インスタント マーダー

インスタント マーダー

 麻薬等の話が出てきますが、その辺りの知識があまり無いので、テレビ等で聞いた言葉等を使用しています。
 作品中に書かれた内容に誤りがあったら修正します。

 都内某所。古田は繁華街の裏側の、その地下にあるアンティークショップに足を運んだ。
 10代の頃マリファナを所持していたために逮捕、2年前に外に出てきた。暫くの間はヤクに手を出さなかったのだが、やはり1度あの快感を覚えると止められなくなる。しかし、違法ドラッグに手を出したら、あのむさ苦しいムショに逆戻り。それは嫌だった。なので古田は、別の物に目をつけた。所謂脱法ドラッグというヤツだ。最近ではコレを使用した人間が事故を起こしたりして問題になっているが、しばらくは何とかなるだろう。
 だが、生活が窮屈だと感じるのは、いつまでもドラッグやハーブに手を出しているからであって、それさえ止めれば彼もまともな生活が送れる筈なのだ。
 この店には何度も世話になった。店主のベベ(本名は教えてくれない)は、古田を息子のように可愛がってくれた。なんでも彼には息子がいたらしく、生きていれば古田と同じくらいの年齢なのだという。
「おっす」
「来たか。新しいの入ってるぞ」
「なあ、やっぱり前のヤツないかなぁ? この前のじゃスッキリ出来ねぇよ」
「あれはもう無い。生産終了だ。何せ厚労省のお偉いさんが、違法薬物をさらに登録しちまったからなぁ」
 古田は店の壁を蹴った。国の平和は守られるが、古田のような人間達はどんどん住む場所を奪われてゆく。べべはこういう商売をしているくせに法はちゃんと守ろうとする。新しい物が違法になると、その関連商品は全て廃棄処分してしまう。
「なぁ、脱法ハーブもいいけど、そろそろこういう物も買ってくれねぇか?」
 と、ベベはアンティーク調のカエルの置物を出してきた。この手の商品も売っていることは古田は知らなかった。いや、彼の場合、ドラッグ以外の物が見えていなかっただけかもしれない。
 今日は欲しい物は買えなかった。べべに挨拶して、店を出ようとしたとき、ある商品が古田の目に留まった。10枚1組の白くて小さな厚紙。何も書かれていないし、吸引出来る物でもなさそうだ。これは何に使用するのだろう。
「べべ」
「“さん”付けなぁ、“さん”を」
「これ何?」
 紙を1枚取ってべべに見せる。べべはそれを見るとニヤリと笑みを浮かべた。
「ははぁ、やっぱり俺の見込んだ通り、お前さんにはちゃんとした眼がついてるみてぇだなぁ」
「はぁ? 何言ってんだよ?」
「お前、幽霊とか神様とか、そういうもんは信じるか?」
「ああ、信じるね」
 こう見えて、古田は非科学的な存在を信じている。彼曰く、次々にヤクを取り締まって生活を窮屈にしている科学者達が嫌いなんだとか。……彼が買っていたヤクにも少なからず科学が関わっているし、そもそも取り締まっているのは法や政治の力であるから、古田の言い分は色々とおかしいわけだが。
「なら話は早い」
 ベベはカウンターから出てきて、紙の説明を始めた。
「こいつはなぁ、俺が海外に飛んだときに見つけた代物だ」
「へぇ」
「胡散臭いまじない師が売ってたんだがな、俺にはアイツが、他の連中よりも遥かに強い力を持った人間のように見えたんだ」
 べべは話を続けた。
 そのまじない師に話しかけると、べべは賞賛されたという。これまで話しかけられたことが無く、毎日寂しい思いをしてきたのだそうだ。幼い頃から不思議な力があって、子供達はおろか、彼の家族も軽蔑するようになっていったという。
 それが悔しくて、男はある術を家族や子供にかけた。それは、死の術だ。俄には信じられない話だ。家族に宣言すると、まじない師は笑い者にされた。しかし3日後、1人、また1人と、家族が原因不明の熱病に悩まされた。熱は日に日に強さを増し、温度計でも計れないほどになっていた。そうなれば、人間の体は耐えることが出来ない。死の詳細まで教えてもらったが、あまりに凄惨なものなので、べべは胸の内にしまっておくことにした。
 その強力な力が込められているのが、その紙だった。
「使い方は、まず、殺したいヤツの名前を書く」
「うん」
「で、沸騰したお湯をこれにかける。3分経ったら相手に効果が出始める」
「は? なんか、カップラーメンみたいだな」
「ああ。だからこの店ではコイツを、【インスタント マーダー】って読んでる。直訳すれば、即席殺人ってとこだな。熱湯を紙にかけるだけだから罪悪感も生まれない。最高なのはそいつ等の死の瞬間を見ずに済むことだ。あんなの見ちまったら、もう」
 べべは現地でこの紙、インスタント マーダーの効果を目の当たりにしてきたという。まじない師が話した内容とそっくりの光景が目の前で再現されたという。あれを見てから2週間、べべはろくに眠れなかったという。ただ、効果は本物なので、べべは現地でまじない師と契約を結んできたという。
「で、どうする?買ってくか?」
 名前を書いて熱湯をかければ、嫌いな人間が死ぬ。目の前のこの老人も胡散臭い人間なのでまだ100%信じたわけではないが、面白そうなので買っていくことにした。
「買うよ。いくら?」
「5000円」
「高いなぁ、もっと安くならねぇのかよ?」
「人が死ぬんだ。100円200円で売れるわけないだろう。5000円でも安いと思え」
 値段は不服だったが、古田はハーブを買うのに使う予定だった金をその紙に使った。10000円持っていたので2セット購入した。あとで買いに来るのは面倒だ。ここで一気に買っておいた方が良い。
 2セットをポケットに突っ込んで、古田は意気揚々と家に帰った。




