることを決意する。日の光を浴びずに生活していた彼の体は衰弱していた。体の傷は隠れ家から抜け出すときについたものだった。
「外に出たときは困惑したよ。俺の知ってる町が無かったんだからなぁ。木と石で出来た家の代わりに建っていたのがこれよ」
 軍人達だ。すぐにわかった。彼等は町を潰して新たな製造拠点を開いたのだ。
 老人もこのときの俺と同じように中を覗き込んだ。中では住人達が椅子に縛り付けられ、拷問を受けていた。彼等の体力が弱ると、軍人は奇妙な物体を住人の頭に取り付けた。あの装置だ。
「いいか餓鬼。戦争ってのはな、人間の心を壊しちまうのさ。そうすると、如何に訓練を積んだ男でも狂っちまう。そうなればもう使い物にならない。殺すしかない。そこであの人造人間だ」
「人造人間は、俺達とは違うモノなのか?」
「まるで違う。頭に取り付けられた物。観察して知ったんだが、あれを付けられると人間は感情を無くしちまう。神経も全て装置に乗っ取られちまう。自分の意志じゃ動かせないってこった」
 その後はもっと酷かったらしい。人間の体が玩具のように手足を付け替えられていたそうだ。
 製造が終わると、人造人間はテストを受ける。軍が造ったロボットを壊すというものだ。ロボットには連射式の銃や近距離戦のためのナイフや鎌が装備されている。元住人達は、司令官に命令されると一斉に突撃する。ロボットは彼等を何の抵抗も無く破壊する。その中で、攻撃を躱して相手を破壊した人造人間だけが合格、即刻戦場に派遣される。壊れた方は再度調整を繰り返し、強力な武器も装着される。基盤の人体はかなり負担を抱えることになるが、装置から発せられるエネルギーと、体に直接打ち込まれる妙な液体によって形を維持することが出来る。体が死んでも兵器と装置が臓器の代わりを果たすから、それらを壊さない限り彼等は何度も立ち上がる。たとえ体が腐敗したとしても。
「しかし、何故あんたは生き延びていられたんだ? いつまでも隠れ家にいるわけにはいかないだろう?」
「外面は変わっても土台は昔のままだ。何処にでも隠れられる。……おっと、長くなっちまったな。早くここから……」
 ある方向を見つめて老人は固まった。俺もそちらを見る。
 そこにいたのは、大きな人造人間。片手に網がついていて、もう片方にはボウガンが装備されている。おそらく、人間を捕らえに来たのだ。
 デカブツは俺にボウガンを向けて矢を飛ばしてきた。どうにかかわすと、今度は網を向けた。動こうにも足が痛くて動けない。挫いたらしい。
 まずい、捕まる。小さな音とともに網が発射される。俺は目を瞑る。……しかし、網の感触はいつまでたっても感じない。ゆっくり目を開けると、あの老人が、網の中でもがいているではないか。
「おい!」
 捕獲が完了すると、デカブツは獲物を引きずりながら工場に向けて歩き出した。老人は暴れるのを止めて、俺に微笑んできた。俺のせいで捕まったというのに、何故彼はそんなことが出来たのだろう。それは今でも謎のままである。
 俺は走り出した。一心不乱に。見つかっても構わない。とにかくここさえ出れば何とかなる。横は見ず、ただ真っすぐ走り続け、俺は外に出た。
「ああ……あああ、うああああああああっ!」
 老人とは会ったばかりだったが、何か大切なものを失ったような気持ちになった。

3の地

 その後も色々な町を転々とした。だが、どこもかしこも荒れた町ばかりだった。戦時中だったということもあっただろうが、窃盗、暴力、果ては殺人。犯罪のオンパレードだった。死体を見た町は10以上、目の前で人が殺されるのを見たのは16回。現場に居合わせた瞬間の方が多いというのは何だか恐ろしい。
 宿はパスが無いから入れてもらえず、人気の無い場所で野宿するしかなかった。例えば原っぱの中とか。草原も危険な所だ。人間はあまり来ないが、代わりに野獣が俺を狙っている。嘗て先人達が造った【動物園】なるものが戦争により破壊され、ライオンや虎といった野犬以上に凶暴な奴らが町の近辺に住み着いてしまったのだ。ライオンならまだいいが、虎は草原に身を隠す天才だ。すぐには寝付けなかった。
