未来約束

糖度高めの恋愛青春短編小説。

水族館

 「水族館のチケット手に入れたんだ。いく?」
ニカッと笑ってみせる俺。女の子は戸惑いながらも頷く。
 「じゃぁ明日行こう。」
 「今日じゃないの?」
 「だめ、明日。明日行こうな。」
小5の夏休みのできごとだった。

 月日は経ち、俺は中学生になった。
 「帰ろうぜ。」
 「おう。」
二つ返事で返して俺は携帯をみる。メール7件。
 「相変わらず、お前もてるな。」
俺の携帯を覗きながらひやかしてくる友だちの横田。
 「よくみろよ、男の名前あるだろ。」
1件1件確認して、必要なものから返信していく。
もてる・・・といわれれば、そうなのかもしれない。
男女は問わず仲良くできるほうだ。
「じゃぁ、俺今日こっちだから。」
俺は横田に別れを告げ、自分の家と少し離れたところに歩き出す。
目の前に白い日傘をもった女の子が歩いていた。
 「紫乃、今帰りか。」
 「あ、おかえり。私も今病院からの帰りなの。」
 「ただいま、バッグ持つよ。」
俺は彼女が抱えているバッグを肩にかけて隣を歩き出す。
 「学校楽しかった?」
 「ああ、楽しいよ。来週は学校これるんだろ?」
 「ん、いけるといいなぁ。」
紫乃はそう言うとやわらかく笑った。
日焼けしていない青白い肌、細い足、折れそうな首。紫乃は幼い頃から身体が弱い。
学校も時々しか来れないし、週に何度か病院へ通っている。
太陽にあまり当たるのは良くないらしく、年中長袖、日傘だ。
 「紫乃、俺の家くる?」
 「え、いいの?」
 「明後日、おいで。」
 「明後日?わかった、いくね。」
彼女を家まで送り届けて俺は家路につく。
俺と紫乃は幼馴染。彼女の病気をよく知る数少ない人間。

幼馴染

 小さい頃から病気がち。
病院も看護師さんもお医者様も慣れてしまった。
走れない、いや走らせてもらえない。
学校、行けるのは体調が万全なとき。
外に出るときは、日傘、長袖ロングスカート。
ともだち・・・ひなたくん。
ひなたくんは近所に住む男の子。
幼稚園のころから一緒に遊んでる幼馴染。
私の病気を知ってるひと。
 ひなたくんは友だちが多い。
中学生になってから、さらに友だちが増えた。
ひなたくんの周りの友だちは、私にないようなものをいっぱい持ってる人たち。
ひなたくんと一緒にいると、私にも話しかけてくれる。
いい人達、だけど元気すぎて圧倒される。
少し、悲しくもなるよ。
でも、ひなたくん楽しそうで、私も笑わなきゃって。
ちょっとひなたくんが遠く感じて、寂しいけど笑わなきゃって。

 病院の帰りにひなたくんに会って、嬉しくて。
たわいのない話をした。
ひなたくんが、
「俺の家くる?」
って聞くから余計嬉しくなった。
「明後日おいで。」
ひなたくんは明後日って言った。今日だと思ったけど明後日だって。
いつもひなたくんは今日って言わない。
明日とか、明後日とか、今度の日曜日とか。
あの水族館の約束のときから、それはずっと変わらなくて。
どうしてって聞けなくて。
でも、楽しみだから。ひなたくんに会えることが。
それだけでいいような気がしていた。
でも、最近ときどきそれでは足りないような気がして。
わがままな自分がいるようで嫌で。
でも、それは口に出すことができない。
何かが崩れそうで、言えないの。

今日ということ

 紫乃が俺の家に来てすることといえば、アルバムを覗いたり、俺がゲームするのを見ていたり。
おしゃべりするのがいつものことだが、紫乃はいつも学校の話を聞きたがる。
だから俺は周りの友だち、授業のこと、先生のこと、それとなくネタを集めたりするわけだ。

