天使のハンマー

部屋の掃除をしながら、高山ツクシは溜め息をついた。
何で俺の部屋はこんなに汚いんだ、と。
血液型を女子に聞かれるのが嫌なんだ。

「ツクシ君って何型?」
「A型」
「ええ,うそでしょ?」

こんな会話を何度したことでしょうか、ツクシは覚えていないでしょう。
人間を血液型なんかで判断するな。
人間を簡単に判断するな。
人間を表の皮一枚で判断するな。
と声高々に叫びたかったでしょうがここは狭いアパートですから控えます。
「俺は血液型も迷信も神様も信じない」
「神様は信じなきゃ駄目よ」
ツクシの独り言に答える声がありましたがその直後です。
頭にガツンと重い一撃を食らってしまいました。
後はずるずると運命に身を任せるのみです。
どうか殴った方が犯罪者ではないことを願うだけです。
助けてください、神様。駄目なら恨みますよ。


目が覚めると自分の部屋にいた。
これで犯罪者たちのアジトにでもいたら舌を噛み切るしか残された術はなかったのですが、
その心配はないようです。
「やっと起きた?」
その声は誰だ。
「私はね、天使」
それを言われてはい、天使ですか、はい、了解しました。
と言う馬鹿がどこにいるか。


「天使ってあの天使?
そうは見えないね」
その天使はあろうことか、白い水玉のワンピースを着ていました。
あれ?天使って白い衣に身を包んでいるのでは… 。
「人間を表の皮一枚で判断するな。
さっきあなたはそんな事考えてたでしょう?
まあ、私は人間ではないけどさ。
人間世界に降り立つときはこーんな格好するのさ」
ふーん… 。
ていうか、変な口調ですね。
「そうかな?」
ツクシくんはそんな口調の彼女(天使)に惚れました。



「今、なんかわたしのこと可愛いとか想ったでしょ」
「君、心読めるの?」
「そうでなきゃ天使なんて仕事やってられないわ。
だから、今日はあなたの所に来てあげたの」
来てあげた、そんな上から目線の口調が好きです。
まあ本当に上から見ているのでしょうけど。
「何でこんな所へ?」
「あなたのお部屋が汚いからよ。
これじゃ、汚部屋よ」
「君はあれかい、
お掃除係みたいなもんかい?」
ツクシは的外れとも思える質問をぶつけた。
「私は未来のあなたを助けに来たの」



「未来の……僕?」
「そうよ、簡単に説明しちゃうとあなたは結婚できない」
「ええ?」
ツクシは驚いた。
それでも天使さんは冷静だった。
「だ、だって僕には仲の良いガールフレンドはいるし、
それに高校の時には彼女もいたけど…」
「彼女がいたって、結婚できるわけではない」
天使さんのその言葉、その通りです。
ツクシには天使さんのお言葉の意味が分からなかったのでしょう。
世界で一番、困った顔をしていました。
「理由を…教えてください」
「説明しちゃう?ふふ」
天使さんは首を少し傾げて微笑んだ。
微笑みの彼女はとても美しかった。
でも、溜めるのは少しだけ焦れったい。
「教えましょう。
あなたはお掃除がお下手です。以上!!」


「お掃除がお下手…ってそれだけ?」
「それだけのこともあなた、できてないじゃない」
「でも、やろうとしてるよ」
「やろうとしてても、できてなきゃ話にならないわ」
ツクシは納得いかなかった。
でも、確かにお部屋のお掃除はまともにできてちゃいなかった。
部屋の脇にはAmazonの段ボールが積まれていて、
ゴミ箱の中にはポテトチップスの空き袋でいっぱいだった。
一人暮らしの大学生だからといって、許される問題ではない。
それに未来の自分の問題がかかっているらしいのだ。
思ったより深刻なのかもしれない。
「第一ね、掃除中に本を読んではいけないわ」
ツクシの足下には掃除中に見つけた本が置いてあった。
「少しだけ、ページをめくっただけさ」
「それを人は本を読むと言うのです」
まったく…イチイチ突っ込んできやがって…
「うふふ、もう一度言ってごらん?」
ごめんなさい。


