弔いの記憶

2010年7月末

2010年7月末。

サークルの先輩が亡くなった。

報せを聞いてから斎場に着くまで嘘だと思っていたし、棺を見送った後も、ぼんやりした感覚の中で、これは夢なのではないかとずっと考えていた。

涙を流すだけでは先輩がいなくなってしまったと信じることはできなかった。

告別式の後もしばらくは、何とかして先輩に会うか、いや声を聴けるだけでもいいと、いろいろ考えた。


壊れてしまったという先輩の携帯に電話をかけて、誰も聞くこともないだろう留守電にメッセージを入れた。

もし掛けなおしてきてくれるなら、亡くなっていてもいいから伝えたいことがたくさんあった。

その先輩の名前で着信が来ないかななんて、今思うとちょっと怖いけれど、真面目に期待していた。


先輩が写っている写真を取り出してきて、こんな顔の人だったっけとか、どんな声だったっけとか、

すぐに思い浮かぶくせに、遠くなってしまった記憶を引っ張り出すように、この人はもういないのだと自分に暗示をかけようとしていたこともあった。


大好きな人だったのと、身近な仲間が初めて亡くなった経験だったのが相まって、その人にかかわるすべてのことが、抜けない染みとなって残るのだった。

2011年7月末

2011年7月末。

あれから1年経つのだなあと思う。
思うというよりか、どうしようもなく沸き起こる。

もうそろそろ、先輩のことを涙なしで思い出せるようになった。
でも考えるのはやっぱり、なんで亡くなってしまったのか、まだ会いたい、一緒に活動したいということ。

寂しさは消えない。

割り切れない数を割っていっても、絶対にゼロにはならないように。

その染みは一生残るんだろう。

2011年8月5日

8月5日。


8月3日から数えて、3枚目の不在連絡票がポストに入っている。

ここ数日自宅に帰るのが遅く、配達されてくる荷物が受け取れない。急ぎの荷物なので、そろそろ営業所に取りに行かないといけない。

少し遠いが、預かってくれている営業所まで取りに行くことにした。


営業所の住所を調べていて、どきりとした。

地図の圏内に、去年行ったあの斎場の最寄駅が載っている。

近くなんだ。忘れない、駅の名前。××××。私にとっては忌々しい、思い出す度に胸がつかえる文字列。

でも、あの時は駅からタクシーで斎場に行ったんだ。駅から斎場までは離れていたのかもしれない。

明日行くときは、路線の都合で別の駅を使うことになる。どうということはない。

だけどまた思い出すことになるなんて。先輩の命日に近い日に、これはなんという偶然なのだろう。

2011年8月6日-1

8月6日、昼。


とある活動で3年間使っていたパペット人形が、古くなったため新しいものと入れ替えられた。

新しいものが入っていた箱がちょうど骨壺のようだ、と誰かが冗談を言ったことで、私たちメンバーは「古い子のお葬式をしてあげよう」と息巻くことになった。

一人はその箱を棺にし、紙の花で中を飾り、一人は人形を携帯電話のカメラで撮って遺影を作り、私は紙工作で位牌を作った。

あまりにもリアルな出来だったので、これはお焼香もできねばと、爪楊枝を緑に塗って線香も作った。

まぎれもない「葬式遊び」で、私たちのようなもう20代も半ばのいい大人がすることではないし、大事な人を失くした誰かが近くにいたら、その人をひどく傷つけるだろう。

死者を軽んじているとも言えかねない、まさに禁じられた遊びであることだろう。

でも私たちは本当に真剣に葬儀を再現し、私はその遊びを通じて思い返す、ああ1年前にこんな様子で私の大好きな先輩は弔われたのだ。

儀式の再構築により人の死を消化しようとしている自分がいる。

そしてこの遊びを行った今日が、1年の中で最も先輩のことを強く思い出す時期と重なる偶然に、不思議な何かを再び感じていた。

2011年8月6日-2

8月6日、夜。

宅配業者の営業所に向かう。

最寄駅で降りると、駅のディスプレイに、セレモニーホールと葬儀会社の広告。

ここにもあるんだな。つくづく葬儀関係のものをよく目にする日だ。


降りた駅からiPhoneの地図を頼りに歩く。

工場地帯なのと節電のために歩く道程は暗く、人通りも少ない。駅から目的地までの道のりは近くない。徒歩15分くらいというところだろうか。

詳細を見るために、地図を拡大した。

そしてまた、改めてどきりとする。目的地の近くに、●●斎場と表示が現れた。

そのときまで、先輩の葬儀があった斎場の正確な名前は忘れていたけど…そうだ。●●斎場だった。もう間違いない。その近くだったのだ。


どうする?
どうするって?
行ってみる?
え、何をしに?
さぁ……思い出しに、かな?


