大人の嘘
「これ、届けてください」
町外れの孤児院に住む少女が、週に一度の配達にやって来た郵便屋さんである彼に言った。
しかし言葉と共に差し出された手紙には、宛名も住所も書かれていない。
「悪いけど、宛名も住所も書かれていない、切手も貼られていない手紙は配達出来ないよ」
すると、少女はしばしの間うつむき黙り込む。それから不意に顔をあげて、人差し指の先を空に向けた。
「……住所、住所は…あそこ」
すっかり暗くなった冬の空に煌めく星の中でも、特に眩しい光を放つ赤い星を少女は指を差す。
(もしかして、からかっているのか?)
郵便屋は無表情で腕を上にあげる少女の考えが読めず首を傾げた。
「死んだらお母さんはあの星に行くんだって、死ぬ前にお母さんが言ってたの。」
その時、少女の放ったその言葉で郵便屋はやっとその意味が理解できた。
ここは大人として現実を少女に教えなければいけないのかもしれないが、郵便屋は少女の純粋な気持ちを踏みにじることが出来ず、手紙を受け取ってしまった。
少女が郵便屋にお礼とお辞儀をしてその場を去ったあと、その様子を見ていたらしい孤児院の先生が彼の元へとやってきた。
「すみません、郵便屋さん」
「いえ、良いんです。……でも、これはどうしたら」
郵便屋が困った顔で手紙を見やる。
「……こちらに、来てください。」
すると、先生が施設の裏に来るように言う。
郵便屋が戸惑いながら先生の後をついていくと、そこには古い焼却炉があった。
「少女の母が星にいるなら、それを燃やして煙にして、空にいる少女の母へ届けましょう。」
「……」
しかし、先生の言葉に郵便屋は口を噤む。彼にはどうしても納得がいかなかった。
そんな屁理屈で燃やしてしまっては、まるで少女を騙しているようで。
「あなたの気持ちはわかります。
でもこんな方法しか、私たちにはできません。」
そんな郵便屋の気持ちを察したのか、先生は悲哀に満ちた声色でそう呟いた。
やがて、焼却炉から煙が昇る。
焼却炉前で立ちすくむ大人二人の目前で、煙が、施設の裏の狭い空へと窮屈そうに昇って行く。
大人の嘘