イグノア

続きものの作品です。
稚拙な文章ですが、お暇でしたらぜひ読んでください。

あるところにキロと言う女の子がいました。
キロは少し乱暴者でしたがとても優しい心の持ち主でした。

数ヶ月前のある日、学校でいじめにあっている子を見つけた正義感の強いキロは思わずその子を庇ってしまいました。
キロの勇気ある行動のおかげでその場のいじめは止んだのですが、案の定、次の日からキロがいじめの標的にされてしまいました。
キロをいじめる人たちの中にはその時キロが助けたはずのいじめられっこもいましたが、キロはそのいじめられっこを責めることもせず、毎日行われる様々な内容のいじめをただただじっと耐え続けていました。


そんなある日のことです。
体育の授業を終えたキロたちのクラスが教室で着替えをしていると、ある三人がキロの席へとやってきました。
その三人はいじめっ子の中でも特にひどくキロのことをいじめる三人でした。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるその三人は、凝視するキロに向かってある物を見せびらかしたのです。

それはキロが大好きだった祖父の、形見である懐中時計でした。
それを見たキロは顔を青くして、自分のカバンの中を探ります。しかし、カバンの中にはいじめっ子たちに入れられたゴミと落書きされた教科書しか入っていませんでした。

いじめっ子たちはキロの慌てた様子を見て腹を抱えて笑います。下品に口を大きくあけて。
それを見たキロが、今度は怒りで顔を赤くして目を釣り上がらせながら言いました。

「返して」
「時計を返して!」

しかし、いじめっ子たちがキロの言うことを素直に聞くはずもなく、いじめっ子たちは時計を取り返そうとする背の低いキロの手が届かない位置まで懐中時計を持つ手をあげました。

「こんな古臭くてダサい時計の何が良いんだか」
「でも、ダサいこいつにはお似合いじゃない?」
「アハハ、言えてる。」

いじめっ子たちは意地汚い笑みを浮かべて、そんないじわるを言ってきましたがキロの耳には届きません。
キロは必死にジャンプを繰り返して、懐中時計を取り戻そうとしていました。
すると、無視をされたことが癪に触ったのかいじめっ子の一人が怒り口調でこう言いました。

「こんなゴミ、さっさと捨てちゃえば? こうやってさ!」

その言葉と同時に勢いよく放り投げられた懐中時計は教室の窓を飛び出し、校舎裏の焼却炉に向かって落ちて行きます。キロはそれを慌てて追いかけました。
窓を乗り越え、手を伸ばし、どうにか時計を掴んだその時です。
突然、金色の光が時計から溢れ出したかと思うとその光は見る間もなくキロの身体を包んでしまいました。
キロはそのあまりの眩しさに目を閉じると、やっと捕まえることのできた懐中時計を再び手放してしまったのでした。


 

2

次にキロが目を開けた時、キロはキロでありキロではありませんでした。
キロは黒い髪ではなく金髪の、セーラー服の代わりに黒いブラウスとチェックのスカートを着た、背の高い女性に姿を変えていたのです。
キロは驚いて自分の両手をじっと見つめると、次にその両手でペタペタと頬を触りました。
 わたし であるのに キロ ではない。
キロはそんな自身の状況が飲み込めず、しばらくその場に立ち尽くしていましたが、すぐに次の異変に気がつきます。

「ここは、どこ……?」

その異変とは、周りの景色のことでした。
今のキロの周りに在るものは、いじわるなクラスメイトでもなければカッターの傷がついた落書きだらけの机でもありません。
あるのは奇妙な形をした、顔のような模様のついた数えきれないほどの大木と、ウネウネと踊るツタや花のある世界。その景色は一見すると森のようにも見えます。
しかし、普通の森ではありません。そのことは植物であり動物でもあるキロの周りの木と花たちがはっきりと証明してくれています。

