+クロス*グラウンド+

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朝のまぶしい陽射し。


少し暑いそよ風。


起きようか。


ちょっと寝返りをうってみた。
もう少し寝ていたい。


いや、寝転がっていたい。



だからあくびをしてもう一度空に目を向けた。



これはある街角の小さな小さな物語。



恋をするのは人間だけではない。


この街角の猫たちだって、するのだ。

暑い下り坂


塀を降りたとき、僕の横を大きな怪獣が通り過ぎた。
細かい土埃が舞い、目に入る。じわっとあふれる涙を前足でサッと拭うと
ブルブルッと体をふるわせてホコリを払った。


僕らにとっては怪獣なんだけど、二本脚で歩くあの人間たちは「クルマ」と呼んで
よく親しんでいるようだ。
なんたって、怪獣の腹の中に座ってしまうんだから!


信じられない。


僕はフンっとしっぽを揺らして塀が続く下り坂を歩いた。



「やあ、ロアじゃないか。なにしてんだい、この暑い時間に。」


声のする方を見ると、塀の上にトラ柄の美しい雄猫がいた。


「やあレイガー。君こそ、塀の上なんかにいて暑くないの?」


レイガ―はしなやかな動きで塀を降りてロアのそばまで寄った。
ロアの鼻先をかすめたレイガ―のしっぽからはかすかにお日様のにおいがした。


「暑さなんて関係ないね。今の俺に暑さなんて、まったく!」


「この間近所の猫が熱中症になったって、母さんが。だから水分補きゅ・・・」


「だぁから。俺は平気なの!」


最後まで僕に話させず、僕の顔の下をしゅるっとレイガ―通ったと思ったら、途端に顔を近づけてきた。


「シルリヴァ。シルリヴァを待ってんだよ。」


シルリヴァ・・・。

その名前を聞いて、さらに暑くなった。



「?なんでお前が赤くなんだ?」


レイガ―が右耳を傾けて聞いてくる。


「な、なんでもないよ!なんでも・・・。」


ロアは慌てて胸の毛をなめた。

シルリヴァとは僕たちのなわばりに住む、綺麗な白猫だ。
飼い猫だけどよく外で散歩している。
シルリヴァの美しさはピカ一で、僕ら雄猫の憧れの的だ。
いや、たぶん僕らからだけじゃないのかな。
雌猫たちからも、きっと憧れの的なのだろう。

もちろん、僕も・・・憧れているうちの一匹なのだ。

だから、気になる。



「な、なんで待ってるの?まさか・・・!!」

「ちげえよ。そんなんじゃねえ。」

「・・・・ふぅ」

思わず安堵してしまった僕をレイガ―が怪しむ。

「なんだ?お前まさか・・・。」

「ちがうよ!!ちがうちがう! だって僕前に言っただろ?
 好きな猫なんて作らないーって。」

「ああ、確かに言ってた。」


それでも怪しんでいるのか、レイガ―が目を細くして眺めてくる。

そう、前に僕は確かに言ってしまった。
些細なことからだったんだ。あれは。事故と呼びたいくらいだ。

僕が初めてシルリヴァを見かけたときのことだ。

シルリヴァはあの時、4匹の雄猫に囲まれていた。
どの猫も柄が悪そうで、囲まれているシルリヴァも少なからず怖がっているように見えた。
だから、正義感だけでその囲いに入って行ってしまったのだ。 いやシルリヴァと話すきっかけもほしかったのかもしれない。

「な、な、なに話してるの?ぼぼぼぼ、僕もいれてよ。」

一瞬流れた攻撃的で、ピンと張りつめた緊張した空気。
だが…

「あぁ?なんだぁこのガキ。」
「うひゃひゃ、生憎だが、今は大人の話をしてるんでなぁ。」
「ガキはあっち言っててくれや。」
「シルリヴァちゃんに近づくのはまだ100年はやいでちゅよ~?」
『ぎゃはははは!!』