 目が覚めると、まずは体をチェックする。どこも噛まれていない。噛まれているとそこから細菌が入り込む可能性が高いのだ。その後荷物を調べる。何も取られていないことがわかってから、旅を再開する。どこに行っても同じ光景ばかり見る。稀にバザーでぼろ布を着せられた人間が売られていることもある。奴隷だ。軍ではなく、一般市民が販売していることが信じられなかった。争いで心まで失ってしまったか。
 かくいう俺も、こんな生活を何年も続けているうちに、良からぬ考えを持つようになった。
 旅立ちから1年ほど経ったある夜。いつものように野宿をしようと準備をしていると、そこへ誰かがやって来た。乞食だ。乞食は大事そうに何かを抱えている。何だろうと目を凝らしてみる。初めはよくわからなかったが、後にそれが肉を積めこんだ袋であることがわかった。乞食がバランスを崩して中の物を落としたのだ。骨付き肉だ。街灯に照らされたそれは神々しい物に見えた。
 心の中で悪しき自分が囁く。『肉を奪え』と。俺はすぐにそれを聞き入れた。ここ数日何も口にしていない。栄養が脳に行かなくなると、旅立った時のように正常な考え方が出来なくなる。
 気づかれないように、しかし素早く乞食に近づく。相手は食料に気を取られていて俺に気づいていない。今なら行ける。俺はヤツに駆け寄った。音を立てたことで相手には気づかれてしまったが別に問題ない。相手はすぐには動けないのだから。袋に手をかけ、それを引っ張る。当然相手も取られまいと引っ張りかえす。
「やめろ! これは俺んだぁ!」
「黙れ!」
 若い俺の方が当然力がある。俺はいとも簡単に袋を取り上げ、逃走した。乞食の泣き叫ぶ声が周囲に響き渡る。
 元いた場所に戻ると、早速中の物を食べ始める。肉、野菜、果物。どれも美味しかった。あれはあの男が買ったのだろうか、いや、そんな金は無いだろう。彼もこれらの食品を盗んだのだ。お互い様なのだ。そう自分に言い聞かせて、俺は手と口を動かし続けた。全て食べてしまうと明日以降また苦しくなるし、重くなれば動くのも辛くなるので、半分ほど残すことにした。
 この1回で終わりにするつもりだった。しかし、1度味を占めると止められなくなるのが人間だ。俺は町を点々とし、その場所で最低でも1回強盗事件を起こした。犯行時刻は夜。闇にまぎれて獲物を探し、金や食料を持つ人間を次々に襲った。おかげで俺は、たった1週間で金持ちになった。それだけではない。獲物の中にはパスを持つ者もいた。これさえあれば、俺もまともな暮らしが出来る。追って来る者も勿論いたが、結局彼等は追うのを諦めてしまうか、巡回していた警官に捕まってしまう。殆どが野蛮な連中だし、パスを奪われた者はその時点で地位を失うから信じてもらえない。そんなわけで、俺が捕まることはなかった。
 こんな生活を続けて8年が経過した頃、俺はある町にやって来た。歳はもう三十路前。ひげも髪も伸びてしまった。この頃は髪を後ろで留めていた。名前は確か、ペルキュリオ。異国の言語で、【娯楽】という意味がある。その名とは裏腹に、ここも酷い町だった。至る所で住人が殴り合いの喧嘩をしている。それを他人が取り囲んで鑑賞している。ここでも誰かを襲うつもりで、俺は住人を観察し始めた。
 その途中、奴隷市場が視界に入った。売られているのはやはりぼろ布をマントのように羽織った男女。顔と足首から下以外はすっぽりと隠れている。その中の1人が、何故かとても気になった。自分より何歳か若そうな少女だった。歳は、20代前半、或いはそれよりもう少し若いだろうか。長い髪はボサボサ、体中傷だらけ。顔はずっと下を向いている。
 何を思ったか、俺はその奴隷の主人に近づいた。主人は汚らしい笑みをこちらに向けてきた。
「へへへへ、いらっしゃい。どの奴隷が好みかな?」
 俺は何も答えない。答えたくなかった。
