夏課題

 少年は、ホームセンターで購入した果物ナイフの鞘を抜いた。
真夏の太陽の(もと)、晒された刃先が鈍い光を放つ。
彼は汗で滑る右手を左手で支えて強く握りしめた。
そして、握りしめたナイフの先を数メートル先にいる同級生に真っ直ぐと向け、走り出す。

ズッ
鋭利な刃先が、思っていたよりも簡単に肉を裂いた。
そしてそのまま前に突き出すと同級生の身体はズプズプと刃を飲み込んで行く
同級生は突然後ろから当たられた衝撃に一瞬よろめき、それからこちらを睨みつける。
しかし、その生意気な顔も自分のいまの現状を理解した途端、一変して泣き出しそうな情けない表情へと崩れてしまう。

「あ、あ…お、おまえ、佐々木、何す…なに…」
衝撃、怒り、そして恐怖のあと、ようやくやってきた痛みに同級生は言葉が上手く紡げないようで、顔を引きつらせながら魚が呼吸をするように口をパクパクと開閉していた。
少年はその様子を自分でも驚くほど冷静に観察した後、素早くナイフを引き抜いた。その勢いで傷から吹き出た血液が彼の白いワイシャツを赤く濡らす。
「あ、あ…」
引き抜かれた彼はというと、ヒイヒイと苦しそうに荒い呼吸を繰り返しながら傷から漏れる赤い液体を必死になって両手で防ごうとする。
そんな事じゃどうにもならないことは誰の目にも明らかであるのに、死に直面した恐怖で混乱する彼には理解できないのだろう。
やがて彼は太陽に熱されたコンクリートへ力なく倒れこんだ。
脇腹から垂れる赤い液体は真夏の太陽の下でとても綺麗に映えた。



 一仕事を終えた少年は、公園のブランコを漕いでいた。
真夏の茹だるような暑さのおかげでひと気のない公園の水飲み場、濡らしたワイシャツの汚れはなんとか目立たなくなっていた。
少年は果物ナイフを鞘に収めると、胸ポケットから四つ折りにされたクラス写真を取り出した。
それと、胸ポケットに引っ掛けた赤のボールペンを右手に持つ。
縦と横の皺が一本ずつ刻まれた写真には、顔を赤く塗り潰された同級生の姿が複数伺える。
 少年はその中で先ほどの同級生の顔を見つけると、鼻歌まじりで真っ赤に染めた。

 

夏課題

夏課題

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-15

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