どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【第一章 第二話】

どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【第一章 第二話】

 ――……を…め………か?


誰かの声が聞こえる。


 ――力……もと……るか?


だんだんと聞こえるその声は、男性のように、低い。


 ――力を…求め…るか?


いや、低いけど、これは女性の声だ。


 ――力を、求めるか?


「力を求める?」


 ――そうだ。力を求めるか?


「力……」


 ――何者も屈する、絶対なる力。悪魔の力。魔王の力。


「…………」


 ――ふふ。恐れるでない。恐れぬな。ただ、受け入れろ。


(……なんか、すごく上から目線なんですけど。それに、ここって夢の中なのか? このもやもやっとした感じは、夢に近いような……。うん。考えるのが面倒だし、夢にしておこう)


 ――どうした? 欲しくないのか?


(うん。やっぱり、えらそうだ。ちょっとむかついてきたぞ)


 ――誰もが羨むちか「いらない」……へ?


「だから、いらないって」


 ――ふ、ふふ。今、私はいらないって聞こえたのだが……。


「うん。いらないよ」


 ――なぜだ!? 凄い力だぞ!? ほんと凄いんだぞ!?


(うわぁ、なんだか安っぽく感じてきたのは気のせいだろうか……)


「いやぁ、別にそんな力なんて望んでないんですけど。それよりも、あなたは誰ですか?」


 ――ん? 私が誰かだと? ふ、どうしようかな。教えてやろうか? ふふ。やっぱりやめようかなぁ。ふふふ。そんなに教えて欲しいか?


「いや、結構です。あなたにそこまで興味がありませんから」


 ――ひどっ!?


「それにこれは僕の夢だと思うのです。つまりここは僕の家、ふぉーむみたいなもの。そのふぉーむにあなたは無断で進入してるわけだ」


 ――ちょ、ちょっと待て! なんだそれは! それにその『ふぉーむ』ってなんかむかつくぞ!


「なんですか、侵入者さん。あ、そうだ、あなたは侵入者さんって名前なんですね」


――なっ!? なぜそのように呼ばれなければならないんだ私は! そもそも、お前がいうとおりなら、お前の夢にでてくる人物は全員侵入者じゃないか!


「…………チッ」


 ――え、今舌打したよね? 『チッ』ってしたよね?


「……うるさいな」


 ――ちょ! なにその態度は! これでも私、絶対なる力を与えし者っていう設定なのに! えらいのに!



「設定なのかよ!? はぁ、わかりました。それで、なんの用ですか、先輩」


 ――な、なんだね、その先輩とは?


「いや、もう、いいですよ、先輩。わかってますから」


 ――私は先輩じゃないぴょん。


「今更キャラ変えても意味がないです」


 ――ふっ。後輩が何を言っているかさっぱりわからん。


「自分のことを後輩なんて呼ぶ人は先輩しかいませんよ」


 ――っ! な、なにやら勘違いしているようだな。私は後輩ではなく交配と言ったのだ。


「最低だこの人!」


(ゆ、夢の中でも先輩は変わらないんだな)


 僕は夢ならば性格改善verの先輩が出てきてもいいのにと溜息を吐いた。夢だけど。


 ――む。なんか失礼なことを考えていないか?


「いえ、気のせいです。それに、僕のことは悠って呼ぶんじゃないんですか?」


 ――そ、そうだったな。コホン。それで、悠よ。


「力はいりませんよ」


 ――ああ、それはもういい。あきたしな。


「どうでもいいの!?」


――それより、お前、小学4年生の時に好きだった子からもらったハンカチをまだ持っているな。


「ぶっ! な、なぜそれを!?」


 ――いや、もらったというより、貸してもらったのをなくしたという理由で盗んだんだっけか。


「!?!?!?!?!?」


 ――ふふふ。驚いているようだな。私もびっくりだよ。まさか悠の記憶を読み取ることができるなんて。ふむ、ほかにもありそうだ「デテケ」……ん?」


「でてけ。ここからでてけ」


 ――な、なにを怒っている。別に私はお前がそのような事をしていても軽蔑などしてお「でてけーーーーーーーっ!!!!」おおお!? ちょ、な、なにをする! ぬお! き、きりはなされる! ぬあ! 髪を引っ張るな! 痛くはないが痛い! こ、こら! や、やめろぉーーっ。


 ふぅ。どうやら先輩を追い出す事ができたぞ。危うく記憶の奥底に厳重に閉まってあった恥ずかしい記憶を見られるところだった。若干、手遅れな感じがするけど……。


 ふぁ……。なんでだろう。夢の中にいるのに、なんだか眠いという不思議な感じだ。ああ、これ……ね……る……。


【どうやら僕は異世界に来てしまったようです。 第二話】



 暗い。暗い。何も視えない。何も聞こえない。そんな暗闇に包まれた空間に、一つの光が現れた。僕は意識をその光に向けると、次第に光は大きくなり、それと同時に、微かにだが、どこからか音が聞こえる。


 ――小鳥の鳴き声?