 さて、まずは誰にしよう。
 いざ殺そうとすると、選択肢が多すぎて迷ってしまう。小学校の頃のいじめっ子はどうだ? それか、高校の教師。いっそ思い切って政治家なんてのもいい。
 ……だが、どれもやった後の達成感がなさそうだ。それに死ななかったら意味がない。
 仕方なく、新商品を使用するのはやめてテレビを観ることに。どのチャンネルもつまらない番組しかやっていなかった。画面に映る女性議員を観て舌打ちした。
「こいつにしようかな」
 何だか偉そうな議員で前々から嫌いだった。偉そうな人間が消える様も面白いかもしれない。古田は早速、紙にその議員の名前を記入し、電気ポットに水を汲んでスイッチを入れた。あまり多く入れなかったので、水はすぐに沸騰した。スイッチを切り、紙に熱湯をかける。厚紙はダンゴムシのように丸くなった。湯気が上がり、器官に入ってくる。
 べべの説明によればこれで完了、あとは効果が現れるのを待つだけだ。
 現在その議員は生放送に出演している。直接効果を確認出来るというわけだ。べべは見たくないと言っていたが、この男は真逆の考えを持っていたのだ。
 あと1分。あと1分で……と、前屈みになってテレビ画面を見つめていた、そのとき。
『さて、お時間が来てしまいました。それでは明日お目にかかりましょう』
「はぁ? 何だよ! ふざけんなよ!」
 思わず吠えてしまった。
 あと少しで死の瞬間が見られるところだった。それが、こんな形で遮られるとは。
 悔しくなって大暴れする古田。だが次の瞬間、画面の上にニュース速報が現れた。地震ではない。
 まさか、と思って画面を見ていると、先ほど名前を書いた議員が倒れたというニュースだった。
 本当に、死んだ。
 あれだけ楽しみに待っていたのに、いざ本当にことが起こると恐ろしくなってくる。胡散臭い商品のはずが、こんな力を持っていたとは。時計を見るとまだ2分ほどしか経っていない。速報をのせるまでの時間を考えると、効果が現れた時間はべべが言っていた時間と重なる。おおよそ3分だ。
 古田は恐怖すると同時に興奮もしていた。こんなに簡単に、他人が死んでしまうなんて。普通だったら興奮はしない。だが今の彼は、普通ではなかったのだ。彼の中の、入れてはならないスイッチがオンになってしまった。次の紙を用意して、次の人物を考えていた。
 こうなると先ほど上がった人間も良いかもしれない。誰をターゲットにするか、ということよりも、誰かを呪殺することに意味があった。小学校の頃のいじめっ子の名を書き、同じように熱湯をかける。同じように紙が丸まり、湯気が古田の器官に侵入した。次のターゲットは有名人ではないから、効果がきいたかどうかはすぐにはわからない。しかしあの威力だ。古田の知らない所で、その人物は熱でもがき苦しんでいるに違いない。
 1人、2人と記入すると、古田の脳裏に過去出会った人物の名が次々に浮かんできた。刑務所でうるさかった刑務官、同じ部屋の臭い男、以前ふられた女など、どれもほんの小さな理由で腹を立てたものばかりだった。
 書き始めて1時間30分経過した頃。気づくと今日購入したインスタント マーダーを全て消費していた。彼はこの時間内に20人もの人々を殺害したのだ。
「へへへ、へへへへへ」
 気味の悪い声をあげる古田。ドラッグはもう必要ないだろう。その代わり、今度はこの紙が必要になってくるだろう。
 自分の所持金を確認した。まだまだ充分買える。生活はし辛くなるだろうがそんなことはどうでもよい。あの紙さえあればそれで良いのだ。
 翌日、古田は早速アンティークショップに向かった。そして店内に入ると迷わずインスタント マーダーを数セット手に取り、カウンターに置いた。全部で4セット。べべはしかめっ面をした。
「お前、そんなに憎い相手がいるのか?」
「そういうわけじゃないよ。はまっちゃったんだよ」
 べべが古田を2度見した。彼の精神は、ハーブのとき以上に壊れていた。それもたった1晩で。驚いてなかなか清算しない老人。それを見て古田が、
「何やってんだよ! 早く清算しろよ! おい!」
「あ、ああ、すまん」
 全部で20000円。古田は万札2枚をべべに手渡し、4セットを受け取ると駆け足で店から出て行った。
 その後どこにも寄らず、古田は家に戻った。そして早速商品を開封した。
 このときの彼は、自分が神になったかのように錯覚していた。予め他人の名前を記入しておいたメモ用紙を取り出すと、次々にそれを厚紙に記入してゆく。今回は彼が住むマンションの住人も含まれていた。大家と隣に住む男だ。大家の金の催促はうるさいし、壁を叩いているのか、隣からもしきりに物音がするのだ。それに、ここの壁は薄いから、3分後には必ず死亡したかどうかがわかるのだ。
