ギルティクラウン -Another Crown- 02
なんだかんだと前回の01の投稿から大分時間が空いてしまいましたが、オリジナルテレビアニメ、ギルティクラウンのオリジナル二次創作「ギルティクラウン-Another Crown-」の02です。
前回同様、原作のキャラクターは殆んど出てこない設定流用の二次創作ですが、お願いします。
既に01を読んだけれど忘れてしまった方、今回が初めての方は次にURLから01をどうぞ。
http://slib.net/11941
まだまだ上手い文章を書く事が出来ませんが、よろしくお願いします。
君に触れたとき 高鳴る鼓動が聞こえた――。
「あああああああ!」
右腰に溜めた剣を一閃。ゴーチェを上下に分断する。
爆発が起きる前に、遥を連れて陣を空中に展開し、それを足場にして上空に逃れる。
「これで三機目!」
俺は遥と一緒にひたすら走っていた。
一機目のゴーチェを斬った後、近くにいたらしい増援のもう一機を破壊し、倉庫を脱出した。
更に、港の入り口で待機していた一機を今切り倒し、俺は遥の手を引いて走る。今のところ一般人に見つかっていないのは、運が良いのかもしれない。見つかっていたら巻き込むことになるかもしれないし、それに顔が割れたら今後の生活にも支障をきたす可能性もある。
そういった点から、俺たちはなるべく顔を見られないように移動するしかなかった。が、ここで一つ問題がある。
分かりきっていたことだが、ヴォイドを使い始めてからの俺たちの行動は目立ち過ぎていた。エンドレイヴの爆発によって、港の一部から火災が発生している。誰かが通報したのか、遠くから消防車のサイレンも聞こえてきて、その内野次馬も集まってくるだろう。そうなったら逃げ場が無くなる。だから、あまりやりたくはないが空中を逃げることにした。
「遥! 俺に掴まるんだ!」
「うん」
ギュっ、と俺の胴体にしがみ付いた遥を、俺も空いている左手でしっかりと支え、そしてさっきと同じように空中に陣を展開してそれに飛び乗った。それを何度も繰り返し、俺は空中を走る。とにかく高く上り、俺は一番近くのビルの屋上に到達した。
「走るぞ!」
また遥と手を繋いで、屋上を全速力で向こう側まで駆ける。
「しがみ付け!」
「うん」
そのまま、遥をしっかりと掴まえて、俺は屋上から飛び出した。
「あああああ!」
すぐさま陣を展開し、足場にして空中を駆ける。またビルの屋上に着地、また空中を走る。それを繰り返して、俺は逃げ切ることに成功した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ここまでくれば大丈夫だろう」
俺たちが降り立ったのは、GHQの包囲網を越えた所にあるデパートの裏口だ。ここなら向こうから見つからずに俺の家まで行くことが出来る。
「走るぞ――」
と言って走り出す前に、右手に持った剣を思い出す。いくらなんでもこれを持ったまま移動するのは気が引けた。こんな巨大な凶器を持っているところを誰かに見られたら、即通報されてしまうに違いない。それは避けたい。
「なぁ、これどうやって戻せばいいんだ? お前の心なんだろ?」
「……?」
遥は一瞬首を傾げ、次に、何かを持っているかのように握った右手を自分の胸辺りまでもってきて俺に見せ、その手を開く動作をした。
「ええと、放せばいいってことか?」
「……」(コクリ)
遥が頷く。俺は遥がしたように剣を胸の辺りまでもってきて、手を放した。
「おお!」
すると、剣は俺の手を離れた瞬間銀色の糸が解けるように形を崩し、遥の胸の中に吸い込まれていった。
「一体どういう仕組みになってるんだ?」
世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあるようだ。