 それにしても、これはいったいどうした事でしょう。
キロが目をつぶっていた間に世界がガラリと模様替えでもしたのでしょうか。



その時、キロの傍らにあった草むらがワサワサと揺れ、そこから大福の様に真っ白な毛並みのウサギが一匹、飛び出してきました。
その白ウサギは目にモノクル、首には蝶ネクタイ、そのうえ身体にはチェックのチョッキという奇妙な格好をしていました。
加えてそのウサギは上半身が起き上がった状態のままの二本足で、まるで人間のように歩いています。
そんな奇妙な姿の白ウサギは真っ白なふわふわの手であるものを抱えていました。

「それ、わたしの懐中時計!」

そうです、白ウサギが持っていたのはキロが大切にしていた祖父の形見である懐中時計だったのです。
しかし、白ウサギはキロの声に振り向くことも足を止めることもなく、二本の足でどこかへ走り去って行きます。
そんな白ウサギを、キロは戸惑いながらも慌てて追いかけました。

知らない景色に知らない自分、そんな中唯一見覚えのある大切な懐中時計。
もしもそれを見失ってしまったら、もう二度とここから出られないような気がしたからです。

 

3

「すばしっこいな、あのやろう」
女の子らしさのかけらもない言葉を吐きながら、キロは白い塊を追いかけます。
しかし、相手はあのウサギ。木の幹や蔦で走りにくい森の中をいともたやすく走り抜けて行きます。
最初は何とか跡をついて行っていたキロも、流石に体力が底をつき、ついにその場へ倒れこんでしまいました。

「この森、薄暗いし草や木が邪魔だし、全然追いつけないよ……」
と、キロがポロリと愚痴を零した時でした。
「あら嫌だ。人のせい?いや、草のせい?」
「へ……?」
突然聞こえた誰かの声に、キロは飛び上がって周りを見回しますが、声の主らしい人間は見当たりません。
すると、
「ココよココ、全くアンタは鈍いわね。」
耳を澄まして聞いてみると、その声はキロより下の、地面の方から聞こえます。
キロがゆっくりと手のついた地面へと視線を移すと、そこにはくねくねと蠢く花の姿がありました。

「やっと気づいたの? 人間ってほんとに鈍いわね」
声に合わせて幹はにゅるにゅると波打ちながら、葉っぱをひらひらと上下させて花が嫌味たらしく言いました。
「に、鈍いって言われても……だって、まさか花が喋るとは思わなかったから」
「あら嫌だ。この世界に来たなら常識は非常識、非常識が常識。これ、常識。」
その言葉を聞いて、キロはずっと気になっていた疑問を花へぶつけました。
「そうだ……ねえ、この世界って、何なの?」
「いやあねえ、敬語も使えない人間に教えることなんて何もないわよ」
花は葉っぱを花びらに被せて、幹をよじりました。
どうやら機嫌を損ねてしまったようです。キロは慌てて、自分より低い位置にいる花に頭を下げました。
「ごめん……じゃなかった、ですね。すみませんでした。
私、さっき突然この森に来て、何がなんだかわからないんです。
お花さん、この世界について何か知っていることがあったら教えてくれませんか?」
「あら、仕方ないわね。
でも私も細かいことは知らないの。私は生まれた時から今までこの森にずっといるから、この森のことしか知らないの。
そうね、そういう質問はあっちに行って聞くといいのよ。」
「あっち……?」
花は、葉っぱの先を北の方向へピッと伸ばしました。
「あっちに何が在るの……あるんですか?」
「いるのはあなたのお仲間よ。森を抜けた先にいるわ」
「仲間……」
キロは立ち上がって、葉先の方向へ視線を向けました。
相変わらず薄暗い森の中では本当にこの先で仲間が待っているのかどうかわかりませんが、この森の中、唯一話のできる相手の言葉を信じる他ありません。
キロは花にお礼を言うと、仲間に会うための一歩を踏み出しました。

4

「仲間っていったって、こんな世界にまともな人間がいるとは思えないんだけど」
 花の言葉を信じ、歩き始めたは良いもののキロにはこんな世界に自分のような普通の人間がいるとは考えられないようで、思わずそんな気持ちをこぼします。

