おじさん達の学園祭

おじさん達の学園祭

一つのステージを皆で作って行く楽しさと苦労。学生時代の学園祭のような一時を共有する感覚。
いくつになっても、祭りの楽しさは、何物にも代えがたい。
そんな思いを、実在のイベントの記録に重ねて、記して見ました。

会場の入り口には、いかにも手作りという立て看板が有った。
「第一回ビートルズフェスタin山梨」と手書きで書かれている。マーサが仕事の合間を見て作成したものだ。
階段を上がって二階のロビーに行くとホワイトボードにも同じ書き込み。開場前のロビーでは、受付の準備や打ち合わせ、最終確認などで雑然としている。
この手作り感と雑然とした雰囲気は、どこか見覚えがある。これは、学生の頃の学園祭の雰囲気そのものだ。
ドラムのゴンさんの娘、小学校一年生のアリサが、大人達に遊んでもらっている。今日はおしゃれしてヒールのあるサンダルを履いているが、スカートがまくれあがるのもお構いなしで、はしゃぎまわっている。
ステージではリハーサルの真っ最中だ。PA担当がアンプとヴォーカルのバランスに苦労している様子だ。
コンビニおにぎりで腹ごしらえをする者、ギターを出して曲を合わせている数人、楽譜を覗き込む者、それぞれ思い思いの行動を取っている。受付の机には、アンケート用紙やパンフレットの他に、出演者の自作CDなども積み上げてある。

ビートルズフェスタと銘打って、十一組のバンドが出演し、それぞれにビートルズやそれに因んだ曲を演奏する。入場は無料で一人でも多くの人に聴いてもらいたいと、ポスターを作ったり、ビラを配ったりしてPRする。
まさにおじさん達と、そしてお×さん(お姐さん)達の学園祭なのだ。

客席は276席。開場時間になるとばらばらとお客さんが入ってくる。出演メンバーはそれぞれに、自分の知り合いを見つけては声をかけている。
開演までにどれだけ来るだろう。緊張する時間が流れる。無料とは言えアマチュアバンドの演奏だ。休日の時間を割いてまで、聴きに来てくれる人はどれだけいるだろう。客席が十席や二十席のライヴハウスでの演奏なら経験が有っても、これだけのホールとなると未経験なバンドも多い。
そして開演時間になる。入りは三割か四割程度だろうか。席も程良く散らばって、空席も気になるほど目立つわけでもない。
それなりに客が入って、関係者は一安心する。


なぜビートルズなのだろう。たぶん、ビートルズがひとつの伝説だからだろう。
ポップミュージックが世間に広まり、世界的なアイドルを作りだした最初の例なのだ。
それ以前にもプレスリー等いろいろなエンターティナーは居たが、アイドルと言われ社会現象になったのはビートルズが最初だった。
そして、それ以降ロックやフォークとしてメッセージ性を確立し、社会に関わるような行動を起こす前、音楽がただの音楽として受け入れられた唯一のケースのような気がする。

一度伝説になってしまえば、その姿は忘れられる事も無く、色褪せることも無くなってしまう。そして、伝説は語り継がれて行く。
今回の参加メンバーも、リアルタイムでビートルズを聴き、それをきっかけにして音楽に足を踏み入れた人から、ジョンレノンが殺された事件の時には、まだ生まれていなかった若者までいろいろな年代がそろっている。
客席もリアルタイム世代から、そういう親に影響された年代まで、さまざまだ。
演奏する方も、聴く方も、ビートルズというキーワードを基に、青春時代を懐かしんだり、知らない時代を思い描いたりと、それぞれに受け止めているのだろう。