「この男はどうです? 剣闘士として鍛えるのもアリなのでは?」
「彼女を」
 迷わず少女を選んだ。指名されたことが驚きだったのか、買われた後のことが不安だったのか、彼女は目を見開いて驚いた。
「はいはい、ではコイツは、300ガリヤです」
「……500ガリヤだ。釣りはいらない」
「へへへへ、ありがとうございます! さぁ、では彼女を可愛がってあげてください。へへへへへへ」
 俺は少女を連れて市場を、そして町を離れた。途中何人かに「その奴隷を売ってくれ」と頼まれたが全て拒否した。
 町の外に出て、誰も居ないことを確認してから、俺は少女に言った。
「お前はもう自由だ。好きに生きるがいい。この辺りでは、俺のように人間狩りをする他生きる道は無いだろうがな」
 罪滅ぼしが出来ると思っていたのかもしれない。たった1人奴隷を解放したところでこれまでの罪が帳消しになるわけではないのだが。
 俺は次の町へ向かう。と、後ろから誰かが髪を引っ張ってくる。あの少女だった。
「止めておけ。俺と居ても幸せにはなれない」
「だったら」
 少女は目に涙を浮かべて言った。
「だったら何故私を買ったのですか!?」
 何を言っているのか理解出来なかった。自由よりも、あの小汚い男に売られている方が良かったとでも言うのか? だとしたらどうかしている。
「ならお前は、あのままあそこで立たされている方が良かったというのか? 毎日あの男に鞭で打ち据えられる方が良かったのか!? ええい、どいつもこいつも狂っている!」
「あなたは?」
「何?」
「あなたは、まともな人間なのですか?」
 俺の心が見透かされているような気がした。彼女の瞳を見ていると言葉が出なくなる。体中傷だらけで汚れていたが、その瞳だけはまだ澄み切っていた。
「あなたは私に、好きに生きろと言いました。なら私は、あなたについて行きます」
「何故だ」
「自由ほど恐ろしいものは無いから」
 やはり彼女の言っていることは理解し難かった。が、その一言は俺の心に深く突き刺さった。ろくに経験の無い輩が言うのではない、あのような境遇にあった者の言葉だったからだろう。
 俺は振り返り、少女に言った。
「好きにするが良い」

4の地

 彼女には名前が無かった。いや、忘れてしまったというのが正しい。とりあえず何か名前が無いと不便だと考え、少女に名前をつけようとした。が、何も浮かばなかった。そんなものを考えるよりも自分たちの命を守るので精一杯だった。
 金は相変わらず他人から奪っていた。それでも捕まらずにいたとは、それほどまで世界が腐っていたということだろう。金がある程度貯まると服やテントを買った。宿には泊まらなかった。それは少女も了解していた。泊まったときに、自分のパスが別人の物であると知られるのを避けるためだ。
 寝るのは町から数キロ離れた所、或いは森や原っぱ。自然信仰は未だに残っていた。
 テントを立てて中に入る。共に旅をしてから早2週間、俺は少女と会話をかわしていなかった。話す話題が無かった。彼女も黙ったままだった。黙って俺を見つめていた。俺がどんな人間なのか見定めるためだろう。
「そんなに俺が気になるか?」
「いいえ」
 久々に会話をしてもこの程度。流石に数日もこの状況が続くと気まずかった。
「俺は」
 とりあえず経緯を話してみることにした。
「俺は、ベリオンという町の出身だ。ここからかなり遠くにある、何も無い町だ」
 少女は黙って俺の話を聞いている。
「その状況が嫌で、20のとき町を出た。理想の地を見つける旅に」
「理想の?」
「ああ。もっと簡単に見つかると思っていたが、外に出てみたらこの有様だ。理想の地なんて何処にも無い」
「あなたの理想の地は、どんな所ですか」
 10年以上旅を続けて、俺は自分が追い求めた理想がどんなものか思い出せなくなっていた。活気のある町? 優しい住人しかいない場所? それか、金儲けの出来る所か? ……いやいや、そのどれでもない。では俺は何を求める?
