Ghost Talk
夏の夜。若者4人が廃屋に潜入する。
「ここで、白い服を着た髪の長い女の霊が度々目撃されてるんだってさ」
「ええ? やばっ、貞子じゃん」
「で、そいつと目が合った奴は殺されちゃうんだってさ!」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ!」
4人はビデオカメラを回して、さらに奥へ進む。昔は誰かが住んでいたのだろう、家具や食器が散乱している。誰かがその中の1つを踏んだらしく、何か金属がぶつかるような音がした。全員が音のした方に注目する。
「へへへ、ごめん」
「もう! 気をつけてよ!」
「おい」
メンバーの1人がある方向を指差した。他の男女もそちらに目をやる。
真っ暗な部屋。そこに、ゆらゆらと怪しくうごめく白い影がひとつ。本当に恐ろしい時は悲鳴など出ない。全員影を見て固まっている。
影はだんだん大きくなってゆく。……いや、近づいている。ゆっくりと、4人の方へ。距離が縮まるに連れてそれは鮮明になっていった。人だ。白い着物を着て、白い肌をした人間。しかも体は発光しているらしい。顔はまだ光に包まれていて性別はわからない。しかし、その姿はここで目撃されている幽霊のものと酷似している。ということはあれは、女性の霊。青年がカメラのレンズを影に向ける。霊の姿を録ってネットにアップするためだ。
レンズを向けた後、顔を覆う光が徐々に晴れていった。なんとサービス精神旺盛な霊だろう。怖かったが、コレを逃したら次は無い。震える手でカメラを向け続ける。
光が薄れ、輪郭が露わに。さあ、素顔を見せるのだ。恐怖と期待の入り交じった目で顔を凝視する。やがて光が完全に晴れ、現れ出たのは……
「ばぁ」
女性の顔、ではなく中年男性の顔だった。
予想外の出来事に、若者達は少し間を置いてから悲鳴をあげ、一目散に逃げ出した。カメラは廃屋に落として行ってしまった。
人間達が遠ざかると、その霊はカメラを持ち上げて自分の顔を映した。
「へえ、いいなあ」
カメラを気に入って色々いじっていると、そこへ別の幽霊が現れた。同じような服装の、40代前半の男性だ。
「帰った? あいつら」
「うん? ああ、さっき」
「そうか。全く、また皿が割れてらぁ。……ん? そのカメラ何だい?」
「あいつらが落としてった。いいなぁ、新しいヤツだよ」
「山さんはカメラ好きだもんなぁ」
若者達が遭遇したこの霊、名前は山口五郎、5年前に工事現場で事故死した男性である。そして彼に話しかけた男は木戸友晴。彼はバイク事故で3年前他界したことになっているが、今もこうして現世に留まっている。
木戸に呼ばれて山口も2階へ向かう。そこにも数体の霊がたむろしており、それぞれグループを作って会話している。
ここは、幽霊達の憩いの場。生きた時代も、どんな人生だったかも関係なく、色々な霊が情報交換している。そのため、生前知らなかったことを知ることも可能だ。一部は自身の知識を増やすために参加しているが、殆どは暇つぶしのためここに来ている。
生前ギャルだった者同士のグループに、将棋をさしている男達、それから生きている人間達の文句を言う霊達。山口と木戸はそのグループにまざった。
「いやあ、またアレだってよ、若いネーチャンを見に来たんだとよ」
「俺達みてぇのは人気ねぇからな。そこの子みたいに可愛いいのが好みなんだよ、最近の若いのは」
「はぁ? マジ黙れ」
ギャルの霊が中年男性に怒鳴った。男性……花形泰三は何も言い返さなかった。
「だいたい髪の長い女って、どいつを見たんだよ?」
「こいつじゃねぇか?」
花形がある霊を指差した。70代くらいの男性で、確かに髪が長い。だがこの場合、髪が段々後ろの方にずれ込んだと言った方が正しいだろう。
「にしてもさぁ」
木戸が呟く。
「酷いもんだよな、俺等を見て逃げ出すってのも。もとは同じ人間だぜ?バルタン星人とかじゃないんだぜ?」
「馬鹿、バルタン星人だったらもっと好かれてるよ」
「まぁ、俺達もガキの頃は心霊写真とか見て怖がってたじゃん。俺等も昔はああだったってことよ」
と山口。確かに、と木戸と花形も頷く。そしてあの老人もいつの間にか会話に加わり、一応頷いている。
「なあ、ここで話しててもつまんないし、隣町の廃校行かない? べっぴんさんがいるらしいよ?」
「いや、俺はいい」
この手の誘いは、山口は全て断っている。彼は既婚者で、妻と息子はまだ生きているのだ。確かに幽霊だから彼等に知られる心配はないが、やはり愛しているのは今も妻だけだ。他の女性には手を出す気はない。