 その、チュン、チュンと、規則正しいリズムと、可愛らしい鳴き声に、僕は意識を覚醒させつつ、閉じた瞼をゆっくり開けていく。


「ん……朝? ふっ……ふぁ」


 欠伸をしてぼやけた視界から見えるのは、いつも見慣れた、自分の部屋の白い天井、ではなく、赤色の――瞳だった。


「のぁっ!?!?」


 だらしなく声を上げながら、後ずさりをしようとするも、足の上に何かが乗っているのか、上手く体を動かすことができない。


「てか、なんで僕、上半身裸なのよ」


 着ていたシャツを、何故か脱いでいて、見事に裸体をさらけ出している。それに、胸を覆うように包帯が巻かれていて……。


「ッ!」


 途端、頭の中に映像が、フラッシュバックのように流れ込んできた。
 森。女の子。見たこともない凶悪な化け物。化け物に胸を裂かれる僕。倒れる化け物。弓を持った女の子。その光景はどこか非現実的なものに見えるが、全て現実に起きた事なのだと理解する。


「そうか……僕、生きているんだ」


 そう呟くと、意識もせず、それは自然と、頬をつたった。


  しばらく、俯きながら、嗚咽することもなく涙を流す僕は、ふと、自分への視線を感じ、眼をゴシゴシと擦って顔を上げると、ワインレッドの赤い瞳に、くりくりとした愛らしい眼。腰まで伸びた、白髪というには透き通った綺麗な銀髪に、まだまだ幼さを感じさせる小柄な体系をした、小学生くらいの女の子が足の上に、ちょこんと座っていた。
 


「…………」



 み、見られた! それはもうジックリと見られた! 泣いているところをがん見された!


「コホン! あ、あー。眼にゴミが?」


 とにかく、ごまかしてみる事にする。


「…………」


 無言。


「や、やぁ。君は誰?」


「…………」


「あ、あの、どちら様でしょうか?」


 あまりにも気まずい空気に、思わず、あきらかに自分よりも年下の女の子に対して敬語を使ってしまう。


「…………」


「あのー」


「…………」



 無反応です、はい。女の子は問いかけに反応を示さず、ジッとこちらを見ているだけで……。ふふ、わかってるさ、やってやる。頭の中にはこういう歳の子の対応がしっかりとマニュアル化してあるのだっ。


 僕は喉の調子を窺いつつ、コホンと咳を一つして――。


「あはっ☆ 僕ミッ○ー☆ 君は誰なんだい?」


「…………」


「僕はグ?○ィ?。君はだれなんだぁい?」


「…………」


 くっ、これはあのキャラクターをやれということか! いいだろう、やってやる、やってやるぞ!


「コホン……。くぁwせdrftgyふじこlpッゲフ! ゲフッ!」


 某アヒルのキャラクターの真似をしようとしたけど、うまくできない上に、喉に多大なダメージを負ってしまった。やはり、これをやるにはまだMPが足りないのかっ!


 僕は咳をしながら、涙眼で女の子の様子を窺うと――。


 ――スッ


 彼女は眼を細めた。


  あ、あれ? これ、どういう意味なんだ。なんで眼を細めたんだ? どことなく、哀れんだ眼をしている気が……。これは、はめられたのか? そうだ、そうに違いない。きっと彼女は、無反応に対して僕がなにかアクションを起こすことを予想し、その上、僕の羞恥な行動を心の中でクスクスと笑っていたのだ。


 ――完全に、彼女の掌で遊ばれていた。


 ……なんて恐ろしい事だ。未だ未熟な少女が、成人まじかの男を弄んだのだ。恐ろしい。この子、恐ろしい子っ!


「ガクブルガクブル」


「………くろ」


「ガクブルガ…?」


「黒い……眼」


 ビクビクと体を振るわせていると、女の子が、さっきまで閉ざしていた小さな口を少し開けた。そして僕は、そこから発せられた、小さいけれど、透き通った声を、確かに聞きとる。


「えと、瞳の事、かな? うん。そりゃ、黒いよ。僕は純粋なアジア人で、日本人だもの」 


「アジアジン? ニホ、ンジン?」


 わからないという様子で、小さく首を傾げている彼女が、なんというか、非常に愛らしくて、思わず、彼女の頭に手を乗せて、ナデナデ。



「ッ!?」


  ビクリと肩を震わす彼女。恐がらせてしまったのかと思ったけれど、しばらく撫でていると、ジッとした様子で、素直に撫でられる。その間も、くりくりとした 眼は相変わらずこちらを見つめているわけで……。うむ。可愛いい。僕には妹がいないけれど、いたとしたら、こんな感じに撫でていたのだろうか。


