ハナとユキ

 今日は白のワンピースでは薄ら寒い春の日です。いちめんの桃色。桜の花びらは少しふれただけでぜんぶこぼれてしまいそうなくらいに満開です。
 小さな町にひとつしかない小学校の校舎裏に咲く桜。小ぶりだけれど、今みたいに私を枝に乗せられるほどには大きくて、花びらの色は薄すぎることも、濃すぎることもない。この町で一番綺麗な桜。そんなふうな桜だから、昔から言われた噂があるのです。この桜の下には死体がある。
 「桜の樹の下には死体が埋まっている」
 桜のふとい根にはりめぐらされた土の中、その根に囚われた死体。流れ出る紅い血液は根を通り、幹を通り、そして花を咲かす。知っていますか。桜染めは、花びらではなくて枝から色をとるの。この桜の枝を折ったら紅い樹液が滴るのかしら。この町の人なら必ず一度は聞く噂。所詮、噂。     
 いいえ、これは本当のことなのです。ねえ、おばあさま。

 むかし、むかし、あるところに、一人の青年と一人の少女がいました。青年と少女はそれまで何の関わりもない他人、でも一本の桜の前で出会ったそのときから、二人は惹かれあって、恋をしました。何度も会うようになりました。毎日が幸せで、見ている風景すべてがきらきらと輝いていたのです。けれど、そのうち二人は一緒にいられなくなりました。大人の世界には二人の知らない、知りたくもない問題であふれていたのです。でもそんなこと、気にしない。
 ずっと一緒にいましょう、ハナさん。
 はい、ユキさん。

 それなのに、悲しい雨が降るの。その日も春。でも寒い日。冷たい日。近くで男の人が事故にあったんですって。黒い車にひかれてしまったんですって。
 みんな、いい気味だって思うのでしょう。問題が片付いたって。ユキさんの遺骨は私が預かりました。ユキさんの家庭環境からそんなことは簡単にできました。そんなことだけうまくいったって無意味なのに。
 私はユキさんを私たちの出会った桜の下に埋めました。ユキさんが桜のもとで永遠にいられますように。

 おばあさまは、その後べつのかた、私のおじいさまと結ばれました。おばあさまもおじいさまも愛しあってはいたけれど、お互いにふれていいこといけないことを感じながら、でも幸せに過ごして、お父さまが生まれ、そして私が生まれました。おばあさまは初めて生まれた女の子に自分の名を授けました。自分の代わりに、私はちゃんと、本当に好きな人と結ばれて幸せになってもらうために。
 昨日、おばあさまは亡くなりました。だから私はここに来たのです。これは、おばあさまが私に望んでくれた幸せとは違うでしょう。でも、今まで何度もユキさんの話を聞いていました。私、ユキさんが好きなの。だから、おばあさまの若い頃の服を着て。お気に入りなの。あなたに会いに行くのだから一番綺麗な姿でないと。枝さん、ずっと重くてごめんなさい。花びらがどうか落ちませんように。ゆれる。怖くないわ。背中の空気を感じて。逆転する世界。とっても、桜が綺麗ね。

 ユキさん、おぼえていらっしゃいますか。私、ハナです。

ハナとユキ

ハナとユキ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-07-28

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