木戸は1人で隣町に行ってしまった。残った山口、花形、老人の3人は話題が見つからずに暫く黙っていた。
「でさぁ」
と、花形が何かしら話題を振ってみる。
「こういう所に来るヤツ等でさ、御守りとか持って来るヤツいるじゃん」
「ああ、いるね」
「おるおる」
「あれ持って来られるとさ、俺等も出辛いんだよな」
「うん」
「おおぅ」
「爺さんわかってるのかよ?」
多分わかっていない。先程と同じように頭を上下させている。
少しして、部屋に新たな霊がやって来た。20代後半の男性だ。まだこの状況に慣れていないのか、男はおどおどしている。面倒見の良い山口が男に歩み寄った。
「新入り?」
「あ、はい」
「ええっと、俺は山口ね。まあここは上下関係もルールも無くって、単にこうして集まって好きなことをやるだけ。会員登録もいりません。でもお泊りは禁止ね。1度祓われるとここに戻るの難しいから」
前に、ここに住み着いていた霊が居たのだが、祓われてからはここに戻って来ることが出来なくなってしまった。それを教訓として、山口等は昼頃は色々な場所を点々とし、夜中ここに集まることにしたのだ。
「でも、たまに馬鹿なヤツがいてね」
「はい」
過去にこんな霊がいた。
夏休み特番でアイドルがここに来た時があった。そのような日はだいたい別の場所に集まるのだが、ある男性の霊は無謀にも撮影現場を見に行ったそうだ。名を小柴という。彼のことが心配になり、山口達も遠くから様子を窺っていた。
そのときに来ていたアイドルが、たまたま小柴のタイプにはまっており、撮影が終わったあと、小柴はその女性に憑いていってしまった。山口等は何度も彼を止めようとしたが、全く聞く耳を持たなかった。
数日後、取り憑いていたことが知られてしまったらしく、小柴は神社でアイドルから引き離されてしまった。そこまではまだマシだが、問題はこの後で、小柴は廃屋から随分離れた所まで来てしまった。その地で下ろされたものだから、小柴は道に迷って帰れなくなってしまったのだ。
「結局、そこの幽霊さんが小柴さんを運んで来てくれてね。だよねぇ、小柴さん」
突然名前を呼ばれて小柴……髪の長い老人はむせた。
「ま、そうならないように気をつけてくださいな」
「はい、わかりました」
「よし。じゃあどうしようか、とりあえず俺等のところに入るか?」
「是非お願いします」
そんなわけで青年がグループに入ることに。だが平均年齢50歳のグループに彼が馴染める筈もなく、加わってから数分後、別のグループのところへ遊びにいった。
「ああ、行っちまった」
「なんでかなぁ」
「わかるだろうよ山口さん、俺等とあの若造とでは生きてた世界が違うんだよ」
どの世界でも、このようなズレはあるものだ。山口達も努力して若い霊とも話を合わせようとしているのだが、最近はカタカナ語が多すぎて全くついていけない。そんな中、誰よりも早く若い霊とのコミュニティを結成したのが小柴だったというこの皮肉さ。小柴はいつの間にかギャル達のグループに移動していて、自分より40歳以上若い娘達に可愛がられている。彼にあって、自分たちに無いものとはいったい何なのやら。
そうこうしているうちに時刻は午前4時をまわり、遠くの方で日が昇り始めた。霊達は各々の住まいや隠れ家に移動し始める。
「4時か、【めざにゅ〜】始まっちゃったな」
と花形が呟く。生前、彼は夜更かしをして早朝まで起き、ニュースを聞きながら眠りにつくという習慣を持っていた。
「はあ、俺達も少しは知識を身につけた方が良いかもしれないな」
「知識?」
「ああ。やっぱりネタが多い方が楽しいだろ。……今度会ってみようかなあ、福沢諭吉先生」
「ええ? あの人はここにはこないだろ。上に行ってアポか何か取らないと会えないんじゃなかったか?」
「ああ、そうだった! まぁほら、歴史上の偉人に会うことなんてそう無いし、いずれは会いに行こうや」
「ふふふ、そうだな」
こうして彼等は離散し、次の夜また集まるのである。
人目を気にせず廃屋に集まり、自分たちの好きな話題を共有する幽霊達。我々もいずれ、この集会に参加する日が来るかもしれない。
Ghost Talk
何故この小説を書いたのか自分でもわかりません。ラストも微妙です。いずれ書き直すかもしれません。
ちなみに、多分テレビで聞いた話なのだが、幽霊も元は人間なので、「わーっ」とか「きゃーっ」とか、驚かれるのはあまり好まないらしい。
・・・霊は全く見えないので自分にはよくわからないのだが。