紐解くように
すんっと鼻の奥から音が鳴った。
頬には冷たいものが流れているように感じたけれど、
丁寧にマスカラを重ねた睫毛が揺れることもなく私の瞳はぼんやり亮太を映している。
「嫌いになった訳ではないらしいんだよ。ただ、相手がね…」
私は何で振られた相手の言い訳をその友達に説明されているのだろう。
居酒屋の喧騒が言葉も意識も遠くさせる。
隆司に初めて会ったのは付き合いで行った合コンで、
10年付き合った彼女と別れてからは彼女がいても続かないと言っていた。
10年越しの元カノの影と比べられるのはさぞ嫌だろうと思いながら聞いていたのを覚えている。
彼女欲しいわという隆司にできたらいいねと言ったその響きは
自分でも分かるくらい心がこもってなくてふたりで笑った。
合コンの後、何度も飲みに誘われたり、
その時の雰囲気で隆司が私の事を気に入ってるのは分かっていた。
私もいつしか会うのが嫌じゃない、から誘われたら嬉しいになって
周りの友達にも付き合ってるんじゃないの?って聞かれるくらい、いい感じなはずだった。
「あいつがこんな風に話すの初めてだよ。紗耶香のこと本気なんだと思う。」
亮太の言葉もいつもそう言ってるんでしょと受け流しつつも嬉しかった。
どこがいけなかったんだろう。
「紗耶香はモテるだろ?」
「サバサバしてるよな。」
「ミステリアスなかんじするわ。」
遊び慣れた女を演じきれなかったところ?
向き合うことを恐れて素直になれなかったから?
きっと細かいところは沢山あるだろう。でも、なによりも足りなかったのは自信だと思う。
隆司は余裕のある態度に惹かれていたはず。
余裕は自信から生まれるから、自信のない私はきっと魅力が減っていた。
好きにならなければ、余裕なの。失っても痛くないし。
でも、好きになったら急に恐くなる。失う事を恐れて自由に振る舞えなくなる。
確かにそれじゃつまらないよね。様子を伺われながら一緒にいるのは楽しくない。
傷つかないように張った予防線の糸に絡まって、もがいているうちに転んで泣いて
痛くて苦しくて何もかも嫌になって糸を裁ち切ってと強請った。
いつか私も紐解くように、穏やかに受け入れられるだろうか。
痛くても苦しくても裁ち切ったりせずに、根気よく向かい合って。
「・・でさぁ、おい、紗耶香?」
亮太の声が耳に届いてはっとする。
「お前そんなに好きじゃないのかと思ってたよ。」
何の話してたっけ?
「泣くほど好きならもっとしがみつけばよかったのに。あいつ、すごい迷ってたぞ?」
私、泣いてる?
人前で泣くのは嫌い。泣いても何も解決しないから。
だけど、握り締めた手の甲に落ちる雫を見て、隆司に見せられたらよかったと思った。
ただ、感情のままに素直に。
きっとそれができたら解いて、また繋いでいくことができたのだろう。
紐解くように