「おっと、驚いてる場合じゃないな。行くか」
俺は遥の手を引き、走り出した。
………………。
…………。
……。
「で、これはいったいどいう事なの?」
「すいませんでした……」
「なんでケチャップ買って来るだけでこんなに時間が掛かるのか、詳しく教えて欲しいんだけど」
「いや、これはその、深い事情があって」
自宅の玄関前で、俺は美里に質問攻めにあっていた。まぁ、ケチャップを買いに行っただけで一時間以上も帰ってこなければ誰でも何かあったと思うのが当たり前だろう。
そして、間の悪いことに、俺にはもう一つの厄介ごとがあった。
「王さま、どうしたの?」
「王、様?」
「げっ……」
ずっと俺の後ろに隠れていた遥が、辛抱出来なくなったのか顔を出していた。美里が不審な人物を見る目で俺と遥を見ている。何か、有らぬ誤解を受けそうな予感がする。
「……ねぇ、悠馬」
「……はい、なんでしょう」
「王様って……、どういうこと?」
「ハハハ、なんだろうね? 俺にはさっぱり何のことだか分からないなぁ……」
自分が今冷や汗を掻いているのが手に取るように分かる。かつて無い窮地に立たされているような錯覚すら覚えるほどだ。
「正直に、答えて……」
「何を言っているんだ、俺はいつだってしょうじ――」
「しょ・う・じ・きに、答えて」
「……はい」
その後、俺は遥との出会いから、GHQのエンドレイヴが襲ってきたこと、更にはヴォイドのこと。どれも突拍子も無い事で、案の定美里は半信半疑だ。
「えーと、話を整理すると……、悠馬が王の能力(ちから)ってもので、襲われていたこの子を助けたと」
「はい、そういうことになります……」
「……本当の事なの? ファンタジー過ぎて信じられないんだけど」
「いや、これが全部本当のことなんだよ。遥の中から剣が出てきたんだ」
「……全部悠馬の妄想とかじゃなくて?」
「本当だって!」
「なら、証拠を見せて」
「証拠?」
「その王の能力(ちから)が本当にあるのか、その証拠を見せて」
「と、言われても……」
俺は自分の右手を見る。確かにこの手で遥からヴォイドを取り出したが、そもそもあの時は無意識で、俺自身どうやって取り出したのかが分からない。それに、仮に取り出したとして、さっきみたいに光の柱なんてものが出現したら、近所の人たちに絶対に気づかれる。
「な、なぁ……」
「?」
どうしたらいいのか分からない俺は、後ろで手持ち無沙汰にしていた遥に意見を求めた。
「あのヴォイドって、どうやったら取り出せるんだ?」
「? さっきと同じに、すればいい」
「いや、それが分からないんだが……」
「じゃあ、実際にやってみたらいいと思う」
「は?」
「はい……」
「ちょっと、さっきから何話して――」
と、美里が俺と遥のやり取りに痺れを切らしたのか、会話に割って入ろうとした。同時に、遥が俺の右手を取り、美里の胸の中心に持っていったのが同時だった。
「「へ?」」
同時に、俺と美里は固まっていた。美里は自らの胸に触れている俺の手を呆然と見つめ、俺は美里の胸の感触に呆然として、数秒、時間が止まったような感覚に陥った。
「「………………」」
なんというか、美里は意外と胸あるんだなぁと思ってみたりして。
「き……」
「あっ……」
理解が追いついて。
「きゃああああああ!」
「がはっ!」
気づくと美里に顔面を殴られていた。
「痴漢! 変態! 性犯罪者あああ!」
「ぐえっ! 待っ、ちょっ! 腹は止めろ!」
倒れた俺は、美里に腹を踏みつけられた。三連続だ。胃液が逆流しそうになるのを気合で耐え、なんとか美里を宥めて立ち上がることに成功した。
「王さま、大丈夫?」
「あ、ああ、なんとか……」