「それにしても、この森、どこまで続いてるんだろう……」
 花との会話から約数十分ほど歩いてきたつもりのキロでしたが、まったく森から抜ける様子はありません。
実はキロはまだ気づいていないのですが、何故だか先ほどからずっと、同じ景色が続いているのです。
キロは大木の葉が遮る空を不安げに見上げました。
「……とりあえず今は、進むしかない」
自分に気合をいれる為に、キロはキロの頬を手のひらで叩きました。
 そして、勢いよく走り出します。


ですが、全く出口は見えません。


「一体どうなってるの、この森」
 流石にキロもこの異常さに気づき始めました。戸惑いながら周りの大木を見回して、また空を見上げます。
そのままキロがじっと空を見上げていると、カサカサという奇妙な音が聞こえてきました。
キロがバッとその音のする方を見ると、何とキロを囲むように並んでいた大木たちが、根っこをムカデの足の様に忙しなく動かして前へ行進しているのです。

「ああっ!」

ようやく、この森から抜け出せない理由がわかりました。
突然声をあげたキロに大木たちはダルマさんが転んだのようにピタッと動きを止めましたが、もう手遅れです。
キロは怒って、一番近くに立っていた大木を勢いよく蹴り上げてしまいました。

「何で邪魔するの!」

「痛いじゃないか、全く……」

すると、それまでただの大木のふりをしていたその木が振り返って、顔のような模様をしかめっ面にしながら蹴られた部分を枝ではらいました。
キロはその大木が喋ったこと、顔があることに一瞬は驚いたものの、先ほどの花のこともあってある程度耐性がついていました。

「私は仲間に会いに行かなきゃならないのに、どうして森から出させてくれないの」

キロがキッと睨みつけると大木は愉快そうに笑いました。

「何でって、理由なんて無いさ」

すると、続けてもう一本の大木が振り向いて言いました。

「いたずらが僕らの楽しみだからさ」

そして一本ずつ、振り向いてはキロを見下げていきます。一言と不快な笑い声添えて。

「みんなここに来てくれないんだ」

「冷たい奴らだ」

「こんなことしてれば当然でしょう」
キロのそんな正論も彼らの耳には届かないようです。

「だから君を閉じ込めて遊ぶのさ」

「一生森に閉じ込めて遊ぶのさ」

すべての木が振り向いて、すべての言葉が言い終わったその瞬間、キロの体を大木の枝が捉えました。

「ちょっと、離してよ!」

キロの言葉など気にもとめずに、枝はぐるぐると身体に巻きついて、突然空に届きそうなぐらい高い場所へ放り投げられます。

「きゃあああ!!」
キロの叫び声は森の中に響く大木の笑い声に飲み込まれました。
地面とぶつかる直前で再び枝でキャッチされたキロがホッとしたのも束の間、今度は彼女をボールにした大木同士のキャッチボールが始まります。

「降ろせってば!」
最初は威勢良く怒っていたキロも何十周ものキャッチボールで徐々に元気がなくなっていきます。
「誰か助けて……!」
その声も笑い声に飲まれてしまいます。
こんなわけのわから無い世界で木に囲まれながら一生を終えることになるなんて、いつも強気で泣くことの少ないキロの目にもついに涙が滲んだその時でした。
大木の枝から枝へ器用に飛び移る小さな人影がキロの目に飛び込んできました。
その人影は徐々にキロが捕まった大木の方へと向かって来ます。

「なんだ、こいつは」

「捕まえろ、捕まえろ」

「そいつも一緒にいたずらしてやろう」

大木はそう言って、人影に襲いかかりますが、人影は素早い動きでそれをよけます。
すると、なぜだか人影が避けた瞬間一番近くにあった大木の枝がスパッと切れてしまいました。
枝の切られた大木は悲痛の声をあげ、それを見ていた他の大木は驚き慄き、先ほどの憎まれ口はどこへやら、さっさと逃げ帰ってしまいました。
大木の枝から放り投げられたキロは地面に倒れこむと、そのそばに人影が寄ってきます。
「あ、ありがとう……きゃあっ!?」
その人影にお礼を言いながら視線をうつした途端、キロは短い悲鳴をあげます。