 しばらく考えていると、少女が肩を叩いてきた。
「大丈夫ですか?」
「すまない。理想はもう、忘れてしまった。この10年色々なことがありすぎた」
 また沈黙。外で鳥だか虫だかが鳴く声が大きく聞こえる。
 少しして、少女が沈黙を破った。
「私は、静寂が欲しい」
「え?」
「静寂が、欲しいのです」
 彼女が自身のことを語ったのはこれが最初だった。
 この日、俺達は初めて互いを信頼し合えた気がする。
 翌日から、俺達の旅は何かが変わった。行く先行く先やはり廃れた町が多かったが、何故かこれまでのような辛さは感じなくなっていた。俺の心も変わったようで、何を思ったか、俺は彼女に着る物を買い与えた。少女は嬉しそうに微笑むと、早速それらを身にまとった。生活費は確保しなければならなかったので派手な物は買えなかったが、それでも少女は幸せそうだった。違う町には本屋があったので、2冊の本を購入して少女に渡した。それは、故郷で俺が最も多く読んでいたものだった。
「俺が理想を探すときに用いた本だ。もう殆どが偽りのものとなってしまったが、嘗てはそんな時代もあったのだ。もう1つは、俺の好きな詩集だ」
 興味深そうに本を立ち読みする少女に俺は話しかける。すると少女はこう言った。
「なら、この時代を取り戻すことも、出来る筈なのですね」
「え? あ、ああ。そうかもしれないな。可能性は低いが」
 今の人々にはソレは無理だろう。人が人を殺し、売る時代では、チャンスは無い。
 さらに旅を続ける。5ヶ月歩いたが、一向に理想の地は見つからない。途中、旅に嫌気がさして酒に溺れる日もあった。そんなときでも少女はこれまで通り俺に接してくれた。
「くそっ……もうこの世界には、最高の地は無いのか?」
「いいえ。理想の地とは、あなたの中にあるのです」
「どういうことだ」
「何処に行っても、どんなにうるさく野蛮な所でも、私はいつも幸せでした。それは、私がこの旅の中で、あなたの中に理想の地を見いだしたからです」
「俺の、中に?」
「そうです。何処だろうと、あなたが居れば、私は幸せなのです」
 そんなことを人から言われるのは初めてだった。故郷では誰からも相手にされなかった。せいぜい親くらいだ。誰も俺に興味など持ってくれなかったし、当然恋心などというものも抱いてくれる者はいなかった。
 何だ、この感情は? 言葉では言い表せない、何とも言えない柔らかな感情。
 ……気がつくと、俺と少女は互いを抱きしめ合っていた。無意識のうちに体が動いていた。
 久々に感じる人間の温もり。他の人間が獣と化してしまう中、俺達だけは人間のままでいられる。互いの温もりを感じ合うことで、俺達は互いが人間であることを確かめ合った。

5の地

 俺達がそこに辿り着いたのは、それから更に2年経ったときのことだ。
 しばらく歩き続けると、遠くの方に町が見えてきた。また野蛮な町なのだろう。そう思っていた。だが、ここは他の地域とは大きく違っていた。
「ここは……?」
 草花が生い茂り、あちこちで子供が遊んでいる。そしてそれを、大人達が微笑みながら見つめている。
 明らかに他とは違う。平和を具現化したような地だ。
「やあ、見ない顔だね」
 50代くらいの男が話しかけてきた。彼も優しそうな笑みを浮かべている。白い服はペンキか何かで汚れている。
「初めて?」
「ああ」
「そうか。俺はダイン、一応、ここの責任者」
 ダインは突然やって来た俺達に町を案内してくれた。ここもすぐに去ることになるのだが、彼にはそんなことはどうでも良かったようだ。案内をしている時の顔は喜びに満ちあふれていた。
 この町は独立国家で、前は大きな国の1部だったが、そこが戦争を始めるようになったため分離したそうだ。当然大国がそれを許す筈はなく、ダイン達はどこまでも追われ続けた。ここは比較的自然に恵まれた土地なので、彼等はようやく大国から逃げ切ることに成功した。しかし、初めは数10万人いた住人も気づけば1000人を切り、更に病気でおよそ200人が死亡した。彼が嬉しそうにしているのは、そのような過去があったからなのかもしれない。
