電波出してても幸せになれるんやな


 俺の知る限り一番変わった女である住江から「来年結婚しますねん」というメールが来た。「私が何か借りっ放しにしてるもんがあったら言うて下さい。引越荷造りついでに発掘して返します」とあったが、俺は自分がCD三枚借りっぱなしにしているのを思い出した。それから、前に借りていたギターを返した後で「弦切れとったがな」と電話で言われたことも。
 さっそく「こっちが借りてるもんあるから返す」とメールを送った。そのものが何なのかは、ひとまず内緒。
 で、寒過ぎる夕方に、京阪とJRの駅の広場で待ち合わせ……三十にもなってなんで外やねん! 住江が来たらそうつっこんでやろうと考えながら待っていたら、思いがけずタックルされて、こけかけた。
「あー寒。そこでケーキでも食べよ。行こ行こ」
 有無を言わさず俺のカバンを引っぱって行く住江は、それまで見たことないようなよそ行きの格好だった。白のコートに、焦茶色のロングブーツ。片方の手には大きな紙袋。結婚式場の名前が書いてあった。
 入った喫茶店は、店員の制服が妙にメイドっぽくて気になった。せっかく目の保養をしているのに、住江がうるさい。
「さっきここのクリスマスケーキ予約してん。そうや、その前に、森ノ宮の駅のタッチパネルの券売機でな、まだ画面触ってへんのにあと一センチぐらいのとこで反応してんで! 私、何か電波出してるんやろか?」
 お前は常に電波出してるやろ、とつっこむのも面倒だからてきとうに笑っておいて、カバンから紙袋を出した。
「はい、CDと、ギターの弦」
「弦? ……ああ、あれか! あのギター先輩のんやってん。そやから返す時に弦代払といた」
「え、じゃあこれ……」
「貰てもしゃあない。うちギターないし」
 しょうがないから弦はカバンに引っこめた。その間に住江はビニール袋からCDを出して、「ぎゃー」と声を上げた。
「これはいるけど、この二つはもういらんわ」
 ・BC LEMONS 『MUSIC SKY』  ←いる
 ・赤痢 『赤痢?』  ←いらん・その一
 ・割礼 『ゆれつづける』  ←いらん・その二
「俺も要らんって。だいたい、そっちが勝手に選んで貸してきてんからな。こんなん(と、割礼のを指して)、そのうち嫁に見つかったらびびられるやろ」
「……まあな?。私もこんなん嫁入り道具にしたないから、今からそこの中古屋へ売りに行くとするわ」
 住江はCDを三枚とも自分のカバンにしぶしぶ入れた。
「でも、けっこうええ曲入ってんねんで。ごーめーんねえー、おーんなのこー♪」
 まぬけな声で歌いながらココアをかき混ぜ、カップを持ち上げた住江の指に、小さなダイヤが光っていた。それを見たら思わず笑ってしまった。
 幸せなヤツめ。

電波出してても幸せになれるんやな

電波出してても幸せになれるんやな

設定:2004年

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-06

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