そのやり取りをただ眺めていた遥は、俺のことを王様と呼ぶ割に敬う事はしないらしい。なんとも薄情な事だった。
「ふん……」
「美里、悪かった。でもわざとじゃないんだ」
「……知ってるわよ」
美里はそっぽを向く。
「はぁ……、なんかもうこうしてるのも馬鹿らしいから中に入ろう」
「あぁ、そうだな」
美里が家の中に引っ込み、俺も遥を連れて中に入る。と、今の今まで気づかなかったが、遥は靴を履いていない。とりあえず玄関のマットで足を念入りに拭いてもらい、リビングに通した。
「ご飯、温めなおすから」
「頼む」
美里はキッチンに向かい、俺は遥をどうするか考えることにした。
「遥」
「なに?」
「遠慮せず適当なところに座ってくれ」
「うん」
俺は椅子に座り、遥はリビングの全体を逡巡した後。
「おい……」
「なに?」
「そこに座るという選択肢はないだろう」
「どうして?」
「どうしてって……」
遥が座ったのは、俺の膝の上だった。重いということは無いが、俺も一応年頃で健康な高校生だ。遥は正体不明で、着ているのもぼろぼろの布だが、俺はその下に守る物が何も無い遥の裸体があることを知っていて、直に見てしまったこともあって、どうしても想像してしまう。となると、俺の起こす反応は決まっていた。
「? 王さま?」
「……なんだ?」
「なんか、お尻の下が固い物に当たってる気がする」
「気のせいだ」
「?」
遥は不思議そうな顔をしたが、それ以上気にすることもなく、だから座ることも止めなかった。果たして俺はこの状況を喜べばいいのだろうか、それとも後悔すればいいのだろうか。正に神のみぞ知るだ。
「……何やってるんだか」
そんな俺たちを、美里が呆れたように見つめていた。
………………。
「で、どういう事かちゃんと説明して」
食事が終わり、一息吐いたところで美里がまた説明を要求してきた。
「いや、さっき言ったことが全部なんだって」
「信じれるはずがないでしょう、あんな話。証拠だって無いんだから」
「……まぁ、確かに」
やはりと言うか、美里はまだ納得していないみたいだ。でもしょうがないのか、俺だってそんな事を言うやつが正気とは思えないし、それに唯一の証拠である王の能力(ちから)とやらも何故か使えなかったのだから。
右手を見る。そこにはまだあの時の感触が残っていた。遥の“心”、それを取り出した時の感触が残っている。実際に体験した俺すらも全部が嘘のように思える出来事の中、その感触だけが唯一実感をともなうあの出来事の現実だった。
「なぁ」
俺は遥に問う。
「俺には、王の能力が、あるんだよな?」
「? もちろん」
遥が何を当たり前のことを、と言う風に頷く。肯定した。
「なら、一体全体どうやったらそれを使うことが出来るんだ?」
「それは――」
遥は考えるように顎に人差し指を当て、呆とした表情で天井を見上げる。数秒の後、
「目……」
ポツリと、喋りだす。
「目?」
「目を、見ればいいと思うよ?」
「なぜに疑問系」
「何事も、実践あるのみ」
「何も知らないと思ったら意外とそういうことは知っているんだな。いや、根っからのチャレンジャーとか?」
「?」
首を傾げる。
「まぁ、今の問題はそこじゃないよな……」
そうだ。何も分からないのだから、何事も実践あるのみだ。
「美里……」
「な、何?」
俺は美里に向き直る。じっと、その目を見つめた。
「………………」
「うっ……」
何故か美里の頬が紅潮していくが、俺は気にせずに目を見つめ続ける。美里の奥深く、脳よりも更に深い身体の奥、そこにある筈の“心”を。やがて――、
「あ……」
俺の目が、それを捉えた。
「見える……」
美里の胸の中央、そこに秘められた美里の心が――つまり“ヴォイド”が。同時に俺の目の奥から何かがずるりと引き出されたような感覚がして、俺は自然と右手を伸ばしていた。