あっという間に囲いの中心に追い込まれて、頭上から牙を見せられた。
咬まれる!と思ってヒッと身を縮こませたその時だった。

「ちょっと。年下の子にそんな言い方するなんてひどいわ。
それに誰があたしと話をするかは、あたし自身が決めることよ。」

スッと、その白とも銀ともつかない綺麗な短毛を揺らして
美しい猫は4匹の雄猫たちに対抗した。

「だから、あなたたちは帰ってちょうだい。
 あたしはこの子と話がしたい。」

少しあごを引いて厳しい目をしたしシルリヴァを見た雄猫たちは
「嫌われちゃしょうがねえしな・・。」
などと言いながら渋々帰って行った。

姿が見えなくなった途端、シルリヴァが全身の毛を寝かせ
くたっと体の力を抜いた。

「ああ、怖かった。あたしああいう猫は苦手なのよ・・。」

「・・・・ごめんなさい。」

「謝ることなんてないわ。それより、あなたは誰?あたしはシルリヴァ。
 この近くの赤い屋根の家で飼われてるの。」

「あ、僕はロアっていいます。野良猫です。」

「あら、そうなの!ロア、さっきはありがとう!あなたが来てくれてなかったら
 いつまでもつきまとわれていたわ!!」

シルリヴァはしっぽで僕の頬をなでると、「またいつか会いましょ」とだけ言って走り去ってしまった。

あっという間に惚れ込んでしまった僕は、夢を見ている心地で塀の向こうへと向かった。
その向かった先で、さっきの4匹の雄猫たちに咬まれたのだ。

ノドをおさえられたとき、死を覚悟した。
だが雄猫たちはあることを言ってきた。

「まさかおまえ、そんなガキでシルリヴァを好きになったわけないよな?」
「どうなんだ!!!」

僕のノドを咬む力が強くなり、否定しないと殺されると思い
あわてて「好きな猫なんてつくらない!」と叫んだのだ。

その途端、金色の何かが僕のノドを咬んでいたやつを突き飛ばした。
雄猫たちがヒィッと悲鳴をあげて、あわてて逃げていくのを見ながら、金色の正体を見た。


「危なかったな。俺もこのなわばりに住んでるんだ。おまえ名前は?俺はレイガー。」



あれ以来、レイガ―は僕の「好きな猫なんてつくらない!」を覚えていて
幾度となくからかってくるのだ。

だからレイガ―は僕の命の恩人であり、親友でもある。



レイガ―はフッと表情を緩ませると、にっこり笑った。

「別にお前がシルリヴァを好きだろうがなんだろうがどっちだっていいんだ。」

「うそつきだ。」

「なんだよ。いや、実はさ俺がこの間川に流されてた子猫助けたのを
シルリヴァのやつ見ててさ、石にぶつけて足にできた切り傷の手当をしてくれたんだ。」

「・・・・。」

「だからそのお礼がしたいんだよ。」

「・・・・それでこの炎天下のなか待ってるの?」

「おう。」


するとレイガ―はもといた場所の塀に戻って行った。
「ここはシルリヴァの散歩道なの?」
僕はたずねた。

「あー、分かんねえけど俺の予想だと多分な。」

「・・・そっか。」


僕は再び下り坂を歩き始めた。


日差しにさらされているアスファルトは、まるでフライパンの上のようにかなり熱い。
飼い猫のように肉球の皮がまだ薄い猫は、あっという間にやけどをしてしまうだろう。

僕は生まれたときからずっと野良だから肉球の皮なんて、そりゃもうとても硬い。だから僕は平気なんだけど・・・

散歩の好きなあの綺麗な猫は、大丈夫なのかな?

人間に大事にされているのだろう。
こんな熱い道を歩いたら、きっとすぐにやけどをしてしまうのではないか。

虫が耳に飛んできてふと我に返った。

あ、またシルリヴァのことを考えていた。
一人になると意識しなくてもいつの間にかシルリヴァのことを考えてしまっている。

だって、僕は・・・・



そこまで思って、後ろをふりむいた。
まだ塀の上のレイガーが見える。丹念に毛づくろいの施されたその金色の毛を見たら、とても自分の気持ちを打ち明けるなんてできなくなる。
確かに僕がシルリヴァを好きだとレイガーやほかの猫に言ったって、
「おまえみたなガキが?」
って言われて終わりだろうし、誰も僕を恋のライバルだとは決して思わないだろう。
だから、隠さなくていいのかもしれないけど・・・。


坂道をどんどん下るうちにようやく海の匂いが風に運ばれてやってきた。
鼻を上に向けると、より匂いが増す。

よし。もう少しで海に着く。

僕らの住むなわばりには港がある。
港があると飢えに苦しむことが少なくなって便利なのだと、以前渡り鳥が語っていた。
あの時は僕はまだ幼少期だったから、よくわからなかったけど今ならわかる。

人間と共生しているということ。

人間が捕まえた魚のうち、箱につめたりしないで捨ててしまうような魚は僕らにくれることがある。
まるまる一匹くれたときは、もう近所中で集まって食べても余るくらい満腹になれる。

港のないところにすむ猫たちは、小さな獲物を捕まえて食べていくしかなく
やせ細った者が多いのが現実だ。

でも僕らには港がある。
その便利さが今ならわかるし、「便利」という言葉があてはまるのかにさえ疑問を持つようになった。


と、目の前をしらない黒猫が通った。

「あ、こんにちは・・・・。」
「・・・。」

僕の挨拶が聞こえたのか聞こえていないのか、訝しげに耳を伏せるとその猫はしっぽを縦に振って歩き去った。
近くの家の垣根に消えていくのを確認したあと、なぜか安堵する自分がいた。
 
あの黒猫は少し歳をとっているようだった。
それに、なんともいえない威厳がそなわっているようにも思えた。貫禄とでもいうのだろうか。
パッと見だったのに、体中のあちこちに傷があるのがわかったし、新しい傷も古傷もあった。
そのどれもが切り傷だった気がするが、実際どうなのだろうか。

軽く身震いし、ふたたび歩みを進めた。

帰ったらお母さんに聞いてみよう。

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  • 韻文詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-22

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