君に

いじめを見過ごした人。いじめられた人。ずっと想っていた人。の三角関係です。

雨の中で


「早川葉月です。宜しく。」

6月の湿った空気の中、ざわざわと活気に溢れた居酒屋暑い雰囲気が同調して目の前にいる女の自己紹介に思わず唾を飲み込んでしまった。早川だ。間違いない。あの早川だ。


ぎゅっと胃を掴まれた感覚に苛まれる。



大学に進学せず、バイトから本屋の正社員になって2年目。同世代の先輩に誘われてやって来た合コン。いくら地元から少し離れてるからって絶対に会う事は無いと思っていた早川が目の前にいる。


「笠田、お前も自己紹介しろ。」


隣にいる先輩が肩を叩く。本当、今名前を言えば本人だって気づくだろ。偽名でも名乗りたい気分だ。酒が入った先輩を尻目に、ビールの入ったジョッキを持ちあげる。

「笠田大樹です。宜しく。」

パチパチ手を叩いて盛り上げる周りに比べテンションの低い自分。持ち上げたジョッキを周りとカチカチ乾杯し合うが、目の前にいる女の顔色はまるで

梅雨の夜ように青くなっていた。

本当はこんな顔をさせたいわけじゃなかった。


初恋の人に。


歳上の先輩なら上手く挨拶を交わす度胸があるかもしれないが


22歳の自分には彼女の表情が重く身体にのしかかってきた。

苦い

今、目の前にいる男の前から消えてしまいたい衝動を昔のことを思い出し、自分のプライドの為、必死になって抑えた。



笠田。笠田大樹。




淡い青春時代。中学2.3年の間。どれだけのクラスメイトを憎んだか。
その上位ともいえる相手が目の前にいる。



全員が自己紹介を終え、飲み食いしながら話すがやはりと目の前にいる彼とは
視線を交えないようにした。


斜め前にいる男が話かける。


「葉月ちゃんって8月生まれ?」

「そうですよ〜。親が安易につけました〜。」


笠田。あんたの事は昔の事。もう気にしてない。


そんなプライド心から本人だと気づいて無いように猫を被って陽気なふりをするが、笠田の顔を見るだけで思い出す。



イジメを受け始めたあの頃。放課後、部内の1人もイジメのグループで居たが他のクラスの部員は知らなかった為、何もせず、彼女は居ずらそうに部活に出ていた。


部活だけは生き生きとした気持ちでいられた。


それだけが支えだった。


ソフトボール部とプレートに書かれたドアを部長しか持てない鍵で開け、自分のロッカーを開ける。


ガチャと錆びれた音を立てて開けたロッカーから切り込みを入れられたグローブや引き裂かれた部内活動ノートが出てきた。


メモが一つ貼ってあった。

”山崎くんに近づくな‼”