●●斎場を通るなら、来た時に降りた駅からここまでの距離よりも断然長くかけて、あの、胸のつかえる××××駅へ向かわなければ帰れない。20,30分かかるだろう。

そんな時間をかけて、行ってどうする?


自分会議の結論が出ないまま、営業所に着いた。スタッフが荷物を検索している間、地図で何度も、現在地と●●斎場の位置関係を確かめる。

これはもう、営業所を出て自分の足が向いた方向に行こう。

行かなければ行かなかったで、きっと後悔する。そんな気がする。


荷物を受け取って、営業所を出た私は、結局●●斎場を通ることにした。


だって、こんな偶然があるか?

先輩を思い出すこの季節に、図らずもメンバーと葬式遊びをすることになり、その同日に、先輩が天に昇った斎場の近くに立ち寄るなんて。

もしかしたら、●●斎場に行ったら会えるんじゃないか。

ちょっと怖いけど、先輩に会えるならいい。

道は暗くて、闇に吸い込まれそうで、引き返した方がいいんじゃないかと言ってくる冷静な私もいたけれど、そこは押し切って、進んだ。


蒸し暑い夏の夜の空気を泳ぐように歩くと、汗が止まることなく噴き出してくる。

1年前も、あれは昼だったが、猛暑の中で、涙と汗がいっぺんに出たせいで軽い脱水症状になった。

そうだ、斎場から駅に戻るタクシーは30分待たないと来ないとかで、サークルの仲間たちと、礼服に汗をかきながら斎場から駅までの道を歩いたんだ。

それを再現してみようか。


20分ほど歩いて、見覚えのある土手が目に入ってくる。

相変わらず辺りは暗く、私は霊感がないから、この世のものでない存在がいたとしても素通りしてしまいそうだ。

暗くてよく見えないが、この右手側があの斎場。

目の前には15メートル長くらいのトンネルが、意味ありげに構えている。

すべてのものが何かを意味していると思ってしまう。

たとえば、このトンネルはこの世とあの世の境目かもしれない、とか、こういう場所に霊魂の類は留まりやすいのではとか。


トンネルを超えると、「●●斎場 出口専用」という看板が現れた。

ここだ、ここなんだ。先輩の名前を心の中で呼んでみる。いるなら何か返事してみて。

……駄目か。


私はその看板の横から、中の様子を見た。一応お辞儀をしておく。礼を欠くより怪しい人と思われた方がいい。

広い駐車場と、囲むように立つ建物。

暗いけれどはっきりとわかった。わけがわからないまま先輩を見送った場所。

報せを受けた告別式の前の晩、動機が収まらなかったこと。その中で、知っている限りの人に報せを転送したこと。

深夜だった。当然、その夜は眠れなかった。

駅からタクシーで斎場に着いて、先輩の名前を見つけて、冗談であって欲しかったのにと愕然としたこと。

久しぶりに会った仲間。

焼香を待っている間、BGMで流れていた先輩の演奏するピアノの録音を聴いて、何とも言えず悲しみが増したこと。

仲間の中でひとり、出棺に間に合わなかった人がいたこと。

告別式の後すぐ仕事に行って、とりあえず笑おうとしたこと。

いろいろなことを思い出した。

そして、仲間と一度歩いた道を、もう一度歩く。そうだこんな道だったと、思い出しながら。


結局、××××駅に着くまでに、先輩の声も聞こえなかったし、姿も見えなかった。

もしかしたら、お盆前だったから、まだこっちに帰ってきていなかったのだろうか。


だけど、お盆にもう一度斎場に行こうなどということは、全く思っていない。

自宅に帰ってしばらくして、そんなものが聞こえたり見えたりしたら大変なことだ、見えるわけがないのだと、そもそも斎場に行ったっているわけがないのだとなんとなく思い直したのだった。


先輩、今どこにいるんですか。

私は今日、亡くなった人について考える偶然をたくさん受け取りました。

帰ってニュースを見ました。
今日は原爆記念日でもありましたね。

何かが何かを引き寄せて、私もそれに引き寄せられました。

ついでに、先輩も引き寄せてくれればいいのに。

1年経った今も、私、先輩が亡くなったことを全然受け入れられていないんですね。

こうして書いている今も、この文章を見た先輩が、書き込みをしてくれないかなと期待したりしています。



会いたいです。

とても、会いたいです。

弔いの記憶

弔いの記憶

お盆前の8月6日、1年ほど前に亡くなった先輩への強い思いと、起こるいろいろの偶然。 ひょっとしたら意味のない、でも大きな意味があるかもしれない、夜の散歩。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-07

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 2010年7月末
  2. 2011年7月末
  3. 2011年8月5日
  4. 2011年8月6日-1
  5. 2011年8月6日-2