落雷が音をたてて
コンビニで成人向けの本を立ち読みをしていましたら、事件が起きました。
傘立てに置いていた大切な傘が無くなってしまいました。
神様。
僕のあの傘、どうしたんでしょうね?
ええ、二月前まで付き合っていたあの娘がくれた傘ですよ。
あれは好きな傘でしたよ。
あれをなくした今、僕はとても悲しい。
完全に立ち読み目的で来た僕には財布なんて物はなく、
残された術はもはや無いでしょう。
雨の降りしきる暗い道を、風に吹かれながら歩くだけです。
お聞きなさい、落雷でしょうか?
傘を失くして、僕は雷が恐い。
聞いた事があります、
宝くじの一等を当てるよりも雷に当たる確率が大きいと。
もう知りません、雷に当たっても雷が悪いんだ。
コンビニという安楽の地から一歩外の雨という陰鬱な世界に。
自宅までは500m位です。
それでも、濡れるのは嫌です。
傘を盗んだ小汚い外道野郎を恨みました。
そんな野郎を見つけたら四肢をバラバラに引き裂いてやる。
でも神様は僕を可愛がってくれたのでしょうか。
僕は運命を初めて信じてしまいました。
「あら、傘をお失くしに?
濡れてはまずいですわ、さあ」
と言ってその女性は傘に僕を入れてくれたのです。
「お家はどちらで?」
「ここをまっすぐ」
黒髪のお嬢さんは安っぽいリンゴの香水をしていました。
前歯の銀歯が妙に可愛くてたまらない。
「梅雨の時期は傘がなくては駄目よ
私も大抵は持ち歩いているわ」
「僕も持っていたんだがね、
どうやら盗人がいたもんでね、いやあ悲しい」
本当は嬉しい、あなたのような可愛いお嬢さんと相合傘できるなんて。
でもそんな愛すべき時間はすぐに終わってしまいます。
人生はそういうもんです。
「ここです、ありがとうございました」
「いいえ、平気よ」
「あなたはどちらのお住まいで?」
お嬢さんは一息置いて答えました。
「ずっと遠くの橋の下よ」
「なんなら次はあなたが傘を失くしましょう。
僕が今度はあなたを送り届けます」
笑いかけたお嬢さんを落雷が遮ります。
お嬢さんは驚いた顔で僕に抱きついてきました。
お嬢さんは悲しい顔して言いました。
「当たって死にたかった」
僕もだよ、でもあなたに会えたから来年までは生きます。
「それじゃあ、さようなら」
お嬢さん、さようなら、お世話になりました。
でもその傘は返してください。
僕のあの傘はいま何処。
落雷が音をたてて