『はじまりのとき』
『はじまりのとき』
雪がちらちらと降り出した駅のホームに、新幹線が到着した。真由は光一と握り合っていた手をほどくと、小さく手を振った。
「また、来月ね」
「ああ、またな」
光一もそう言うと、車輌内に入っていった。
そして、新幹線が出発したあと、真由はゆっくりと踵を返し、家に帰っていった。
遠距離恋愛を始めた頃は、寂しくないよ、なんて強がっていたけど、数ヶ月もしたら、やっぱり寂しくて、悲しかった。それでも乗り越えてこられたのは、やっぱり光一のことを愛しているからだったと思う。別々のところで暮らしていても、心は繋がっているのだ。
そして、一ヶ月が経ったある日、真由と光一は再会を喜びあったあと、遊園地に行った。そこは、二人で行きたいね、とよく話し合っていた場所だった。
中に入ると、たくさんのカップルや家族連れで賑わっていた。辺りを見渡していると、突然頭上から悲鳴が聞こえてきたので、見上げてみると、ジェットコースターがもの凄い勢いで地上へと走ってきていた。
「あれ、面白そうだね、私たちも乗ろうよ」
「マジかよ。俺、あれ苦手なんだよな」
「いいから、いいから。乗ろうよ、ねっ」
真由は嫌がる光一を半ば強引に連れていった。普段は男らしいのに、こういう時だけ弱々しくなるのが、妙に可愛らしかった。
順番を待っている間も、彼は溜息をついていたが、真由は笑いながら励ましていた。そして、ジェットコースターに乗り込み、席につくと、光一は恐怖で引きつったかの様な顔をしていた。ガタン、という音と共に発進すると、彼は訳の分からない悲鳴を発しながら、必死に堪えていた。それが、真由にはとてもおかしくて、笑いを堪えるのに必死だった。
ジェットコースターから降りると、光一の足はがくがくと震えており、真由の肩にもたれ掛かってきた。
「ねぇ、もう一回乗ろうよ」
真由がいたずらっぽく言うと、光一は泣きそうな声で、マジ勘弁、とだけ言った。
それから、少しの間休憩したあと、昼食をとり、午後からも乗り物に乗っていった。
そして、最後の締めに、二人は観覧車に乗り込んだ。もう、とっくの昔に太陽は西の空に沈んでおり、辺りを闇が支配していた。だけど、空高く昇るにつれ、地上に光り輝くネオンがいっぱいに広がっていった。
「夜景、すごく綺麗だね」
「ああ。こんな景色、初めて見たよ」
光一はそう言うと、少し間をあけて言った。
「なぁ、俺と結婚してくれないか?」
「えっ?……私で、いいの?」
あまりにも唐突なことを言われたから、真由は思わずそう聞き返してしまった。
「冗談でこんなこと言うわけないだろ?」
光一は鼻で笑いながら言った。
すると、彼の顔が、ゆっくりと真由の顔に近づいてきた。それがどういうことかわかると、真由は瞳を閉じた。そして、次の瞬間、彼の暖かい唇が触れた。しばらくの間そうしていたあと、彼の唇が離れていった。
「これが、俺の気持ちだ」
「ありがとう。すごく嬉しい」
真由は光一の胸に飛び込み、抱きつきながら言った。彼もそれに答えるかのように、真由の体を思い切り抱きしめてくれた。
「いつ結婚式挙げよっか?6月がいいな」
「ジューンブライドか?そんなの迷信に決まってんだろ?」
「そんなことないよう」
真由は唇を尖らせながら言った。
結婚するのは、まだもう少し先になりそうだけど、きっと幸せになれる。
二人は観覧車が下に着くまで、ずっと固く抱き合っていた。
『はじまりのとき』