すこしふしぎ 北イタリアの泥棒編
「やるしかないだろ」
アルトゥーロの言葉に、3人は頷いた。
「大丈夫だよ、あんな大人数で出かけて行ったんだ。遅くまで帰って来ないよ」
エラルドが言って、オレステは眉を寄せた。
「ごめんな、みんな」
オレステの謝罪に、セルジョが肩を叩いた。
「ばーか。お前のためじゃねーし」
セルジョがからかうように言って、他の二人も笑いながら頷いた。
「そうだよ、エヴァの為だし」
「そーそー。エヴァには世話になったからな」
一人の女性の為に。ありがとう、とオレステは言って、4人で見上げた別荘。
ここは北イタリア。温泉が湧き出る、高級リゾート地の一角。
この別荘には10人ほどの客人がやってきていて、既に下調べは済んでいる。
警備はザルに等しく、人がいる間に侵入しても見つからなさそうだった。
全てはエヴァの為に。
人生を棒に振ってしまっても、それでも彼らはお金が欲しかった。
なのに。
「ドロボォォォォ!」
風の様に突然帰宅した持ち主たち。車の音も足音も聞こえなかったから、完全に油断していた。驚いて硬直する彼らに向かい黒髪の少女が叫んで、続いて背の高い黒髪の男が言った。
「捕えろ」
すぐさま金髪の男達が5,6人で彼らを捕えにかかり、彼らははアッサリとお縄についてしまった。
腰かけて偉そうにふんぞり返る、長身の黒髪の男。その男の前に引き立てられた彼らは、家主達の男手が多いことにさすがに諦めがついて、しょんぼりと頭を垂れた。一応ナイフや銃だって持ってきてはいたけど、いざとなると反撃どころではなくて、逃げるのに精いっぱいで――抵抗どころか逃亡すら及ばず捕まったのでは、諦める以外にはなかった。
「これで全部のようです」
彼らのリュックを漁って、家主から泥棒しようとした品々がテーブルの上に並べられた。時計やアクセサリー、現金は勿論、電子機器までご丁寧に盗むつもりだった。売れば数百万から数千万は行くだろうと思っていただけに、残念でならない。
「さて、どうしてくれよう」
黒髪の男は頬杖をついて、実に愉快そうに笑っている。どんなお仕置きをしてやろうか、考えるのが余程楽しいらしい。黒髪の男は恐ろしいほどの美貌の持ち主で、その貴族然とした風貌でニヤニヤ笑っているのは、何とも悍ましい物だった。その表情を見てダラダラと冷や汗を垂らす彼らを一瞥して、黒髪の男は、隣の金髪で目つきの悪い男に振り向いた。
「小僧、あちらでの窃盗の刑罰は?」
「刑法の改定はまだやってねぇけど、以前のは斬手」
「ほう」
金髪男の言葉と、それを聞いてニヤニヤと笑う黒髪の男に、彼らはただでさえ蒼白な顔色を青くして冷や汗を流す。
(ざ、斬手!?)
(泥棒位で!?)
(普通そこまでするか!?)
(い、いくらなんでも、そこまではしないよね!?)
兢々とする彼らが哀れに見えたのか、黒髪の少女が話に割って入った。
「もう、二人ともそんな事言って脅して。腕切ったって処分に困るでしょ?」
そう言う問題なのか、とゲンナリし始めた彼らに、少女はさらに追い打ちをかける。
「それに警察沙汰になったりでもしたら、私達の方が困るじゃないですかぁ」
「確かにな」
(なんでコイツらの方が困るの!?)
(何やらかしたのコイツら!?)
少女のお説教は余計に彼らを兢々とさせた。が、そんなことを知る由もなく、少女は黒髪の男を説得にかかる。
「いいじゃないですか。捕まえたし、彼ら大人しくしてるし。盗品も取り上げたんだし、逃がしちゃっても」
「逃がす? バカを言うな」
「かといって、捕まえたままにしてもしょうがないでしょ? この人達も反省してるみたいだし、いいじゃないですか。ていうか、面倒くさいから赦しちゃいましょうよ」
「面倒……まぁ面倒は面倒だが」
悩み始める黒髪の男。許してくれるのか、と泥棒たちが期待を抱いて、少女の寛大さに感動し始めた頃に、黒髪の少年が「あっ」と声を上げた。
すぐにその少年がアルトゥーロの尻ポッケに手を突っ込んで、握った物を少女に見せた。
「これ、お母さんのだよね?」
(ウソっ! お嬢さんこの子のお母さん!?)
(子供デカっ!)
言われてみれば、その少女は東洋人のようだった。東洋人は西洋人からは本当に幼く見える。実際、40歳を超えた日本人がアメリカや西洋で酒を買おうとして、未成年と疑われて身分証の提示を求められ大喜びした、なんてよくある話だ。
そうでなくても、見た目18歳前後の少女に見た目10歳くらいの子供(しかも少女よりデカイ)がいるのは、東洋人が見てもおかしいわけだが。
しかし彼らはそんなことで驚いている場合ではなかった。少年の手に載るものを見て、少女はみるみる表情を変えた。
「あー! 私の宝物!」
少年の手の上には、青く大きなダイヤモンドが輝く、豪奢なネックレスが輝いている。
「あぁ、よかった。私のホープディアマンテ! 翼、良く気付いたね」
「この人のお尻からはみ出てたもん」
後生大事と言った風にそれを握った少女は、翼と呼ばれた少年が指差した通り、アルトゥーロから全員を見渡してキッと睨みつけた。それを見てやっぱり恐々とした。
(あ、ヤバい。お嬢さんが怒った。許してくれそうにない)
(ていうか、ウソ。あれホープ?)
ホープディアマンテとは、青いダイヤが象嵌された、「呪いの青いダイヤ」として有名な宝石である。本来なら博物館に所蔵されているはずなのだが、なぜか少女の手にある。
(ヤバい。この人達俺らとは格が違う。段違いの犯罪者だ)
ハラハラする彼らを睨みつけていた少女は、黒髪の男に振り向く。それを見て彼らは恐れおののいた。
「ヴィンセントさん、やっぱりやっつけちゃいましょ」
「……随分極端だな」
(本当だよ!)
(天国から地獄だよ!)
先程まで逃がそうと言ってくれた優しい少女は、鬼の形相だ。
「だってコレ、ヴィンセントさんに貰ったんですよ! 私の宝物なのに盗もうとして! ムカつきます! 死刑ですよ!」
「気持ちは有難いが、さすがに殺す気はない。せめて私刑にしておけ」
(そうそう! ヴィンセントさんその調子!)
(まだ死にたくないよ!)
祈る様に黒髪の男――ヴィンセントを見つめる彼らの様子を配慮してくれたのか、少し落ち着いた様子の少女が、再びヴィンセントに伺いを立てた。
「さすがに殺すのは可哀想かなぁ……あぁ、じゃぁ首だけ出して、そこから下を地面に埋めて、1週間放置するって言うのはどうでしょう?」
(何ソレェェェ!)
(なんでそんな恐ろしい事、パーティ企画するみたいなテンションで言えるの!)
(ヴィンセントさん! もう頼りはアンタだけ!)
心底ヴィンセントに英断を願ったのだが。
「あぁ……埋めて、届きそうで届かないところにパンを置いておこう」
(鬼か!)
(鬼だ!)
(どこの国の刑罰だよ!)
彼らの願いは聞き届けてもらえなかったようだ。
すこしふしぎ 北イタリアの泥棒編