イカとタコ

タコにとってのイカは敵であり、宇宙人であり、あこがれの存在である。
もちろんイカも同じくタコの事を思っていた。
だから、二人は結婚した。

で、生まれたのが僕である。

海の中から生まれて26年。
僕はそろそろ地上に出る事にした。もう青は飽きた。別の色が見たい。
後、女の子。見たい。

地上に出る前に親(タコとイカ)に渡された手紙がある。
その中には地上に行った時に注意すべき事が3つ書かれていた。
1。ちかん(生物学上最も汚らしいと言われている存在)に気をつけなさい。
2。他人を信用してはだめ。
3。自分を信じてもだめ。

海の世界で暮らすのに大切な事と共通していたのは2番、他人を信用してはだめ、しかなかった。
ちかんは大体どんな存在なのかはわかる。図鑑で見た事がある。主に電車で問題を起こすそうだ。
僕が知ってる限り、ちかんは基本的に女の子しか襲わないらしい。僕は男なのに何故両親は気をつけろと言ったのだろう。
それは良しとして、
3番めの自分を信じてもだめ、が気になる。自分を信じなかったら誰を信じろというのか。
海の世界では本当に自分しか信用できなかった。それはとても寂しい事だった。結局世の中、他人は他人であって、自分は自分でしかないのか。と思っていた。
でも、地上では自分すらも信じてはいけない。
それはどういうことだろう。自分は自分ではなく他人も他人ではなくなるのか。じゃあ何を信じればいい?
僕は地上に出る前からかなりビビっているようだった。でも、それでも、やはり青は飽きたのだ。
旅立つ動機は意外とあっさりしてる物なのだろうか。旅先にどんな危険が待ち受けるかわからないのに。持ち物も少ないし、所持金も多くない。こんなんでいいのか。

僕は地上に行った。

地上は電気と言う物を皆使っていた。それがあるとまるで魔法にかかったみたいに物が動き始める。
いや、これはさすがに動かないだろう。と思う物まで動く。
というか、これ動く必要あるのか?と思う物まで動く。
地上の人たちは物を動かすのが大好きなみたいだ。子供の時からわいわい言っている。
確かに、ここは海と違って水に囲まれていない。水に囲まれている事は常に物事が動いているという事になる。だから、近所の魚さんたちも、サメも、クジラも、貝も、イソギンチャクも、もちろん僕も、止まる事を重要視していた。

地上には波がない。でもよくよく花や草を見ているとうっすらとゆらゆら動いていた。
人に聞いたところ、それは風という物のせいらしい。とても心地よい。地上は地上でちゃんと動いている物があった。「風」。体を吹き飛ばす事もなく、音もよい。これで十分なのに、何故人はみんな物を強引に動かそうとするんだろう。理解ができなかった。でも面白いから海に帰ったら友達に馬鹿にする感じで言ってやろ(楽しみ)。

怖かったけど電車という物に乗ってみた。最初は乗り方がわからなくて改札口というところで人々の様子をしばらく観察した。要するに切符を買ってピッとやればいいんだな。
すぐに電車に乗れるかなと思ったけど電車はどこにもなかった。人がみんな立っているのを見て電車を待っているのだとなんとなく思ってきた。
電車が来て、乗った。2時間乗った。
ちかんはいなかった。
きっと僕がずっと周りをきょろきょろ見ながら警戒心をもろ出しまくっていたせいかもしれない。
第一、僕のぬめぬめしたお尻を触って喜ぶちかんなんているのかな。まあ、僕は自分のお尻を触るのが好きだけど。食べたいくらいだ。

電車に乗っている時、窓から「ビル」がいっぱい見えた。
ビルとビルの間から時々、丸くてすごく明るい物がちらちら見えた。右に座っていた青年に聞いたら無視されたので左にいた小さな子供に聞いてみたら「あれは太陽だよ。べい」と言ってくれた。
きっとあれから電気が出てくるのだろうと思って子供に聞こうとしたらもう母親の手に引っ張られてどこか遠いところに行ってしまっていた。
しかたがない、右の青年に聞くかと思ったけど、2「他人を信用してはだめ」を思い出した。なんで同じ人間なのに子供に聞いた時にはそれを思い出せなかったのだろう。いつかあの子供もこの青年みたいにギザギザの見えない刺を全身に巻くのか。

電車に飽きた。電車を降りた。
さっき見たビルばかりの街と違ってここは緑が多かった。緑も悪くないけど海では見れないもっと赤っぽい風景が見たいな。でも、この街は僕にとってとても落ち着く感じがした。
おなかがすいたのでスパゲッティーと言う物を食べた。全部食べた後に周りの人がフォークという物を使っていた事に気づいた。というか自分のテーブルにもあったんだ。でも不便そうだな。やっぱり手で食べて正解だった。早いし、このむしゃぶって食を全力で楽しむ感じで食わないと食った気が起こらない。海の中で獲物を捕らえた時もこんなにふうにむしゃぶりつきながら食べた。口の周りについた血の感触とにおいもいい。スパゲッティーから血のにおいはしなかった。この赤いのは血ではなかったのだ。料理には血一つない、フォークで食う感じ。なんだこれ。もう二度と食わないわ、こんな料理。でも名前はおもしろいから覚えとく。スパゲッティー。


結論から言う。
スパゲッティーを食べて2日後。僕は殺された。
ヤクザに。

イカとタコ

イカとタコ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-17

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