「ここには、特に目立つ物は何も無いし、のんびりとした町だ。でも、幸せだけは確かにある」
「幸せ、か」
「泊まっていくかい?」
「え?」
「ああ、パスだろ? ここではそんな物必要無いからさ」
 何という町だろう。ここだけ他とは違う時間が流れているのか? 時の流れから離脱した、平和の続く町。そんな気がした。少女も柔らかな笑顔を見せている。そして俺の顔にも自然と笑みが。俺達はここに泊まって行くことに決めた。
 ダインに案内され、町の中央にある赤煉瓦の建物へ。ここが旅館だ。さほど大きくはないが、ここには町民の思いがつまっているらしい。1番初めに建てた施設がこの旅館だった。外からも人が来るように、そして町に再び活気が戻るようにとの思いを込めて。
 部屋は、2人が寝泊まりするには少し狭い。が、ゴツゴツとした感触を背中に感じながら眠っていた時のことを思えば全然問題ない。
「夜はパーティーがあるからね、是非来てくれよ」
「パーティー? パーティーって?」
 少女が尋ねた。知らないのだろう。俺も正確な意味を知らなかったので、とりあえず宴会だと説明した。宴会もよくわからないようだったので、「人々が踊ったりして楽しむ会」だと答えた。これなら彼女にも伝わった。
「今日は独立記念日なんだ」
「そうなのか」
「ああ。こんなめでたい日にお客さんが来てくれたんだ。今日はごちそうするよ!」
 そう言ってダインは部屋から出て行った。俺は、まだ完全に心を許したわけではなく、念のため耳を澄まして外の様子をうかがった。だが、別にダインが誰かに連絡している様子もなく、信用に値する人物として受け入れることが出来た。
 ごちそうするとは言っていたが、この小さな土地ではあまり贅沢な料理は望めないだろうと思っていた。しかしその夜、パーティー会場に行ってみると、そこには山盛りの料理が。どれも今までに見たことのない料理ばかりで、香りも美味しかった。まずは自然に対する感謝の言葉を述べてから、ディナーの時間が始まる。俺達は手元にある食品を片っ端から食べようとしたが、それはやはり意地汚いし場の空気を壊してしまう。最低限のマナーは守った。町人達は俺と少女に色々なことを尋ねてきた。俺はまだ良いが、少女は元々奴隷だ。口に出すのが辛そうだった。が、いざ話してみると、彼等は少女を慰め、励ましの言葉をかけた。すると少女の顔に再び笑みが灯った。
 食後、何かのショーが始まったが、俺は食べ過ぎて苦しかったので、外で寝っころがっていた。こちらの方が暖かいベッドよりも落ち着くとは。俺の体は狂っていた。
 星空を眺めていると、そこへダインがやって来た。彼は俺の隣に寝っ転がると話しかけてきた。
「どうだい、ここは」
「これまで訪れたどの町よりも最高だ」
「ははは、そうか。まあ、あの荒れ様じゃあな」
「外に出たことがあるのか?」
「ああ。偶にね。しかし、行く度行く度喧嘩に巻き込まれてしまってね。自分たちだけで食品や製品を作れるようになったときは嬉しかった。奴らと関わらずにすむ! ……ってね」
 笑いながら自分たちの苦悩を明かす。幸せというのはある日突然訪れるものではないようだ。
 と、ここでダインが話を中断し、俺を見つめてきた。どうしたのか聞こうとしたとき、彼はこう言った。
「ここに、住まないか?」
 俺は驚いた。まさか彼の方から住むことを提案してくれるとは。確かに、ここには争いも無いし、故郷のような鈍感さも無い。まさに理想の町だ。……だが、俺にはここに住む資格は無い。外での生活の中で、俺は外の住人の闇に染まってしまった。俺も彼等を苦しめた者と同類になってしまったのだ。