「美里……」
「な、何?」
「お前の心を、見せてくれ……」
「え?」
伸ばした右手が美里に触れるかどうかのところで、それは起こった。
「は、あぁ…」
苦しげで、なのにどこか艶やかな声を美里が上げ、銀色に輝く二重螺旋が美里の胸から放出される。
まるで二匹の蛇のように絡まるそれが、俺の腕に絡み付き、結晶化。形を成す。
「これが、美里のヴォイド」
取り出されたのは銀色の植物が絡まったようなデザインの指輪。俺の右手に嵌ったそれからは不思議な安心感を感じる。こうしているだけで、何かに守られているような、そんな感覚。
「そうだっ、美里! どうだこれで俺の言ったことが信じられ――」
「………………」
「美里?」
美里はピクリとも動かず、背もたれにだらりと身体を預け、気を失っていた。
「遥っ、これは一体どうしたんだ! まさか、何か副作用でも――!」
「違う……」
慌てる俺を、遥の静かな一言が抑える。
「ヴォイドを抜き出されたら普通は皆こうなる。王さまは慌てなくていい……」
「そう、なのか? でも、遥、お前はさっき何ともなかったじゃないか」
取り敢えず、俺は美里を椅子から持ち上げ、ソファーに横にする。それから遥の方を向き直った。
「……」
遥は何やら考えるように首を捻り、口を開いた。
「それは、多分、王さまが不安定、だから?」
「不安定? 何が不安定なんだよ」
「?」
「分からないのなら最初から分からないと言え…」
まぁ、美里には異常は無いようだしこの場はこれでいいか。
「しかし気絶しているとなるとヴォイドを見せることは出来ないな…」
仕方が無い、美里にヴォイドを返すか。
俺は指輪を外し、美里の左手に置いた。すると遥の時と同じように銀色の二重螺旋に解けたヴォイドが美里の中に戻っていった。
「う……」
「気がついたか?」
途端に、美里が意識を取り戻す。
「あれ……私、何?」
「気絶してたんだよ」
「気絶……どうして?」
「何と言うか……」
今日は本当、説明ばかりで面倒な日だな……。
俺は経緯を美里に説明し、夕食の時間は終わった。
俺の言う話に半信半疑のまま美里だったが、一先ず納得すると結論を下した。それから三十分ほど経過した現在、俺はどうしたものかと頭を悩ませていた。原因は微かに聞こえてくるシャワーの音と、声だ。
「ほら、――瞑ってなさ―。お湯―――から」
「王さ―は? 王―まは?」
「悠馬と――に――――訳ないでしょう!」
「………………」
発端は美里が遥を風呂に入れると言った事からだ。
俺としては今日はもう疲れたから明日でいいんじゃないかと言ったのだが、
「女の子が肌の手入れもせずに眠っていい訳がないでしょう!」
という主張により、現在の状況が出来上がった。
まぁ確かに、明日になったところで俺が風呂に入れる訳にもいかないから、ありがたいではあるのだがしかし、
「気になる……」
普段から一緒にいる時間の長い美里が風呂に入っていたところで何も感じないが、遥は今日会ったばかりなのだ。そして家の風呂を家族ではない異性二名が使用しているというシチュエーションは、今までの人生で想像したことが無く、想定外だった。
「いや、違うか…」
想像したことが無いと言うか、もう無いと思っていたが正しい。
「……あー、やっぱり誕生日は嫌だ」
考えなくていい事を考えてしまう、嫌な一日だ。
俺はベランダに出て、そこから見える景色に意識を集中した。
「きれい、だな…」
それは久し振りに見る色の付いた世界。結局原因も、直った要因も分からないまま、俺の両目は色の付いた世界を取り戻した。
一体この数時間の間でどんな変化が起こったのか、俺には知る由も無い。が、そんな事はどうでもいいと感じる。
「東京も、結構いい眺めじゃないか」