 紫乃が俺の家から帰る途中、友達のナツに会った。
「あれ、ひなたじゃん。」
「よお。」
ナツは活発で人懐っこい女友達。
「あ、紫乃ちゃん!!元気?」
「うん、元気。」
紫乃はふわっと笑ってみせる。それを見てナツもニッと笑ってる。
ナツは小学校からの友人、学校にほとんどこない紫乃に変わりなく接する人間。
「あ、そうだひなた。こないだ借りたCDだけどいつ返せばいいかな。」
「ああ、じゃぁ紫乃家まで送ったらナツの家いくわ。」
「え、今日?」
「だめか。」
「いや、わかった。じゃぁ後でね。紫乃ちゃんばいばい」
元気よく手をふるナツ。力なく手を振り返す紫乃。
「紫乃?どうした。」
下を向いた彼女は横に首を振った。
彼女は言いたい言葉をよく飲み込む。
「言いたいことは言えよ?」
俺は少し強めに言った。言葉にしないと伝わらない。俺はそれが当然だと思った。
「・・・ナツちゃんは、今日なんだ・・・ね。」
「紫・・・。」
「じゃぁ、ここまででいいよ。またね、ひなたくん。」
泣きそうな顔を無理矢理笑わせたような顔をして紫乃は歩いていってしまった。
引き止めることもできた。
でも引き止めてどうする。
言えることはなにもないことは自分が一番よく分かっていた。
なぜなら自分で決めたことだからだ。
紫乃、お前は知らなきゃいけない。分からなきゃいけない。
5年前誓ったんだ。

5年前

あの日はとても暑かった。夏休みに入ったばかりだった。
俺はいつものように紫乃と遊んでいた。
もちろん紫乃は体が弱いから公園じゃなくて、俺の家。
紫乃は笑っていたし、何ごともなく1日を終えると思っていた。
そのときだった。
紫乃が発作を起こし倒れた。
すぐさま掛かり付けの病院に運ばれてそのまま紫乃は入院することになった。
またすぐ回復するだろう、と俺も俺の両親も、紫乃の両親もそう思っていたはずだ。
いや、願っていたの方が正しいか。
紫乃は治りが悪く、呼吸器をはめたり外したりを繰り返していた。
そんな日が2週間ほど続いた。
俺はやっとお見舞いに行った。なぜ今まで行かなかったのか。
苦しんでいる紫乃を見たくなかった…それもあった。
「ひなたくん、来てくれたんだ。」
呼吸器を外して、にっこり微笑む。
きつくて疲れているだろうに、笑ったんだ。
「大丈夫か、寝てていいから。」
寝ている紫乃の横に座って一時、沈黙が流れる。
それは互いに知っている沈黙だった。
それを破ったのは紫乃だった。
「ねぇ、ひなたくん。外眩しいね。」
「ああ、晴れてるから。暑いなら、カーテン閉めようか。」
「ううん、いいの。久しぶりに思ったの、眩しいって。」
窓の外を見ながら小さな声で話す紫乃。
「今日ひなたくんがお見舞いに来てくれるって聞いて嬉しかったの。だからお母さんにカーテン開けてもらったんだ。直接当たらなければお医者さんもいいって。」
脈絡のない話に思えた。俺が小学生だったからかもしれない。
「色んなお願いをね、聞いてくれるの。呼吸が安定してるときは好きな本を読んでいいし、星見たいって言ったらお医者さんが屋上につれてってくれたの。」
俺は黙って聞いていた。入院している出来事を俺に教えたいんだと思ったから。
でも、違った。紫乃の表情を見て俺は声が出なくなった。
「でもね、一個だけ聞いてくれないの。何度お願いしても、お母さんもお父さんもお医者さんも…家には帰れないって言うの。どうしてって聞くと、まだだめって。いつ帰れるって聞いても答えてくれないの。」
泣いているように見えた。でも涙は落ちていなかった。
「ひなたくん、私…死ぬのかな。」
「なにいってんだよ。」
ようやく声が出た。突拍子のない言葉に驚いたからかもしれない。
「今まではっきり思ったことはないけど、死ぬんじゃないかって何回も感じたことがあるの。息できなくて苦しくて病院のベッドの上で心臓が止まっちゃうんじゃないかって。」
「…死ぬわけないだろ!そんな縁起でもないこと…」
「…ひなたくんも考えたんじゃないかな。私が死ぬかもって考えたでしょう?だから、いつもは毎日のようにくるお見舞い、来れなかったんじゃない?」
優しいコトバだった。決して俺を責めているコトバじゃなかった。
「紫乃…。」
「ひなたくん、いいんだよ。私、今死んでも幸せなの。」
紫乃は生きることを諦めていた。死を受け入れようとしていた。俺はその時、紫乃が本当に消えてしまうと許せなかった。
そして俺はこのとき誓いを立てたんだ。
紫乃を死なせないって。