 これまでに犯した罪を全て告白し、ダインの提案を断った。代わりに、あの少女は住ませてやってほしいと頼んだ。彼女には何の罪も無い。ここは彼女にとっての理想の地だ。過去の苦しみから解放され、幸せを、そして何の争いも起きない静寂な毎日を手に入れることが出来るだろう。俺は俺で、また旅を続ければいい。理想の地が見つからなければ、この世から身を引くつもりだった。だが、ダインは、
「大丈夫だよ。君が強盗なら、俺はもっと酷いことをした」
「え?」
「人殺しだよ」
 それは、町がまだ完全に復興しきれていなかった頃。ダインは外の町に繰り出して食材や建築に必要な道具を買いに行った。金はまだ充分残っていたのだ。
 いつものように町に戻ろうとしたとき、彼等を待ち伏せしていた乞食達に捕まってしまった。目的は勿論食料と金。当然渡すわけにはいかなかった。
 乞食はダインに襲いかかる。だが皆体が弱っていて力が出せなかった。どうにか彼等を追い払わねばと思い、買ったばかりの工具やレンガを振り回した。それでも乞食等は迫ってくる。その執念深さが、嘗て自分たちを追っていた大国と重なった。すると、彼等のことがとてつもなく憎く思えてきた。それまではただ追い払うためだけに道具を振り回していたが、気がつくと、ダインは彼等の頭や胸を狙って攻撃していた。殺し屋ではないから、無我夢中で彼等を殴り、工具を刺していた。気がついたときには、乞食達はもう息をしていなかった。
 とんでもないことをしてしまった。購入した物をとりあげ、一目散に逃げ出した。
「命がけだったとは言え、4人も殺してしまったからね。そんな人間が町のリーダーなんて、笑っちゃうだろ?」
「いや……」
「そもそも、町に住むのに資格が必要なんてのもおかしいだろう? 土地はみんなの物なんだからさ」
 かつて、世界は1つの大陸だったという。それが分裂して、それぞれの地で文明が栄え、何10万年もの月日が流れて、今の俺達がいるというわけだ。その間に大陸はまた動いて、現在は3つだけになってしまったと本に書かれていた。そうなれば相対する文明がぶつかり合って、どちらか、或いは両方とも消え去る。各地で多くの文明や民族が死に絶え、人口も激減したようだ。
 話は逸れてしまったが、ダインの言う「土地はみんなのもの」というのもあながち間違いではないのである。……全土が自由になればまた争いが起きることも事実なのだが。
 そんなことよりも、俺を受け入れてくれたダイン達の心の方が興味があった。こんな自分を受け入れてくれる町。俺の心はゆっくりと動き出していた。
「ここにいても、構わないのか?」
「ああ、勿論だ」
 ダインの心は変わっていなかった。



 その日から、俺達はこの町の住人となった。少女にそのことを伝えると、彼女も子供のようにはしゃいで喜んだ。こんな1面もあったのかと関心したものだ。翌日にはすぐに自分たちの家が与えられた。大きな窓のある、風情のある家だった。ぼろぼろだったが家具も備え付けられていた。
 町での生活は本当に楽しかった。自分たちで何かを造り、自分たちで金を稼ぐことが出来る。当たり前のことなのだが、それがとてつもない幸福に感じられた。少女は、午前中は仕事をして、夜は俺が買った本を読んでいた。彼女は物覚えが早く、たったの3週間で内容を全て記憶してしまった。その1週間後には、本の内容と現実との違いを指摘出来るようになっていた。また、あの詩集に書かれていた文も全て暗唱出来るようになった。
「すごいな」
「あなたのおかげです」
 生活の中で、俺達はある特殊な感情を育むようになっていった。それが愛だとわかるのはそれから1年が経ったころだ。初めて抱いた感情だったため、すぐには気づかなかったのだ。
 彼女となら暖かい家庭を作れる。俺は確信していた。家具を新調し、服の数も増えた。2人とも本が好きだったから、生活費のあまりを山分けして、自分達の好きな本を購入した。
「子供が出来たら、きっと私たちみたいに本好きな子になるのでしょうね」
「うん? ああ、そうだな」
