疾風迅雷(1)

疾風迅雷(1)

「印」

「印」

親父とは、小さい頃はまともに話したことが無かった。
母親は俺を大事に育ててくれたように思うが、俺が小学6年生の時に死んでしまった。
事故死だったと聞いている。
母親が死んで葬儀が終わった次の日に、親父と初めてあんなに長い話をした。
それは小学生の俺には衝撃的で、さらに理解できない物だったので、親父は変な人なんだと確信しただけだった。
その時に親父に渡されたのが――
「印」だった。
神社なんかに売ってそうなお札のような物で、中央に「疾風迅雷 印」と筆で書かれた文字があり、バックには朱印が押されていた。
どこかで見たような朱印だと思えば、俺の家の仏壇にあった「家紋」とやらとそっくりだということに気付いた。
「何?これ……」
小学生がこんな渋い物をもらった所で喜ぶはずがない。
俺は困ったように親父に尋ねると、親父は目を閉じて腕を組む格好で一度だけ頷いた。
親父は、世間一般でいう「強面」という顔面で、一見犯罪者かテロリストか、もしくはどこかの危ない組の一員かと思われるような、いかつい顔をしている。
ゴツゴツした彫の深い顔に顎鬚を生やして、薄くなった頭を隠すため刈り上げているものだから恐くならないはずがない。
とにかく俺は親父に怒られることに怯えて怯えて、とても真面目で良い子に育ったと自負している。
「ツグル。それは『印』と呼ばれる物だ。いいか、お前はこれから、それを肌身離さず持っていなさい。今お前に全てを説明するのは得策とは言えない。お前が高校生になったら話そうと思っていたが、母親が死んだ今、お前には力が必要だ」
親父は普段話さないような人だったので、これだけ長い文章を言えたのかという驚きがあった。

そして、俺は親父に「印」のことを詳しく教えてもらった。
「印」とは、俺の家系に代々受け継がれてきたお札のことだ。
それを使えば、俺の持つ超能力を引き出すことが可能で、さらにそれを強化できる。
「印」は1人ずつ違った物で、またそれに伴う能力も1人ずつ違いがある。
何のために、そしてどんな原理で「印」が生み出されたのか分からない。
この家系に生まれた異常、一生「印」を背負わなくてはならない。

「疾風迅雷」と書かれた俺のお札の能力は、意外と強力な物のようで先代の祖父が使っていたそうだ。
俺たちの家系がこの能力を使い続けたのは、単に個人の力が強くなるという自己中心的な考えではなく、この世界の秩序を守るために使い続つづけた、とのことだ。
要は世界中で異変が起きる時、もしくは時代の流れがあるべき方向へと向かなくなった時に、俺達の先祖は動いてきた。
しかし「印」のことは裏社会の情報であり、誰もそれを漏らしてはいけない。
それを使えるのは特別な人間のみ。それが、俺たちの家系だというのだ。
そして他にもこれを使える家系が数個あるというのだ――。

そんな話、小学生にしたって意味がないだろう?笑っちゃうよな。
でもそれから親父の訓練は始まった。
俺が「印」を使いこなすまで、叩き込む!と言われ、俺は泣いたよ。
ああ、普通に生きたかったなぁ。

日々の訓練

「今日カラオケ行く?」
数少ない友人の1人、浅野圭太が帰りの支度時に俺に声をかけた。
圭太は掃除用の箒を手に持っている。
そしてその後ろには、圭太の友人であり俺の友人でもある川瀬実が立っていた。
金曜日は、学生は近くのカラオケボックスヘと足を運ぶのが当たり前のことのようになっていた。
しかし今日は帰らなくてはならない。
「悪い。今日はちょっと用事があって……」
バツの悪そうな顔を圭太と実に見せると、2人ともあっさりと引き下がった。
俺は度々こうやって誘いを断ることがあるからだ。
本当に申し訳ないと思ってるし、俺だって本当は遊びたい。
盛り上がる学生達の間をそそくさとすり抜け、家へまっすぐ帰る。
これが俺の日常であり、この生活からは逃げることができないのだ――。

家に帰って玄関のドアを開けると「リリリリリ……!」という火災報知機のような警報音が鳴った。
そして俺の足元からフッと床が抜けた。
「ぅわっ……」
あまりに突然のことで俺は抵抗できずそのまま下へ落下する。
暗い所に落とされた俺は、すぐに体勢を起こし、辺りを見渡す。
暗闇でよく見えないが……目をつぶれば、分かる!気配を感じ取れ――
俺のすぐ後ろで気配がし、それを感じた瞬間に俺の首元に槍が飛んできた。
俺はすぐ右横に体を動かし後ろを振り返る。
だんだんと目も慣れてきて、俺の目の前で槍を握る親父の姿が見えてきた。
親父はすかさず槍を振り下ろす。
俺は首元からぶら下げていたお札を取り出し、パン!と両手を合わせて目を瞑る。

「風宮伝承の印、疾風迅雷!!」

俺はまるで漫画の主人公が発するキメ技の台詞のように叫ぶ。
すると親父めがけて竜巻のような風が3メートルほど巻き上がった。
それに呑まれるように親父は竜巻の中へ消えて行く。親父の槍が俺の足元に落ちた。
俺が口元を緩めほころんでいたのもつかの間、親父はあぐらをかいた状態で宙に浮いていた。
おれの竜巻はとっくに消えていた。
「風挙雲揺か……浮けるなんてずりーだろ」
親父の持つ印は「風挙雲揺」。これは自在に飛んだり浮いたりすることを可能にする印だ。
ちなみに、俺がさっき使った「疾風迅雷」の印は風と雷の合わせ印と言った所で、風や雷を出すことが出来る。
なかなかに格好良い技が出せたりもするらしいし、とにかく名前が格好良いのでその点は気に入っている。

親父が、
「まだまだだ!お前の竜巻は一向に成長しない。何故だ?何故5年間も訓練し続けたのにお前はそんなに弱いのか」
と首をかしげながら言うと親父は右手を上げた。
その右手にはしっかりと印を持っている。
あ、と息を飲んだ瞬間、俺は親父が出した風に呑みこまれ、気を失っていた。

親父は2つ印を所持している。
さっき親父が俺を気絶させたのに使ったのは「秋風烈烈」という印で冷たい風を出すことが可能だ。
印は、普通の人間ならどんなに修行しても3つまでしか持てない。
というのだが、印をいくつも所持していて、さらに使いこなせる超人がいるという伝説を親父から聞いたことがある。
俺なんかはまだ1枚しか使いこなせないし、それにさっきの小さい竜巻しか起こせないんだ。
そういうわけで、俺は家に帰る度にこうやって戦いを強いられる。
親父は家で待ち構え、家の所々に仕掛けを作っては俺を叩きのめそうと必死なのだ。
だから俺はこの家が嫌いだ――。

疾風迅雷(1)

疾風迅雷(1)

特別な家系に生まれた主人公、風宮ツグル。彼の家系は代々親から「印」と呼ばれるお札を授かる。これを使うことで、所有者は「印」の能力を引き出すことができる。風宮家は遥か昔よりこの世界の秩序を守るためにその能力を使ってきた。ツグルはこの「印」を疎ましく思っていたが、ある日1人の少女が現れて……。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-16

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  1. 「印」
  2. 日々の訓練