ひなたくんの友達

今日も病院に行ってきた。
お医者さんは安定しているけど気を抜かないようにと言った。
私はいつも通り頷く。
学校に行きたい。でも、学校に行くという行為は物凄く疲れることだ。
あまり体にさわるといけないと、学校はほとんど行けない。
「紫乃ちゃん?」
後ろから声をかけられて振り替えるとナツちゃんだった。
「ナツちゃん、学校は?」
「寝坊しちゃってさ。病院?」
「うん。今行ってきたとこなの。」
「そっか、学校一時間とかでも来れるときおいでよ。あたし勉強教えるし!まぁ、バカだけどさ。」
元気良く笑ってくれるナツちゃんを見ると暖かくなった。
ナツちゃんと分かれて歩き出す。
ナツちゃんはもともとひなたくんと仲良しの女の子だった。
ひなたくんは女友達ができるとよく私に紹介してくれたっけ。
学校に行ってないのに、ほとんどの女の子が私に話しかけてくれていた。
中学に入ると友達を紹介することはなくなってしまった。
もう中学生だからと寂しく感じた。
5日前、ひなたくんと遊んだ日からひなたくんに会ってない。
少し会うのが気まずいなと感じているから。
遠くでひなたくんを見つけた。あっちも私に気付いたみたい。
ひなたくんは走ってきた。でも私の足は少し後ずさってしまった。
「紫乃、病院行ったって聞いて。」
「…今行ってきたの。」
少しずつ逃げる私の足。それに気付いたのかひなたくんは私の手を掴んだ。
「俺のこと避けてた?逃げるなよ。」
「逃げないよ、逃げれないもん、走れないの知ってるでしょ?」
少し強く言ってしまう。
「紫乃…」
「ひなたくん学校、行かなきゃでしょ。」
「ああ、分かってる。でも…。」
「私避けてないよ。だから学校行ってきて。」
小さな嘘をついた。それは気付かれてる嘘だと分かって嘘をついた。

ひなたくんと分かれて、家とは逆方向に歩き出した。
家に帰りたくない。家にいたら余計に落ち込みそうだった。
ひなたくんが悪いわけじゃないのに、八つ当たりしてる自分がとても嫌だった。
ひなたくんにひどいことしてるって罪悪感もあった。
歩いている通りは商店街で、ほとんど来ない場所だ。
いつもは家と病院の行き来だけ。
友達と帰りに食べ歩くとかちょっとした夢だ。
もう少し行くと大きな本屋さんや、ゲームセンターが見えてきた。
ゲームセンターで見たことのある顔と目があった。
「紫乃ちゃん!紫乃ちゃんだよね?」
茶色の綺麗な髪が目立っている。
「そうですけど…。」
名前が出てこなくて焦る。一度しか会ったことのないひなたくんの友達だ。
「あたしレナだよー。ひなたの友達!」
「レナさん、よくわかりましたね私のこと。」
驚いていると、なんだか周りに男の子や女の子が集まってきた。
「どうしたレナ。あれ、この子紫乃ちゃん?」
「紫乃ちゃんだよな、実物かわいーじゃん。」
「紫乃ちゃんはじめましてー。ひなたのダチですー。」
7人くらいに囲まれて動転する。
会ったことない人まで私のこと知ってるなんてどういうこと。
「ほら、紫乃ちゃん困ってんじゃん。ごめんね、こいつら全員ひなたの友達でさ。」
ひなたくんの友達…。そういえば、ひなたくんは幅広く友人を作っていた。
少しばかり周りとは合わさらないレナちゃんとかとも仲が良いのだ。
「ひなたのやつさー、紫乃ちゃんの話ばっかするから!皆紫乃ちゃんの写真も見せてもらってね、顔知ってたんだよ。」
「ごめんね、勝手に写真見せてもらって。俺達がしつこく頼んだからだから、あいつ怒らないでやって。」
ひなたくんが私の話を…。
それだけで胸が熱くなった。
そうだ、紹介しなくなったんじゃない。
私が人に会わなくなったんだ。
ひなたくんはずっと私のことを気にかけてくれていたのに。
寂しいだなんて、自分で作り出した寂しさのくせに。
「紫乃ちゃん?大丈夫?あんまり詳しく知らないけど体弱いんでしょ?」
黙りこんだ私の顔をのぞきこむレナちゃん。
こんなに優しい人たちとひなたくんは友達なんだ。
「帰るなら家まで送るよ紫乃ちゃん!」
こんなに暖かい人たちに私のことを教えてくれていたんだ。
「ありがとう…ございます。」
私はやっと顔をあげ、笑うことができた。