司会のダイアナさんが開会セレモニーの口火を切る。主催者のわたぼーが真面目そうに挨拶をする。最初のバンドはすでにスタンバイしている。
演奏が始まり、ロビー周辺の関係者にも和やかな空気が流れる。会場の席では、写真を撮る人、ビデオを撮る人、録音する人、それぞれに 自分の機材をセットしている。運動会や学園祭の父兄席を連想させる。
出演者もいろいろなスタイルがある。玉石混交。十人十色。初々しさや爽やかさを感じさせるバンド、上手さや渋さを見せるバンド、軽妙な語りでお客さんを引き付けるバンド、それぞれだ。
ソロで熱唱する人。パンクアレンジで、自分で和訳した歌詞を叫ぶヴォーカル。パーカッションとギターというコンビ。ダンサーまで参加しているチーム。ビートルズに因んだフォークソングを唄うトリオ。そして、服装までビートルズファッションで統一したバンド。
皆が自分の持つイメージのビートルズを唄っている。上手いとか下手とかではなく、それぞれの思いが客席にも伝わる。

客席からは一曲終わるごとに大きな拍手が上がる。曲を一緒に口ずさんでいるお客さんも多い。代表的な曲は誰もが知っているはずだが、あえてそれを外して、あまりメジャーでない曲をやるバンドもある。逆に「レットイットビー」や「イエスタディ」など誰もが知っている曲を選曲した人もいる。
オリジナル通りの演奏をして、客席のみんなが唄えるようにリードするヴォーカルもいる。こんなに変えてしまってスミマセンなどと、意外なアレンジで演奏するバンドもある。
曲間のトークでも、自分とビートルズとの思い出を語る人、曲の背景などの薀蓄を語る人、なにも言わず次の曲の演奏に入る人など、さまざまなスタイルがある。

 
 
素直に流れに乗ったイベントだったのだが、その頃ステージ裏では、予想外の事が起こっていた。予定以上に進行が早まってしまったのだ。
普通、こういうイベントでは時間は押してしまう。入れ替えが上手くいかなかったり、演奏が長くなりすぎたりして、予定時間をオーバーするケースは、よく見かける。
ところが今回は、最初のバンドが二十分を予定していたところを、十五分で演奏が終わった。入れ替えも十分の予定が五分で準備が出来た。そうして、三つ目のバンドが終了した頃には、プログラムに書いてある演奏開始時刻に、そのバンドが最後の曲を演奏するくらいに、予定が早まっていた。
ビートルズの曲は一曲が三分かからないような短い曲が多い。現代では五分以上の曲が当たり前だが、当時は三分が標準、五分を越えるととても長いという感覚だったのだ。
普段ビートルズをやっていないバンドも、今回はビートルズの曲を用意して来ている。
曲数も普段の感覚で居れば、当然ステージ時間も短くなる。
「今日はあそこのバンドを聴きに来たんだけど、もう終わっちゃったの」
と言うお客さんも出てきた。しかし、それだけならまだ大きな問題では無かった。
プログラムなかばの演奏順のバンドで、肝心のヴォーカルがまだ来ていないのだ。
家庭の都合で、娘を塾に送ってから、会場に向かうと言っていたママさんだ。
メンバーはハラハラしながらロビーで彼女を待つ。すでに前のバンドがステージ上に出ている。そのバンドにもメンバーが揃っていない事は伝えてあるので、時間を稼ぐために、曲間のトークを長く取ってくれている。
司会のダイアナさんと数人のスタッフが相談して、出番を繰り下げる事にする。
バンドの出演メンバーには、いくつかのバンドを掛け持ちで出演する人も居る。ステージ上のブラッキーさんも、その一人だ。順番が変更になると、出番が連続することになる。 
メンバーは急遽、袖でスタンバイする。
ダイアナさんから順番の変更が告げられ、次のバンドがステージに上がる。ブラッキーさんも順番の変更に慌てる事も無く、にこやかに演奏とトークが繰り広げられる。
ようやくヴォーカルのSさんが会場に現れた。彼女にしてみれば予定通りの時間だったのだが、周囲の皆は気分が急いている。Sさんにも その空気が伝染したようだ。大慌てで準備をする。