百万ドルの夜景、なんてものがあるが、俺にはこの景色ですら、それに匹敵するように思えた。
「………………」
しばらく、俺はそうやって景色を見ていた。すると、
「王さま」
「ん? もう終わったのか?」
背後から遥の声が聞こえて、俺は反射的に振り向いて、
「ぶはっ!?」
盛大に噴き出した。
「?」
そんな俺を首を傾げて見る遥は、一糸纏わぬ全裸。さっきも一度、もっと至近距離から見たが、身体から水滴を滴らせるその姿は、何故かより扇情的に映った。
もう一つの要因として、色が付いたことでよりきれいに見えるというのもあるだろうが。
「ちょっと! まだ身体拭いてないでしょう!」
ドタドタと今度は美里がこっちに遥を追ってやって来る。俺は目を逸らそうかと思ったが、やって来た美里は髪こそ濡れているものの、服はしっかりと着ていて、俺は安堵の溜め息を洩らした。
「まったくもう! 女の子が男に軽々しく裸を見せたらダメでしょう!」
「? 王さまなら、私、気にしないよ?」
「ダーメ! そういうのはいざという時の為に取って置いた方が効果が高いの!」
「いや、そういう問題では無いだろう……」
なんだか的外れな事を言いながら、美里はズルズルと遥を引きずって行った。
「……なんか、疲れた」
今日はなんてハードな一日なんだ。そして明日からの日々が思いやられる。
「なるようになるかぁ……」
気にしても仕方の無いことかもしれない。俺は、何かを色々と諦めた。そんな夏日の夜……。
「じゃあ、私は帰るけど……遥ちゃんに変なことしないように」
「しないよ」
「………………」
「幼なじみだろ……少しは俺のことを信用してくれ……」
「……分かった」
それでも疑いの眼差しを向ける美里を帰らせ、俺はリビングに待たせている遥の下に戻った。
「………………」
さて、どうしたものか。
美里もいなくなってしまって、これといった会話が思いつかない。色々聞きたい事はあるのだが、果たしてそれは聞いても大丈夫な話なのだろうか。何故GHQから追われているのかとか、ヴォイド……王の能力とは一体何なのか、そんな事を知っている遥は何者なのかとか。気になる事、聞いておかなければならない事があるのだが、残念ながら、俺と遥は出会ったばかりで、そんな人間相手に深入りする勇気が、俺には無かった。
――もう色々と遅いのかもしれないけど……。
「どうしたの?」
「うん?」
気づけば、遥がこちらの方に擦り寄るように近付いていた。蠱惑的な瞳が見つめてくる。既に遥のこういう行動に慣れ始めていた俺は特に驚くことも無く、数瞬の懊悩の後、思い切って口を開いた。
「なぁ、お前……遥は、どうして追われているんだ?」
「?」
「いや、? じゃなくて……どうしてGHQに追われているのかを聞いているんだ」
「知らない……」
「本当にか?」
「うん」
じっと、遥の顔を見る。
「………………」
嘘を吐いているようには見えないけれど、だからと言って実際的な信頼関係が俺たちの間にあるのかと言うと、“ある”とは言い切れない。しかし、ここで遥を信じなければ話が進まないのも事実。この話は一旦保留にしよう。
「じゃあさ、ヴォイドって、一体何なんだ? あんな物、俺は見たことも聞いたことも無かったぞ」
「あれは、心」
「心?」
先の質問とは違い即答した遥は、簡潔に答えた。だけどそれでは説明が足りな過ぎる。
「ごめん。もう少し詳しく教えてくれないと俺には分からないんだ」
「?」
最早定番となった遥の首を傾げる動作の後、ゆっくりと遥は喋り出した。
「人の心を、形にした、超常の能力」
「……ごめん。やっぱり聞かなかった事にしておく」
「?」
遥の説明はおそらく実際の半分ほどの意味も成していないに違いない。聞くだけ分からなくなるような気がする。
「だったら――」
聞くべきか?