知らなくてはいけない

「ひなたくん、ごめんなさい。」
夜の8時ごろ、紫乃から電話がかかってきた。
急に謝りだすから俺は少し焦る。
「私ひなたくんに八つ当たりしたの。ひなたくんはなにもしてないのに。私がただ寂しかっただけなのに。」
紫乃は電話の向こうで泣いているだろうか。
分からないが、声はか細く必死だった。
「ひなたくんは変わらないでいてくれたのに、私は自分で変わってしまってたんだね。」
「そうさせないように、前に戻れるように俺は願っていただけだよ。」
俺が行動するたびに、マイナスになるのではないかと不安だった。
こうして紫乃が気がついてくれることをただ祈るだけだったから。
「今日…って言葉が、紫乃の中で特別になってたんだろ?」
「うん…。私にはいってくれないコトバをひなたくんは誰にでも使うんだもん。私だけ仲間はずれなのかなって思ったの。悲しくなったの…。」
「なぁ紫乃…、逆だよ。」
一息いれる。
「特別なのはお前の方なんだ。」
「え?」
戸惑いの声。どんな表情をしてるんだろう。俺は見たくなった。
「紫乃ちょっと待ってろ。紫乃の家いく。」
俺はそう言うと返事も聞かず外に飛び出す。
家は近い。走ればさらに。
紫乃が玄関のところに立っていた。
「なぁ…紫乃。もう諦めないで欲しい。」
「なにを?」
少し目が腫れている。やはり泣いたんだろう。
「生きることを諦めないで欲しい。」
「…。」
「5年前、紫乃は死んでも幸せだっていった。でも、そんなの全然幸せなんかじゃない。紫乃が死ぬのに周りが幸せになんかなれるわけないだろ。」
「うん。」
涙が落ちる。はらはらと。
「だから紫乃、俺を生きる目標にしてほしかった。俺とする些細な約束を生きる理由にしてほしかったんだ。」
「っ…うん。」
溢れ出して止まらない。そんな紫乃を優しく抱きしめた。
「これからも俺との約束してくれるか。」
紫乃は黙って頷いた。何度も何度も頷いた。

未来約束

俺と紫乃は高校生になった。
紫乃は相変わらず病院に通ってはいるが、少しずつ俺と学校に通っている。
前よりもずっと紫乃は楽しそうだ。
俺は紫乃の笑った顔を見て嬉しくなる。
「紫乃、俺の家くる?」
「うん!あ、明日?」
「おう、明日。」
最近は紫乃の方から明日とか明後日という言葉が出る。
あのときの特別ということを気に入ったらしい。
俺としては少し気恥ずかしい思い出だが。

高校生2年の夏、紫乃は入院した。
また発作が起き、自分で呼吸が出来なくなってしまったからだ。
良くなったとは言わない。だが良くなってきていると皆が思っていたのに、またあのときのことが思い出されてしまった。
「紫乃…。」
「そんな顔しないで、ひなたくん。分かってはいたの、別に悲観的な意味じゃないよ!でも、また入院することもあるかもって。」
そう言う紫乃の顔は穏やかで、泣きそうな俺の支えだった。
「今日花持ってきてやれなくてごめんな。」
「いいよひなたくん。毎回持ってきてくれるじゃない。」
俺はベッドの下の紫乃の手をにぎった。
「これ、花の代わりな。」
紫乃はとても驚いている。自分の左手に指輪がはめられたことを。
「それ買ったらさ、花買うお金なくなっちまってよ。」
と照れ隠しに笑って見せる。
高校生のバイトのお金じゃ大層なものは買えなかったが。
「紫乃、未来の約束しよう。」
「ひなたくん…」
「俺と3年後結婚してくれませんか。」
「すごく…嬉しいの。ひなたくんにそんなこといってもらえるなんて。でも、でもね、3年なんて…何が起こるか分からないよ。そんな長い間保証もなく、ひなたくん待つことできるの?」
何が起こるか…それは死かもしれないと分かっていた。
「なぁ紫乃。紫乃に3年後の未来をあげる。そのさきも、何十年も紫乃の未来があるって俺が教えてやる。」
俺は泣いていた。紫乃につられたのかもしれない。
「紫乃は待てるかって聞いたけど、俺が一度でもお前との約束破ったことあったかよ。」
「ない、ないね。ひなたくんはいつも守ってくれたね。」
「だから紫乃、お前も俺との約束破るなよ。」
紫乃は左手で強く俺の手を握り返す。
窓の外は眩しかった。

未来約束

今回はかなり甘さ控えない作品となりました。
最初はキャラクターから作り上げてひなたくんが出来たのですが、最初の設定はかなりチャラかったです。本作品では少し落ち着きました。そして、紫乃ちゃんですがひなたくんの彼女にするならどんな子かなというところから入り、病弱美人薄命ということで決定致しました。病気という観点からいうと、少し重めのお話ではありますが、恋愛重視ですので軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。
かなり間があいての完結なので、読者さんは少なそうだなぁ。

未来約束

明日だろうが、明後日だろうが、半年後、1年後でも俺は約束を守るよ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-19

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 水族館
  2. 幼馴染
  3. 今日ということ
  4. 5年前
  5. ひなたくんの友達
  6. 知らなくてはいけない
  7. 未来約束