あなたとわたしの。
プロローグ
いつか知る時が来るのだろうか。
当たり前の毎日を過ごす中で
未だ体験した事がない日々を送る自分を。
1
「うわぁぁぁ!」
凄まじい叫び声と共に秋風春兎はリビングへと走って行った。
「あ、お兄ちゃんおはよう」
勢いよくリビングの扉を開けると、そこには普段と何ら変わりのない様子でテレビを見ながら食事をする妹の夏花が居た。
「夏花!どうして起こしてくれなかったんだよ!昨日七時には起こしてって頼んだよね?
!」
「あーごめんごめん。すっかり忘れてたよ」 夏花は顔の向きも変えず悪気もない様子で
気だるそうに返事を返して来た。
四月六日、午前七時四十五分。
この春から通う姫宮学園の始業式当日。
そんな大事な日に春兎は初日から遅刻の危機に遭遇していた。
「あー急がねぇと始業式に間に合わねぇ」
前日に準備して置いた皺一つない制服に着替え、まだ何も入ってない学生鞄を手に玄関へと向かう。
「お兄ちゃんーご飯は?」
「食べてる時間がない!てかお前も今日始業式だろ?」
先程と同じ姿勢のまま動いていない夏花に
問いかける。
「私は始業式明日だよ」
「あ、そっか。てか時間!」
時計の針は五十五分を回ろうとしていた。
「全く、お兄ちゃんは慌しいなー」
去り際に夏花が漏らしていたが気に留めず家を出た。
始業式の開始時刻は八時三十分。
幸い家から学校の距離は近いので全力疾走すれば何とか間に合いそうである。
春兎と夏花はこの春に現在住んでいる瑞那市に二人で引っ越してきた。
両親の海外転勤が決まった為、中学の推薦で入学が決まっていた春兎に合わせて夏花もこちらの学校に転校する事になったのだ。
住まいは木造建ての築四十年のアパートだが学生が二人暮らすには十分な環境である
。
おまけに春兎の通う姫宮学園とは徒歩三十分程度の距離なのでまさにもってこいの場所だ
。
◇
春兎が学校に到着したのは八時十五分を回った所だった。
三十分から始業式が行われるので流石に辺りに生徒の姿は見つからない。
急いで校門前に張り出されたクラス表の前に行った。
「一年・・・」
何枚か張り出されている紙を一組から順に
目を通していく。
「あった・・・三組か」
三組のクラス表に一番秋風 春兎の文字を見つけた。
春兎はすぐにクラス表の横に掲示してあった校内案内所へと目をやると勢いよくその場から駆け出した。
「俺今日焦ってばっかだな」
独り言を呟きながら三組の教室に向かう。
校内表によると一年生の教室は今いる校舎とは別の棟の一階にあるようだ。
途中校舎を繋ぐ渡り廊下の先にこちらへ向かってくる人の姿が見えた。
春兎は先生だと思いすぐさま近くの壁へと隠れる。
段々と足音が春兎の方へ近づいてくる。
春兎は息を潜め静かにその場に居座った。
まるで生きた心地がしない。
やがて足音は春兎が隠れていた壁から遠ざかっていくのが分かった。
「ふぅ・・・」
何とかうまく行ったようだと気を抜いた春兎だったが近くにかけてあった時計を見て直ぐに我へと帰った。
「や・・・やばい!」
時計の時刻は既に二十五分を回っていた。
何とか教室へと辿りつき教室のドアを勢い良く開けた。
「・・・ッ!」
思わずその場に立ち尽くした。
教室のドアを開けた春兎の前方にいかにも苛立ちを隠せない様子で鬼の形相になっている一人の女性の姿を確認できたからだ。
「登校初日から遅刻しようとは中々度胸があるねー。秋空春兎!」
春兎の顔を見るなりその女性の怒号が飛んできた。
あなたとわたしの。