 子供。確かに子供がいたらもっと楽しくなるだろうが、俺はまだ、そこまで踏み切れなかった。もしまた争いが起きたら、もしこの町が襲われたら。そんな感が拭えないのだ。一方彼女は子供が欲しかったらしく、何度も俺にアプローチしてきた。その度に軽く受け流していたが、その都度彼女が見せる悲しそうな顔を見るのが辛かった。だが、子供の未来を考えると、この時代に生むのは危険すぎる。だからこれからもそんなことは無いと思っていた。
 ところが、外で近所の子供達が遊んでいるのを見ていると、少しずつ俺の心は動いていった。未来の不幸よりも、現実の幸せの方が価値があるのではないか。そう考えるようになっていった。それで、7年後のある夜、俺は妻に言った。
「子供、つくろうか」
 妻は泣いて喜んだ。後で聞いたのだが、彼女はもともと大家族の娘だった。それが奴隷として連れ去られたことで離散、ひとりぼっちになってしまった。だから、もう1度家族に囲まれて生活するのが夢だったのだ。妻の心を知ると胸が痛くなった。彼女のことを考えずに、自分は今まで何をしていたのだと。
 妻が子供を身ごもったのはそれから4ヶ月後のことだった。子供を身ごもった状態では仕事は出来ないため、俺が彼女の分も働いた。するとダイン達も協力してくれ、自分たちの収穫した作物を俺達に届けてくれた。俺は、生まれて以来の涙を流した。
 街全体が家族のよう。こんな生活がいつまでも続くとは夢のようだ。
 笑いながら楽しく暮らす日々……だが、それは後に夢物語と化してしまうのだった。
 子供を身ごもってから2週間が過ぎたある日のこと。眠っていた俺達は、けたたましい爆音で目を覚ました。
 いったい何が起きた? 慌てて外を確認すると、そこには地獄絵図が広がっていた。
 町を蹂躙する戦車、飛び交う銃弾、そして、進行する人造人間。
「逃げろ! 早く!」
 ダインが俺達を呼びに来てくれた。
「ダイン、あれは?」
「大国だ。とうとうここまで来てしまった!」
 あれが、大国の部隊? 俺は20年以上も前の記憶を呼び起こす。旅に出たばかりの俺は、大きな工場と、その中で製造される人造人間を見た。その前には軍のためだけに機能する町を見た。
 この世界の調和を乱したのは、他でもない、『大国』だったのだ。
 ダインを先頭に俺達は逃げ出した。彼はこの町の秘密の出口を知っていた。そこから逃げれば何とかなる。
 家を出て、なるべく物陰に隠れて移動した。軍にはまだ気づかれていない。
「さあ、ここから逃げろ。大国もまだ自然に対する心は捨てていない」
 秘密の出口。それは森だった。なるほど、森なら安全に逃げることが出来る。ダイン曰く、この森は元から存在していたそうだ。
「急げ、今のうちに」
「ダインは? 他のみんなは?」
「俺達は、彼等と戦うよ。いずれはこうなることを予期していた。今こそ、奴らに立ち向かう時なんだ」
「ダイン……」
「危ない!」
 妻が叫んだ。後ろを振り返ると、そこには1体の人造人間が。片手には網がついている。
 あの日、俺の目の前に現れた個体とそっくりだった。ソイツは目の前で1人の老人を連れ去ったのだ。
 相手が網を飛ばしてきた。俺は動かなかった。これも運命、あの日の贖罪だ。……しかし、網に捕われたのは俺ではなかった。目を開けると、そこには網に捕われたダインの姿があった。
「何故だ!」
「子供が生まれるのだろう!? 死ぬのはその子を一人前にしてからだ!」
「しかし! うおおおおっ!」
 俺は人造人間に飛びかかった。武器は近距離使用の物だったが、相手がそれを取り出すよりも早く、ヤツの大きな肩に乗っかり、頭の装置を引きはがそうとした。耳障りな音とともに、装置が頭から離れてゆく。素顔が露わになる。
 そんなことしなければ良かった。隙間から垣間見えた顔。それは、あの老人の顔だったのだ。捕まったあと、彼も人造人間にされてしまったのだ。
 俺が呆然としていると、人造人間は渾身の力を振り絞って俺を振り下ろした。そして、ダインを連れて町の方へと引き返して行った。
