銀行強盗

「やっぱりやめようよ」
「今更なに言ってんだよ。ここまできてやらなきゃ男がすたるってもんだぜ」
「でも、やっぱり銀行強盗ってのはまずくないかなぁ」
「しょうがないじゃないかよ。それとも他に方法があるか?」
「・・・千二百万円だったよね、確か」
「ああ、・・・。でもな、どんどん増えていくんだぜ」
「・・・なんでこんなことになっちゃったんだろう」
「ああ・・・。なんでだったかな」

 時をさかのぼること四日。二人はいつもどうり学校へ行った。二人とも中学校の二年で、学年末の考査も終わり、考査の結果さえ除けば、何の心配もなく、春休みまでの授業を聞き流していられるはずだった。だが、神に見放されたか、悪魔に魅入られたか、事態はそう簡単には進まなかった。
 春の日ざしとさわやかなそよ風、黒板とチョークがリズムを刻み、教師が子守歌を歌うと、こうくれば、育ち盛りの二人がラリホーをくらってしまっても仕方のないことであろう。だが、無論そう思わない人もいるわけで、生徒に影で『蛇女』と呼ばれるこの先生もその一人だったのである。この『蛇女』のせいで二人は夢の国から引きずりだされたばかりか、普通の生徒の三倍はあると思われる宿題を出されてしまった。めったに宿題をやらない二人にそんな宿題ができるはずもなく、二人は次の日居残りをくらてしまったのである。
やっとの思いで宿題を終わらせ、『蛇女』の説教を聞き終え、自転車にまたがって帰路につこうとしたときには、すでに日が暮れかかっていた。
「暗くなってきたね」
「ああ。よし、今日は山越して行こうぜ」
「うん。そのほうが早いしね」
 二人は三分ほどで山を登りきり、下り坂を風のように駆け下りていった。そこで予期せぬ出来事が起きた。先に下りていった一人がおもいっきりブレーキをかけた拍子に、ブレーキが切れてしまったのである。最初はどうしてよいか分からずに、何度も何度もブレーキをかけていたのだが、次第に冷静さを取り戻すと、しばらくすれば止まるだろう、と開き直ってしまった。だが後ろからついていくほうとしてはたまらない。こんなにスピードを出したら危ない、と思いつつも、必死になってついていくしかない。山を降りきってしばらく走り、ようやくスピードが落ちてきた頃、またまたとんでもないことが起こった。
横合いの道から突然車が出てきたのである。
普段なら難なくよけられる距離だったが、今はブレーキが効かない、後ろからきたほうもやっと追い付いてほっとしている。と、言うわけで、二人はその車の黒いドアにぶち当たってしまった。二人は受け身もとれずにドテーっと道に転がってしまい、なんとか立ち上がって車を見ると、この車が何と、走る死神(と、このとき二人は思った)ベンツであった。二人が悪い想像を頭から振り払おうとする前に、想像は額縁付きで現実となってしまった。中から出てきたのは、グラサンをかけた人相の悪い中年の男だった。男は車についた傷を一眺めしたあと、二人に目をやった。
二人は腰も抜かさんばかりだったが、震える声で謝りまくった。男はそれを楽しそうに眺めた後二人の住所と名前を聞き、こう言った。
「そう怖がらなくてもいい。俺達はこの世界の中でも優しいほうなんだ。一週間待ってやる、だから賠償金千二百万円、きっちり払えよ。一週間後、ここで待っててやるからな。」

      *      *

「どうしよう」
「どうしようってお前、金を用意するしかないんじゃないのか?」
「でも、千二百万円なんてないよ、とてもお母さんには言えないし・・・」
「・・・」
「僕たち殺されちゃうのかなぁ」
「たぶんな・・・」
「やだよ、ぼく」
「俺だってやだよ、でもなあ・・・。そうだ、今度の金曜日って確か学校休みだったよな」
「うん、なんでもこの地区の先生達が皆で会議をやるって話だよ」
「よし、決めた」
「決めたって、何を?」
「今度の金曜日、銀行を襲うぞ」
「えっ、銀行強盗をやるの!?」
「しかたないさ。お前だって死にたくないだろ?」
「そりゃ死にたくなんかないけど・・・」
「じゃ決まりだ、お前ガス銃持ってたろ、あれも使おうぜ」
「・・・分かった」

      *      *

「よし、行くぞ、顔を隠せよ」
「うん」
 二人は家から持ってきたストッキングをかぶると、物陰から飛び出し、銀行に向かって走っていった。だが二人は銀行には入らなかった。二人が自動ドアが反応する範囲に足を踏み込む前に、銀行の中から男が駆け出してきたのだ。二人は心臓が止まるほど驚いた。
何と中から駆け出してきた男は、彼らと同じ顔、つまりストッキングをかぶっていたのだ。
二人がどうしてよいか困っていると、その男は二人をつき飛ばして走っていった。二人を困惑してしまった。何をしてよいやら分からないどころか、何が起こったのかさえ理解できていない。
「どろぼーーー!!」
という店員の声がなかったら、しばらくその場に立ちつくしていたかもしれない。すぐに二人はストッキングを取ってさっきの男を追った。二人で言い合わせたわけではない。互いに顔を見合わせた後、一つうなずくと何のためらいもなくそうしたのである。頭の中は、だんだんと霧が晴れるように、冷静さを取り戻しつつあった。二人の足が速かったのと、男が大きく重そうな袋を抱えていたおかげで、二人は一分としないうちに男に追い付くことができた。三人は十秒ほど揉み合い、二人も少なからず殴られたが、乱雑な足音と共に何人もの大人が集まってくると、さすがに男も観念したらしく、おとなしくなった。
 こうして二人は小さな英雄となったわけだが、二人がストッキングをかぶっているのを何人かの人が見ていたので、二人は警察の人に、何でそんなものをかぶっていたのか、と聞かれるはめになってしまった。
まさか、遊びでそんなことをやった、と言うわけにもいかず、二人はとうとう本当のことを白状してしまった。すると、それを聞いた警官は、笑いながらこう言った。
「それならもう大丈夫だ。その組なら昨日麻薬と拳銃を持っていたのがばれて、しばらく活動できないはずだからね」
 二人は、同じように大きな溜め息を一つついた。
 二人が銀行強盗を捕まえたことは、次の日の新聞にも載った。地方版ではあったが、しばらくクラスで騒がれるには十分であった。無論、新聞には余計なことは書かれておらず、また彼らもそのことについて話そうとはしなかった。
 何年かたって、二人はふと、この出来事を思い出し、その度に首をかしげるのである。
「何故あんなことになったんだろう?」
 と。

                  完

銀行強盗

高校時代に初めて書いた小説です。

初出:同人誌『GLASS SHERBET会誌 サンプル版』発行日:不明(1989年頃)

銀行強盗

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted