さようなら動物園

さようなら動物園


渡辺さんは動物園の餌やり係です。
今日もいつものように動物たちに餌をやりに行きます。

クマの檻の前まで来ました。
クマは眠っているようです。

渡辺さんは餌やり窓を開けました。
するとクマがすっと顔を上げました。

渡辺さんが餌やり窓から餌を入れようとすると、
突然クマが喋りだしました。
「渡辺さん、いつもありがとう。」

渡辺さんはびっくりして餌を地面に落としてしまいました。
クマが続けて言いました。
「俺をここから出してくれないか?山に帰りたいんだ。」

渡辺さんは檻のかぎを外してドアを開けてやりました。
クマは4本足ですくっと立ち上がると、
いそいそと歩いて檻の外に出て来ました。

「渡辺さん、ありがとう。」
渡辺さんは他の動物たちの檻のかぎも外しました。
シカやサルやイノシシたちが檻の外に出て来ました。

「渡辺さん、ありがとう。」
みんな並んでお礼を言いました。
渡辺さんはにこっと笑いました。

動物たちは山に向かって歩き出しました。
時折渡辺さんの方を振り返って手を振ってきます。
渡辺さんもずっと手を振り続けていました。


渡辺さんはそこではっと目が覚めました。

朝です。
渡辺さんは身支度をして動物園に向かいました。

平日の動物園は人影もまばらでした。
渡辺さんは餌を持って動物たちの檻を一つ一つ回りました。

クマの檻の前まで来ました。
クマは眠っているようです。

渡辺さんは餌やり窓を開けました。
そしてそこから餌を挿し入れました。

渡辺さんはしばらくの間クマをじっと見つめていました。

渡辺さんはクマの檻のかぎを外しました。
するとクマはすっと顔を上げて渡辺さんを見ました。

クマは4本足でゆっくりと立ち上がりました。
そしてのそのそとドアの方に向かって歩き出しました。

渡辺さんは少し後ろに下がりました。
クマはドアを体で開けて檻の外に出て来ました。

クマが2本足で大きく立ち上がりました。
そして、渡辺さんの顔めがけて鋭い爪を振り下ろしました。

渡辺さんは顔を押さえながら地面に倒れ込みました。
クマは倒れ込んだ渡辺さんの腹めがけて、
鋭い爪を振り上げました。

渡辺さんは2・3回横に転がると、地面の上で動かなくなりました。
クマは次に、こちらに背を向けて歩いている、母親と小さな女の子を見ました。

クマは母親の背後まで近付くと、
背中めがけて鋭い爪を振り下ろしました。
母親は前にうつ伏せで倒れ込みました。

クマは倒れた母親の背中の上に乗って、
鋭い牙で首筋に噛み付きました。

騒ぎを聞き付けた飼育員たちが、大きな網と鉄砲を持って駆け付けて来ました。
クマはふと顔を上げ、母親から離れて辺りを見渡しました。

すぐ近くの地面の上にへたり込んでいる小さな女の子を見ました。
さらに何人かの鉄砲を構えている飼育員を見ました。

クマはゆっくりと歩き出しました。
飼育員がクマめがけて鉄砲の弾を放ちました。

弾はクマの脇腹に命中しました。
クマは叫び声を上げました。

さらに別の弾がクマの胸の辺りに命中しました。
クマは唸り声を上げてその場にうずくまりました。

飼育員たちは大きな網をクマの上からかぶせました。
クマは地面に押さえ付けられて、身動きが取れなくなりました。


駆け付けた救急隊員たちが、
渡辺さんと小さな女の子の母親を、タンカに乗せて運んでいきます。

クマは網に包まれたまま小さな檻に入れられました。

警察官が小さな女の子に話し掛けています。
女の子は、檻に入れられて動かなくなったクマを、じっと見つめていました。


終わり

さようなら動物園

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-15

Copyrighted
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