 40枚購入して、たった1日でそれら全てに記入することは出来なかったが、既に約半分の23枚に人物の名が書かれた。いちいち湯を沸かすのでは面倒なので、先に書いておいて後で熱湯をかけるつもりである。
 20分ほどで書く作業は終了し、あとは熱湯をかけるのみとなった。沸騰しポットを手に取った、そのとき。ドアを強くノックする者が。大家だろう。先に熱湯をかけてからドアを開けにいった。
「はい?」
「古田さんねぇ、いい加減家賃払ってくれないと困るのよね」
「ああ、はい。すいません。必ず払うんで」
「頼みますよ、本当に。次払ってもらえなかったら、ここ出て行ってもらいますから」
 大家はそれだけ伝えると帰っていった。古田は笑いを堪えるのに精一杯だった。あと1分で、ここは惨状と化すのだ。
 時計を見ながらカウントダウンを始める。5、4、3、2、1!
 次の瞬間、外でけたたましい音がした。次に女性のものと思われるうなり声が。居ても立ってもいられず外に出た。既に他の住人が集まっていた。そのためよく見えなかったが、多分あそこには大家が倒れているのだろう。隣室の住人は誰も居なかったのか、特に何も聞こえなかった。が、間違いなく効果はでているだろう。
 部屋に戻ってクスクス笑った。大笑いなど出来ない。誰かに気づかれてしまう。
 しかし、これほどの大事をノーリスクで出来るとは。信じられないことだが、現にああして起こっているのだ。
 これさえあれば好きなときに殺人が行える。最高の力を手に入れた。古田はこれまで以上に興奮していた。今まで感じられなかったほどに。
 ……しかし、それから数日かたった後、古田の体に少しずつ異変が起き始めた。まず、肌荒れが酷くなった。目覚めも悪い。常に気持ち悪い。鏡を見ると、そこに映っている顔は吹き出物だらけで、目の下には大きなクマが出来ていた。目も真っ赤に染まっている。こんな調子では外も楽に歩けない。
 インスタント マーダーには、副作用があるのではないか。気になった古田はマスクと帽子で顔を隠し、べべの所に向かった。
 店内に入ると帽子を取り、マスクを外した。その顔を見てべべは絶句した。
「おい、黙ってないで説明しろよ! 何でこんなことになっちまったんだよ!」
 少しの間沈黙があり、べべは1つの説を提示した。
「即席ラーメンを毎日ずーっと食ってたヤツが、つい最近死んだ」
「へ?」
「まあ、あればっかり食ってたらろくに栄養も採れないからな。……それも即席ラーメンみたいなもんだろ?だからお前の体も弱っちまったんだろうな」
 もしべべの説が正しかったとすれば、古田はこの数日で大量の紙を消費した。その分弱体化も促されただろう。
「弱ったって、じゃあ野菜食ったら治るのか?」
 再び間があって、老人はこう答えた。
「食品添加物とは違うからなぁ。そいつは念だろう? 野菜ぐらいじゃ治らないだろうなぁ」
 もう、治らない。体が少しずつ弱っていって、いずれは死ぬのだ。
 ショックで気がおかしくなり、古田はフラフラと店を出て行った。彼の背中を見て、ベベは心を痛めた。あんなものを置かなければ。息子のように感じていた男は、あんな風に弱ってしまった。
「またやってしまった。同じ過ちを」
 べべの息子は、ドラッグの吸い過ぎで死亡していた。




 家に帰るまでの道は悲惨だった。人が自然に避けてゆくのだ。マンションに戻ると2つの部屋で葬儀が行われていた。大家と隣の住人だった。
 悔しい。こんなことになるとは考えていなかった。
 古田は余っていたインスタント マーダーを1枚取りだし、机の上に置き、ある人物の名前を書いた。
 3分間何もせず、じっと待ち続けた。時計だけをじっと睨み、心の中でカウントダウンを開始した。
 5、4、3、2、……1。
 時間が経つと、古田の体は内側から熱くなった。熱湯が中を勢いよく流れているようだ。苦しくて声も出ない。
 暫く床の上でのたうち回った後、古田の体はピクリとも動かなくなった。
 彼の姿が発見されたのは、それから2週間後のことだった。

インスタント マーダー

 自分も毎日即席ラーメンを食べていますが、この頃はちゃんと栄養価の高いものも食べるようになりました。

インスタント マーダー

これまで無かった、新しい即席商品です。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-07-24

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