焚火
部室長屋には、電気が引かれていない。この季節、部活が終わると凍えながら窓から僅かに射し込む向かいの食堂の明かりを頼りに着替えをしなければならない。なんとかならんのか。
……と、部員達は毎日のようにぶつぶつ文句を言っているが、僕はこの不便な部室が結構好きだ。リフォーム業をやっているOBの先輩が、冷たかったコンクリートの床を畳にして下さってから、居心地が格段に良くなったのだ。それでも寒いのには違いなかったが。
僕は引退後も部室に入り浸っている。塾が始まるまでの時間潰しをするのに丁度良い。ラジカセでFMを聴きながら、ゲームボーイをぴこぴこやるのだ。今日は、塾で同じ授業を取っている古元も一緒に居た。
「むっちゃ寒いなあ。カイロでも持って来たら良かった」
古元は独り言のように呟いた。カイロならその辺で見たような気がする、と思い、暗い中殆ど手探りで探した。これは何だ、と手に取ったものを窓に近付けて見ると、秋の遠足の飯盒炊爨の為に持って行ったチャッカマンだった。
「そうや、これで焚火したらええねん」
「は?」
僕の提案に、古元は素っ頓狂な声を上げた。僕はそれには構わず、ゴミ入れになっている菓子の空き缶を手に取り、机として使っているみかん箱の上に乗せる。中には紙屑が入っている。これを燃やして焚火をすれば、ランプ代わりにもなるし、暖も取れるではないか。
「箱焦げるで」
「雑巾でも敷いといたら大丈夫やろ」
都合良く湿気た雑巾が転がっていたので、何枚も重ねておいた。その上に缶を置いて、塾の不要プリントを破って追加してから、点火。
「お、ええ具合になってきた」
などと悠長なことを言っていられたのは初めだけであった。火はみるみる内に大きくなっていく。
「おい! やばいぞ!」
そう言って立ちあがった古元の身長を、火は今にも追い越しそうな勢いだった。
「水汲んで来る!」
叫ぶようにそう言い、古元はバケツを持って出て行った。
僕はただ、火をぼんやりと眺めていた。もしこのまま火事になって、部室長屋が全焼でもすれば、「受験勉強に嫌気がさして放火しました」とでも言ってしまえばどうか。事件になるなあ、僕は犯人として有名になるなあ、不祥事で部は廃部になるかなあ……
――バッシャーン。
冷たい水をぶっかけられて、火も僕の妄想も消えた。
「冷たい……」
「自業自得や! 阿呆!」
空のバケツを畳の上に放り投げると、古元は鞄を持って出て行ってしまった。
ずぶ濡れの僕は……このまま凍え死んでしまおうか。
焚火