獏の夢

アラが目立つ設定の超短編です。
お暇でしたら読んでみてください。

「人は夢を見るでしょ」

人の殻に収まった、獏という人ならざる者である少女が彼へ言った。

「見ますね。見せられている場合も、あるけれど」

この世界には人ならざる者が存在し、それが人間たちにも認知されている。
その中には人に危害を加える妖怪も在り、そんな妖怪たちを人に近づけさせない役割を担うのが彼、静也と、彼の隣にいる少女、梅花(メイファ)だ。

彼らの仕事は天職と呼ばれ、上記にも書いたとおり人ならざる者と人との間に入り、人を人ならざる者の災いから守るのが仕事だ。
天職にも様々な種類があるが、彼らの仕事は主に眠りに関することで、人に悪夢を見せる妖怪を祓ったり夢魔の夢から抜け出せない人間を現実に引き戻したりしている。
その天職にはある決まりがある、それは血縁の者が必ずその職を継ぐことと、瑞獣と共に仕事を行うことだ。

瑞獣というのは、簡単に言えば神の使いで、この決まりは瑞獣が人の手助けをすることと人間が天職によって得る力などを悪いように使わないよう監視する為のものだった。

静也の場合は梅花がそのパートナーの瑞獣にあたるのだが、彼の場合は少し特殊だった。
天職には、次の代がその仕事を継ぐ際新しい瑞獣を呼び出す儀式を行う必要があるのだが、父と父のパートナーである瑞獣を件の儀式を行うよりも前に亡くしてしまった静也は、その儀式を一人で行わなければならなくなってしまった。
その結果、ろくに修行もつんでおらず未熟な静也の元には、同じく未熟で力の弱い瑞獣である梅花がやって来てしまったのだ。
それでも、他の天職に就く仲間の手助けと自身の努力により、彼は若くして他の天職たちと同等の仕事量を捌けるようになっていた。

梅花が話を続ける。
「私たちは、夢を見ないって、知ってた?」

「それは、初めて聞きました」
静也が少し驚いた様子で梅花を見やった。

「ずーっと、現実を見てるんだぁ。目を瞑っても、瞼に映るんだ。
人が妖怪が、たくさん」
「別に、私たちは寝なくても人間たちみたいに疲れることはないし、それが辛いとも思わないけど」
「静也が幸せそうに寝てるのを見ると、羨ましいなって思うんだ」
「何も考えずにただ目をつむるだけじゃ、行けない場所に
静也は今遊びに行ってるんだろうな、と思うと」
「自分がそこへ行けないことが、すごく惜しいなって思うんだぁ」
梅花の姿は、19の静也よりも幼く、言動もその幼い容姿に見合うようなものが多い。
そんな彼女が、膝を抱えながら、しみじみと呟いた言葉は静也の心にずしりと重くのしかかった。
人間の形は真似できても、中身までは同じになれない。梅花は自分の気づかないところで、いつもその事実を突きつけられていたんだ。
幼い頃に、未熟だった自分の儀式で何もわからぬままこの世界に連れてこられて、不安な気持ちの梅花のそばにいる者はみんな優しい人間たちだった。
そんな人間たちに囲まれて成長していった梅花自身が人間でないこと。大好きな人間にはなれないこと。
それは、一体どれほど辛いことだろう。

「……梅花さんは、いつも僕の夢に出て来ますよ」
「夢の中でも隣にいてくれて、現実と同じ笑顔を僕に向けてくれます」
「ちゃんと、梅花さんはここにいますよ」
 梅花自身が夢に行けなくとも、自分の夢に梅花はいることを、静也は伝えた。

「そっか。ちゃんと、いたんだ」
「なら、いっかあ」
屁理屈のような彼の言葉を、一拍置いて梅花はあっさりと受けとった。
そして、嬉しそうに笑った。いつもの笑顔で。

獏の夢

獏の夢

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-24

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