それから二時間ほど、ツクシとヘルパーさんのような天使さんはお掃除をした。
二時間もすれば、どっちとどっちがbefore afterか分かる域に入った。
ツクシくんよりも天使さんの方が嬉しそうな顔をしていた。
世界で一番嬉しそうな顔を。
「それで、どんな問題が僕に?」
「怒らないで聞いてくれる?」
勿論ですとも。
「君は大学生よね?」
「そうだけど…」
「あなたにはそこそこ仲の良い女のコがいる。
名前は…瑞穂さんよ」
瑞穂さん…渡部瑞穂。
同じく文学部生の子だけど、一番仲が良いわけではない。
普通の女友達っていう感じな存在だ。
「ある日の暮れ方のことです。
あなたは、瑞穂さんをお部屋に連れ込みました。
ところがどうでしょうか、あなたのお部屋はまさに惨状の如き。
恥の極み、恐怖の感情にも似た想いが詰め込まれたお部屋だったのです」
天使さんはツクシ君に昔話でもするかのような口調で語りました。
実際は未来話なのですが。
「それで僕と瑞穂さんは…」
天使さんは悲しそうな顔をツクシくんに向けました。
二人そろって悲しい顔をしていました。
天使さんはバッと立ち上がりました。
「でも、こうしてお部屋は天国へと変わったわ」


「私は、どうやら未来を変えてしまったようね…ふふ」
天使さんは一人笑いました。
「天使って、人の未来を変えてしまって良いんですか?」
「だって、あなたからヘルプが来たんだもん」
人間の僕が天使にお助けを求めた…?
ツクシは全く話がわからなかった。
未来の世界には、天使に繋がる公衆電話があるのだろうか。
「あなたが私のもとへ来てくださったの」
「君の住まいは鎌倉かい?
それとも、横浜かい?」
「私は天国よ」
つまり……
「あなたは死んだ、自殺した」
やっぱり……
「瑞穂さんに帰られたあなたは密かに、お部屋の掃除をしたの。
でもあなたの癖でついつい見つかった本を読んでしまった。
それは高校の卒業文集だったの…
それにはこう書いてありました
“未来の僕へ。可愛い子と結婚してください”」
瑞穂さんは可愛い女のコです。
ツクシにとって世界で一番、いいえ、世界で二番目に可愛いと思える女のコでした。
「それで、あなたは相鉄線に飛び込んだわ。
あなたの死は新聞の片隅に小さく載せられました」
ツクシの脳裏にはその新聞の記事が思い浮かんでしまった。
神奈川県横浜市にて高校生が飛び込み自殺。
××大学文学部生の高山ツクシ(21)と…
でも、ツクシはお部屋をお掃除しました。
未来の僕はきっと自殺なんてしないでしょう。
「聞いて、これは忠告よ?
人生において、異性への愛情と人生への油断は禁物よ」
その教えをツクシは一生守ることになるとは、ツクシはまだ知らず。
天使さんはさようならと言わんばかりに窓辺に立ちました。
行かないでよ、天使さん。
「だめよ、ツクシくん。
また私を呼ぶ声がありますから…」

天使さん
天使さん
天使さん
天使さん
天使さん
天使さん
天使さん

「さようなら、ツクシくん
あなたはきっと良い大人になれるわ」


気がついたらツクシはベランダに一人立っていました。
日はもう落ちて、そらには月と何個かの星たちがあるだけです。
田舎じゃないから無数の流れ星なんて見えませんが。
遠くの道路をライトを点けた車が走っていくのが見えましたが、
それらは夜に見るとなんとも奇麗なのです。
蒸し暑い夜ですからクーラーをつけているのか、
機械音があちらこちらから聞こえてきます。
あれは、夢だったのかな…
でも、振り返るとそこは奇麗に片付けられた部屋。
ツクシはタバコの吸い殻を虚空へと投げ捨てると、
クーラーをつけてベッドに横になった。



0時34分 天国にて

「天使No.4号
タイムマシン無断利用、及び歴史変更罪により罰を与える」
「お待ちを、最後にもう一人だけお助けしたい人がいるのです」
「それは誰だ」
神の恐ろしく低い声が法廷の床を振動させる。
「渡部瑞穂さんです。
世界で二番目に可愛い女のコです」
天使さんの隣には首吊りロープを持った瑞穂さんが立っていました。
世界で一番きれいな顔をしていました。
「許さぬ」
断言した神を天使さんは隠し持ったハンマーで殴ったのです。
天使さんと瑞穂さんは駆け出しました。

天使のハンマー

天使のハンマー

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-23

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