その悲鳴のワケは人影の正体でした。
人影はキロの背の半分ほどの小さな少女だったのですが、黒いフードを被り、その被ったフードの頭からは二つの尖った猫の耳の様なものが出ていました。
ですが、それだけではキロが悲鳴をあげる理由になりません。
その理由はフードを被った顔にありました。
少女にはフードの奥からキロを見つめる瞳が、一つしかなかったのです。
キロはこの世界がどれほど奇妙であるかは先ほど経験したことから痛いほど理解していましたが、大木から救われて安心している時にその顔を見たことでつい声をあげて驚いてしまったのでした。

「せっかく助けてあげたのに、なにをそんなに怖がってるの?」
すると、少女はキロのあげた悲鳴に顔を歪めて、フードの上から猫のような耳を手で覆いました。
よく見てみると、その手も肉球と人間の手の中間の様な不思議な形を成しています。そしてその指からは鋭い爪が飛び出ており、キロは先ほどの枝を切った正体がこの爪だとわかりました。

「ごめん、瞳が一つしかない人なんて、はじめて見たから」
そのキロの言葉に少女は悲しげな表情を浮かべました。
「ウルだって、好きで一つ目なわけじゃないの」
「ウル?それが君の名前?」
「うん、ウルはウルって言うの。チシャ猫のウル……あなたは?」
ウルは大きな琥珀色の一つ目をキロへと向けました。
「あたしは、キロ。さっきこの世界に来たばっかりで、ここのことはよく知らないんだ。
どうしてウルは一つ目なの?」
キロは手早く自己紹介を終えると、すぐに気になっていたことを聞いてみます。

「ウル、本当は二つ目で、綺麗な蒼色の目を持ってたの。でもね、うさぎが持っていっちゃったのよ」
「うさぎ?」
ウルの言ううさぎにキロは心当たりがありました。
この世界に来て最初にキロの前へ現れた、あの奇妙なうさぎです。
「もしかして、うさぎって片方だけのメガネをかけてて……」
そこまで言うと、ウルは頷きます。
「蝶ネクタイをしてて」
ウルの言葉に、次はキロが頷きます。
「チェックのチョッキを着た……?」
「やっぱり、あの森にいたのね」
ウルは悔しそうにそう言って、地団太を踏みました。
「やっと、捕まえられると思ったのに」
「捕まえる?」
キロが首を傾げると、ウルが肉球の様な指の一本を立てて言いました。
「うん、捕まえてとり返してやるの、ウルの蒼い目を」

「あたしも!」
とつぜん大声をあげたキロに、ウルがびくりと肩を震わせますが、キロはお構いなしに言葉を続けます。
「あたしも、大好きだったおじいちゃんからもらった大切な時計、盗まれたの!」
「うん」
キロの言葉に、ウルは驚くことなく頷きました。
「この世界にいる人たちはみんな、大切なものを失くしてるの。
あなたがここに来たのも、みんなと同じ様に失くしたものがあるからなの」
「みんな?」
「そう、みんな。みんな大切なものをうさぎに盗まれてるの」
「そのみんなはどこにいるの?」

キロが聞くと、ウルはうーんと唸りました。そして、しばらく悩んでから困った様に言います。
「みんな、それぞれ好きなところにいるの。お城にいたり、湖の畔にいたり……でも、ここから一番近くにいる"みんな"なら、あそこのバラ園でお茶会してるはずなの」
あそこ、と言いながら差した肉球の様な指の先には赤の絵の具へ浸した様に真っ赤なバラの壁に囲われたバラ園がありました。
「話を聞きたいから、行ってみていいかな」
「でも、うさぎを探さないと……」
「うさぎは森を抜けてこっちに向かって行ったよ。
だから、あそこにいる人たちはもしかしたらうさぎの姿を見てるかもしれない」
キロの言葉に、ウルは納得して頷きました。

そして二人はバラ園に向かって歩き出します。
同じ目的を持つ仲間にようやく出会えたキロは、先ほどまでの恐怖や不安が少しだけ和らいだ気がしました。

イグノア

イグノア

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-16

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