「遥は……何者なんだ?」
聞いた。
「………………」
と、さっきまで即答か、首を傾げるだけだった遥が黙る。その瞳がすっと冷めるように光を失って、ポツリと、零した。
「造られた、人間……」
「え?」
「………………」
造られた人間。そう零した後、遥は自分についての一切の事を話さなかった。
「スー……スー……」
「どうしたものかな……」
あの後、特にする事も無く、なら眠るかと結論を出した俺は、遥と同じベッドで横になっていた。俺の隣には、死んだように眠る遥が居るのだ。
本当なら、俺が床で眠る予定だったのだが、そうすると遥も床で眠ろうとし、流石に女の子を床に寝かせる訳にもいかず、こうして同衾を余儀なくされた。
「まぁ、色々今更な気もするが」
裸を見てしまった訳だし、遥は異性と言うよりも“妹”と言った方がしっくりくる存在で、正直あまり緊張をしていない自分が居た。
まだ眠れないのは、単純に今日一日を振り返るとなんともまぁ分からないことばかりだと考えずにはいられないからだ。
遥の説明では、結局のところ何も分からないも同然。しかし、だ。
「んふゅ、う……」
「ほっとくなんて、出来るわけ無いよなぁ……」
遥の寝顔を見ながら、そう決意する。
拾ってきた猫に名前を付けてしまった感覚に似ているのかもしれない。育てきれやしないのに、名前を付けてしまって、いざお別れとなるとやはり情が移ってしまったみたいな。おまけにその名前がもう会えない妹のものともなれば尚更。
「とにかく、今日はもう何も無いことを願って寝るか……」
明日は七月二十六日。普通の学校より少しばかり遅い、夏休みの始まりだ――。
東京都24区、GHQ本拠地。
アンチボディズ、正式名称特殊ウィルス災害対策局、その指揮官である茎道修一郎は、ある映像を見ていた。
「………………」
それはつい先程の事、とある脱走者を追っていたエンドレイヴが何者かによって破壊された。それは起こる筈の無い事で、修一郎も驚きを隠せずにいた。しかしながら、その驚きは驚愕と言うよりは、驚嘆に近いものだった。まさか、こんなところで極秘裏に開発しているヴォイドゲノムと同じ遺伝子コードを生まれながらに持っている人間と遭遇するとはなんたる幸運、と。
肝心の映像はノイズが酷く、特に“王の能力”を発現させた人物は性別すら分からないほどだ。しかし、情報としてはそれで十分だった。
「良いサンプルが手に入りそうですね」
「君か……」
修一郎は後ろを振り向く。いつのまにか背後に立っていたのは、ユウと呼ばれる少年の姿をした「ダアトの総意を象徴する者」だった。神出鬼没の彼は、やはりこの事を知っていたかと、修一郎は思った。
「それで修一郎、君はどうするのですか? 野放しにする訳では、ないですよね?」
「当然だ。目的の為には早くヴォイドゲノムを完成させる必要がある」
「では、どうするのですか?」
「……狩人を動かすまでだ」
修一郎は入って来いと、マイクで部屋の外に呼び出しておいた人物に告げる。
「はっ、ただいま参りました」
現れたのは長髪をおさげにした長身痩躯の男。その身体は拘束具に包まれている。
「彼は……確かヴォイドゲノムエミュレーターの実験体でしたね……」
「そうだ」
男には名前は無かった。ただ、実験体I3023と呼ばれている存在。修一郎はI3023に告げる。
「I3023、お前に仕事を任せる」
「はっ、承ります」
「今から言うターゲットをここに連れて来い。最低右腕だけでも構わん」
「はっ、了解しました」
「よろしい。ターゲットは……」
修一郎は、既に調べておいた少年の名前を告げる。
「坂上悠馬だ」
「あっ、美里を旅行に誘うの忘れてた」
俺は昼間の高木と神埼に言った事を思い出し、夜遅くに悪いとは思いつつ、美里に旅行の事をメールで伝えた。
「明日は美里からの説教が待ってるな……」
俺はそう思いつつ、眠気に負けて、そのまま眠りについた。
この夏休みが俺の人生を大きく変えることを、この時俺は、考えないようにしていた。
ギルティクラウン -Another Crown- 02
ギルティクラウンオリジナル二次創作「ギルティクラウン-Another Crown-」02は如何でしたか?読者の方々が少しでも満足できたのなら幸いです。
中々筆記ペースが上がらず、前回から数ヶ月も経ってしまいましたが、完結まで書ききるつもりなので、最後まで付き合っていただけると嬉しいです。
今作を機に、原作のギルティクラウンに興味を持っていただければ、作者冥利に尽きます。
今回はここら辺にして、次回もよろしくお願いします。