先を見据え、

 北京の大学から帰ってきた友人と昼食を共にした。
「顔が変わったね」
 と言うと、彼は大学の学生証を取りだして見せた。そこには大学入学時の、今から四年近く前に撮られた彼の顔写真が貼られていた。その顔写真を見て、僕は笑った。
「違う言語を喋ってると顔の形が変わってくるんだ」と彼は言った。「今日も高田馬場からここまでタクシーを使ったのだけども、『君、留学生かい』って聞かれてどうも頭が混乱したまま肯いたら、いつの間にか僕は台湾人と言うことになっていた」
「まあ、見えなくもないな」
「今度はアメリカだろ。半年とは言え、どんな顔になるかな。太るだろうな」
 彼は顎の辺りをさすりながら言った。もともと立派な体格をしている彼だが、太る姿は想像できない。
「でも顔が変わったと言ったのは、意志の変化を感じたからだよ。昔とは目が違う」
 彼との出会いは二年前に遡る。きっかけは僕がインターネットに書き散らしていた文章だった。どこぞから僕の文章まで辿り着いた彼は興味を持ったらしく、インターネット上で僕にコンタクトを取ってきて、それから直接に落ち合った。
 これから活動していく業界は違えど、深いところまで考え分析しようとする姿勢に共感を受け、少なくとも僕の側では彼から大いに刺激を受けた。
 彼の視点は人生を眺める時間のスパンが長い。目先のことばかりでなく、来るべき時のことをきちんと思考の範囲に入れている。それは人生設計という言葉にすると価値が損なわれてしまう。彼は綿密に計画立てているわけではない。「事」は起こるべくして起こるであろうと考えた上で、現在するべきことを見つめ行動しているだけだ。
 今度は数日後にボストンに発つという。半年間、あちらの大学に留学するのだ。何をするつもりかと聞くと、彼は「スターバックスを潰す」と言った。
「気に食わないね、ああいうサービス業は。それにバイトで働いてる女の子たちは自分が商品となってることに気づいていない。あれが日本の企業なら日本の行く末も知れたものだなっていう結論で終わりだけれど、あいにく日本に乗り込んできてる外資だからね」
 そう言って話す彼の眼は、やはり遠く先を見据えていた。
「これから歩む道で、自身に求めるものは何?」
「リーダー性だね。周りを巻き込んでいく力」
 そうしてまた来春会おうと固く握手を交わし、彼と別れた。
 時を超えて対話できる友がいることは大きい。志を持って前へ前へと進んでいると、いつの間にか隣を走っていた友がいなくなっていることがある。
 彼が北京にいた二年間、顔を合わせることのなかった二年間で、彼の成長と僕の成長とは同じ程度だったのだろう。どちらも最大限、行けるところまで前に進もうとしていた。
 来春また再び顔を合わせた時に隣を走っていたいし、五年後十年後二十年後もずっと隣を走りたい。彼の隣を走りたいということはつまり、速度を落としたり足を止めたりすることなく、常に全力で走りつづけていたいということだ。仮に追い越すことはあっても、追い越されることはあってはならない。
 先を見据え、今この時、今この足が踏みしめる大地を、力いっぱいに蹴って駆けるのだ。

先を見据え、

どうでもいい文章だ。ひどく不満だがどうせ恥さらしの場なので書いた以上は公開する。1282文字。7月28日。

先を見据え、

顔が変わったと言ったのは、意志の変化を感じたからだよ。昔とは目が違う。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-28

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