彼とはあれから一度も話して無いのに。避けられてるしこっちだって会わす顔が無いに。



数日前から爪をいつも以上に切った。



深爪した爪なのに拳を握り閉めても手の平の肉に食い込む。



切り込まれたグローブを見ると泣き叫びたくなった。
ぐっと堪え、握った拳の手の甲に噛み付いて泣いた。
副部長がやって来るまでそのまま座りこんでいた。


噛み付いた手を離すようほだされた時にふっと感じた。


血の味か涙の味かわからなかったが、それはとても


苦かった気がする。

連れ出す

大学のそばの1人暮らし用に作られたアパートの7階。
課題の発表レポートを山崎と一緒に作った後、安いビールを開けながら飲んでいた。

「森山ツマミはー?もうねぇの?」

「無いよ。てゆうかお前飲み過ぎ」


床に置いてあった山崎の飲みかけのビールの缶を机に移動させながら
携帯を開く。早川からの連絡はまだ無い。

「なーにお前っ。早川の今帰るメール待ってんの?」
酔っ払ってるせいか、いつも自分と似た無口のやつが今日はよくしゃべる。

いや、無口になったのは高校からか。


「お前ら今年で何年目だっけ?」

「成人式からだから2年目。」

「2年かー 。もうそんなにたったかー。早いよなー。」


胡座をかきながらビールに手を伸ばす山崎の表情は少し切なそうな顔をしていた。


「長げーよ。」

「そうか?」

「片思い期間なげーし。」

「そっかぁー。いつからだっけ?」

「中2。言っただろ?」

「8年間かー。すげーよな。」

山崎は一口ビールを口に含むと味わいながらゆっくりと喉に通してつぶやくように言った。

「格好いいよなお前。結婚するんだろ?」

「俺も社会人になって暫くたったら。」

「言い切りやがった。すげぇ。」

「もともと放すつもりなかったし。あいつもそれがいいって言ってるし。」

「すげぇなぁ。」

「...あいつ、お前の事は許してるぞ?」

「...それでも俺だって」

「許してなかったらお前と酒なんか飲んでねーぞ。俺は。」

「...ごめん。」

「お前は?。 しないのか?彼女と。」

「あいつ暫く海外で帰って来ねーの。まだ遊びたいし。」

そういうと山崎は机に顔をうつ伏せた。

レポートの表紙がくしゃりと軽く音をたてた。


「...早川まだ帰って来ねーのか?」

「連絡来てない。」

そう言いながら自分もビールを一口飲みまた携帯を見る。

「...合コンだろ? よかったの?」

「人数合わせだし。本人から直接言われたし。仕事仲間からだからしょうがないだろ。」

「基希くん、こころがひろーいっ」

「信じてますから。」

「リア充爆発しろ。」

「うるせー。」

けらけら笑いながら話せるのは高校から積み上げてきた絆のおかげ。
早川のイジメの件で責任を感じた山崎は男子高校に進んだ。

同じ学校で同じクラスになった時は正直辛かった。

早川が想っていたやつ。それだけで虫唾が走ったがこいつもイジメの被害者だ。



一度だけ地元の女子高とカラオケ合コンをした時。

「ちょっとごめん。トイレ!」

山崎はカラオケのトイレから合コンが終わるまで出て来なかった。

様子を見に行くと個室のトイレから聞こえる嘔吐のような声。

イジメの主犯だった女子は山崎に好意を持っているさばさばとした派手めの女子だった。中学1.2年と山崎を好きだった早川が二度告白した。

”気に食わない”

だったそれだけ。たったそれだけが理由だった。

それを知った山崎は以降似た女子に対してトラウマになって彼女が暫く出来なかった。
山崎自身、早川のその行為は不快ではなかったのに。

山崎に悩みを打ち明けられた後、同情から自然と友達になった。
そしてまた早川と繋がれるきっかけをくれたやつだった。


「中2から早川が好きだったんだ。」

「まぢで!? ...俺の事ムカつかないのか?」


「お前も被害者だろ。早川がどう思ってるかわからないけど、俺はお前を嫌いになれない。」

「...早川のメアド。一応あるんだけど向こうが変更してなかったら繋がるかもしれないからメールしてみるか?」




雨音が少し激しくなった頃、メールの通知音がなった。
むくりと山崎が体を起こす。

「...早川?」

「おお。お迎えメール。」

「じゃあ俺も帰るわ。 泊まりだろ?」

立ち上がって資料を鞄にまとめる山崎。酔ってるせいか手つきがおぼつかない。

「お前ちゃんと帰れるか?」

「大丈夫っ アパート近し。」

自分も立ち上がって携帯と財布をポケットに入れる。

「早川、幸せでよかったわ。」

「...何お前、親父気取り?」

「いや、冗談抜きでそんな気分。」

「笑える。親父さん超ダンディだぜ?」

「まぢでか?!」

玄関でそんなやり取りをしながら、彼女の傘は持たずに
自分の大きい傘だけを持ってドアを開ける。



中2の春、部活のランニング中。教室ではわりとしずかな早川がグラインドでバット片手に大きな声を出しながらノック練習をしていた。

思わず転けてしまった。笑顔がキラキラして見えて。


一目惚れで初恋だった。


中2の梅雨が終わりかけた季節に、ソフトボール部がよく使う水飲み場で泣いていた早川を見かけた。胸が張り裂ける思いになり、部活中で早川を見かけた時は必ず話しかけた。

「森山は私の事、無視しないね。」

「してなんの意味がある。俺は早川と話すの好きだし楽しい。」

話すことが好きと言いつつ ”好き”というフレーズを出した自分にどきどきしてしまった。


「...私も森山と話すの楽しいし好きだよ」




20歳の時、成人式の帰り、山崎と早川の親友に手伝って貰い告白した。
酒の力を借りてだけど、高校からの時々交わすメールでしか接点がなかったから会ってもなかったし。綺麗になった彼女を見ると、我慢できなかった。

「俺と付き合って下さい!」


半分やけくそで勢いよく差し出した手を握って
うなづいてくれた彼女の笑顔が心臓にずしっと来た。



二回目のデートの帰り、たまたまイジメの主犯のやつが子供と旦那と一緒に
歩いてる所を見かけた後、彼女の心の傷を見た。



「あんな人として最低な人が、結婚したなんてびっくり、おまけに子供もいる。
ねぇ、森山。なんでだろ。」



自宅で酒も入ってたせいか素直な気持ちを愚痴にして泣く彼女。



「神様、よく見て欲しいよ ね?」

そう言って泣きながら笑った彼女は6年前の笑顔から
女性へと成長した顔をしていたが、あの時と同じように思いは変わらなかった。


彼女の手を握る。思いが伝わるように。


「俺がそばに居るから。絶対、悲しませない。」


そうだ。あの時思ったんだ。そばに居て、笑ってもらって。
幸せを感じさせたいんだ。




その為ならあいつを何処へだって連れ出して、たくさんの思い出を一緒に過ごすんだ。



スニーカーの紐を結び直し山崎とアパートの部屋を出る。
アパートの前で別れ、迎えに行く方向へ傘をさして歩き出した。


”迎えに来て(>_<)!”



とあるメールにすぐ行くと返信をする。
昼間の雨は蒸し暑いが夜になるとすこし肌寒い。



早く会って、今日あった出来事を話して、風呂に入って、
2人で抱き合いながら眠りたい。



そう思ったのだ。

君に

君に

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-15

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  1. 雨の中で
  2. 苦い
  3. 連れ出す