「おい、待て! まだ俺がいるぞおっ!」
「やめろ!」
 ダインが叫んだ。
「言っただろう、奴らと戦う、チャンスだって!」
 町で燃え上がる炎が彼等の姿を照らし出す。確か、ダインは何かボールのような物を持っていた。それにはボタンが1つだけついていて、彼はそれを勢い良く押した。その途端、激しい音とともに2人のいた地点は爆発してしまったのだ。
 爆発を合図に町の中でも同じ現象が起こった。爆発による熱波がこちらに向かってくる。
「逃げろ! 逃げろ!」
「はいっ!」
 俺と妻は走った。森の中へ吸い込まれていった。

終の地

 あれから更に何ヶ月も、2人で歩き続けた。途中の町は何処も人がおらず、残された食料や水を貰って生き延びていた。そんな状況下で、2人の子供は生まれた。
 しばらくすると、今度は生涯の相手が体調を崩した。毎日血を吐いていた。それでも「大丈夫」と言って笑顔を見せた。
 それからさらに歩くと、まだ綺麗なまま保存されている森が姿を現した。あの森の向こうに何かある。確証は無かったけど、自分たちは何故かそう感じて、森に向けて走り出した。中に人はおらず、野生動物達が狩りをしていた。
「ここは……!」
 もうとっくに疲れていたけど、最後の力を振り絞って真っすぐ走った。どこまでも続く森。この先に、本当に何かあるのだろうか。
 どのくらい走っただろう。森の先に光が見え始めた。そして、人の声も。自然と血を蹴る足の強さが増した。ラストスパートをかけて森を抜けると、そこには町が広がっていた。何も無くて、面白みの無い町。でも、町民は皆安らかな顔をしていた。
「なあ、どっかの国が潰れたらしいよ」
「ああ、あのデカい国だろ?何でも人体実験をやってたって噂だぜ?」
「それがよ、遠征に来た国王もろとも爆発に巻き込まれたらしい。どうしようもない国だったんだな」
 と、町民は世間話をしている。外の情報もちゃんと入ってくるようだ。
「俺の、故郷だ」
 彼はそう言った。
 ここが、彼の生まれ育った場所。話に聞いていたような町とは少し違う。無価値な場所なんかではない。少なくとも私はそう感じた。なぜならここの空気は、あの町と似ていたから。
 と、無理をしたせいか、彼はその場に倒れた。子供を抱えたまま、彼に呼びかけた。
「せっかく、せっかく理想の町についたのですよ? まだこれから……」
「理想……そうだな。今までの旅は、何だったんだろうな」
 彼は笑った。私は、こう答えた。
「決して、決して無駄なものではありませんでしたよ」
「そうか、そうか」
 彼の意識が遠のいてゆく。必死に呼びかけるものの、彼はもう限界だった。
 薄れゆく意識の中、最期に彼は、こう呟いた。それは、お気に入りの詩に書かれた1文だった。
「此処を、死地と見つけたり」

此処を死地と見つけたり。

 今作の舞台は、自分にもよくわからない。おそらく、今自分たちが生きている世界の未来の姿かもしれないし、或いはこことは別の次元に存在する、もう1つの地球みたいな場所なのかもしれない。書いている途中、そのことが妙に引っかかった。仮にこれが未来の世界であるのなら、現実に起きてほしくない事態である。
 話は変わるが、やはりラストがしっくりいかない。物語の流れは自分が考えていた通りに進んだのだが何か物足りない。いずれ、それに気づいたら色々と書き直そうと思います。

此処を死地と見つけたり。

故郷に嫌気がさして旅立った男。彼が旅の中で見たものとは、そして、理想郷とは……。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-07-28

Copyrighted
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  1. 1の地
  2. 2の地
  3. 3の地
  4. 4の地
  5. 5の地
  6. 終の地