Sさんのバンドはこのイベントの為に集まったバンドだ。普段はソロでキーボードの弾き語りをしているSさんが、今回ビートルズを唄うためにメンバーを集めた。ギターのわたぼーはフェスタの主催者だし、普段からビートルズバンドをやっているので、その仲間に声をかけてバンドの形になった。ドラムのゴンさんとキーボードのマーサはわたぼーの仲間だ。ベースだけはもう一つのバンドの朱鷺に頼んだ。そして真白さんというダンサーが曲にあわせてステージの前で踊る。皆ステージ慣れしている。
前のバンドの演奏も終了して、いよいよSさんのバンドがステージに上がる。一番緊張している様子なのがSさんだ。トークも早口になってしまう。
「もっと落ち着きなさいよ。」
と、わたぼーが話に口をはさむ。
演奏する曲は、誰もが知っている曲と、ポールマッカートニーがソロになってからのバラード、ジョンレノンの曲など取り混ぜた選曲になっている。
予定通り五曲を演奏し、最後の曲「ヘイ・ジュード」では客席も一緒に歌うようにと、演奏をしながらのMCが入る。わたぼーが上手にお客さんを煽って、Sさんをカバーする。
演奏がドラムとベースだけになり、同じリフレインを何度も繰り返し、会場を唄わせる。
会場も盛り上がり良い雰囲気の中で、無事にSさんのステージは終了した。客席からも大きな拍手が起こる。ひとつの曲を一緒に唄う事で、会場の雰囲気もさらに明るくなったように見える。
次は朱鷺のバンドだ。連続してベースを弾く事になる。
他のメンバーが出入りする間に、ダイアナさんが朱鷺との話を進める。
ステージ裏では、ゴンさんとマーサがハイタッチをしている。Sさんは、緊張と興奮の後の安堵感でベンチに座り込み、汗を拭く。
朱鷺たちのトリオが、独自のアレンジでビートルズらしくないハードな音を出し始める。

その後、さらにわたぼーのバンドが続き、数組が登場して、イベントも終了となる。

ダイアナさんが終了を告げ、お客さんが席を立つ。出演者は、それぞれの想いを抱えて、ステージの片付けに取りかかる。
「良かったね。また来年もやろうね。」
言葉が飛び交う。
すでに会場を去った出演者も居る。家庭や職場に、次の予定にと向かう。多忙な中で寸暇を見つけこのイベントに参加した人も多い。Sさんも先に帰った。今頃夕食の準備でもしているのだろうか。
最後まで残ったメンバーが、撤収を終えてロビーにたたずむ。祭りの後の一抹の淋しさと、ひとつのイベントを終えた達成感を、皆が共有する。
「さあ、打ち上げに行くよ!」
わたぼーとマーサが叫ぶ。
おじさん達の学園祭は、もう一つのフィナーレへと向かう。 

                了

おじさん達の学園祭

このストーリーは、実際に有った「ビートルズフェスタ」の記録でもあり、誰しもの心の中に有る『祭り』への思いを、架空の小説にしたものでもあります。
まずは、登場された人たちと、このイベントに参加した人たち(聴きに来て頂いたお客様も含めて)皆さんに感謝の意と敬意を表します。

新聞の文芸欄に投稿して掲載されなかった作ですが、応募する段階から「この枚数では書ききれない」という思いが有りました。
実際に現場に居た仲間の一人として、「あの人の事も一文入れたい。このグループも居た事を書いておきたい」という気持ちが、捨てきれず、結果として評に有ったように、経緯の記述が多く、音楽が聴こえてこないストーリーになってしまいました。

評を読んで反省して、若干の加筆をしましたが、ビートルズの音楽が、いくらかでも感じられるようになったでしょうか?
現場に携わったメンバーの汗を感じて貰えれば嬉しいです。

おじさん達の学園祭

ビートルズの愛好家、アマチュアミュージシャンが集まって、お祭りを作り上げた。 「ビートルズフェスタ」と銘打った、そのお祭りの顛末は・・・ 音楽を愛してやまないおじさんたち、お×さん(姐さん)たちの流す汗は、まるで学園祭のようで 何歳になっても、その情熱は尽きない。 年齢に関係ない若さを感じさせる、ミュージシャンストーリー!

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-05

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