長い髪の女

長い髪の女

鏡に映る私の顔は、ひどく老け込んでいた

世間が想像する40前半の女は、もっと若々しいものを想像するかもしれないが、

ノーメイクでいれば、こんなものだ、他人もそう変わりは無い。




思い返してみれば、ただただ私は様々な事に怯えて、

男にすがり、自分の若さにすがり、生きてきた

男も若さも失った私は、ほとんど空っぽでさ

何も無いんだよ、本当に、完全に何も無くなってしまった




いや、もともと何も無かったのかもしれない

実体の無い希望とか理想で底が見えなかっただけ、

私は元々何もなかった




生きる希望は無いくせに、死には恐ろしく臆病で

今だってすごく怖いんだよ、

少し胸が苦しくなったり、少し咳き込んだだけでさ、

ものすごくドキドキするんだ、

若い頃から今まで、私は常に何かに怯えて暮らしている

だから、誰の言葉も聞けず、誰の助けにもなれず、

ただただ自分の不安を取り除く事だけに必死だった



当然の報いさ、誰に言わせてもそう、

自分自身ですら、心底そう思う




だけど、私の人生は続いている、人知れず続いているんだよ

端から見れば、既に終わったも同然な人生を、

私にとってだけ終わらず、終わらす事もできず、

ただ、ダラダラと時間が流れている、

無闇に恐怖や不安が続いている




端から見れば、一瞬鼻で笑って、

それですぐに忘れてしまうような人生、

それが私にとって全てなんだよ、




テレビでは10代の女が楽しそうに笑いながら、

下らない男たちに囲まれてチヤホヤされている


自信過剰で頭の悪い男なら、今の私を見て、

羨ましがっているとか、嫉妬とか、

そういった類の事を想像するかもしれないが、

バカか、そんなわけ無いだろう

人の気持ちも考えず簡単にそういった事を言う人間は、本当に腹が立つ




男と女、それぞれの生き方、役割、宿命、運命、

そういった事を比べて、ただただ無意味に絶望している




女は、やはり従うしかない、

様々な力、金、男

女は、そういった物に正面から太刀打ちする事は出来ない



出来る事は、そういった力の波に上手に乗って、

重心を移動させながら、目的の場所を目指す事だけだ

流れに逆らう事は出来ない




『男に生まれれば良かった』

小学生の時、自分が女だと自覚し始めた頃に思った気持ち、

今だって少しも変わっていないんだよ、





男に生まれたら、仕事に女、様々な趣味に男同士の友情、

何歳になっても、どんなに追い込まれても、

努力次第でいくらでも巻き返せる、何だって得る事が出来る

生まれてから死ぬまで、ずっと楽しい事が溢れている




女は、違う

私のように波に乗れず、40まで歳をとった女は

もう巻き返せない、努力で解決できない物が、あまりに多すぎて

残りの半生を、ただただ絶望しながら生きるだけだ




崖っぷちから這い上がるとか、

男にとってはものすごく心踊り、燃え、楽しい瞬間かもしれない

汗や涙、時には他人に吐きかけられた唾でさえ、

男は楽しみに変えられる、より燃え上がる事が出来る



でも、女は違うんだ、女はただただ惨めでさ、

崖を這い上がった後でさえも、嘲笑は止まないんだよ



ただ相手を待ち、受け入れる事しか出来ない私の穴は、

今でも毎月血を吐いて、来客の準備をしている

そんな自分のワギナを見る度に、腹立だしい気持ちになって、

その後で、とても悲しい気持ちになるんだよ




ショートホープの煙を、肺の奥底まで届くように

深く深く吸い込んで、そして吐き出した

その煙を眺めながら、何度と無く整理した自分の色々な価値観とかを、

もう一度目の前に並べ直しては、

また何時間かかけて、同じ位置に戻していた




もう、これ以上何をどう考え直しても、私はこれ以上変わらない

今この場所が、私にとっての天井か、




『器の小さくて、つまらない人間』

今まで私が吐き散らしてきたこの言葉

まさに私の事じゃないか、バカだよ、本当にバカだと思う




気がついた今が始まりだとか言うけれど、

もう何もかも遅いんだよ、もう、とても取り返しがつかないんだ










私は、恋がしたい

笑っちゃうでしょ、私は、恋がしたいんだ



自分の生活を支えてくれるパートナーが欲しいわけでも、

それとない話し相手が欲しいわけでもなくてさ、

心の底から互いに求め合うような、恋がしたい




底抜けに深い愛情や、安らぎ、幸せが欲しい

お金や、世間体だとか、もう、そんな物はどうでもいい




そして、家族が欲しい、

子供が、欲しい

自分の子供が欲しい




何に変えても愛し続ける、自分の命など、まるで惜しくない、

与えられる物全てを与えるわ、










だけど、もう全て叶わない

今更、バカなフリをして女を着飾ってさ、

誰かの笑い声も聞こえないフリをして、恋を探すなんて

私にはとても出来ない、出来るはずがないだろう、

人間は、そう簡単に変われないんだ




生きる理由は、もういい

せめて死ぬ理由が欲しい




戦争で死んでいった兵士達

私から見れば、とても羨ましい人生だと思う




死んでいく確かな理由がある

自分で勝手に作り出した価値観や正義感などではなく、

国全体で共有する言葉や気持ちが、

しっかりと形となって存在している




私はどうだ、当然、何も無い

私の死を悲しむ人はおろか、

私が死んだという事実を知る人も、そう居ないだろう



きっと最後は病院のベッドで丁寧に死んで、

用意された手順通りに処理され、燃やされ、灰になる



私は、そういった将来に向けて、

一体今から何をどう準備すれば良いのか、

一体何を信じ、何に希望を抱けば良いのか










何も見つからないんだよ、

たったのひとつですら見つけられない








今日は土曜日なのに、外は雨、

どちらにしても、やる事は特に無い



ただただ無意味に腹が減り、その空腹を満たす

そうやって今日も、死から逃れようと、私は努力していた

長い髪の女

男性である自分が、女性の気持ちを想像し書きました。短い作品でしたが、何か感じ取ってもらえる物があれば幸いです。

長い髪の女

『だけど、私の人生は続いている、人知れず続いているんだよ。端から見れば、既に終わったも同然な人生を、私にとってだけ終わらず、終わらす事もできず、ただ、ダラダラと時間が流れている、無闇に恐怖や不安が続いている』

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-28

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