「……恐く、ない?」


 そう言った彼女の表情は、一見、今までと変わりなく無表情のようにも見えるけど、なにかを恐れているのか、どこか、怯えを含んでいるように見えた。


「恐く、ないの?」


 ここでの恐くないというのは、彼女のことをいうのだろうか? だとしたら、なんともおかしな問いである。こんな愛らしい子を恐がる人なんていないだろう。


「うん、全然怖くないよ」


 彼女を安心させるように笑みを浮かべると、彼女はしばらく僕を見つめ、そして、眼を瞑った。そんな彼女の新しいリアクションに僕は興味しんしんといった感じで見ること数秒、彼女は再び眼を開けて――。


「……アイシャ」


 そう、呟くように言葉を放った彼女は、無表情という仮面をはがして、綺麗に、そっと、微笑んだのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ナデナデ。ナデナデ。



「………♪」



 ナデナデ。ナデナ――。



「………?」



「あの、もう、いいかな、撫でるの」



「…………」



「う、腕が疲れちゃって……」



「…………」



「……はい。喜んで続けさせていただきます」



「♪」


 もう何回目かとなる彼女、アイシャとの攻防は、再び僕の敗北で終わった。あれから、どうも彼女は頭を撫でられることを気に入ったのか、こうしてずっと僕に頭を撫でさせている。やめようにも無言の拒否をくらい、仕方がなく撫で続けるしかないわけで……。


 ――ああ、明日、完全に筋肉痛ですよ。二の腕がプルプル痙攣してるし。


 自分の筋肉痛で苦しむ姿に小さく溜息を吐きつつ、僕は部屋の中を見渡した。

 自分の部屋とは違い、周りには可愛いらしい熊の人形やら猫か狸かわからない人形やらがたくさん置かれた、ファンシーな部屋で、見たままで言うなら、女の子の部屋である。そう思うと、どこからか、穂のかに甘い匂いもして……。も、もしや、これが女の子特有の甘い匂いってやつなのか!? あ、やばい。興奮してきた。もちつけ僕。なんとかして意識をそらさなければ!!



「こ、この部屋って、アイシャの部屋?」



「……エリス」



 なるほど。エリスっていう人の部屋なのか。名前からして、外人さんか? そういえば、アイシャも見た目は外人の容姿をしているけど、悠長な日本語を話しているな。



「アイシャってさ。実はハーフだったりする?」



「っ!」



 僕の言葉に、目を見開いて肩を震わせたアイシャを見て、なにか聞いちゃいけないことを聞いてしまったのかと心配したけど、少しの沈黙後、アイシャはコクリと頷いた。



「ああー、やっぱりそうなのか。日本語がこんなにうまかった「魔人と……人間の、ハーフ」か、ら…………。ごめん。もう一度お願い。ぱーどぅん?」



「……。魔人と人間のハーフ」



 ……オーケイ。オーケイ。落ち着こうじゃないか僕。彼女は何て言った? まじん、マジン、魔人?
なに、そのよくゲームで聞きなれている言葉は。あ、ああ、そうか。もしかして彼女は、外人のことをなんらかの事で勘違いして、魔人と言っているに違いない。うん、そうだ。よくこの歳にはあることだ。



 ――スリ、スリ。



「?」



 うんうんと頷く僕は、掌から感じるくすぐったさに目を向けると、アイシャが頭をスリスリと僕の掌に押し付けていた。どうやら撫でる手が止まっていたようだ。



「よしよし」



「ん……」



 彼女の魔人という言葉に、本能が気にしちゃだめだと告げているので、これ以上は考えないようにしようと決めた僕は、再び彼女の頭を撫でる。


 すると、ガチャリと部屋の扉が開くと、僕と年がかわらなそうな金髪の女の子が部屋に入ってきた。


 ――あれ、どこかで見たことがあるような……。

 僕が記憶を探っていると、部屋に入ってきた女の子はこちらを見て、驚いた表情をして固まる。そして、だんだんと肩を震わせ……なんだろう、雰囲気的に、やばい気がするのは気のせいだろうか。



「……アイシャに。……アイシャに」



 俯きぶつぶつとなにかを呟いている女の子。



 ――うん、これ、やばいよ。なにか知らんけど、やばいと本能様がおっしゃっておりますよ!


 全身からだらだらと冷や汗を流しつつ、撤退準備を始めようとする。だけど、すでにもう、遅かったみたいで――。



「あんたアイシャに何してんのよっ!」



 彼女がそう怒鳴った瞬間、いつのまにやら目の前まで迫っている、怒気を含んだ彼女の姿と、右頬になにか食い込む感触を感じると同時に、目の前が再び暗闇へと変わった。

どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【第一章 第二話】

どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【第一章 第二話】

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-06

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